五周目 陸
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鬼舞辻無惨の名を口にした事も確認済みになり、私は本部のお館様の元へと連れ出された。
杏寿郎さんも一緒に呼ばれている。
私はそのまま頸を斬ってもらうつもりだ。
杏寿郎さんはそれを知らない。何も知らない。
暗くてでも陽が多少入ってしまう部屋の中、太陽光を遮断する真っ黒なおくるみに包まれた私を抱き寄せながら、愛と共に紡ぐ言葉。
「このおくるみは朝緋と俺を二人の世界にしてしまうな!だが本当に二人きりではない!ああ、帰って君とゆっくり過ごしたい……」
「来たばかりではないですか」
ここをどこだと思っている。後頭部に落とされる口づけを遮れば、つれないなと残念そうな言葉が降り注ぐ。ハグは許してるのだから満足してほしいなあ。
……でもこの温もりとも、今日でお別れかあ。いざその時が来たら感情が落ち着かなくなるだろうけど、不思議と今はとても穏やかな気分。冨岡さんの凪、かな?あの技、動いてないように見えてその実速いスピードで動いててすごいよね。
それにしても私と杏寿郎さんの、この温度差よ。
「御館様に朝緋の事を早く認めてもらわねばな。鬼となった君とこの先をずっと過ごす許可をもらわねば。朝緋の存在をしばらく隠してしまった咎はあろうが……。何、お優しい御館様の事!竈門少年達の件もあるからきっと大丈夫だな!!」
でもねそれは、私が禰󠄀豆子ちゃんみたいに人の血や肉を口にしていなかった場合なのよ。
私はもう手遅れ。
さよなら、杏寿郎さん。ずっとずっと、貴方だけを愛しています。
中身がすれ違った気持ちのまま、私は抱擁を返す。
私は今回、首を斬ってもらうために御館様にご無理を言って、他の柱を呼んでもらった。
私の頸を躊躇なく刎ねてくれるであろう、柱を。
私が人であった時どんなに仲良くしていたって、私の頸を刎ねてくれるような人を。
本当は杏寿郎さんに頼みたい。けれど斬ってくれないのなら、私は他の人にこの頸を落としてもらう他ないのだ。
御館様と私、そして杏寿郎さんとで話をした。任務の話。これまでどうしていたのかの話。鬼の情報。なお、杏寿郎さんが私を隠していたことに付いてお咎めなしだった。
私が持ちうる、御館様に言える事を全て話したと思う。
でも、それは本題じゃない……御館様も察している。何も知らないのはにこやかに笑う杏寿郎さんだけ。
「御館様、どんな理由であれ一度でも人間の肉を口にした鬼は、直に悪鬼になります。私はそれを知っている。見てきました」
「見て来た?ああ、そうだね。朝緋は『見て』きたんだね」
御館様は聡い。これまで繰り返してきた分の上乗せが。記憶が。少しずつ御館様の中にも残っていて、私の言っている言葉を意味を正しく理解し始めている。私が何度か繰り返しやり直していて、その中で鬼となった者の末路を見たと分かってくださった。
「お二人とも、一体何を?見てきた、とはどういう?
……特に朝緋、君は何を言い出すんだ?それではまるで君が、悪鬼に堕ちるとでも言いたげではないか!?」
激昂するだろうとはわかっていた。けれど御館様の御前だし、こう呼ぶのはこれから死へ向かう私がけじめをつける為。生者との線引きをする為だ。
「杏寿郎さん。いいえ、炎柱様は口を閉じていてくださいませ。私は今、御館様と話をしています」
「ッ!!
