二周目 伍
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怪我を治し終えた杏寿郎さんは、柱就任まで秒読みとなった。次に行われる臨時の柱合会議にて正式に炎柱就任を言い渡されるとの話だ。
ただ他の柱も、いつまでも減る様子のない鬼のせいでなかなか時間が取れないのか、開催まではかなり期間が開くよう。まあ、最近は鬼の動きが活発になってきたもんねえ。
「杏寿郎さんんん……貴方の継子として早く活躍したいです〜〜!」
自分の部屋の畳に寝転がりながら座布団を抱きしめじたばた。誰に聞かせるわけでもなくこっそりとつぶやく。
あ、この座布団ね、裏返すと杏寿郎さんの顔をデフォルメしたものを刺繍してみたものなの。抱きしめるとちょっとした幸福感。
煉獄家みんな同じ顔?そんなことない。眉毛と目の大きさで千寿郎や槇寿朗さんとの対比をはかってるから、見る人が見れば一瞬で杏寿郎さんだとわかってしまう。
杏寿郎さん本人や二人には内緒だよ?しー!
この時代に慣れたおかげで、繕い物の腕はかなりのもの。とはいえ花の刺繍なんてつまらないので、デフォルメした似顔絵なんかを刺繍するって思いついたのだ。
……もしかして仕事にできたりしないかな。
おっと、閑話休題。
蜜璃は最初から杏寿郎さんの継子だから、たまに任務が同じものになるようで。先日も弾力のある泥のような体躯を持つ鬼と、麻痺毒の雨を降らせる血鬼術を使う自己陶酔の強い鬼を共に討伐したとか。
そんな蜜璃は、まだ自身の呼吸は完全に定まらず、恋の呼吸とは呼んでいないようだ。
そのあとはすぐ瑠火さんの命日だったのだが、その任務や蜜璃の呼吸については里帰りしてきた杏寿郎さん本人から聞いた。まあ、又聞きってことさね。
又聞きだろうとなんだろうと、杏寿郎さんのそばにいられた蜜璃が、私はただただ羨ましかった。
任務はいつも命懸け。遊びでもデートでもないのはわかっている。でも、叶うことならば私もその任務に同行したかったほどだ。
……私も正式な継子になれば、一緒の任務に配属される事も多くなるのだろうか。
そうして瑠火さんの命日がすぎ、臨時の柱合会議が行われたその日に、炎柱・煉獄杏寿郎が誕生した。
これで私も炎柱が継子にしてもらえる!
ううん。私だけではない。千寿郎もまた、杏寿郎さんの継子になることを夢見てここまで頑張ってこれた。
まずは炎柱になれたことを杏寿郎さん本人が槇寿朗さんに報告する。そのあと継子にしてもらえるよう、お二人にお伺いを立てる予定である。
杏寿郎さんは許可してくれるだろうから心配はしていないが、正直、槇寿朗さんにいうことについては躊躇してる。千寿郎もまた、言うのが怖いようだった。
……って。よく考えてみたら、杏寿郎さんが柱になるまではかろうじて槇寿朗さんが炎柱の称号をいただいていたよね?
柱は最大九人。まだ空きはあるけれど、同じ呼吸の柱は余程のことでもない限り基本一人だ。
つまり、炎柱が杏寿郎さんに代替えした今、槇寿朗さんの炎柱としての生命は絶たれたことになる。それも息子である杏寿郎さんにその位置を、言い方は悪いが奪われた形で。
そんな中で報告って、かなりまずいのでは……?
槇寿朗さんもあれで結構、変なところプライド高いし。
やはりというべきか。槇寿朗さんの、杏寿郎さんに対する言葉は大層ひどかった。
柱の称号をとられた事もあるとはいえ、あまりにもひどいのではなかろうか。相手は大切な息子なんだよ?私情込みにしても、言い方が酷いと思う。
継子の話なんかできたもんじゃないね!
『くだらん。どうでもいい』
その言葉を筆頭に罵詈雑言にしか聞こえない言葉の数々が、杏寿郎さんに向かって放たれていた。私はそれを襖一枚隔てた向こうから聞いていた。
『前』もこうして隣の部屋から聞いた言葉。
くだらない?どうでもいい?大したものになれないってなに?槇寿朗さんが言う、大したものってなんなの?
