lingering scent(君の移り香)
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ダンテはコートの臭いを嗅いで大きな溜め息を吐いた。
言葉にするのも億劫なほどに酷い臭いだ。
得体の知れぬ化け物どもの血液や体液、硝煙や埃が混ざり合って胸の悪くなる凶悪な臭いになっている。
下弦の月が段々と南の空へ消えゆく頃合い。
ディーヴァは一人で穏やかな眠りにつけただろうか。
恥ずかしがり屋で意地っ張りな可愛い恋人。
一人で眠るのが苦手な彼女。
いつもダンテの外出の際には気丈に振る舞い笑顔を見せるが、心の奥底では拭えぬ傷が疼いて仕方がないはずで。
早く帰って抱き締めてやりたい。
早く帰って抱き締めて欲しい。
いつまでも慣れぬ悪臭に顔をしかめながら、胸元から上昇してくるそれから逃げるようにダンテは走った。
灯りが消え静まり返った事務所に到着したダンテは、頼れる相棒達を壁やデスクに戻してから足早にバスルームに向かった。
コートもブーツも脱がずにそのまま頭からシャワーを浴びる。
冷水が徐々に温まっていく感覚に身体から力が抜けていく。
思わず漏れる息に、身体というより心の疲れを感じた。
臭いが……取れない。
ダンテは自分の髪を掴む。
普段は烏の行水で適当に汗を流すだけの時もあるが、今晩はそれでは事足りない。
不快な化け物がどこまでも追いかけてくるようで、心を酷くささくれさせる。
「くそっ……」
ダンテは重量を増したコートを床に脱ぎ捨て、のろのろと壁に手をついて項垂れた。
コンコン……
バスルームの扉が控えめにノックされた。
シャワーの音で危うく聞き逃すところだったが、ダンテは慌ててコックを捻り水流を止める。
曇りガラスの向こうにふんわりと愛しい恋人のシルエットが見えた。
「どうした。まさか起きてたのか?」
ドア越しに声をかける。
「たまたま起きただけだよ。随分長いことシャワー浴びてるから、どうかしたのかと思って 」
「どうもしないさ。悪いな、心配かけて」
「ううん。何でもないならいいの。先にベッド戻ってるね」
ディーヴァはゴソゴソとしばらく脱衣所で身動きしてからそっと姿を消した。
「しまった。引っ張り込んじまえばよかった。オレとしたことが」
いつもならこんな千載一遇のチャンスを逃すことはないのに。
何度目か分からない深い溜め息を漏らしながら、バスルームから出ると棚に用意されていた洗い立ての柔らかなバスタオルとラフな着替え。
ディーヴァの心遣いに少し気が楽になる。
さっさと着替え、適当に髪の水分を飛ばしながら寝室に入る。
ディーヴァはサイドランプを点けて読書をしながら待っていた。
湿ったバスタオルを椅子に引っ掛けて、ダンテはするりとベッドに潜り込む。
「あーあ、つっかれたー」
「お疲れ様」
「んー」
「ねぇダンテ。言いそびれちゃった」
「何を?」
ダンテの腕の誘いに導かれたディーヴァは読書をやめて照れたように目を細めた。
「おかえり、ダンテ」
「……ただいま」
照れが移る。
はにかみながら改めて言われると、なんてこそばゆくそれでいて熱い言葉だろうか。
ダンテはディーヴァをすっぽりと抱き締めて、彼女の前髪を鼻の頭ですりすりと搔きわける。
鼻腔を優しく刺激する甘い香りに、ダンテは何度も深呼吸をしてしまう。
「はぁ、いい匂いだ」
「ちょっ……くすぐったい」
「すーはー。あーダメだ。ディーヴァは何でこんないい匂いなの」
「ダンテもいい匂いだよ。おんなじシャンプーなのにあたしより甘い匂いがするし」
頬を桃色に染めてえへへーと笑いながら、胸に顔を押し付けてくるディーヴァの姿。
ちくりと罪悪感が針となって胸を刺す。
胸元のドス黒い臭い。
化け物の臭いが彼女に移りはしないだろうかと。
黒く悍ましい魔の手がディーヴァの身体に絡みつく姿が脳裏に過ぎり、急速に喉が渇いて息苦しくなる。
「っ……」
「ダンテ……ダンテ、どうしたの?」
ダンテのことに関しては些細な変動でも見逃さないディーヴァは、只ならぬ彼の力み方に首を傾げた。
「ディーヴァ。オレ……本当に、変な臭い、してない……よな?」
「してないよ」
「嫌な臭い……してない?」
「…………どれどれ?」
彼らしくない切れ切れで自信のない声にディーヴァはおどけるように笑うと、彼の頭をギュッと自分の胸に引き寄せた。
そしてまったく拭き切れていない冷たい髪にそっと唇をつける。
すんすんとワザと鼻の音を立てた。
お揃いのシャンプーのはずなのに、彼が纏うと独特な菓子のような男にしては少し甘すぎる香りになる。
「んー。やっぱりとってもいい匂いだけど?」
「そうか……ならいいんだ。悪い」
ホッと息を吐いたダンテはそのままディーヴァの胸の中で呼吸を繰り返す。
優しくて人間らしい、いい匂い。
悪魔を惹きつける魅惑的な天使の香り。
この香りに包まれるようになって安らぐとはこういう事なんだと、彼女を近くに感じる度に思い知る。
