雑誌と恋人
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「俺の恋人、そういう手の雑誌を隠せ隠せってうるさいんだ……。悪気があって隠し忘れたわけじゃないのに……いや、一緒に楽しみたいって気持ちもあったんだが……。部屋に閉じ篭った挙句、俺の話を聞こうともしねぇで……」
入店してからずっと酒を飲み続けているせいで、ダンテの呂律が次第に怪しくなってきた。
アルコール度数の高いものばかりを選んで飲んでいるせいもあるが、それにしても彼がこんなにも早い段階で酔ってしまうなんて。
話を聞いていることに集中していたため、コーデリアはダンテの酒の注文を止めることを失念していた。
「ダンテ、もう飲まない方がいいわ」
グラスを取り上げようとしたが、すんでのところでかわされ、ダンテは残っていた酒を飲み干し、再び酒を注文してしまう。
「もう一杯……なあ、コーデリア……俺が悪いのか?」
視線を俯かせたまま問うダンテに、コーデリアはしばし返答に苦慮した。
ここで適当に返事をしてしまうことは簡単だ。
しかし、あっさりと突き放してしまうほどコーデリアは薄情ではなかった。
「日本人ってシャイって言うじゃない? だから、その子もあなたと楽しみたいはずだけど、恥ずかしいからつい感情的になっちゃったのよ、きっと」
「……日本人、か……」
確かに、一般的に言われる日本人はシャイな傾向にあり、紫乃はまさに該当する。
これが同じアメリカ人なら、こういうことにならなかったのだろうか。
生まれ育った環境がはもとより、人種が異なると、こうも違うのだ。
その後、ダンテは日頃より思っていたことをコーデリアにこぼし始めた。
仕事のない日もずっと寝ていたいのに、紫乃がシーツを洗うと言って起こされるし、起きたら顔を洗えと言われるし、食事後はゆっくりとしていたいのに掃除をし始めるし。
最初のうちは真面目に聞き入っていたコーデリアだったが、日々のちょっとした愚痴が羅列し出すと、その表情は苦笑いへと変わっていった。
ダンテの愚痴の内容が、一般的な夫婦の間に生まれるものなのだ。
「……話を聞いてたら、ダンテが悪いような気がするわ」
「何? 俺が全部悪いってのか?」
ああ、これでは堂々巡りだ。
このまま愚痴を聞いていても取り留めのつかないことになるだろうから、早めに事務所へ帰さないと。
幸いにも時刻は夜明けが近付いており、そろそろ閉店時間となる。
店長に事情を説明すると、コーデリアはダンテを事務所へ送るため彼を支えて外に出た。
他の女性店員では許可が出ないだろうが、コーデリアは店でもトップの人気を誇り、ダンテとも親しいということで、彼を送り届けることを特別に許された。
ダンテは酔ってはいるが何とか歩けるし、ラブプラネットから彼の事務所へはそう遠くないので、タクシーを呼ぶ必要もない。
そう判断し、コーデリアはダンテに肩を貸した状態で人気のないスラム街の道をゆっくりと歩き始めた。
「ダンテ、もう夜明けも近いし、事務所に戻りましょう」
酔って感情の制御が利かないダンテが余計な愚痴をこぼしてしまわないよう、コーデリアはなるべく優しい口調で穏やかに話しかける。
それが功を奏したのか、ダンテは無駄に抵抗することなく無事に事務所へ辿り着けた。
コーデリアはダンテを支えた状態のまま、玄関扉を開けて中に入る。
店先に掲げられたネオンサインは点灯しているが、中の明かりはつけられていなかった。
「ちょっとお邪魔するわよ」
暗く静かな店内に、自然と声が小さくなる。
ダンテを落ち着かせる場所はないものか。
コーデリアはひとまず先に明かりをつけるため、壁の点灯スイッチを手探りで見つけ、電気をつけた。
一瞬、天井の電灯が明滅したのち、室内を暖かな光が包み込む。
一階は主に事務所フロアとなっており、壁際にはややくたびれたソファーが置かれている。
とりあえずそこにダンテを寝かせようと思い、コーデリアはダンテに呼びかけた。
「ダンテ、事務所に着いたわよ」
「……ん……」
小さく呻くと、ダンテはわずかに頭を上げる。
「ああ……紫乃、か……」
事務所に戻ってきたことは理解したようだが、どうやら恋人と間違えているようだ。
「私はコーデリアよ、あなたの恋人じゃないわ」
そう訂正したものの、ダンテはやはりコーデリアのことを恋人だと思い込んでいる。
