美味しいごはんのしくみ

「なあ、またメシそんだけか?」
時刻は昼時をすぎ、午後の訓練が始まる頃。
モニターに向かったままクッキータイプのレーションをかじるイーグルにジェオは呆れて声をかけた。
「ジェオ」
イーグルが目を丸くして顔をあげる。どうやら横に立つジェオの気配にまったく気付いていなかったようだ。
「いつからいました?」
「1枚目食い始める前」
「何枚目でしたっけ、これ」
「……おまえなぁ……」
小首を傾げるイーグルに「2枚目だよ」と答えながら、空いている隣のデスクに寄りかかる。
「すみません、気が付かなくて」
イーグルは椅子に掛けたまま体をジェオの方へ向けた。食べかけのレーションをパッケージに戻すことが憚られたのか、持ったままの手を膝の上に置く。

ずらりとデスクが並ぶこの部屋は、通称「自習室」と呼ばれている。
各デスクに搭載されているのはワイドモニターとキーパネル、軍用スペックのコンピューター。専用端末を支給されていない階級の者が、自由に調べ物をしたりプログラムを組んだりできる設備だ。
この時間に利用する者は少なく、今は50以上あるデスクのうち3割ほどが稼働している。
「イーグル、今日非番だろ。報告書の提出でも押し付けられたのか?」
休みの日にまでモニターとにらめっこするような用事と言えば、面倒な書類の作成しかジェオには思いつかない。それを察してイーグルがくすくすと笑った。
「いえ。先日出撃した際のデータがあがってきたので、ちょっと解析を」
「マジか。まじめだな……それって士官クラスがやるヤツだろ」
砲撃手ガンナーは出撃の機会が少ないですから」
イーグルは「出来るだけ次に活かさないと」と微笑んで、弄んでいたレーションをまた一口かじった。
この固くてほとんど味がしないことで評判のオートザム軍名物。別名「食えないタイル」……栄養とエネルギーは満点だが、食事としては受け入れがたい。
特に甘いものが大好きなジェオにとって、「味のしない固いクッキー」は職務上の宿敵と呼ぶべき存在だ。
こんなものを食べなくても、基地内には通し営業の食堂が数カ所ある。こちらが1日3食内なら無料で利用できるのに対し、レーションは備品扱いなので任務で支給される分以外は自費だ。
出撃中でもないのに、わざわざ金を払って不味いもので腹を満たすなんて。ジェオからしてみればもはや正気の沙汰ではない。

「……俺さ、さっき訓練が終わったトコで。この後は待機なんだ」
「そうなんですか? おつかれさまです」
唐突なジェオの申告にも、イーグルはにっこり笑ってねぎらいの言葉を返す。
早くデータ解析の続きに戻りたいだろうに。モニターを気にする素振りも見せず、体ごとこちらに向けて話すのがとても彼らしいと思った。
「昼メシ、まだ食ってなくて」
駄目元で目配せしてみる。
「……? あっ。ジェオも食べますか?」
勘違いしたイーグルがレーションのパックを差し出してきた。
「そーじゃない」
ジェオは大きくため息をついた。
「えー……、と?」
「……」
だめだ。本当に分かっていない。
ジェオは根負けして、小さく笑みをこぼすとイーグルの頭に手を置いた。
「食堂行くから、付き合ってくれ」

 * * *

ずっと気になっていた。
つるむようになってもう1年近く経つというのに、ジェオはイーグルが食堂を利用しているところを見たことがない。
たまに何か食べているのを見かけると、決まって作業の片手間にレーションを口にしているのだ。やることがあるから、と言われては無理に食堂に誘うわけにもいかず、ずるずる見過ごしてきてしまった。
クッキータイプだけでなく、エネルギー補給用のゼリー飲料を啜っていることもあるので、一応バランスは考えているらしいが。
……食事ってのは、もっと楽しむもんだと思うんだよなぁ。
ジェオにとって食べることは軍隊生活における数少ない娯楽の一つだ。特に甘いものには目がないが、毎日必ず訪れる食事の時間をエンジョイしない手はない。
栄養面だけ考えれば、レーションだけでも身体作りに問題はないのだろう。もしかしたら、ジェオの知らないところでちゃんと食事を摂ってるのかもしれない。
それでもやはり気になってしまう。

