二周目 伍
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見慣れた天井のしみ。気がつくと生家の煉獄家だった。
「んぅ……」
眠っていただけでなく、高熱が出てしまっていたらしい。一度目は覚めたそうだが、その後眠るではなく熱で気をやっていたとのこと。先程見に来た千寿郎が言ってたけど、全く記憶にございません!!
「高熱……どうりで体が怠くて節々が痛い訳だ」
額に置かれたひんやり手ぬぐいをちょん、とつついて一人ごちる。その瞬間、襖が勢いよく開いた。その風圧で手ぬぐいが飛ぶほどの衝撃。……寒いっす。
「朝緋ッ起きたか!体はどうだっ!!」
「寒いです。今貴方が襖を開けるのに起こした風で余計に寒いです。扉は静かに開けてくださ、」……母上と重なって見えた」
起き上がったそのままに、抱き寄せられた。杏寿郎さんの匂いがする。昔と変わらない優しい、けれどおとなの男の人の匂い。
うっすらかいた汗の匂いもする。けれど全然嫌じゃない。
ただ、今は匂いよりも抱き寄せられた戸惑いと、瑠火さんと重ねられた事実が先行する。
「君は眠っていて気がつかなかったろうが母上と同じような咳をしていた!苦しそうで、つらそうで……君を、母上と同じように失うかと思った!」
杏寿郎さんの胸の底にあるトラウマを刺激してしまったようだ。逃がさないとばかりに強く強く、抱きしめられて苦しい。
「…………風邪がうつりますよ」
「俺は風邪などひかないうつらない。うつっても壱ノ型で吹き飛ばしてみせる」
「何言ってるんですか。人間なら風邪はひくものですよ。うつる時もあるのです」
「そういえば風邪は人にうつすと治るなどと聞いた。俺にうつしてくれ!」
ぽんぽんペシペシと離すよう促しても、更にぎゅうぎゅうと抱きしめられて終わる。
猗窩座の頸に食い込む刀を手にした時の「絶対に離さない!」が脳裏をよぎる。怖い。
「あ、貴方は柱!風邪をひくわけにいかないでしょう?離れてくださいっ!
千寿郎もっそこで見ていないでこの人を引き剥がして!?」
後ろに控えるのは千寿郎。杏寿郎さんが私を抱きしめた頃、遅れてやってきた。その表情は暗くてよく見えなかった。
「姉上……兄上の気持ちもわかってください。僕も、すごく心配しました。
姉上がっ、高熱で倒れたとっ!お顔が真っ青で!でも真っ赤で!苦しそうで……!抱える兄上も真っ青なお顔で死ぬほど慌てていて!心臓が止まるかと思ったんですから!」
前から杏寿郎さん。後ろから千寿郎が抱きついてきた。今回は私が具材の煉獄サンドだーって、これ千寿郎の心の奥にあるトラウマスイッチも押してたぽい。千寿郎が怒りながら、泣いている。
杏寿郎さんにするのより弱く、ぽんぽんとその背を叩いて離れるよう促す。
「千寿郎も、風邪ひいちゃうよ?」
「風邪がうつって治るなら、僕もいくらでもうつっていいです!
もうっ!心配かけないでくださいっ!!家を出られて、やっと顔を見せに帰ってきてくれたと思ったら、倒れてるしっ!僕がどれほど……っ」
「杏寿郎千寿郎。うるさいぞ静かにしろ!」
槇寿朗さんだ。
大きな怒声に杏寿郎さんと千寿郎の動き、そして言葉がぴたりと止まった。下手すれば心臓も一瞬止まった。私の心臓含めて。
不機嫌そうな顔を出した槇寿朗さんは、この時期にもかかわらず褞袍ひとつ着ないいつもの着流し。元柱の体ってどうなってんの?
