雑誌と恋人
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ドアの前からダンテが遠ざかったことを感じ取った紫乃は小さく息をつき、携帯電話を取り出した。
見慣れた名前と番号を表示させ、発信ボタンを押す。
数回呼び出し音が流れたあと、相手が電話口に出た。
≪もしもし、由摩よ≫
「由摩ー……」
≪な、何? どうしたのよ?≫
親友からの電話に由摩は喜んだが、その声は重く沈んでいたので慌てて状況を尋ねる。
「お……男の人って恋人と一緒に……あ、あ、アダルト雑誌、楽しみたいものなのかな……」
≪……へ?≫
突拍子もない言葉が飛び出して、由摩は電話の向こうでぱちくりと目を瞬かせた。
それだけの短い言葉で由摩が理解出来るはずがないと紫乃は思い直して、今しがたの出来事を由摩に説明することにした。
≪なるほどねぇ……≫
ダンテと同じ欧米人でフランクな性格ならば、彼と一緒にそういう雑誌で盛り上がる可能性はありそうだが、紫乃は日本人である。
おまけにそういった話題には敏感かつ繊細で慣れていない。
恋人のダンテも紫乃のそういった部分を理解していたのかと思っていたのだが。
≪まあ、中にはそういう男性もいるでしょうね≫
簡潔に自分の思ったことを告げるところは、昔から変わっていない。
≪ダンテがそういう部類かはわからないけど、今まではちゃんと隠してたんでしょ?≫
「うん……」
≪それが最近隠し忘れてたのなら……ダンテの言葉は本当なのかもよ。ほら、よく言うじゃない。無意識に起こした言動はその人がやりたいことだ、って≫
確かに何処か(テレビだっただろうか)で聞いたことがある。
≪とりあえず、もう一度落ち着いて考え直してみなよ。ダンテも紫乃のこと好きだからそういうこと言ったんだよ≫
ね、と背中を後押しするように付け加えれば、紫乃は言い淀みながらも頷いた。
≪また何かあったら連絡ちょうだい≫
「ん……ありがとう、由摩」
≪いいのいいの。んじゃ、またね≫
突然であったにもかかわらず快く相談に乗ってくれた由摩に礼を述べて、紫乃は電話を切った。
手元にあるものに視線を落とす。
ダンテの部屋に二冊あったうちの一冊を、成り行きで自室まで持ち込んでしまっていたのだ。
世の男性陣が喜びそうな魅力的な体型の女性が、扇情的なポーズを取っている表紙を見ただけで目をそらしたくなる。
だが、ダンテは自分を楽しませようと思っているのだ。
ただ逃げてばかりではなく、きちんと向き合わないといけない。
紫乃は意を決して表紙を捲り中身を開いた。
「…………」
顔に熱が集中するのが自分でもわかった。
ページを閉じてしまいたい衝動にかられるが逃げるわけにはいかない。
向き合うと決めたのだから。
そうやって、紫乃は至極真面目な表情で雑誌のページを捲るのだった。
昼間から夕方と時刻は変わった。
室内が薄暗くなったことに気付いて顔を上げて窓の外を見れば、日は既に沈んでいる。
携帯電話で時刻を確認すれば、あと小一時間ほどで夕食の時間帯になる。
「あ、やだ……もうこんな時間」
予想に反して時間の経過が早いことに驚きながらも、それほどまでに雑誌に集中していたのかと思うと少々恥ずかしさが込み上げてきた。
それにしてもやけに静かである。
ダンテは寝てしまったのだろうか。
雑誌を閉じて部屋を出て、階下を覗き込むも彼の姿は見当たらない。
ベッドルームのドアをノックしても返事がない。
そろりとドアを開けて中を見るが、やはりいない。
一階に下りてリビングやキッチン、念のためバスルームなども覗いてみるが、ダンテの姿は見当たらなかった。
マハも散歩に出ているのか、事務所には紫乃だけ。
「……仲直りしたかったのに……」
紫乃は肩を落として溜息をつくと、ひとまず食事の準備をするためキッチンへ向かった。
* * *
『Devil May Cry』から少し離れた場所に『ラブプラネット』という店舗がある。
大人の男性向けのストリップ・バー、つまりは風俗店だ。
「いらっしゃい」
店内はピンク色の照明で、がやがやと騒がしい。
ダンテはバーカウンターの空いている席に腰掛け、ジントニックを注文した。
「あら、随分久しぶりじゃない、ダンテ」
声をかけられてそちらを振り向けば、ウェーブのかかった金髪のグラマーな女性が立っていた。