「おまえ、それ好きなの?」
食堂の席について、イーグルはけっきょく持参したレーションをかじっている。5枚で一食分の栄養量であるため、数を半端にしたくないのだろう。
端的に訊いてみると、イーグルは「いえ、別に」と即答した。
「あ、持ち運びしやすいのと、効率よく摂取できるところは好きですね」
「……味は」
「これ美味しいと思う人いるんでしょうか」
「おお、同感」
ジェオがニッと歯を見せると、イーグルも「そもそも味がないです」と笑った。
よかった。味覚が狂っているわけではないらしい。
……いやいやいや。つーことは、いっつも不味いモンを一人で食ってんのかよ。
それはそれで、まったくよくない。
ジェオはテーブルに置いたランチプレートをフォークでつつきながら、次はどう探りを入れたものか考えを巡らせた。

「あの、ジェオ……」
「ん?」
見ればテーブルを挟んだ向かいの席から、イーグルが様子をうかがうような視線を送ってくる。
「もしかして、ぼくの食生活を気にかけてくれていますか」
「お。気付いた?」
「さすがに。鈍くてすみません」
謝罪を口にしながらも悪びれた様子はない。恐らくデータ分析を強引に中断させて食堂に付き合わせた時点で、何か感じとっていたのだろう。
話が早くて助かる、と思った矢先。
「確かに、ぼくはほとんど三食これですが……」
「それ! それを訊こうと思ってたんだよ。嘘だろ、マジでレーションばっかなのか」
想定していた中でも最悪の答えに直面し、ジェオは頭を抱えた。もっと早く行動すべきだったと後悔する。
対するイーグルは、他人事のようにあっけらかんとして「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「色々なタイプを組み合わせて摂ってますから、栄養やエネルギー量は一般的な食事よりも優秀なくらいです。特に問題は……」
「……大アリだ!」
ジェオはつい大声を出してしまってから、周りの視線に気付いた。ピークタイムを過ぎているとは言え、食堂の座席は半分以上埋まっている。慌てて「なんでもないっス」と愛想笑いを振りまいた。
「……」
イーグルはしばらく目をしばたいた後、訝しげな表情で腕を組んだ。怒っているわけではなさそうだが、笑顔はない。
……やば。ちょい本気モード入ってる……。
彼も彼なりに譲れない事情があってレーション食を選んでいるのかもしれない。そう思ったからこそ慎重に探っていこうと画策していたのに。話の流れでそこをすっ飛ばしたのはよくなかったな、とジェオは反省した。
しかしこうなってしまったら、退くわけにはいかない。誤解を生まないためにも、真意だけは伝えておかなければ。

「大声出したのは、悪い。だがよ、出撃中でもないのに一人で味気ないもんばっか食ってるってのは……やっぱどうにも心配なんだよ。
 栄養どうこうじゃなくて。出来たてのあったかい料理をさ、こういう賑やかなとこで食うとやっぱ旨いぜ。……あー、旨いってのは味もそうなんだが、気分も違うし……なんつーのかなぁ……」
「……精神衛生面の話ですか?」
「あ、そうそれだよ! こんな仕事だし、メシくらいは気持ちよく食わねぇと!」
的確な助け船に景気よく乗り込むと、ふふ、と小さな笑みが返ってきた。
……お、笑った。好感触。
ジェオは心の中で小さくガッツポーズをきめる。
イーグルは見た通りの温厚な男ではあるが、意外と感情の起伏は顕わにする方だ。会話でも婉曲した表現よりストレートなやりとりを好む。そのため話していて空気がピリつくこともよくある反面、表に出してくれるのでこちらも気を遣わずに自然体で話せるのだ。
結果的に不穏な空気のリカバリーも早い。
傍目には「正反対な二人」に映るらしいが、実際は飾らない言葉を好む者同士。こうして頻繁に小突き合って案外うまくやっている。
「なるほど。そこを突かれると痛いですね。現に完全食が開発されてだいぶ経つのに、こうした食事の場はなくなっていないですし」
すっかりいつもの調子に戻ったイーグルが賑やかな食堂内を見渡す。
確かにその通りで、巷では各企業がレーションよりもずっと味の良い完全食を商品化しているのに、飲食店は変わらず繁盛している。
やはり「食事」には栄養の摂取に留まらない役割があるのだ。
……まあ俺はそこまで考えちゃいなかったが。
ジェオはまぐれ当たりに戸惑いながらも、気持ちが伝わったということで良しとした。

