五周目 陸
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ごめん、ごめんね。謝ることしかできないよ。
「杏寿郎さん、ねぇお願い」
杏寿郎さんの手を取る。剣胼胝だらけの分厚い手のひら。人々を、そして私を守ってきた優しくて強い手のひら。
私の言葉で、私が何を求めているのかわかるよね。私の目線の先でわかるよね。
杏寿郎さんの隣に置かれた、日輪刀に向かうこの瞳で。
「此度ばかりは朝緋の願いは聞かない。死を選ぶだなんて、御館様が許しても俺は許さない」
「……そのまま私を許さないでいい。鬼になってしまった私を許さないでいい。
だから、その許せない怒りのままに斬ってほしい。その日輪刀で。貴方の炎でこの身を、頸を焼いてほしいの」
「嫌だ、……嫌だ、絶対に嫌だ……」
日輪刀が私の手の届かないところに、手で退かされる。
それは貴方の日輪刀。私のじゃない。だから私は握らない……貴方の手で振るってほしい。貴方の手で終わりにしてほしい。
「お願い、鬼としての生を終わりにしたいの。貴方が生きているこの未来は嬉しいけれど、こんな結末は嫌なの。自我を失ってまで鬼として生きるなんてごめんだよ」
「嫌だと言って……、結末とはいったい……、ッ!?
待ってくれ、俺、は、…………?俺も鬼になった事が……?いや、俺は人間だ……、」
杏寿郎さんが混乱している。ご自身の中にほんのりとある『今まで』の記憶で、頭を抱えている。『前』の時に鬼と化したその記憶と今の記憶が混じり合っている。
「ああ、ごめんなさい。混乱しないでいいのよ。頭に浮かぶ記憶は忘れていい。私がいない未来でいい。杏寿郎さんが生きて先に進んでくれるのならそれでいいの。
貴方の血肉を求める悪鬼になる前に、どうか終わりにしてください……お願いします。
そして、絶対に私の後を追ったりするのはおやめください。私はそれを決して許さない」
私が死ぬ事で貴方が後を追って死ぬ。かつてあった『それ』だけは、防がなくてはならない。
たかが私の喪失如きで、柱を失うわけにはいかない。
「俺とて!君が死ぬのを許さない!!嫌だ!俺にはできない!!」
「そう……」
嫌だ嫌だと繰り返して私に抱きつく杏寿郎さんに御館様と二人、顔を見合わせる。ああもう、御館様ったらただにこやかに笑ってる……。私はため息しか出ないというに。
「なら、他の人にその役を任せる?この頸に触れさせる?他の人に斬らせてもいいのね」
「……どういう事だ?」
苦しいほど強い抱擁が緩んだ。
「宇髄さん、悲鳴嶼さん、どちらの方でも構いません。斬ってくれますね?」
隣の襖が開いた。そこにいたのは、音柱・宇髄天元と、岩柱・悲鳴嶼行冥の二名だ。
「ああ、いいぜ。派手に斬って……いや、一太刀で斬り落としてやるよ」
「……いいだろう。痛くないように優しく斬ってあげよう」
「宇髄!?それに悲鳴嶼さん!!」
私が頸を落としてもらえるかもと、御館様にご無理を言って呼んでもらったのはこの二人なのだ。柱だから忙しいだろうし、短時間だけ来てもらっている。お時間とらせてすみません。
なぜこの二人か?
冨岡さんは私の兄弟子で、私に目をかけてくれた人。だから呼べなかった。
しのぶも蜜璃も仲の良い友達だから、きっと一瞬とはいえ躊躇してしまう。心の中に遺恨を残すのはいけない。
時透君も斬ってくれそうだけど、見ていると千寿郎を思い出して私がつらい。私の可愛い弟に会いたくてたまらなくなる。
伊黒さんも不死川さんも斬ってくれそうだけれども、実際は違う。伊黒さんは言葉こそ毒が混じっている時もあるが、私に甘く優しい。幼少期に少しとはいえ一緒に過ごしたからかもしれない。
不死川さんは鬼をとても憎んでいるけれど、基本的に面倒見のいいお兄ちゃんで。私が杏寿郎さん以外にお兄ちゃんと呼びたい柱ナンバーワンだ。
人だった時に任務時、任務外でもとても可愛がってもらった。あの時の事をを 思うと、鬼に堕ちた私相手にすら少しは躊躇いが出てしまう可能性がある。
だからその生業上切り捨てることに長けていたであろう、宇髄さん。そして公私混同することは滅多にない柱最強の男、悲鳴嶼さんに頼んだのだ。
二人だって躊躇する事はあろうとも、消去法では他の人が残らなかったんだもの。
「お二人とも、ありがとうございます。炎柱には決して、私の後を追わせないでくださいね」
「ああ、それがお前の最期の願いなら叶えてやるよ」
「南無……了解した」
するりと抜かれた一対の日輪刀。そして斧の形の日輪刀。
……お二人とも見た目が普通の日輪刀より少しばかりえぐい。少しだけ怖いな。
って、もしかしてここで斬り落とすの?室内だよ?鬼だから血が出てもその内蒸発するけどさ……。
御館様は何も言わないしいいのかな。まあ、すぐ終わりにしてくれるなら、私は日輪刀がどんな形でも、どこで落とされようと問題ない。
杏寿郎さんとのお別れの言葉も別にいらない。
もう、私の中でお別れは済んでいるのだから。
「駄目だ!そんな事はさせない!!
