五周目 陸
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私には貴方が必要で、貴方にも私が必要。
共依存という、その言葉が似合うようになった頃だった。
ううん。狂依存、かな……どちらでもいいか。
「ウ……ヴヴヴヴヴ!!ガァァァァ!!」
「朝緋!朝緋やめろ!!強く噛みすぎだっ!!
俺を喰うな!鬼の心に執われすぎている!!」
私は一度我を忘れ、杏寿郎さんを食べた。
血をいただく流れで、そのまま肩口に思い切りかぶりつき、肉を裂いて食らいついたのだ。
恐れていたことが起こってしまった。私は悪鬼に成り下がってしまった。
「いい加減にしろ朝緋!目を覚ませ!君は鬼じゃない!人間の心を持った、俺の大切な人だろう!?」
「ギャンッ!!」
柱の力で。でも私が相手だからか、少しだけ手加減のなされた力で、夜の帳降りた庭先に投げつけられた。
庭にある石灯籠に当たり、鬼の体のせいで粉々に砕けて降り注ぐ。
石の粉が口に入って不快になったことで、私は自我を取り戻した。
「……ぁ、れ?私、今何を……」
「はぁ、朝緋……よかった。君が君に戻ってくれて……」
駆け寄ってきた杏寿郎さんが、私の顔を覗き込んでくる。心底ホッとしたような顔だけど、その肩口は。
「?……杏寿郎、さん?その怪我は一体……!いつやったの!任務で負傷したの!?」
肩口が抉れていて、赤、赤、赤。血に濡れて着物までぐっしょりと赤に染まっていた。
「……覚えてないのか。いや、それならそれでいい」
「覚えて……?へ?血が、ついてる。味がする、血だけじゃない、これは、人の味……?」
私の口や顔、手に、血がべっとりと付着し、何より血と肉の味が口内に広がっていた。
思えば任務のわけがなかった。任務で負傷したのなら、血はもっと乾いているはずで。そもそも治療や応急処置だってされているはず。
なのに目の前にあるのは全く乾いていない、血が流れる傷。
それの意味するところは。
「あ、ああ、そんな……、これ、私がやったのね!杏寿郎さんを噛んだ、食べ、た?……私がやったのね!!」
私が杏寿郎さんを襲い、血や肉を喰らったということ。
「やだ、やだやだやだ!最低!私最低最悪のことしでかした!!私、何も覚えてない!意識まで鬼になっていたのねっ!?」
鬼が喜ぶ血や肉の味なんて吹き飛んでしまった。残るのは後悔と懺悔、申し訳なさと、恐怖の念。そして自分に対する怒り。パニックを起こしてしまいそうだった。
でも、私を宥めるのもまた、杏寿郎さん。
温かい手のひらで頬を挟み、優しい声音を使ってくる。
「いいんだ。そういうこともあるとわかっていた。噛み付くのも喰らいつくのも俺相手だけならいい。次はこんなことにならぬよう、俺もよく見張っておく。朝緋は今のままでいい、気にするな」
「っ!大好きな杏寿郎さんだからこそ、私は傷つけたくないの!血をいただくために毎回噛み付くのだって申し訳なくてたまらないのに、肉を噛み千切った、ですって!?
私はもう、心までもが人じゃない。鬼なんだわ……っ」
「鬼なんかじゃない。君は鬼じゃない。大丈夫、朝緋の心は人間だ」
ワッと泣き出した私。それを抱きしめてよしよしと背中をさする貴方。
その肩口の傷が目に入る……なんて痛々しい。
「杏寿郎さん、すごく痛かったよね……痛い思いさせて……、本当に、本当にごめんなさい……っ」
「痛くなどない!鬼殺隊に身を置く以上、この程度は日常茶飯事だろう!」
痛くない、だなんて痩せ我慢されたくない。
傷自体は確かに日常茶飯事だろう。でも肩口が抉れるような傷は別だし、怪我を負うのなんて一般隊士だったらの話。
「痛くないなんて嘘つかないで。
……柱はそうそう怪我をしません。私のような弱い鬼相手に遅れは取りません」
「こらこら、自分を弱いなどと卑下するな」
苦笑して私の顔を覗き込む杏寿郎さん。その顔を私からも見つめながら私の望みを口にする。こんな願い、杏寿郎さんは嫌がるだろうと思いながら。
「ねぇお願い、藤の花の檻に私を閉じ込めてください。藤毒のクナイで、鎖で繋いでください。もう二度と悪さをしないように」
「朝緋……気にするなと言っているのに……」
「気にするよ……」
「たった一度だろう。朝緋は良い子だからもう鬼に執われたりはしない!心強く熱い信念に燃えているだろう!!心を燃やせ!心を熱く、燃やし続けろ!!」
心を燃やせ。
今まで何度も言い聞かされてきた言葉だ。
これまでだったら、言葉通りに胸を熱くし、目指す先を見据えて心を燃やしていたろう。
でも今の私は──、