その酷い言葉の羅列を、懐かしいだなんて思うことは絶対にできない。人間、嫌なことは忘れないものだ。杏寿郎さんが言われたかつての罵倒の言葉達ならば、昨日のことのように思い出せる。根が深い。
悲しくて悔しくてはらわたが煮えそうで……すごくいらいらする。
なぜ言い返さないのか、悲しいはずなのになぜ我慢するのか、貴方は怒りが湧かないのか。『以前』の時も散々思った。
こちとら、槇寿朗さんにはもちろん、何も言い返さない杏寿郎さんにも怒りが湧いてしかたがない。二人への怒りに任せて、この襖を開け放ち体当たりぶちかましてやりたい。いや、いつ飛び出してやろうか?その機会を虎視眈々と狙う。
心ではそう思うも、私はここで怒りに震える拳を握りしめることしかできなかった。これも『前』と同じで。
部屋を出てきた杏寿郎さんは、傍目にはわからないようにいつもの顔をしていた。感情の読み取りにくい、笑顔によく似た寂しげな顔。その裏に本心が薄く、薄〜く滲み出ているのは、長く共にいなかったらわからなかっただろう。
これもまた、同じ光景だった。
「……聞いていたのか」
部屋の外、廊下の端に立つ私を目にし、杏寿郎さんにしては儚い顔を浮かべる。どこか瑠火さんを彷彿とさせるその表情を見ていたら、湧いていた怒りが萎んで消えていった。
「とうさま、喜んでくれませんでしたね。杏寿郎兄さんはこんなにも頑張ったのに。柱になれたのに。なのに、親であるとうさまが認めてくれないなんて」
「朝緋……いいんだ。俺は父上に報告がしたかっただけだ。それも無事に終わった!それに父上でなくとも、朝緋が。そして千寿郎がこうして認めてくれる。それだけで十分だよ」
「でも…………。私は泣きたいです……悲しいです。悔しいです…………!」
今なら炭治郎の気持ちがわかる。
自分の力の足りなさにどれほど打ちのめされているかと、槇寿朗さんに食ってかかった時の炭治郎の悔しさ、憤り。今の私は、あの時の炭治郎と同じ。
気持ちの共鳴を覚えた私の感情は、熱くなった目が語ってくれた。頬を伝う熱い雫が。
「もう泣いているではないか……。
ありがとう朝緋。だが泣くな。俺は泣き顔より笑顔の方が好きだ」
「すみません……」
「ほら、千寿郎が見たら驚いてしまうぞ」
胸に私の頭を押し付け、トントンと背中を叩かれる。そのまま、いささか乱暴に袖で涙を拭われた。かちゃかちゃと袖口の金釦が鳴り、目の下や頬を擦っていく。
「ン……、杏寿郎、兄さん……釦が当たって痛い…………」
「す、すまない……っ」
訴えれば、わたわたとしながら離れてくれた。慌ててる姿が珍しくて、そして微笑ましく思えた。
「えへへ。顔、洗ってきますね」
「……うん」
涙でぐちゃぐちゃになりきる前にと、井戸へ向かい顔を洗い流す。凍るように冷たい水は肌をさすようで、その刺激が気分爽快でたまらなかった。
ただ他の柱も、いつまでも減る様子のない鬼のせいでなかなか時間が取れないのか、開催まではかなり期間が開くよう。まあ、最近は鬼の動きが活発になってきたもんねえ。
「杏寿郎さんんん……貴方の継子として早く活躍したいです〜〜!」
自分の部屋の畳に寝転がりながら座布団を抱きしめじたばた。誰に聞かせるわけでもなくこっそりとつぶやく。
あ、この座布団ね、裏返すと杏寿郎さんの顔をデフォルメしたものを刺繍してみたものなの。抱きしめるとちょっとした幸福感。
煉獄家みんな同じ顔?そんなことない。眉毛と目の大きさで千寿郎や槇寿朗さんとの対比をはかってるから、見る人が見れば一瞬で杏寿郎さんだとわかってしまう。
杏寿郎さん本人や二人には内緒だよ?しー!
この時代に慣れたおかげで、繕い物の腕はかなりのもの。とはいえ花の刺繍なんてつまらないので、デフォルメした似顔絵なんかを刺繍するって思いついたのだ。
……もしかして仕事にできたりしないかな。
おっと、閑話休題。
蜜璃は最初から杏寿郎さんの継子だから、たまに任務が同じものになるようで。先日も弾力のある泥のような体躯を持つ鬼と、麻痺毒の雨を降らせる血鬼術を使う自己陶酔の強い鬼を共に討伐したとか。
そんな蜜璃は、まだ自身の呼吸は完全に定まらず、恋の呼吸とは呼んでいないようだ。
そのあとはすぐ瑠火さんの命日だったのだが、その任務や蜜璃の呼吸については里帰りしてきた杏寿郎さん本人から聞いた。まあ、又聞きってことさね。
又聞きだろうとなんだろうと、杏寿郎さんのそばにいられた蜜璃が、私はただただ羨ましかった。
任務はいつも命懸け。遊びでもデートでもないのはわかっている。でも、叶うことならば私もその任務に同行したかったほどだ。
……私も正式な継子になれば、一緒の任務に配属される事も多くなるのだろうか。
そうして瑠火さんの命日がすぎ、臨時の柱合会議が行われたその日に、炎柱・煉獄杏寿郎が誕生した。
これで私も炎柱が継子にしてもらえる!