この後に及んで俺を炎柱様などと他人行儀に!!朝緋、なぜ名前で呼ばん!!俺は君の……っ」
「杏寿郎、やめなさい」
かつてのように手こそ上げられなかったけれど怒号が降ってきた。
その声も、御館様の鶴の一声でぴたりと止まる。
「……鬼は悪です。血も肉も食らっていない禰󠄀豆子ちゃんのような鬼とは違い、私は杏寿郎さんの血や肉を口にしました。一度でしたが自我を忘れて噛みました。
私も他の鬼同様、悪鬼と化すでしょう。いずれ完全に我を失ってしまう」
「それがいつなのかは、わからないんだね」
「今日かもしれないし、明日かもしれない、今この瞬間かもしれません」
今この瞬間、と言ったと同時、隣の襖向こうに緊張感が走ったのがわかった。
「いつ悪鬼に堕ちるのかわからない私のような鬼は死ぬべきです。死を望みます」
「死を望む!?ま、まさか朝緋、此度は最初からその予定で……っ」
「…………、ごめんなさい」
杏寿郎さんが私の肩を揺さぶり、そして抱きしめてくる。他の何者にも取られぬよう、強い強い抱擁。
「やめろ、やめてくれ……君を死に奪われるのは嫌だ……!!
朝緋の体が上弦の参に貫かれた時も!君が彼に連れ去られた時も!俺はこの身が張り裂けそうだった!!もうあのような思いをするのは嫌だ!!」
「杏寿郎さん……」
まるで赤子が母親に縋り付くようなそれを、ただただ抱き留め、受け入れる。だって、余計な言葉を口走れば、涙が流れて止まらなくなってしまうから。
「御館様!朝緋が血肉を口にしたのは!俺が無理やり……無理に朝緋に口にさせたからなのです!
その結果を知らなかったわけじゃない。けれど、彼女に死んで欲しくなくて。俺のそばに置いておきたくて。俺はわかっていて過ちを犯したのです!朝緋は悪くありません!悪いのは全て俺なのです!炎柱、煉獄杏寿郎なのです!!
どうか罰ならば俺にお与えください!!朝緋を死なせないでいただきたい!見逃して下さい!!」
「駄目よ。貴方は柱なのよ、杏寿郎さん。罰は私一人が負います……鬼である私が」
貴方が謝ることじゃない。土下座することじゃない。貴方は悪くない。
御館様の御前であることを思い出し、頭を畳につけて懇願する杏寿郎さん。その行動を止める。
見上げる御館様は、いつもの笑みを絶やさぬまま、優しい吐息と共に言葉を贈ってくださった。
御仏のような柔らかな声音を前に、悲しみも寂しさも苦しみも、スッと溶けてゆくよう。杏寿郎さんの激しく昂った感情も少しは落ち着いてくれただろうか。
「杏寿郎、朝緋。私からは罰を与えたりしないよ。生き死にを決めるのも私じゃない。全て当事者である朝緋だ。
私もね、朝緋が人の心を失わないのであれば、杏寿郎と一緒にいていいと思っているんだ。
鬼舞辻が朝緋を求めていても、杏寿郎のそばを離れなければいい。これまで通り藤の花の内側にいればいい。そうすれば安全に過ごせるはずだからね。
でも、朝緋がそれを望んでいない。自分の今後に恐怖を抱き、未来に絶望している」
そう。望むのは、煉獄杏寿郎の未来であって、私の未来ではない。
そりゃあ、一緒に未来に進めるならそれが一番嬉しいよ。でも、そこに私は必須ではない。
いられたらいいな、いられないなら仕方ない。
その程度。
「私も朝緋には死んでほしくないよ。大事な私のかわいい子供だからね。
それでも、鬼になりたくないという朝緋の願いを叶えてあげるべきじゃないかな。朝緋のためを思うのなら、人である内に死なせてあげた方がいいんじゃないかと、私は思う」
鬼よりも死を選ぶ、私のこの感情を理解してくれている……なんとありがたいことか。杏寿郎さんはわかってくれないものね。