「もう、燃えていないです。私は炎柱の継子失格なのです。私の心の炎は、いつ消えてもおかしくないほどに小さなものになってしまった……これ以上は燃やせません」
これから先、私の心はただただ冷たくなっていくだろう。再び燃えることはない。上も先もなく、下を向くだけ。未来もない。
顔すらあげられない。
「頼むからそんな悲しいことを言わないでくれ。朝緋にそう言われてしまうと、俺の心の炎まで燻ってしまいそうだ」
寂しそうな杏寿郎さんの声。冷たくなっていく心と体を暖めようとする熱い抱擁。
それを拒絶し、再び懇願する。
「杏寿郎さん。一度でも人の肉に手を出した悪鬼は、また同じことを繰り返してしまう。それは杏寿郎さんも知っているはずです。
閉じ込めて二度と出られぬようにする。それができないならどうか私の頸を刎ねて」
「絶対に嫌だ」
「だったら陽の下に出させて。私の日輪刀を返して。自分で死にます。
ねえお願い……死にたいの」
貴方が私を殺してくれぬのなら、私は自分で死なねばならない。これ以上、悪鬼になってしまう前に。
「陽の下は歩かせない。日輪刀も返さない。……そうやって死を望もうとする君には、日輪刀はもう必要ない。
頸を傷つけ、落とす物は何一つ必要ない。与えない」
「そんな……。私の日輪刀を返してください」
「駄目だ。ああそうそう、ここにはないから探さぬようにな」
そうだった。炎柱邸には見当たらないのだ。
……きっと煉獄家に置いてきたんだ。私がこの屋敷を出られないのをいいことに、違う家に置いて私の手に渡らぬようにしたのだ。
「だが、朝緋が望む理由とは違うが、君を藤の檻で囲もうと思う。動けないよう鎖に繋いでおく。
朝緋が死を選ばぬようにだ」
そうしてまた、雁字搦めの軟禁生活が始まった。
私は死なせてもらえない。
共依存という、その言葉が似合うようになった頃だった。
ううん。狂依存、かな……どちらでもいいか。
「ウ……ヴヴヴヴヴ!!ガァァァァ!!」
「朝緋!朝緋やめろ!!強く噛みすぎだっ!!
俺を喰うな!鬼の心に執われすぎている!!」
私は一度我を忘れ、杏寿郎さんを食べた。
血をいただく流れで、そのまま肩口に思い切りかぶりつき、肉を裂いて食らいついたのだ。
恐れていたことが起こってしまった。私は悪鬼に成り下がってしまった。
「いい加減にしろ朝緋!目を覚ませ!君は鬼じゃない!人間の心を持った、俺の大切な人だろう!?」
「ギャンッ!!」
柱の力で。でも私が相手だからか、少しだけ手加減のなされた力で、夜の帳降りた庭先に投げつけられた。
庭にある石灯籠に当たり、鬼の体のせいで粉々に砕けて降り注ぐ。
石の粉が口に入って不快になったことで、私は自我を取り戻した。
「……ぁ、れ?私、今何を……」
「はぁ、朝緋……よかった。君が君に戻ってくれて……」
駆け寄ってきた杏寿郎さんが、私の顔を覗き込んでくる。心底ホッとしたような顔だけど、その肩口は。
「?……杏寿郎、さん?その怪我は一体……!いつやったの!任務で負傷したの!?」
肩口が抉れていて、赤、赤、赤。血に濡れて着物までぐっしょりと赤に染まっていた。
「……覚えてないのか。いや、それならそれでいい」
「覚えて……?へ?血が、ついてる。味がする、血だけじゃない、これは、人の味……?」
私の口や顔、手に、血がべっとりと付着し、何より血と肉の味が口内に広がっていた。
思えば任務のわけがなかった。任務で負傷したのなら、血はもっと乾いているはずで。そもそも治療や応急処置だってされているはず。
なのに目の前にあるのは全く乾いていない、血が流れる傷。
それの意味するところは。
「あ、ああ、そんな……、これ、私がやったのね!杏寿郎さんを噛んだ、食べ、た?……私がやったのね!!」
私が杏寿郎さんを襲い、血や肉を喰らったということ。
「やだ、やだやだやだ!最低!私最低最悪のことしでかした!!私、何も覚えてない!意識まで鬼になっていたのねっ!?」
鬼が喜ぶ血や肉の味なんて吹き飛んでしまった。残るのは後悔と懺悔、申し訳なさと、恐怖の念。そして自分に対する怒り。パニックを起こしてしまいそうだった。
でも、私を宥めるのもまた、杏寿郎さん。
温かい手のひらで頬を挟み、優しい声音を使ってくる。
「いいんだ。そういうこともあるとわかっていた。噛み付くのも喰らいつくのも俺相手だけならいい。次はこんなことにならぬよう、俺もよく見張っておく。朝緋は今のままでいい、気にするな」
「っ!大好きな杏寿郎さんだからこそ、私は傷つけたくないの!血をいただくために毎回噛み付くのだって申し訳なくてたまらないのに、肉を噛み千切った、ですって!?