「お部屋をお借りしてしまい申し訳ありません。すぐに出て行きます」
二人に支えられながらだったが体をしっかりと起こし、頭を下げて詫びる。槇寿朗さんはこちらを見ないまま、連々述べた。
「こういう時くらいゆっくり寝てしっかり治していけ。
しかし鬼殺のためとはいえ、この時期の川に落ちるなど……今後はこのような事がないように気をつけろ。お前はおなごなんだ。体は常日頃から冷やさないようにしなさい」
私に群がる……いや、支える二人にも声をかけていく。
「二人とも、そのくらいにして寝かせてやれ。うるさくするとこいつの熱が上がるぞ」
「そ、そうだな!もうしわけない!」
「姉上、ごめんなさい!」
そして差し出されたのは、食べやすく切られた林檎と、あたたかい甘酒の入った湯呑み。
「あー、その。なんだ、厨に置いてあった。冷めぬうちに飲むといいんではないか?」
目の前の二人は何も言わないがこれを用意したのは杏寿郎さんでも千寿郎でもない。この少し歪つでありながらも、塩水にきちんとつけてある林檎は……。
それにこの甘酒って……槇寿朗さんご贔屓の酒屋さんがお出ししてくれる味のものだわ。
「ありがとう……ございます」
林檎はちょっとしょっぱくて、甘酒は優しい甘さで。槇寿朗さんからの思いやりの味がした。
鬼殺隊所属の肉体は風邪にもある程度耐性があるようで、それから程なくして私の具合はすっかりよくなった。疲れが溜まっていたのかも。
よくなるまでの間、私とついでに杏寿郎さんは、完全に千寿郎のお世話になってしまった。家を出た身だというのになぁ。……あとで美味しいカスティラでも届けよう。
明日帰ろうかな、と思っていた時のこと。珍しく杏寿郎さんが自室にこもり、千寿郎に真面目な話を切り出していた。
「千寿郎。こんな時に言うのもついでのようで申し訳ないが、炎柱邸にお前の色変わりの儀に使う日輪刀が届いている。柱の屋敷の方へ届くよう手配してあったのだ」
あー、今の状態と状況じゃ槇寿朗さんの逆鱗に触れちゃうもんね……わかる。
「僕の……日輪刀」
これまで剣術へ真摯に向き合ってきた千寿郎。剣術の腕だって悪くない。
なんてったって師事する相手も杏寿郎さんと時々私!という最高の人だもの。あ、私は役に立ってないけど。
だから大丈夫。
そう思っていたのに。
静寂に包み込まれた炎柱邸にて、慎重に日輪刀を握る千寿郎。その色は鋼の色から動かなかった。
ああ、まただ。また『前』と同じだ。
千寿郎の何が悪いのか私にはわからない。そこにあるのはただ、日輪刀の色が変わらなかったという事実だけ。
千寿郎は剣士には、鬼殺隊士にはなれない。
残念な気持ちが湧くと同時、どこかホッとした私がいる。杏寿郎さんもまた、傍目ではわからないくらい微細に、安心していた。
槇寿朗さんも、勝手なことをと怒りつつも、きっと安心するんだろうな。
千寿郎の分も、私が必ず鬼を滅すると誓う。
もしも次に上弦の参が来たら。無限列車に乗ることにでもなったら。奴の頸をとる。殺させやしないし殺されもしない。
泣いている千寿郎を慰めながら、私はまた一つ決意を固めた。
「んぅ……」
眠っていただけでなく、高熱が出てしまっていたらしい。一度目は覚めたそうだが、その後眠るではなく熱で気をやっていたとのこと。先程見に来た千寿郎が言ってたけど、全く記憶にございません!!
「高熱……どうりで体が怠くて節々が痛い訳だ」
額に置かれたひんやり手ぬぐいをちょん、とつついて一人ごちる。その瞬間、襖が勢いよく開いた。その風圧で手ぬぐいが飛ぶほどの衝撃。……寒いっす。
「朝緋ッ起きたか!体はどうだっ!!」
「寒いです。今貴方が襖を開けるのに起こした風で余計に寒いです。扉は静かに開けてくださ、」……母上と重なって見えた」
起き上がったそのままに、抱き寄せられた。杏寿郎さんの匂いがする。昔と変わらない優しい、けれどおとなの男の人の匂い。
うっすらかいた汗の匂いもする。けれど全然嫌じゃない。
ただ、今は匂いよりも抱き寄せられた戸惑いと、瑠火さんと重ねられた事実が先行する。
「君は眠っていて気がつかなかったろうが母上と同じような咳をしていた!苦しそうで、つらそうで……君を、母上と同じように失うかと思った!」
杏寿郎さんの胸の底にあるトラウマを刺激してしまったようだ。逃がさないとばかりに強く強く、抱きしめられて苦しい。
「…………風邪がうつりますよ」
「俺は風邪などひかないうつらない。うつっても壱ノ型で吹き飛ばしてみせる」
「何言ってるんですか。人間なら風邪はひくものですよ。うつる時もあるのです」
「そういえば風邪は人にうつすと治るなどと聞いた。俺にうつしてくれ!」
ぽんぽんペシペシと離すよう促しても、更にぎゅうぎゅうと抱きしめられて終わる。
猗窩座の頸に食い込む刀を手にした時の「絶対に離さない!」が脳裏をよぎる。怖い。
「あ、貴方は柱!風邪をひくわけにいかないでしょう?離れてくださいっ!