「御館様、お心遣い感謝いたします」
「は、ははは、俺の気持ちは二の次、なのですね……」
煉獄家の嫡男として。長男として。兄として息子として。隊士として。そして炎柱として。
頑張ってきた。我慢もしてきた。
そんな杏寿郎さんの我慢が利かないものが、私との事。
共にいたいという、最大の願望が崩れ去り、その場に膝をついてがくりと頭を垂れる姿のなんと痛ましいことか。
杏寿郎さんも一緒に呼ばれている。
私はそのまま頸を斬ってもらうつもりだ。
杏寿郎さんはそれを知らない。何も知らない。
暗くてでも陽が多少入ってしまう部屋の中、太陽光を遮断する真っ黒なおくるみに包まれた私を抱き寄せながら、愛と共に紡ぐ言葉。
「このおくるみは朝緋と俺を二人の世界にしてしまうな!だが本当に二人きりではない!ああ、帰って君とゆっくり過ごしたい……」
「来たばかりではないですか」
ここをどこだと思っている。後頭部に落とされる口づけを遮れば、つれないなと残念そうな言葉が降り注ぐ。ハグは許してるのだから満足してほしいなあ。
……でもこの温もりとも、今日でお別れかあ。いざその時が来たら感情が落ち着かなくなるだろうけど、不思議と今はとても穏やかな気分。冨岡さんの凪、かな?あの技、動いてないように見えてその実速いスピードで動いててすごいよね。
それにしても私と杏寿郎さんの、この温度差よ。
「御館様に朝緋の事を早く認めてもらわねばな。鬼となった君とこの先をずっと過ごす許可をもらわねば。朝緋の存在をしばらく隠してしまった咎はあろうが……。何、お優しい御館様の事!竈門少年達の件もあるからきっと大丈夫だな!!」
でもねそれは、私が禰󠄀豆子ちゃんみたいに人の血や肉を口にしていなかった場合なのよ。
私はもう手遅れ。
さよなら、杏寿郎さん。ずっとずっと、貴方だけを愛しています。
中身がすれ違った気持ちのまま、私は抱擁を返す。
私は今回、首を斬ってもらうために御館様にご無理を言って、他の柱を呼んでもらった。
私の頸を躊躇なく刎ねてくれるであろう、柱を。
私が人であった時どんなに仲良くしていたって、私の頸を刎ねてくれるような人を。
本当は杏寿郎さんに頼みたい。けれど斬ってくれないのなら、私は他の人にこの頸を落としてもらう他ないのだ。
御館様と私、そして杏寿郎さんとで話をした。任務の話。これまでどうしていたのかの話。鬼の情報。なお、杏寿郎さんが私を隠していたことに付いてお咎めなしだった。
私が持ちうる、御館様に言える事を全て話したと思う。
でも、それは本題じゃない……御館様も察している。何も知らないのはにこやかに笑う杏寿郎さんだけ。
「御館様、どんな理由であれ一度でも人間の肉を口にした鬼は、直に悪鬼になります。私はそれを知っている。見てきました」
「見て来た?ああ、そうだね。朝緋は『見て』きたんだね」
御館様は聡い。これまで繰り返してきた分の上乗せが。記憶が。少しずつ御館様の中にも残っていて、私の言っている言葉を意味を正しく理解し始めている。私が何度か繰り返しやり直していて、その中で鬼となった者の末路を見たと分かってくださった。
「お二人とも、一体何を?見てきた、とはどういう?
……特に朝緋、君は何を言い出すんだ?それではまるで君が、悪鬼に堕ちるとでも言いたげではないか!?」
激昂するだろうとはわかっていた。けれど御館様の御前だし、こう呼ぶのはこれから死へ向かう私がけじめをつける為。生者との線引きをする為だ。
「杏寿郎さん。いいえ、炎柱様は口を閉じていてくださいませ。私は今、御館様と話をしています」
「ッ!!
