二周目 伍
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その後もしばし千寿郎と私は稽古を続けたが、千寿郎が買い物に行くとのことである程度で終いにした。
私も私で、すべきこと。やりたいことがある。
「……さて、と」
唇をキュッと固く結ぶ。気持ちを強く持たねば、その場に行くことすらできなくなりそうだから。この足が、止まってしまいそうだから。
足に怒りの気を纏わせた私は、酒の匂いが漂ってくるこの家の『柱』の部屋へと歩みを進める。
失礼します、なんて一言声をかけることもせず、私はその部屋の襖を開け放った。
「朝緋か。……いきなり開けるとは無礼な娘だ」
無礼?こちとら怒ってる時は昔っから無礼者に成り下がるんで。なんとでもいうがいい。
「とうさま……。なんで、あんな言い方したの?」
「なんの話だ」
ギロリ、元柱の凄みある目で睨まれウッとなる。でも負けない。
「お手元のそのお酒は置いて座り、ちゃんとこちらに向き合ってください」
強い口調で言うも、なお酒は手離さず。それどころかこちらには一瞥をくれただけで布団から起き上がることもしてくれなかった。
仕方なしにそのまま続ける。
「…………私は。
杏寿郎兄さんのことを祝って欲しいです。褒めて欲しかったです。
なぜ『良くやった』と一言でいいから言えないのですか。貴方の息子でしょう。かつては鬼殺隊に入るがため、柱を目指すため……剣を教えていたではありませんか」
槇寿朗さんは無言を貫く。でも、聞いてはいるようだ。
「杏寿郎兄さんは何も言いません。でも心では貴方に認めて欲しいと思ってるはずです。
こんなに頑張ったのに。炎柱になるまで走り続け、これからもなお休むことなく心の炎をたやさず走り続けるのですよ。
貴方にこそ、労いの言葉をかけて欲しいはずなの」
「うるさいッ黙れ!!」
罵声だったけれど、槇寿朗さんからようやく一言引き摺り出せた。それを皮切りに畳みかけるように言い放つ。
「褒めることすらできないというなら、せめて鬼殺隊になぜ所属してほしくないのか言ってあげて!
大事だからこそ、傷つくのが怖いからだというのは、私はわかってるんですからね!憎まれ口叩くのだってそこからきてるのもわかってる……!昔貴方の愚痴を聞いた時に、私は嫌というほどそれを理解した……。
でも、杏寿郎さんや千寿郎には言わなくてはその気持ちは伝わりません。口があるんだから、ちゃんと言葉で言って!
杏寿郎さんなら、くよくよなんかしないで男らしくはっきりと言葉で言ってると思います!!」
「黙れと言ってるだろうがッ」
正座した自分の足をパンと叩きながら勢いよく言ったその瞬間、槇寿朗さんが酒瓶を投げつけてきた。
お酒が入ったままのそれは重く、このままでは避けても襖に穴が空くか酒で汚れる。
咄嗟の判断で私は顔で受け止めた。顔に当たったそれは派手に割れ、私の顔に傷と強い酒の香りを残した。
ああ、少し切れたな。酔いそうな香りと一緒に血の匂いがする。まあ、こんな傷は呼吸ですぐに止血できるからいいけど。
私も鬼殺隊に身を置いて、わずかな血の匂いも嗅ぎ分けられるようになってきたのか。嫌な傾向だ。
なんとも場違いな思考に逃げそうになる自分を目の前の怒り心頭な元柱を見ることで呼び戻す。怒りの中に、女の顔に傷をつけたという罪悪感が僅かにあるのが見えた。……避ければよかったかな?
「杏寿郎兄さんは、心根もどこまでもまっすぐで、炎のように熱い人です。誰よりも炎柱に相応しいと思いますが?