「……てなわけで。じゃ、これ」
ジェオが自分のプレートからサンドを一切れ取って差し出すと、イーグルは不思議そうに首を傾げた。
「ほら、美味いぜ。俺のオススメ」
「別にこういうものを食べたことがないわけではないですよ」
「家族以外の誰かと食べたことは?」
「……父の関係の方となら、いくらでも」
「ノーカンだ、そんなのは!」
ずい、と再びサンドをイーグルの目の前に突きつける。
「でも……ジェオの分でしょう? ぼくも注文してきますよ」
「ああ、そこか……。さすがに俺でも一人でこんなに食わねえよ。はなからおまえ用に多く頼んだんだ」
いらない心配をしていたらしいイーグルが、納得した様子でなるほど、と呟いた。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「はいどーぞ」
いざ手渡してみて、ジェオは『普通の食べ物を持っているイーグル』という画の違和感に目眩をおぼえた。自分は大切な友人をなんだと思っていたのか。
……くそ。見てろよ、今日から旨いもん食わせまくるからな……。
謎の闘志を燃やしつつ、なんの変哲もないただのサンドをしげしげと物珍しげに観察する様につい庇護欲をそそられたことは胸の内にしまっておく。

イーグルは同席者を差し置いて口をつけるような真似はしない。ジェオもプレートから改めて自分のサンドを取り上げた。
丸いパンをスライスしたものに、焼いた人工成型肉とビタミン類を多く含んだ酸味のあるペーストを挟んだサンド。栄養の凝縮された苦い固形食材を香味料と混ぜてアクセント代わりに散らしてある。
考えてみれば食材は全て工場生産の人工物なのだから、味以外はレーションとさして変わらないかもしれない。むしろ栄養面では劣っているくらいだ。
それでも、ジェオはこれを『無駄』だとは思わない。
「ここのサンドは肉にスパイスがきいてて美味いんだぜ」
手本代わりに一口かぶりついて見せる。やっぱり美味い。人に、特にイーグルに薦めていると思うと尚更。
自然と笑みが浮かんでしまう。
「本当に好きなんですね」
イーグルもくすくすと笑いながらサンドを口に運んだ。ジェオよりもだいぶ小さい一口。
……あ。
蜜色の瞳が少し大きくなったのをジェオは見逃さなかった。
よく噛んで、飲み込む。イーグルの口が空くのを待って、ジェオは「どーよ」と分かりきった質問を得意げに投げた。
「……すごく、美味しいです」
キラキラと輝く目を見ればお世辞ではないことくらいすぐ分かる。
「そりゃよかった」
薦めたものを気に入ってもらえるのは、やっぱり嬉しい。
イーグルが自然と二口目を頬張っているのは、もっと嬉しい。
気分の乗ったジェオが卓上の調味料を使ったカスタマイズの仕方を教えると、イーグルも興味津々でそれに倣う。
彼が辛みよりも甘みを好むこと。
何でもゆっくりよく噛んでから飲み込むこと。
美味しいものを食べると少し目が大きくなること。
今まで知らなかった一面が次々見つかる。
付け合せも仲良くつつき合って、気付けばプレートは空になっていた。

「正直なところ……」
きれいに空いたプレートを眺めながら、イーグルがぽつりと話しだした。
「ぼくは食事にまったく興味がなかったんです。美味しいものは子供の頃に食べ飽きてしまったし……人と食べるにしても、気疲れの方が多い記憶があって」
「あー……。おまえんち、すげぇもんな」
イーグルの父親は、一代で富と名声を築いた若手の有力議員だ。強みは顔の広さと交渉力。そんな男に端正な顔立ちをした出来の良い息子がいれば、手札の一つとして扱われるのは当然だろう。
大人ばかりの会食に同席させられ、粗相のないよう気を張りながら、ご馳走を一口食べては愛想笑い……容易に想像できる幼少期の光景だ。
そう思うと、一人で好きなことをしながら気ままにかじるレーションは、彼なりの『楽しい食事』だったのかもしれない。
「でも、ジェオの言う通りでしたね。今日のサンドはとても美味しかったです」 
ありがとうございます。と、イーグルが真っ直ぐに微笑みかけてくる。
瞳の蜜色をこれでもかと言うほどとろかして。温かい食事を摂ったからか、いつもより頬の血色もいい。
こんなに満ち足りた表情の彼を見るのは初めてだ。
……おいおい……こんなの、男でも見惚れるって。
ジェオは顔が熱くなるのを感じて、慌てて冷たいドリンクをあおった。
入隊してからというもの、しごかれるか戦うかの毎日が続き、人から感謝されるような場面そのものが僅少だったのだ。大の親友に真正面から『ありがとう』なんて言われたら、それだけでたまらなくなってしまう。ので、これは仕方がない反応だということにして。
それはそうと、こんな空気は茶化さなければやっていられない。
ジェオはわざとらしく咳払いをした。
「ではビジョン。どうして美味いと感じたのか。答えろ、3秒だ」
名物教官の仕草を真似ると、イーグルもハッとして「了解」と小さく敬礼を返してから、腕を組んで素早く考えを巡らせた。
そして間もなく、とんでもない回答を口にする。