この後に及んで俺を炎柱様などと他人行儀に!!朝緋、なぜ名前で呼ばん!!俺は君の……っ」
「杏寿郎、やめなさい」
かつてのように手こそ上げられなかったけれど怒号が降ってきた。
その声も、御館様の鶴の一声でぴたりと止まる。
「……鬼は悪です。血も肉も食らっていない禰󠄀豆子ちゃんのような鬼とは違い、私は杏寿郎さんの血や肉を口にしました。一度でしたが自我を忘れて噛みました。
私も他の鬼同様、悪鬼と化すでしょう。いずれ完全に我を失ってしまう」
「それがいつなのかは、わからないんだね」
「今日かもしれないし、明日かもしれない、今この瞬間かもしれません」
今この瞬間、と言ったと同時、隣の襖向こうに緊張感が走ったのがわかった。
「いつ悪鬼に堕ちるのかわからない私のような鬼は死ぬべきです。死を望みます」
「死を望む!?ま、まさか朝緋、此度は最初からその予定で……っ」
「…………、ごめんなさい」
杏寿郎さんが私の肩を揺さぶり、そして抱きしめてくる。他の何者にも取られぬよう、強い強い抱擁。
「やめろ、やめてくれ……君を死に奪われるのは嫌だ……!!
朝緋の体が上弦の参に貫かれた時も!君が彼に連れ去られた時も!俺はこの身が張り裂けそうだった!!もうあのような思いをするのは嫌だ!!」
「杏寿郎さん……」
まるで赤子が母親に縋り付くようなそれを、ただただ抱き留め、受け入れる。だって、余計な言葉を口走れば、涙が流れて止まらなくなってしまうから。
「御館様!朝緋が血肉を口にしたのは!俺が無理やり……無理に朝緋に口にさせたからなのです!
その結果を知らなかったわけじゃない。けれど、彼女に死んで欲しくなくて。俺のそばに置いておきたくて。俺はわかっていて過ちを犯したのです!朝緋は悪くありません!悪いのは全て俺なのです!炎柱、煉獄杏寿郎なのです!!
どうか罰ならば俺にお与えください!!朝緋を死なせないでいただきたい!見逃して下さい!!」
「駄目よ。貴方は柱なのよ、杏寿郎さん。罰は私一人が負います……鬼である私が」
貴方が謝ることじゃない。土下座することじゃない。貴方は悪くない。
御館様の御前であることを思い出し、頭を畳につけて懇願する杏寿郎さん。その行動を止める。
見上げる御館様は、いつもの笑みを絶やさぬまま、優しい吐息と共に言葉を贈ってくださった。
御仏のような柔らかな声音を前に、悲しみも寂しさも苦しみも、スッと溶けてゆくよう。杏寿郎さんの激しく昂った感情も少しは落ち着いてくれただろうか。
「杏寿郎、朝緋。私からは罰を与えたりしないよ。生き死にを決めるのも私じゃない。全て当事者である朝緋だ。
私もね、朝緋が人の心を失わないのであれば、杏寿郎と一緒にいていいと思っているんだ。
鬼舞辻が朝緋を求めていても、杏寿郎のそばを離れなければいい。これまで通り藤の花の内側にいればいい。そうすれば安全に過ごせるはずだからね。
でも、朝緋がそれを望んでいない。自分の今後に恐怖を抱き、未来に絶望している」
そう。望むのは、煉獄杏寿郎の未来であって、私の未来ではない。
そりゃあ、一緒に未来に進めるならそれが一番嬉しいよ。でも、そこに私は必須ではない。
いられたらいいな、いられないなら仕方ない。
その程度。
「私も朝緋には死んでほしくないよ。大事な私のかわいい子供だからね。
それでも、鬼になりたくないという朝緋の願いを叶えてあげるべきじゃないかな。朝緋のためを思うのなら、人である内に死なせてあげた方がいいんじゃないかと、私は思う」
鬼よりも死を選ぶ、私のこの感情を理解してくれている……なんとありがたいことか。杏寿郎さんはわかってくれないものね。
「御館様、お心遣い感謝いたします」
「は、ははは、俺の気持ちは二の次、なのですね……」
煉獄家の嫡男として。長男として。兄として息子として。隊士として。そして炎柱として。
頑張ってきた。我慢もしてきた。
そんな杏寿郎さんの我慢が利かないものが、私との事。
共にいたいという、最大の願望が崩れ去り、その場に膝をついてがくりと頭を垂れる姿のなんと痛ましいことか。