……少なくとも、こんなところでお酒をかっくらってぐうたらしてる人よりはね!」
今思えばそれは、的確すぎる刃物のような言葉だったのだろう。私の一言が、槇寿朗さんのプライドをズタズタにしてしまった。多少その自覚もある。
だが、結局のところ、私の頭は杏寿郎さんのことばかり優先していた。当たり前だ。だって、誰よりも、拾ってくださった目の前の槇寿朗さんよりも私は杏寿郎さんが大事なんだもの。
でも目の前のこの人も……槇寿朗さんも心のある人の子なのに。それも、下手をすれば杏寿郎さんよりも心優しくてかなり繊細な……。なのに、この時はどうしても優先できなかった。この人の気持ちを深く考えられなかった。
もう少しオブラートに包めばよかった。傷つけない言い方をすれば良かったのだ。
私も大人気ないことをしたものだ。
槇寿朗さんから怒りのオーラが立ち上っているのがわかった。私が放ったもの以上の激しい怒りは、赤い炎のとぐろを巻いているかのよう。
だが、その強烈とも言える怒りを抑える様に、槇寿朗さんは深〜いため息を吐き切ってから言葉を吐き出した。地の底から出したように低く静かな声が、嵐の前の静けさのようで余計恐ろしい。
「…………お前の。お前の今の階級はなんだ」
「え?……つち、のえ……です」
なぜこのタイミングで階級なんか聞くのだろう。幼い頃に戻ったかのように怖くなり、声が震えてしまった。
「まだそんなものか。低い……低すぎる。
どう見ても役に立ちそうもない。お前は剣技もなってないし呼吸も弱すぎるしおなごで稀血だ。他の隊士の邪魔にしかならんっ」
剣技がなってないですって?呼吸が弱い……?他の隊士の邪魔??
そんなことは自分でもわかってる。的確すぎるその言葉が、心にぐっさりと刺さる。悔しくて悔しくてたまらない。
畳の目を数えるが如くうつむいていると目の前に紙束が投げつけられた。真っ白で、折り目がたくさんついた綺麗な大量の紙。
「その中から選べ」
「??」
選べ?この蛇腹に折り畳まれた紙の束が一体何だというのだろう。
ぺらり、一枚めくって後悔した。
「とうさま……?これ、釣書……っ」
名も姿も知らぬ男性たちの身分や自己紹介が事細かに載った釣書だった。
えええ誰宛て?なにこれ?
「お前は鬼殺隊をやめて男に嫁げ。鬼殺隊なんぞにいても杏寿郎同様。いや、杏寿郎以上に役立たずのまま死んで終わる」
「と、嫁ぐ……?誰が。……私が?ぇ、」
「聞こえなかったのか。お前は鬼殺隊をやめて嫁げ!嫁がないのならば。鬼殺隊をやめないのならば、ここを出て行け」
出て行けの言葉の前に、こんなにたくさんの釣書が用意されている状況に混乱してしまった。
「エッつまり、ここから男の人を選んでー。お見合いしてー。そんでもって嫁ぐ……!?ちょ、ちょっと待って!?意味がわからない!今までそんなこと一言も……っ」
だがよく考えたら、そんなものを選択するわけにいかない。だって私は。
私も私で、すべきこと。やりたいことがある。
「……さて、と」
唇をキュッと固く結ぶ。気持ちを強く持たねば、その場に行くことすらできなくなりそうだから。この足が、止まってしまいそうだから。
足に怒りの気を纏わせた私は、酒の匂いが漂ってくるこの家の『柱』の部屋へと歩みを進める。
失礼します、なんて一言声をかけることもせず、私はその部屋の襖を開け放った。
「朝緋か。……いきなり開けるとは無礼な娘だ」
無礼?こちとら怒ってる時は昔っから無礼者に成り下がるんで。なんとでもいうがいい。
「とうさま……。なんで、あんな言い方したの?」
「なんの話だ」
ギロリ、元柱の凄みある目で睨まれウッとなる。でも負けない。
「お手元のそのお酒は置いて座り、ちゃんとこちらに向き合ってください」
強い口調で言うも、なお酒は手離さず。それどころかこちらには一瞥をくれただけで布団から起き上がることもしてくれなかった。
仕方なしにそのまま続ける。
「…………私は。
杏寿郎兄さんのことを祝って欲しいです。褒めて欲しかったです。
なぜ『良くやった』と一言でいいから言えないのですか。貴方の息子でしょう。かつては鬼殺隊に入るがため、柱を目指すため……剣を教えていたではありませんか」
槇寿朗さんは無言を貫く。でも、聞いてはいるようだ。
「杏寿郎兄さんは何も言いません。でも心では貴方に認めて欲しいと思ってるはずです。
こんなに頑張ったのに。炎柱になるまで走り続け、これからもなお休むことなく心の炎をたやさず走り続けるのですよ。
貴方にこそ、労いの言葉をかけて欲しいはずなの」
「うるさいッ黙れ!!」
罵声だったけれど、槇寿朗さんからようやく一言引き摺り出せた。それを皮切りに畳みかけるように言い放つ。
「褒めることすらできないというなら、せめて鬼殺隊になぜ所属してほしくないのか言ってあげて!
大事だからこそ、傷つくのが怖いからだというのは、私はわかってるんですからね!憎まれ口叩くのだってそこからきてるのもわかってる……!昔貴方の愚痴を聞いた時に、私は嫌というほどそれを理解した……。
でも、杏寿郎さんや千寿郎には言わなくてはその気持ちは伝わりません。口があるんだから、ちゃんと言葉で言って!