御館様これで失礼します!朝緋行くぞ!!」
「え、ちょ……」
他の誰もが何も言う暇なく、私は杏寿郎さんに抱き上げられる。黒いおくるみで全身、包み直されて、外へ連れ出されかける。
──誰もが手を出せぬ場所を求めて逃げる気だ。
そんな場所、見つかりっこないのに。
「止まれ煉獄!」
「行かせはしない……」
ほらね、まず他の柱に止められた。私を抱えていた分、足が遅くなった杏寿郎さんが、悲鳴嶼さんに羽交締めにされる。柱最強の男と、杏寿郎さん……力の強さは悲鳴嶼さんに軍配が上がる。
「宇髄!悲鳴嶼さん!離せ!離してくれ!!」
押さえつけられた杏寿郎さんから引き離され、私は宇髄さんの腕の中。
鬼の頸を落とす瞬間求めて、今か今かとその日輪刀が光る。
ああ、この刃にスッと肌をなぞらせれば、宇髄さんが動かずとも私の頸は落ちるのね。でも下手にやれば斬れないで終わってしまう。
痛い思いをしてやっぱり死ねませんでした、じゃあ困る。
「宇髄さん、早く私の頸を落としてくださいませんか。今がその時ですよ」
「この状態でか?……いいのかよ、そんな適当で」
「いいんです。早く終わらせてほしいんで。
御館様のお身体にも障りますよ?あなた方だって、お時間ない中で来ていらっしゃいます。
たった一人の鬼に、柱がこんなに時間を割いていいと思っているのですか?」
今日は柱合会議でもなんでもない日。日毎に悪くなる容体である御館様には早く休んでほしいし、柱は多忙。早く次の任務へと赴いてほしい。
「確かにそうだわな」
「継子の願いだ、叶えてやれ。宇髄」
「んじゃ、やるぞ朝緋。……俺がやる事、悪く思うなよ」
こくりと一つ、頷いて頸を差し出す。徐々に迫ってくる刃。痛いかな?痛いよね?宇髄さん斬るの上手だろうから一瞬だろうね。そこは安心してるけど、でもやっぱり怖いなあ。
ああ、杏寿郎さんに斬ってもらえるなら、全部全部、痛いのも怖いのも我慢できるのに。
「やめろぉぉぉ!!」
私の方が泣きたいくらいなのに、杏寿郎さんが悲痛な叫びと共に泣いた。涙交じりの声が響く。
「やめてくれ、お願いだ……朝緋!やめてくれ……!宇髄!!悲鳴嶼さん!!
わかった!俺がやるっ!!
他の誰にも朝緋を任せたくない!触らせたくない……!!他の柱に奪われるくらいならいっそ、俺がやる……!俺がやる、から……っ!」
その叫びの内容を前に、宇髄さんの日輪刀が止まる。
「煉獄、それは本当だな?」
「初めからそう言ってくれればいいものを。君の継子も、煉獄の刀で死にたいと元より言っていたのだから」
「……俺の女だ。俺の妻だ。俺の継子だ。俺の朝緋だ。誰にも渡せない……っ」
それが嘘ではなく、真の言葉だとわかった二人が、ゆっくりと杏寿郎さんを解放する。私を離す。
ようやっと解放された杏寿郎さんが、私の元へと走り、抱きしめる。
痛いほどに頬擦りしてくる様は、絶対に離さないと言いたげだった。
「やれやれ、俺達は骨折り損だな」
「落ち着くところに落ち着いた、とも言える。これでいいのだ」
柱二人が得物片手に去っていく。その背に会釈を返すと、微笑みが返ってきた。
「杏寿郎」
「……御館様、わかっております。わかってはいるのです」
御館様の言葉で杏寿郎さんの鼓動が早くなる。緊張、拒否、恐怖、それを全部混ぜて心臓に詰められたみたいな音。こんな音は初めてで。
死んでも私の心は貴方とともにある。大丈夫だよ。
と、その手を握る。その体を抱きしめる。
そして杏寿郎さんの日輪刀の鞘を、二人で握る。
まるで結婚式のケーキ入刀だ。
「杏寿郎さん、ねぇお願い」
杏寿郎さんの手を取る。剣胼胝だらけの分厚い手のひら。人々を、そして私を守ってきた優しくて強い手のひら。
私の言葉で、私が何を求めているのかわかるよね。私の目線の先でわかるよね。
杏寿郎さんの隣に置かれた、日輪刀に向かうこの瞳で。
「此度ばかりは朝緋の願いは聞かない。死を選ぶだなんて、御館様が許しても俺は許さない」
「……そのまま私を許さないでいい。鬼になってしまった私を許さないでいい。
だから、その許せない怒りのままに斬ってほしい。その日輪刀で。貴方の炎でこの身を、頸を焼いてほしいの」
「嫌だ、……嫌だ、絶対に嫌だ……」
日輪刀が私の手の届かないところに、手で退かされる。
それは貴方の日輪刀。私のじゃない。だから私は握らない……貴方の手で振るってほしい。貴方の手で終わりにしてほしい。
「お願い、鬼としての生を終わりにしたいの。貴方が生きているこの未来は嬉しいけれど、こんな結末は嫌なの。自我を失ってまで鬼として生きるなんてごめんだよ」
「嫌だと言って……、結末とはいったい……、ッ!?