ふっ、と肩から重みが消えたので、コーデリアはてっきりダンテが自分からソファーに向かってくれたのだと思ったのだが、それは違った。
「え、ちょっと、ダンテ!?」
何と、ダンテが壁にコーデリアを押さえつけて両腕で逃げられないようにし、長身を生かして彼女に覆い被さる形を取ったのだ。
「ソファーはあっちよ」
ダンテを押しのけようとするが、酔っていて意識が朦朧とした彼はぐったりとしており、体格差もある彼をどかすことが出来なかった。
「……ダンテ、帰ってきたの?」
かたり、と小さな物音がして事務所フロアの奥から一人の女性と一匹の黒猫が顔を出したので、コーデリアは顔を動かしてダンテの身体の脇から奥を見る。
女性は東洋特有の艶やかな黒い髪と紫の瞳が特徴的な小柄な人物で、黒猫はルビーのような鮮やかな紅い目が綺麗だった。
ダンテは東洋人の恋人と一緒に暮らしていると聞いた。
それではこの黒髪の女性が、ダンテの恋人なのだろうとコーデリアはすぐに理解する。
「ダン……、っ!?」
恋人の綺麗な顔が驚きに歪んだ。
──もしかして、キスをしていたのだと思われたのだろうか。
ダンテは昔からの上客であるし、コーデリア個人としても面倒な事態は避けたいので、努めて明るい口調で恋人に話しかけた。
「あっ、ちょうど良かった。あたし、『ラブプラネット』のコーデリアって言うの。ダンテったら飲み過ぎて酔っ払っちゃったのよ」
ソファーに寝かせるから手伝ってと言えば、恋人はぎこちなく頷き、コーデリアと一緒にダンテを近くのソファーへと寝かせた。
「あなた、ダンテの恋人でしょ?」
「……はい、紫乃です」
不安そうな表情で、紫乃はコーデリアをちらりと見た。
ウェーブのかかった長い金髪に、青い瞳、形の良い唇には赤い口紅が塗られている。
それだけで世の男性が振り返りそうなほどの美貌に加え、ラブプラネットの者だと告げた。
スラム街に住んでいる以上、紫乃はだいたいの建物や店舗について把握しているし、ラブプラネットがどういう店なのかも知り及んでいる。
風俗店で働く女性を蔑むわけではないが、何しろ今しがたダンテが覆い被さっていたのだ。
やましい現場を目撃してしまったせいで、コーデリアを見る視線が自然と怪訝なものへとなる。
そんな視線を受けて、コーデリアはやっぱり彼女は勘違いをしていると察した。
だから、まずは誤解を解かねばならない。
入店してからずっと酒を飲み続けているせいで、ダンテの呂律が次第に怪しくなってきた。
アルコール度数の高いものばかりを選んで飲んでいるせいもあるが、それにしても彼がこんなにも早い段階で酔ってしまうなんて。
話を聞いていることに集中していたため、コーデリアはダンテの酒の注文を止めることを失念していた。
「ダンテ、もう飲まない方がいいわ」
グラスを取り上げようとしたが、すんでのところでかわされ、ダンテは残っていた酒を飲み干し、再び酒を注文してしまう。
「もう一杯……なあ、コーデリア……俺が悪いのか?」
視線を俯かせたまま問うダンテに、コーデリアはしばし返答に苦慮した。
ここで適当に返事をしてしまうことは簡単だ。
しかし、あっさりと突き放してしまうほどコーデリアは薄情ではなかった。
「日本人ってシャイって言うじゃない? だから、その子もあなたと楽しみたいはずだけど、恥ずかしいからつい感情的になっちゃったのよ、きっと」
「……日本人、か……」
確かに、一般的に言われる日本人はシャイな傾向にあり、紫乃はまさに該当する。
これが同じアメリカ人なら、こういうことにならなかったのだろうか。
生まれ育った環境がはもとより、人種が異なると、こうも違うのだ。
その後、ダンテは日頃より思っていたことをコーデリアにこぼし始めた。
仕事のない日もずっと寝ていたいのに、紫乃がシーツを洗うと言って起こされるし、起きたら顔を洗えと言われるし、食事後はゆっくりとしていたいのに掃除をし始めるし。
最初のうちは真面目に聞き入っていたコーデリアだったが、日々のちょっとした愚痴が羅列し出すと、その表情は苦笑いへと変わっていった。
ダンテの愚痴の内容が、一般的な夫婦の間に生まれるものなのだ。
「……話を聞いてたら、ダンテが悪いような気がするわ」
「何? 俺が全部悪いってのか?」
ああ、これでは堂々巡りだ。
このまま愚痴を聞いていても取り留めのつかないことになるだろうから、早めに事務所へ帰さないと。