「一緒に食べたのがジェオだから、であると考えます」

「え」
あまりの衝撃にかたまるジェオ。
イーグルが可笑しそうに笑って短い茶番劇を終わらせた。
「ジェオが美味しそうに食べていると、ぼくも嬉しくて……気持ちがつられてしまうんです。信頼関係があるので、なおさらなのでしょう。きっと誰でもいいと言うわけではないと思います」
「いや……」
「気持ちの通じた人と摂る食事は特別なんですね。知りませんでした」
「……待っ……」
「気にかけてくれて、本当にありがとうございます、ジェオ」
真摯な言葉に充てられて、ジェオは真っ赤になって沈黙した。
……こいつ、分かってやってやがる!
打算でないことは知っている。しかし決して無邪気さからの言葉でもない。
彼はただ思ったままを伝えた方が『良い』と直感したからそうしたのだ。
父親に倣ううち自然と身についたのだろう、人の心を動かす立ち居振る舞い。それも上っ面だけ装う多くの人間と違って、彼の場合は腹に隠しているものがまったくないから困ってしまう。

「ジェオ、どうしました?」
イーグルがかたまったままのジェオの顔をのぞき込み、目の前でひらひらと手を振った。
優しげな瞳の奥に、相手の反応を窺うしたたかさが光る。
やっぱり分かってやっている。こちらの性格も、自分が発した言葉の威力も。
全部分かっていて『もっとあなたと仲良くなりたい』と伝えるために、彼は全力を尽くしているのだ。
改めて、とんでもないヤツだな、とジェオは思う。
政治や利権と複雑に絡み合うこの世界で、我を貫けるだけの圧倒的なメンタルと素養。それをこんな日常のシーンでも余す所なく発揮してくるのだから、真にとんでもないヤツだ。気味悪がって、彼を敬遠する者が多いのも頷ける。
基地内でイーグルは明らかに浮いていて、最近ではジェオもじわじわと飛び火をかぶり始めていた。
それでもジェオは彼にちょっかいをかけるのをやめる気はない。
だって、しょうがないだろう。
この『とんでもないヤツ』の進む先を一緒に見たいと、心が望んでしまったのだから。
周りの目など気にならないくらい、彼のすべてに惚れ込んでしまったのだから。

「いや……なんでもない。これからはなるべく一緒に食おう」
観念すれば言葉は自然と出てきた。結局はジェオもイーグルと食事がしたいのだ。
美味しいものをたくさん教えたい。新しいものを食べて感想を言い合いたい。
甘いものは好きだろうか? ここでは作る相手がいなくて張り合いがない。彼が食べてくれるなら、久々にキッチンに立ってみてもいいだろう。
期待に胸を膨らませるジェオに、イーグルも相好を崩して「はい」と応えた。



「なんだかジェオと過ごす時間がだんだん増えていきますね」
「そういやなぁ。つるんで、メシ食って……あとはなんだ。一緒に寝るか?」
「ふふふ、楽しそうですが……さすがにルームメイトが居た堪れなくないですか?」
「ハハ、そりゃそうだ。んじゃ早いとこ出世して、個室もらわねぇとな!」