待ってくれ、俺、は、…………?俺も鬼になった事が……?いや、俺は人間だ……、」
杏寿郎さんが混乱している。ご自身の中にほんのりとある『今まで』の記憶で、頭を抱えている。『前』の時に鬼と化したその記憶と今の記憶が混じり合っている。
「ああ、ごめんなさい。混乱しないでいいのよ。頭に浮かぶ記憶は忘れていい。私がいない未来でいい。杏寿郎さんが生きて先に進んでくれるのならそれでいいの。
貴方の血肉を求める悪鬼になる前に、どうか終わりにしてください……お願いします。
そして、絶対に私の後を追ったりするのはおやめください。私はそれを決して許さない」
私が死ぬ事で貴方が後を追って死ぬ。かつてあった『それ』だけは、防がなくてはならない。
たかが私の喪失如きで、柱を失うわけにはいかない。
「俺とて!君が死ぬのを許さない!!嫌だ!俺にはできない!!」
「そう……」
嫌だ嫌だと繰り返して私に抱きつく杏寿郎さんに御館様と二人、顔を見合わせる。ああもう、御館様ったらただにこやかに笑ってる……。私はため息しか出ないというに。
「なら、他の人にその役を任せる?この頸に触れさせる?他の人に斬らせてもいいのね」
「……どういう事だ?」
苦しいほど強い抱擁が緩んだ。
「宇髄さん、悲鳴嶼さん、どちらの方でも構いません。斬ってくれますね?」
隣の襖が開いた。そこにいたのは、音柱・宇髄天元と、岩柱・悲鳴嶼行冥の二名だ。
「ああ、いいぜ。派手に斬って……いや、一太刀で斬り落としてやるよ」
「……いいだろう。痛くないように優しく斬ってあげよう」
「宇髄!?それに悲鳴嶼さん!!」
私が頸を落としてもらえるかもと、御館様にご無理を言って呼んでもらったのはこの二人なのだ。柱だから忙しいだろうし、短時間だけ来てもらっている。お時間とらせてすみません。
なぜこの二人か?
冨岡さんは私の兄弟子で、私に目をかけてくれた人。だから呼べなかった。
しのぶも蜜璃も仲の良い友達だから、きっと一瞬とはいえ躊躇してしまう。心の中に遺恨を残すのはいけない。
時透君も斬ってくれそうだけど、見ていると千寿郎を思い出して私がつらい。私の可愛い弟に会いたくてたまらなくなる。
伊黒さんも不死川さんも斬ってくれそうだけれども、実際は違う。伊黒さんは言葉こそ毒が混じっている時もあるが、私に甘く優しい。幼少期に少しとはいえ一緒に過ごしたからかもしれない。
不死川さんは鬼をとても憎んでいるけれど、基本的に面倒見のいいお兄ちゃんで。私が杏寿郎さん以外にお兄ちゃんと呼びたい柱ナンバーワンだ。
人だった時に任務時、任務外でもとても可愛がってもらった。あの時の事をを 思うと、鬼に堕ちた私相手にすら少しは躊躇いが出てしまう可能性がある。
だからその生業上切り捨てることに長けていたであろう、宇髄さん。そして公私混同することは滅多にない柱最強の男、悲鳴嶼さんに頼んだのだ。
二人だって躊躇する事はあろうとも、消去法では他の人が残らなかったんだもの。
「お二人とも、ありがとうございます。炎柱には決して、私の後を追わせないでくださいね」
「ああ、それがお前の最期の願いなら叶えてやるよ」
「南無……了解した」
するりと抜かれた一対の日輪刀。そして斧の形の日輪刀。
……お二人とも見た目が普通の日輪刀より少しばかりえぐい。少しだけ怖いな。
って、もしかしてここで斬り落とすの?室内だよ?鬼だから血が出てもその内蒸発するけどさ……。
御館様は何も言わないしいいのかな。まあ、すぐ終わりにしてくれるなら、私は日輪刀がどんな形でも、どこで落とされようと問題ない。
杏寿郎さんとのお別れの言葉も別にいらない。
もう、私の中でお別れは済んでいるのだから。
「駄目だ!そんな事はさせない!!