幸いにも時刻は夜明けが近付いており、そろそろ閉店時間となる。
店長に事情を説明すると、コーデリアはダンテを事務所へ送るため彼を支えて外に出た。
他の女性店員では許可が出ないだろうが、コーデリアは店でもトップの人気を誇り、ダンテとも親しいということで、彼を送り届けることを特別に許された。
ダンテは酔ってはいるが何とか歩けるし、ラブプラネットから彼の事務所へはそう遠くないので、タクシーを呼ぶ必要もない。
そう判断し、コーデリアはダンテに肩を貸した状態で人気のないスラム街の道をゆっくりと歩き始めた。
「ダンテ、もう夜明けも近いし、事務所に戻りましょう」
酔って感情の制御が利かないダンテが余計な愚痴をこぼしてしまわないよう、コーデリアはなるべく優しい口調で穏やかに話しかける。
それが功を奏したのか、ダンテは無駄に抵抗することなく無事に事務所へ辿り着けた。
コーデリアはダンテを支えた状態のまま、玄関扉を開けて中に入る。
店先に掲げられたネオンサインは点灯しているが、中の明かりはつけられていなかった。
「ちょっとお邪魔するわよ」
暗く静かな店内に、自然と声が小さくなる。
ダンテを落ち着かせる場所はないものか。
コーデリアはひとまず先に明かりをつけるため、壁の点灯スイッチを手探りで見つけ、電気をつけた。
一瞬、天井の電灯が明滅したのち、室内を暖かな光が包み込む。
一階は主に事務所フロアとなっており、壁際にはややくたびれたソファーが置かれている。
とりあえずそこにダンテを寝かせようと思い、コーデリアはダンテに呼びかけた。
「ダンテ、事務所に着いたわよ」
「……ん……」
小さく呻くと、ダンテはわずかに頭を上げる。
「ああ……紫乃、か……」
事務所に戻ってきたことは理解したようだが、どうやら恋人と間違えているようだ。
「私はコーデリアよ、あなたの恋人じゃないわ」
そう訂正したものの、ダンテはやはりコーデリアのことを恋人だと思い込んでいる。
ふっ、と肩から重みが消えたので、コーデリアはてっきりダンテが自分からソファーに向かってくれたのだと思ったのだが、それは違った。
「え、ちょっと、ダンテ!?」
何と、ダンテが壁にコーデリアを押さえつけて両腕で逃げられないようにし、長身を生かして彼女に覆い被さる形を取ったのだ。
「ソファーはあっちよ」
ダンテを押しのけようとするが、酔っていて意識が朦朧とした彼はぐったりとしており、体格差もある彼をどかすことが出来なかった。
「……ダンテ、帰ってきたの?」
かたり、と小さな物音がして事務所フロアの奥から一人の女性と一匹の黒猫が顔を出したので、コーデリアは顔を動かしてダンテの身体の脇から奥を見る。
女性は東洋特有の艶やかな黒い髪と紫の瞳が特徴的な小柄な人物で、黒猫はルビーのような鮮やかな紅い目が綺麗だった。
ダンテは東洋人の恋人と一緒に暮らしていると聞いた。
それではこの黒髪の女性が、ダンテの恋人なのだろうとコーデリアはすぐに理解する。
「ダン……、っ!?」
恋人の綺麗な顔が驚きに歪んだ。
──もしかして、キスをしていたのだと思われたのだろうか。
ダンテは昔からの上客であるし、コーデリア個人としても面倒な事態は避けたいので、努めて明るい口調で恋人に話しかけた。
「あっ、ちょうど良かった。あたし、『ラブプラネット』のコーデリアって言うの。ダンテったら飲み過ぎて酔っ払っちゃったのよ」
ソファーに寝かせるから手伝ってと言えば、恋人はぎこちなく頷き、コーデリアと一緒にダンテを近くのソファーへと寝かせた。
「あなた、ダンテの恋人でしょ?」
「……はい、紫乃です」
不安そうな表情で、紫乃はコーデリアをちらりと見た。
ウェーブのかかった長い金髪に、青い瞳、形の良い唇には赤い口紅が塗られている。
それだけで世の男性が振り返りそうなほどの美貌に加え、ラブプラネットの者だと告げた。
スラム街に住んでいる以上、紫乃はだいたいの建物や店舗について把握しているし、ラブプラネットがどういう店なのかも知り及んでいる。
風俗店で働く女性を蔑むわけではないが、何しろ今しがたダンテが覆い被さっていたのだ。
やましい現場を目撃してしまったせいで、コーデリアを見る視線が自然と怪訝なものへとなる。
そんな視線を受けて、コーデリアはやっぱり彼女は勘違いをしていると察した。
だから、まずは誤解を解かねばならない。