私はもう、心までもが人じゃない。鬼なんだわ……っ」
「鬼なんかじゃない。君は鬼じゃない。大丈夫、朝緋の心は人間だ」
ワッと泣き出した私。それを抱きしめてよしよしと背中をさする貴方。
その肩口の傷が目に入る……なんて痛々しい。
「杏寿郎さん、すごく痛かったよね……痛い思いさせて……、本当に、本当にごめんなさい……っ」
「痛くなどない!鬼殺隊に身を置く以上、この程度は日常茶飯事だろう!」
痛くない、だなんて痩せ我慢されたくない。
傷自体は確かに日常茶飯事だろう。でも肩口が抉れるような傷は別だし、怪我を負うのなんて一般隊士だったらの話。
「痛くないなんて嘘つかないで。
……柱はそうそう怪我をしません。私のような弱い鬼相手に遅れは取りません」
「こらこら、自分を弱いなどと卑下するな」
苦笑して私の顔を覗き込む杏寿郎さん。その顔を私からも見つめながら私の望みを口にする。こんな願い、杏寿郎さんは嫌がるだろうと思いながら。
「ねぇお願い、藤の花の檻に私を閉じ込めてください。藤毒のクナイで、鎖で繋いでください。もう二度と悪さをしないように」
「朝緋……気にするなと言っているのに……」
「気にするよ……」
「たった一度だろう。朝緋は良い子だからもう鬼に執われたりはしない!心強く熱い信念に燃えているだろう!!心を燃やせ!心を熱く、燃やし続けろ!!」
心を燃やせ。
今まで何度も言い聞かされてきた言葉だ。
これまでだったら、言葉通りに胸を熱くし、目指す先を見据えて心を燃やしていたろう。
でも今の私は──、
「もう、燃えていないです。私は炎柱の継子失格なのです。私の心の炎は、いつ消えてもおかしくないほどに小さなものになってしまった……これ以上は燃やせません」
これから先、私の心はただただ冷たくなっていくだろう。再び燃えることはない。上も先もなく、下を向くだけ。未来もない。
顔すらあげられない。
「頼むからそんな悲しいことを言わないでくれ。朝緋にそう言われてしまうと、俺の心の炎まで燻ってしまいそうだ」
寂しそうな杏寿郎さんの声。冷たくなっていく心と体を暖めようとする熱い抱擁。
それを拒絶し、再び懇願する。
「杏寿郎さん。一度でも人の肉に手を出した悪鬼は、また同じことを繰り返してしまう。それは杏寿郎さんも知っているはずです。
閉じ込めて二度と出られぬようにする。それができないならどうか私の頸を刎ねて」
「絶対に嫌だ」
「だったら陽の下に出させて。私の日輪刀を返して。自分で死にます。
ねえお願い……死にたいの」
貴方が私を殺してくれぬのなら、私は自分で死なねばならない。これ以上、悪鬼になってしまう前に。
「陽の下は歩かせない。日輪刀も返さない。……そうやって死を望もうとする君には、日輪刀はもう必要ない。
頸を傷つけ、落とす物は何一つ必要ない。与えない」
「そんな……。私の日輪刀を返してください」
「駄目だ。ああそうそう、ここにはないから探さぬようにな」
そうだった。炎柱邸には見当たらないのだ。
……きっと煉獄家に置いてきたんだ。私がこの屋敷を出られないのをいいことに、違う家に置いて私の手に渡らぬようにしたのだ。
「だが、朝緋が望む理由とは違うが、君を藤の檻で囲もうと思う。動けないよう鎖に繋いでおく。
朝緋が死を選ばぬようにだ」
そうしてまた、雁字搦めの軟禁生活が始まった。
私は死なせてもらえない。