御館様これで失礼します!朝緋行くぞ!!」
「え、ちょ……」
他の誰もが何も言う暇なく、私は杏寿郎さんに抱き上げられる。黒いおくるみで全身、包み直されて、外へ連れ出されかける。
──誰もが手を出せぬ場所を求めて逃げる気だ。
そんな場所、見つかりっこないのに。
「止まれ煉獄!」
「行かせはしない……」
ほらね、まず他の柱に止められた。私を抱えていた分、足が遅くなった杏寿郎さんが、悲鳴嶼さんに羽交締めにされる。柱最強の男と、杏寿郎さん……力の強さは悲鳴嶼さんに軍配が上がる。
「宇髄!悲鳴嶼さん!離せ!離してくれ!!」
押さえつけられた杏寿郎さんから引き離され、私は宇髄さんの腕の中。
鬼の頸を落とす瞬間求めて、今か今かとその日輪刀が光る。
ああ、この刃にスッと肌をなぞらせれば、宇髄さんが動かずとも私の頸は落ちるのね。でも下手にやれば斬れないで終わってしまう。
痛い思いをしてやっぱり死ねませんでした、じゃあ困る。
「宇髄さん、早く私の頸を落としてくださいませんか。今がその時ですよ」
「この状態でか?……いいのかよ、そんな適当で」
「いいんです。早く終わらせてほしいんで。
御館様のお身体にも障りますよ?あなた方だって、お時間ない中で来ていらっしゃいます。
たった一人の鬼に、柱がこんなに時間を割いていいと思っているのですか?」
今日は柱合会議でもなんでもない日。日毎に悪くなる容体である御館様には早く休んでほしいし、柱は多忙。早く次の任務へと赴いてほしい。
「確かにそうだわな」
「継子の願いだ、叶えてやれ。宇髄」
「んじゃ、やるぞ朝緋。……俺がやる事、悪く思うなよ」
こくりと一つ、頷いて頸を差し出す。徐々に迫ってくる刃。痛いかな?痛いよね?宇髄さん斬るの上手だろうから一瞬だろうね。そこは安心してるけど、でもやっぱり怖いなあ。
ああ、杏寿郎さんに斬ってもらえるなら、全部全部、痛いのも怖いのも我慢できるのに。
「やめろぉぉぉ!!」
私の方が泣きたいくらいなのに、杏寿郎さんが悲痛な叫びと共に泣いた。涙交じりの声が響く。
「やめてくれ、お願いだ……朝緋!やめてくれ……!宇髄!!悲鳴嶼さん!!
わかった!俺がやるっ!!
他の誰にも朝緋を任せたくない!触らせたくない……!!他の柱に奪われるくらいならいっそ、俺がやる……!俺がやる、から……っ!」
その叫びの内容を前に、宇髄さんの日輪刀が止まる。
「煉獄、それは本当だな?」
「初めからそう言ってくれればいいものを。君の継子も、煉獄の刀で死にたいと元より言っていたのだから」
「……俺の女だ。俺の妻だ。俺の継子だ。俺の朝緋だ。誰にも渡せない……っ」
それが嘘ではなく、真の言葉だとわかった二人が、ゆっくりと杏寿郎さんを解放する。私を離す。
ようやっと解放された杏寿郎さんが、私の元へと走り、抱きしめる。
痛いほどに頬擦りしてくる様は、絶対に離さないと言いたげだった。
「やれやれ、俺達は骨折り損だな」
「落ち着くところに落ち着いた、とも言える。これでいいのだ」
柱二人が得物片手に去っていく。その背に会釈を返すと、微笑みが返ってきた。
「杏寿郎」
「……御館様、わかっております。わかってはいるのです」
御館様の言葉で杏寿郎さんの鼓動が早くなる。緊張、拒否、恐怖、それを全部混ぜて心臓に詰められたみたいな音。こんな音は初めてで。
死んでも私の心は貴方とともにある。大丈夫だよ。
と、その手を握る。その体を抱きしめる。
そして杏寿郎さんの日輪刀の鞘を、二人で握る。
まるで結婚式のケーキ入刀だ。