ううん。私だけではない。千寿郎もまた、杏寿郎さんの継子になることを夢見てここまで頑張ってこれた。
まずは炎柱になれたことを杏寿郎さん本人が槇寿朗さんに報告する。そのあと継子にしてもらえるよう、お二人にお伺いを立てる予定である。
杏寿郎さんは許可してくれるだろうから心配はしていないが、正直、槇寿朗さんにいうことについては躊躇してる。千寿郎もまた、言うのが怖いようだった。
……って。よく考えてみたら、杏寿郎さんが柱になるまではかろうじて槇寿朗さんが炎柱の称号をいただいていたよね?
柱は最大九人。まだ空きはあるけれど、同じ呼吸の柱は余程のことでもない限り基本一人だ。
つまり、炎柱が杏寿郎さんに代替えした今、槇寿朗さんの炎柱としての生命は絶たれたことになる。それも息子である杏寿郎さんにその位置を、言い方は悪いが奪われた形で。
そんな中で報告って、かなりまずいのでは……?
槇寿朗さんもあれで結構、変なところプライド高いし。
やはりというべきか。槇寿朗さんの、杏寿郎さんに対する言葉は大層ひどかった。
柱の称号をとられた事もあるとはいえ、あまりにもひどいのではなかろうか。相手は大切な息子なんだよ?私情込みにしても、言い方が酷いと思う。
継子の話なんかできたもんじゃないね!
『くだらん。どうでもいい』
その言葉を筆頭に罵詈雑言にしか聞こえない言葉の数々が、杏寿郎さんに向かって放たれていた。私はそれを襖一枚隔てた向こうから聞いていた。
『前』もこうして隣の部屋から聞いた言葉。
くだらない?どうでもいい?大したものになれないってなに?槇寿朗さんが言う、大したものってなんなの?
その酷い言葉の羅列を、懐かしいだなんて思うことは絶対にできない。人間、嫌なことは忘れないものだ。杏寿郎さんが言われたかつての罵倒の言葉達ならば、昨日のことのように思い出せる。根が深い。
悲しくて悔しくてはらわたが煮えそうで……すごくいらいらする。
なぜ言い返さないのか、悲しいはずなのになぜ我慢するのか、貴方は怒りが湧かないのか。『以前』の時も散々思った。
こちとら、槇寿朗さんにはもちろん、何も言い返さない杏寿郎さんにも怒りが湧いてしかたがない。二人への怒りに任せて、この襖を開け放ち体当たりぶちかましてやりたい。いや、いつ飛び出してやろうか?その機会を虎視眈々と狙う。
心ではそう思うも、私はここで怒りに震える拳を握りしめることしかできなかった。これも『前』と同じで。
部屋を出てきた杏寿郎さんは、傍目にはわからないようにいつもの顔をしていた。感情の読み取りにくい、笑顔によく似た寂しげな顔。その裏に本心が薄く、薄〜く滲み出ているのは、長く共にいなかったらわからなかっただろう。
これもまた、同じ光景だった。
「……聞いていたのか」
部屋の外、廊下の端に立つ私を目にし、杏寿郎さんにしては儚い顔を浮かべる。どこか瑠火さんを彷彿とさせるその表情を見ていたら、湧いていた怒りが萎んで消えていった。
「とうさま、喜んでくれませんでしたね。杏寿郎兄さんはこんなにも頑張ったのに。柱になれたのに。なのに、親であるとうさまが認めてくれないなんて」
「朝緋……いいんだ。俺は父上に報告がしたかっただけだ。それも無事に終わった!それに父上でなくとも、朝緋が。そして千寿郎がこうして認めてくれる。それだけで十分だよ」
「でも…………。私は泣きたいです……悲しいです。悔しいです…………!」
今なら炭治郎の気持ちがわかる。
自分の力の足りなさにどれほど打ちのめされているかと、槇寿朗さんに食ってかかった時の炭治郎の悔しさ、憤り。今の私は、あの時の炭治郎と同じ。
気持ちの共鳴を覚えた私の感情は、熱くなった目が語ってくれた。頬を伝う熱い雫が。
「もう泣いているではないか……。
ありがとう朝緋。だが泣くな。俺は泣き顔より笑顔の方が好きだ」
「すみません……」
「ほら、千寿郎が見たら驚いてしまうぞ」
胸に私の頭を押し付け、トントンと背中を叩かれる。そのまま、いささか乱暴に袖で涙を拭われた。かちゃかちゃと袖口の金釦が鳴り、目の下や頬を擦っていく。
「ン……、杏寿郎、兄さん……釦が当たって痛い…………」
「す、すまない……っ」
訴えれば、わたわたとしながら離れてくれた。慌ててる姿が珍しくて、そして微笑ましく思えた。
「えへへ。顔、洗ってきますね」
「……うん」
涙でぐちゃぐちゃになりきる前にと、井戸へ向かい顔を洗い流す。凍るように冷たい水は肌をさすようで、その刺激が気分爽快でたまらなかった。