隣いいかしら、とダンテの返答を待つことなく、女性はダンテの隣席に座る。
「……コーデリアか」
「名前覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
にっこりと笑うと、まるで日の光を浴びた花のように輝いているようだ。
赤い口紅が塗られた唇が艶やかに煌く。
ダンテは差し出されたジントニックをぐいっとあおる。
「ずっと顔出してくれないから、みんな寂しがってたのよ」
コーデリアはちらりと店内で働く女性達を一瞥する。
来店する男性客の中で一際美丈夫で会話も楽しく盛り上がるダンテは、女性達の憧れであった。
中でもコーデリアは男性客で一番人気であるため、ダンテと話す機会も多かった。
もちろん彼女自身もダンテを気に入っているので、こうして自分から声をかけて喋っているのだ。
「まあ……いろいろあってね」
早くも一杯目を飲み干したダンテは二杯目としてウィスキーを注文する。
含みを持ったダンテの言葉に、コーデリアはもしかしてと疑問に思っていることを彼に訊いてみた。
「ねえ、最近女の子と暮らし始めたって本当なの?」
同じスラム街に店を構え、この辺りでは有名なダンテに関する噂話は、コーデリアの耳にも届いていた。
初夏あたりに東洋人の娘が『Devil May Cry』に出入り……どころか一緒に暮らし始めたというのだ。
人づてに聞いた話であり、ダンテ本人とも会えずにいたので真偽のほどを確認することが出来ずにいたが、今日は彼が来店している。
噂話が本当かどうか確かめなくては。
「ああ」
「じゃあ、もう付き合ってる?」
「……まあ、な」
ダンテの前にウィスキーが入ったグラスが出されると、彼はすぐにグラスを傾けた。
恋愛に関する話題が好きなのは女性の特徴であり、コーデリアもそうだった。
だから何の気なしにその娘と恋人同士なのかと尋ねてみたのだが、当のダンテの返答は歯切れの良いものではなかった。
「はっきりしないわね。何かあったの?」
もやもやとしてはっきりとしないものは好きではないコーデリアは、問い詰めるようにダンテに迫る。
始めのうちは何も言わずただ酒を飲んでいたが、何度も問いただすとようやくダンテは口を開いた。
「……女ってアダルト雑誌、嫌いなのか?」
「……は?」
予想外の言葉に、コーデリアは拍子抜けした。
見慣れた名前と番号を表示させ、発信ボタンを押す。
数回呼び出し音が流れたあと、相手が電話口に出た。
≪もしもし、由摩よ≫
「由摩ー……」
≪な、何? どうしたのよ?≫
親友からの電話に由摩は喜んだが、その声は重く沈んでいたので慌てて状況を尋ねる。
「お……男の人って恋人と一緒に……あ、あ、アダルト雑誌、楽しみたいものなのかな……」
≪……へ?≫
突拍子もない言葉が飛び出して、由摩は電話の向こうでぱちくりと目を瞬かせた。
それだけの短い言葉で由摩が理解出来るはずがないと紫乃は思い直して、今しがたの出来事を由摩に説明することにした。
≪なるほどねぇ……≫
ダンテと同じ欧米人でフランクな性格ならば、彼と一緒にそういう雑誌で盛り上がる可能性はありそうだが、紫乃は日本人である。
おまけにそういった話題には敏感かつ繊細で慣れていない。
恋人のダンテも紫乃のそういった部分を理解していたのかと思っていたのだが。
≪まあ、中にはそういう男性もいるでしょうね≫
簡潔に自分の思ったことを告げるところは、昔から変わっていない。
≪ダンテがそういう部類かはわからないけど、今まではちゃんと隠してたんでしょ?≫
「うん……」
≪それが最近隠し忘れてたのなら……ダンテの言葉は本当なのかもよ。ほら、よく言うじゃない。無意識に起こした言動はその人がやりたいことだ、って≫
確かに何処か(テレビだっただろうか)で聞いたことがある。
≪とりあえず、もう一度落ち着いて考え直してみなよ。ダンテも紫乃のこと好きだからそういうこと言ったんだよ≫
ね、と背中を後押しするように付け加えれば、紫乃は言い淀みながらも頷いた。
≪また何かあったら連絡ちょうだい≫
「ん……ありがとう、由摩」
≪いいのいいの。んじゃ、またね≫
突然であったにもかかわらず快く相談に乗ってくれた由摩に礼を述べて、紫乃は電話を切った。
手元にあるものに視線を落とす。
ダンテの部屋に二冊あったうちの一冊を、成り行きで自室まで持ち込んでしまっていたのだ。