杏寿郎さんなら、くよくよなんかしないで男らしくはっきりと言葉で言ってると思います!!」
「黙れと言ってるだろうがッ」
正座した自分の足をパンと叩きながら勢いよく言ったその瞬間、槇寿朗さんが酒瓶を投げつけてきた。
お酒が入ったままのそれは重く、このままでは避けても襖に穴が空くか酒で汚れる。
咄嗟の判断で私は顔で受け止めた。顔に当たったそれは派手に割れ、私の顔に傷と強い酒の香りを残した。
ああ、少し切れたな。酔いそうな香りと一緒に血の匂いがする。まあ、こんな傷は呼吸ですぐに止血できるからいいけど。
私も鬼殺隊に身を置いて、わずかな血の匂いも嗅ぎ分けられるようになってきたのか。嫌な傾向だ。
なんとも場違いな思考に逃げそうになる自分を目の前の怒り心頭な元柱を見ることで呼び戻す。怒りの中に、女の顔に傷をつけたという罪悪感が僅かにあるのが見えた。……避ければよかったかな?
「杏寿郎兄さんは、心根もどこまでもまっすぐで、炎のように熱い人です。誰よりも炎柱に相応しいと思いますが?
……少なくとも、こんなところでお酒をかっくらってぐうたらしてる人よりはね!」
今思えばそれは、的確すぎる刃物のような言葉だったのだろう。私の一言が、槇寿朗さんのプライドをズタズタにしてしまった。多少その自覚もある。
だが、結局のところ、私の頭は杏寿郎さんのことばかり優先していた。当たり前だ。だって、誰よりも、拾ってくださった目の前の槇寿朗さんよりも私は杏寿郎さんが大事なんだもの。
でも目の前のこの人も……槇寿朗さんも心のある人の子なのに。それも、下手をすれば杏寿郎さんよりも心優しくてかなり繊細な……。なのに、この時はどうしても優先できなかった。この人の気持ちを深く考えられなかった。
もう少しオブラートに包めばよかった。傷つけない言い方をすれば良かったのだ。
私も大人気ないことをしたものだ。
槇寿朗さんから怒りのオーラが立ち上っているのがわかった。私が放ったもの以上の激しい怒りは、赤い炎のとぐろを巻いているかのよう。
だが、その強烈とも言える怒りを抑える様に、槇寿朗さんは深〜いため息を吐き切ってから言葉を吐き出した。地の底から出したように低く静かな声が、嵐の前の静けさのようで余計恐ろしい。
「…………お前の。お前の今の階級はなんだ」
「え?……つち、のえ……です」
なぜこのタイミングで階級なんか聞くのだろう。幼い頃に戻ったかのように怖くなり、声が震えてしまった。
「まだそんなものか。低い……低すぎる。
どう見ても役に立ちそうもない。お前は剣技もなってないし呼吸も弱すぎるしおなごで稀血だ。他の隊士の邪魔にしかならんっ」
剣技がなってないですって?呼吸が弱い……?他の隊士の邪魔??
そんなことは自分でもわかってる。的確すぎるその言葉が、心にぐっさりと刺さる。悔しくて悔しくてたまらない。
畳の目を数えるが如くうつむいていると目の前に紙束が投げつけられた。真っ白で、折り目がたくさんついた綺麗な大量の紙。
「その中から選べ」
「??」
選べ?この蛇腹に折り畳まれた紙の束が一体何だというのだろう。
ぺらり、一枚めくって後悔した。
「とうさま……?これ、釣書……っ」
名も姿も知らぬ男性たちの身分や自己紹介が事細かに載った釣書だった。
えええ誰宛て?なにこれ?
「お前は鬼殺隊をやめて男に嫁げ。鬼殺隊なんぞにいても杏寿郎同様。いや、杏寿郎以上に役立たずのまま死んで終わる」
「と、嫁ぐ……?誰が。……私が?ぇ、」
「聞こえなかったのか。お前は鬼殺隊をやめて嫁げ!嫁がないのならば。鬼殺隊をやめないのならば、ここを出て行け」
出て行けの言葉の前に、こんなにたくさんの釣書が用意されている状況に混乱してしまった。
「エッつまり、ここから男の人を選んでー。お見合いしてー。そんでもって嫁ぐ……!?ちょ、ちょっと待って!?意味がわからない!今までそんなこと一言も……っ」
だがよく考えたら、そんなものを選択するわけにいかない。だって私は。