 * * *

「イーグル。メシ、そんだけか?」
進行方向の外に広がる何もない宙空を眺めながらレーションをかじるイーグルに、ジェオは思わず声をかけた。
艦橋の自席に掛けたイーグルは、傍らに歩み寄ったジェオを見上げると、答える代わりに「やっぱり味がないですね、これ」と無邪気に笑った。
「NSXはメシが旨いのもウリだぜ。交代するからお前も食堂行ってこいよ」
「……」
「ここを離れたくないんなら、俺がなんかテキトーに持ってきて……」
「ジェオ」
「分かったよ……」
困惑の表情で見つめられては、無理強いもできない。
ジェオはあきらめて口をつぐんだ。
戦場では食事を心の拠り所にする者もいれば、あえて非常食を噛みしめて集中力を高める者もいる。
イーグルは自分を追い込む後者のタイプだ。
……だいぶ気ぃ張ってんなあ……。
どんな戦況でも涼しい顔をしてFTOを駆る男がこの調子なのだ。得体の知れない魔法の国に攻め込むのは、やはり並大抵のことではない。
「あーあ、早く帰って甘いもんハシゴしてぇな」
少しでも気晴らしになればと、ジェオは大げさに伸び上がりながらイーグルに目配せした。
「ふふ、ジェオらしいですね」
「おまえも付き合えよ?」
「……楽しみです」
にっこりと微笑んだイーグルが、ほんの一瞬答えに迷ったのをジェオは見逃さなかった。

本当は話したいことがたくさんある。
セフィーロの柱システムに手を出すことに危険はないのか。
あれほど強大な力には、それ相応の思いもよらないリスクがあるのではないか。
何か隠していないか。どうして隠すのか。
……一緒に帰れるんだよな?
オートザムを発ってからどこかイーグルの様子がおかしい理由は、てっきりランティスの件だと思っていたが……どうにもそれだけではないような胸騒ぎがする。
しかし直接本人に問いただすことはできなかった。困らせるだけだと分かりきっているからだ。
ここまで大人しくついて来ておいて、いまさら漠然と乱すような質問をぶつけるのは一軍人として憚られた。

「……帰ったら」
「ん?」
ぼんやりと遠くを見つめながら、イーグルが呟く。
「オートザムに、帰ったら……基地の食堂でサンドが食べたいです」
「おー、あれか! 定番のヤツ。いつ食べても旨いよなぁ」
味を思い出してついテンションが上がるジェオを、眩しそうにイーグルが見つめる。
「つーかよ。あれだったら、今積んでる食材で似たようなもんが作れるぜ。食いたいんだったら作ってやろうか」
ジェオは思いつきで口にしてから、見当外れの提案をしてしまったことに気付いた。
案の定イーグルが「いえ、今は……」と首を横に振る。

これは願掛けだ。
もうとっくに引き返せないところまで来てしまったから、せめてもの。

「……だな。よし、帰ったら真っ先に食いに行こうぜ」
膨らむばかりの不安を無理やり払いのけ、ジェオはイーグルの肩に力強く手を置いた。体をすっぽりと覆う外套に隠された、しなやかな体躯の感触。不意に武装を解いた平服のイーグルを思い出す。
重たい外套もアーマーも装備していない彼と、これまでたくさんの日常を過ごしてきた。食堂、廊下、自習室。トレーニングルーム、ジェオの部屋、イーグルの部屋。思い出というほどでもない、ただの日常が無数に浮かぶ。
……この侵攻戦がどんな結果に落ち着こうが、帰ればまたメシくらいは一緒に食える。他のことはその後だ。
そう自らを励ましながらも、手に自然と力がこもるのを抑えられない。震えはイーグルの肩にも伝わっているだろうが、それでいいようにも思えた。
恐らくこの不安はジェオだけのものではない。そしてきっと杞憂などでもない。ならば共有した方がいくらか気持ちも楽になる。
「……」
望み通りの応えを得たはずのイーグルは、しかし賛同も拒否もせず。
ジェオに向けてただ昔を懐かしむように目を細めた。



「……タイル、1枚もらうぞ」
「食事は済ませたんじゃないんですか?」
「一緒に食う、って言ってんだ。一人でもそもそ食うよりゃあマシだろ」
「作戦中ですから。そういうものですよ」
「……あぁ〜、味がねぇ……かってぇ……。やっぱこれ苦手だわ」
「ふふふ……」


 * * *


ささやかな時間を共有して、丁寧に日常を連ねていく。

彼がもしも手の届かないくらい遠い所に行ってしまった時。

点をつないだ真っ直ぐに伸びる線の先で、僅かなチャンスを取り逃さず、この日常に「帰りたい」と心の底から願えるように。


〈 了 〉
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