同時に毎度猛る邪な思いを放出してしまいたいとも。
言葉にするのも億劫なほどに酷い臭いだ。
得体の知れぬ化け物どもの血液や体液、硝煙や埃が混ざり合って胸の悪くなる凶悪な臭いになっている。
下弦の月が段々と南の空へ消えゆく頃合い。
ディーヴァは一人で穏やかな眠りにつけただろうか。
恥ずかしがり屋で意地っ張りな可愛い恋人。
一人で眠るのが苦手な彼女。
いつもダンテの外出の際には気丈に振る舞い笑顔を見せるが、心の奥底では拭えぬ傷が疼いて仕方がないはずで。
早く帰って抱き締めてやりたい。
早く帰って抱き締めて欲しい。
いつまでも慣れぬ悪臭に顔をしかめながら、胸元から上昇してくるそれから逃げるようにダンテは走った。
灯りが消え静まり返った事務所に到着したダンテは、頼れる相棒達を壁やデスクに戻してから足早にバスルームに向かった。
コートもブーツも脱がずにそのまま頭からシャワーを浴びる。
冷水が徐々に温まっていく感覚に身体から力が抜けていく。
思わず漏れる息に、身体というより心の疲れを感じた。
臭いが……取れない。
ダンテは自分の髪を掴む。
普段は烏の行水で適当に汗を流すだけの時もあるが、今晩はそれでは事足りない。
不快な化け物がどこまでも追いかけてくるようで、心を酷くささくれさせる。
「くそっ……」
ダンテは重量を増したコートを床に脱ぎ捨て、のろのろと壁に手をついて項垂れた。
コンコン……
バスルームの扉が控えめにノックされた。
シャワーの音で危うく聞き逃すところだったが、ダンテは慌ててコックを捻り水流を止める。
曇りガラスの向こうにふんわりと愛しい恋人のシルエットが見えた。
「どうした。まさか起きてたのか?」
ドア越しに声をかける。
「たまたま起きただけだよ。随分長いことシャワー浴びてるから、どうかしたのかと思って 」
「どうもしないさ。悪いな、心配かけて」
「ううん。何でもないならいいの。先にベッド戻ってるね」
ディーヴァはゴソゴソとしばらく脱衣所で身動きしてからそっと姿を消した。
「しまった。引っ張り込んじまえばよかった。オレとしたことが」
いつもならこんな千載一遇のチャンスを逃すことはないのに。
何度目か分からない深い溜め息を漏らしながら、バスルームから出ると棚に用意されていた洗い立ての柔らかなバスタオルとラフな着替え。
ディーヴァの心遣いに少し気が楽になる。
さっさと着替え、適当に髪の水分を飛ばしながら寝室に入る。
ディーヴァはサイドランプを点けて読書をしながら待っていた。
湿ったバスタオルを椅子に引っ掛けて、ダンテはするりとベッドに潜り込む。
「あーあ、つっかれたー」
「お疲れ様」
「んー」
「ねぇダンテ。言いそびれちゃった」
「何を?」
ダンテの腕の誘いに導かれたディーヴァは読書をやめて照れたように目を細めた。
「おかえり、ダンテ」
「……ただいま」
照れが移る。
はにかみながら改めて言われると、なんてこそばゆくそれでいて熱い言葉だろうか。
ダンテはディーヴァをすっぽりと抱き締めて、彼女の前髪を鼻の頭ですりすりと搔きわける。
鼻腔を優しく刺激する甘い香りに、ダンテは何度も深呼吸をしてしまう。
「はぁ、いい匂いだ」
「ちょっ……くすぐったい」
「すーはー。あーダメだ。ディーヴァは何でこんないい匂いなの」
「ダンテもいい匂いだよ。おんなじシャンプーなのにあたしより甘い匂いがするし」
頬を桃色に染めてえへへーと笑いながら、胸に顔を押し付けてくるディーヴァの姿。
ちくりと罪悪感が針となって胸を刺す。
胸元のドス黒い臭い。
化け物の臭いが彼女に移りはしないだろうかと。
黒く悍ましい魔の手がディーヴァの身体に絡みつく姿が脳裏に過ぎり、急速に喉が渇いて息苦しくなる。
「っ……」
「ダンテ……ダンテ、どうしたの?」
ダンテのことに関しては些細な変動でも見逃さないディーヴァは、只ならぬ彼の力み方に首を傾げた。
「ディーヴァ。オレ……本当に、変な臭い、してない……よな?」
「してないよ」
「嫌な臭い……してない?」
「…………どれどれ?」
彼らしくない切れ切れで自信のない声にディーヴァはおどけるように笑うと、彼の頭をギュッと自分の胸に引き寄せた。
そしてまったく拭き切れていない冷たい髪にそっと唇をつける。
すんすんとワザと鼻の音を立てた。
お揃いのシャンプーのはずなのに、彼が纏うと独特な菓子のような男にしては少し甘すぎる香りになる。
「んー。やっぱりとってもいい匂いだけど?」
「そうか……ならいいんだ。悪い」
ホッと息を吐いたダンテはそのままディーヴァの胸の中で呼吸を繰り返す。
優しくて人間らしい、いい匂い。
悪魔を惹きつける魅惑的な天使の香り。
この香りに包まれるようになって安らぐとはこういう事なんだと、彼女を近くに感じる度に思い知る。
同時に毎度猛る邪な思いを放出してしまいたいとも。
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