千寿郎もっそこで見ていないでこの人を引き剥がして!?」
後ろに控えるのは千寿郎。杏寿郎さんが私を抱きしめた頃、遅れてやってきた。その表情は暗くてよく見えなかった。
「姉上……兄上の気持ちもわかってください。僕も、すごく心配しました。
姉上がっ、高熱で倒れたとっ!お顔が真っ青で!でも真っ赤で!苦しそうで……!抱える兄上も真っ青なお顔で死ぬほど慌てていて!心臓が止まるかと思ったんですから!」
前から杏寿郎さん。後ろから千寿郎が抱きついてきた。今回は私が具材の煉獄サンドだーって、これ千寿郎の心の奥にあるトラウマスイッチも押してたぽい。千寿郎が怒りながら、泣いている。
杏寿郎さんにするのより弱く、ぽんぽんとその背を叩いて離れるよう促す。
「千寿郎も、風邪ひいちゃうよ?」
「風邪がうつって治るなら、僕もいくらでもうつっていいです!
もうっ!心配かけないでくださいっ!!家を出られて、やっと顔を見せに帰ってきてくれたと思ったら、倒れてるしっ!僕がどれほど……っ」
「杏寿郎千寿郎。うるさいぞ静かにしろ!」
槇寿朗さんだ。
大きな怒声に杏寿郎さんと千寿郎の動き、そして言葉がぴたりと止まった。下手すれば心臓も一瞬止まった。私の心臓含めて。
不機嫌そうな顔を出した槇寿朗さんは、この時期にもかかわらず褞袍ひとつ着ないいつもの着流し。元柱の体ってどうなってんの?
「お部屋をお借りしてしまい申し訳ありません。すぐに出て行きます」
二人に支えられながらだったが体をしっかりと起こし、頭を下げて詫びる。槇寿朗さんはこちらを見ないまま、連々述べた。
「こういう時くらいゆっくり寝てしっかり治していけ。
しかし鬼殺のためとはいえ、この時期の川に落ちるなど……今後はこのような事がないように気をつけろ。お前はおなごなんだ。体は常日頃から冷やさないようにしなさい」
私に群がる……いや、支える二人にも声をかけていく。
「二人とも、そのくらいにして寝かせてやれ。うるさくするとこいつの熱が上がるぞ」
「そ、そうだな!もうしわけない!」
「姉上、ごめんなさい!」
そして差し出されたのは、食べやすく切られた林檎と、あたたかい甘酒の入った湯呑み。
「あー、その。なんだ、厨に置いてあった。冷めぬうちに飲むといいんではないか?」
目の前の二人は何も言わないがこれを用意したのは杏寿郎さんでも千寿郎でもない。この少し歪つでありながらも、塩水にきちんとつけてある林檎は……。
それにこの甘酒って……槇寿朗さんご贔屓の酒屋さんがお出ししてくれる味のものだわ。
「ありがとう……ございます」
林檎はちょっとしょっぱくて、甘酒は優しい甘さで。槇寿朗さんからの思いやりの味がした。
鬼殺隊所属の肉体は風邪にもある程度耐性があるようで、それから程なくして私の具合はすっかりよくなった。疲れが溜まっていたのかも。
よくなるまでの間、私とついでに杏寿郎さんは、完全に千寿郎のお世話になってしまった。家を出た身だというのになぁ。……あとで美味しいカスティラでも届けよう。
明日帰ろうかな、と思っていた時のこと。珍しく杏寿郎さんが自室にこもり、千寿郎に真面目な話を切り出していた。
「千寿郎。こんな時に言うのもついでのようで申し訳ないが、炎柱邸にお前の色変わりの儀に使う日輪刀が届いている。柱の屋敷の方へ届くよう手配してあったのだ」
あー、今の状態と状況じゃ槇寿朗さんの逆鱗に触れちゃうもんね……わかる。
「僕の……日輪刀」
これまで剣術へ真摯に向き合ってきた千寿郎。剣術の腕だって悪くない。
なんてったって師事する相手も杏寿郎さんと時々私!という最高の人だもの。あ、私は役に立ってないけど。
だから大丈夫。
そう思っていたのに。
静寂に包み込まれた炎柱邸にて、慎重に日輪刀を握る千寿郎。その色は鋼の色から動かなかった。
ああ、まただ。また『前』と同じだ。
千寿郎の何が悪いのか私にはわからない。そこにあるのはただ、日輪刀の色が変わらなかったという事実だけ。
千寿郎は剣士には、鬼殺隊士にはなれない。
残念な気持ちが湧くと同時、どこかホッとした私がいる。杏寿郎さんもまた、傍目ではわからないくらい微細に、安心していた。
槇寿朗さんも、勝手なことをと怒りつつも、きっと安心するんだろうな。
千寿郎の分も、私が必ず鬼を滅すると誓う。
もしも次に上弦の参が来たら。無限列車に乗ることにでもなったら。奴の頸をとる。殺させやしないし殺されもしない。
泣いている千寿郎を慰めながら、私はまた一つ決意を固めた。