世の男性陣が喜びそうな魅力的な体型の女性が、扇情的なポーズを取っている表紙を見ただけで目をそらしたくなる。
だが、ダンテは自分を楽しませようと思っているのだ。
ただ逃げてばかりではなく、きちんと向き合わないといけない。
紫乃は意を決して表紙を捲り中身を開いた。
「…………」
顔に熱が集中するのが自分でもわかった。
ページを閉じてしまいたい衝動にかられるが逃げるわけにはいかない。
向き合うと決めたのだから。
そうやって、紫乃は至極真面目な表情で雑誌のページを捲るのだった。
昼間から夕方と時刻は変わった。
室内が薄暗くなったことに気付いて顔を上げて窓の外を見れば、日は既に沈んでいる。
携帯電話で時刻を確認すれば、あと小一時間ほどで夕食の時間帯になる。
「あ、やだ……もうこんな時間」
予想に反して時間の経過が早いことに驚きながらも、それほどまでに雑誌に集中していたのかと思うと少々恥ずかしさが込み上げてきた。
それにしてもやけに静かである。
ダンテは寝てしまったのだろうか。
雑誌を閉じて部屋を出て、階下を覗き込むも彼の姿は見当たらない。
ベッドルームのドアをノックしても返事がない。
そろりとドアを開けて中を見るが、やはりいない。
一階に下りてリビングやキッチン、念のためバスルームなども覗いてみるが、ダンテの姿は見当たらなかった。
マハも散歩に出ているのか、事務所には紫乃だけ。
「……仲直りしたかったのに……」
紫乃は肩を落として溜息をつくと、ひとまず食事の準備をするためキッチンへ向かった。
* * *
『Devil May Cry』から少し離れた場所に『ラブプラネット』という店舗がある。
大人の男性向けのストリップ・バー、つまりは風俗店だ。
「いらっしゃい」
店内はピンク色の照明で、がやがやと騒がしい。
ダンテはバーカウンターの空いている席に腰掛け、ジントニックを注文した。
「あら、随分久しぶりじゃない、ダンテ」
声をかけられてそちらを振り向けば、ウェーブのかかった金髪のグラマーな女性が立っていた。
隣いいかしら、とダンテの返答を待つことなく、女性はダンテの隣席に座る。
「……コーデリアか」
「名前覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
にっこりと笑うと、まるで日の光を浴びた花のように輝いているようだ。
赤い口紅が塗られた唇が艶やかに煌く。
ダンテは差し出されたジントニックをぐいっとあおる。
「ずっと顔出してくれないから、みんな寂しがってたのよ」
コーデリアはちらりと店内で働く女性達を一瞥する。
来店する男性客の中で一際美丈夫で会話も楽しく盛り上がるダンテは、女性達の憧れであった。
中でもコーデリアは男性客で一番人気であるため、ダンテと話す機会も多かった。
もちろん彼女自身もダンテを気に入っているので、こうして自分から声をかけて喋っているのだ。
「まあ……いろいろあってね」
早くも一杯目を飲み干したダンテは二杯目としてウィスキーを注文する。
含みを持ったダンテの言葉に、コーデリアはもしかしてと疑問に思っていることを彼に訊いてみた。
「ねえ、最近女の子と暮らし始めたって本当なの?」
同じスラム街に店を構え、この辺りでは有名なダンテに関する噂話は、コーデリアの耳にも届いていた。
初夏あたりに東洋人の娘が『Devil May Cry』に出入り……どころか一緒に暮らし始めたというのだ。
人づてに聞いた話であり、ダンテ本人とも会えずにいたので真偽のほどを確認することが出来ずにいたが、今日は彼が来店している。
噂話が本当かどうか確かめなくては。
「ああ」
「じゃあ、もう付き合ってる?」
「……まあ、な」
ダンテの前にウィスキーが入ったグラスが出されると、彼はすぐにグラスを傾けた。
恋愛に関する話題が好きなのは女性の特徴であり、コーデリアもそうだった。
だから何の気なしにその娘と恋人同士なのかと尋ねてみたのだが、当のダンテの返答は歯切れの良いものではなかった。
「はっきりしないわね。何かあったの?」
もやもやとしてはっきりとしないものは好きではないコーデリアは、問い詰めるようにダンテに迫る。
始めのうちは何も言わずただ酒を飲んでいたが、何度も問いただすとようやくダンテは口を開いた。
「……女ってアダルト雑誌、嫌いなのか?」
「……は?」
予想外の言葉に、コーデリアは拍子抜けした。