五周目 陸
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私が満足する頃には、私の足は斬られた痕跡なんてなかったかのように傷ひとつなくぴたりとくっついていた。あるのは私の大量出血による血痕だけ。
「やはり足はくっついたか。血を与えただけでこんな大怪我も治る……相変わらず鬼とは恐ろしいな。だが鬼の血が朝緋を生かしてくれている。そう思うと愛おしくさえ感じるよ」
杏寿郎さんの血で濡れた私の口や頬を手で拭い、そのままするすると撫でる。愛おしいと伝えてくる杏寿郎さんの瞳の中に映る私は、血の摂取でより一層醜く見えた。……なんて嫌な姿。
「今は俺の血が、栄養となって君の全身に巡っているのだなあ。……嬉しくてたまらん」
私の気持ちを知らず、杏寿郎さんが思い切り抱きついてくる。その手が、もう離さない離れない一つになってしまいたいと、私の衣服の中を弄ってくる。
「んっ、は、ぁ……」
指でなぞられる背中や腰がもどかしくも気持ちよくて、小さな喘ぎが出た。
「喘ぎ声が出るようになったな。声が出せるようになったということか?
どれ、朝緋の声を聴かせてごらん。俺は久しぶりに君の声が聞きたい。俺の名前を呼んでくれ」
「…………、き、……、杏、寿郎、さん、」
震える声帯。久しぶりに出せた声は、ひどく掠れていた。そんなでも紡がれた名を聞いた本人は嬉しそうに何度も頷く。
「うん、俺だ」
太陽のように眩しい笑顔。
輝く髪色、牙もなく角もなく、肌も健康的で艶々。ひまわりのような明るい瞳……。
それに比べて私は……なんて醜く恥ずかしい姿。
あまりの差にぼろぼろと涙がこぼれる。
「……お願い、そんなに見ないで……鬼となってしまった醜い私をそれ以上見ないでください……。どうか放して……」
視線を外し下を見る。もう、これ以上見られたくないし、杏寿郎さんを見たくない。
「人間の私はもう存在しないの。ひどい顔をしてるのわかるでしょ。角に牙もある。爪も長くて変な色。肌だってあり得ないほどに白くて不健康で……!!目の色だって!貴方とは似ても似つかない鬼の色!!」
「朝緋……?」
掠れた声も気にせず、金切り声に近い声音で言葉を放つ。癇癪を起こした子供みたいだと、頭のどこかで思った。
ほら、杏寿郎さんも私の変わりように驚いている。
驚いた瞬間、そのまま杏寿郎さんを思い切り突き飛ばして離れる。
「お願いだからもう見ないで!近くに来ないで……!いっそ殺してよ……!!」
自分の体を隠すようにして地面に縋りつき泣く中、柔らかな声音が届く。
「朝緋」
「……もうやだ。もう、聞きたくない」
耳を塞ぐも、鬼の聴覚は人間の時より鋭い。聞きたくなくても聞こえてしまう。
「いいや、聞いてくれ。
どんな朝緋でも俺は愛おしいと思うよ。朝緋は朝緋だ。
角があってもいい。牙があってもいい。
爪は長いが色は爪紅を塗っているのだと思えばどうということはない!綺麗な赤と黒ではないか!
それに透き通るような白く綺麗な肌だ!目だって色合いこそ人とは違うが、それでも綺麗な色をしている!優しい朝緋の瞳は変わらずそこにある!
君は鬼となっても可愛らしく美しく優しく、俺にとって誰よりも愛おしい存在だ」
私が思ったことと真逆のことを言われる。
角や牙があっても構わないだなんて。
この薄汚く長い爪を爪紅だなんて。
透き通るような白い肌だなんて。
綺麗な目だなんて。
ネガティブな気持ちを全てポジティブな言葉に変えて返してくださる。
なんて嬉しい言葉の数々。
愛おしい存在なんて言われて、絆されそう……。
「そんなに自分のことを悪く言うな。君を悪く言う者はたとえ君自身であっても俺は悲しい」
「杏寿郎さん……」
「だからもっとよく、近くで顔を見せてくれ。頼む、朝緋」
杏寿郎さんの願いに答えたい。杏寿郎さんがそう言って許してくださるなら、私は今の私のままでもいいのかもしれないだなんて、思い始めてしまう。
顔を上げてしまう。
「いいの?こんな私でも、いいの……本当にいいの……?」
「ああ、もちろんだ。君が君であるからこそ、俺は共にいたい。
……おいで」
再会したてと同じ、おいでの言葉。
手を差し出されて、怖気つきそうな足を叱咤してそっとそっと近寄っていく。
衝撃が走ったのは、その手を取って再び杏寿郎さんに抱きしめられた瞬間だった。
ドスッ!!
「うっ!?」
背中に、そして太腿に強烈な痛みが走り、次いで目が回った。
何これ、痛いところを確認したいのに手を伸ばせない。体も指も動かせない。
力なくその場に倒れ込む。
杏寿郎さんに抱き止められて、地面と激突せずに済んだけどこれは……?
一体何が起きたというの。
「指一本すら動かんだろう」
またあの目。仄暗い目が見下ろしてくる。
杏寿郎さんが私の目の前に一本の武器を見せてきた。指でくるくると回して遊ぶそれは、忍者がよく使うクナイ。
先端からは嫌悪感の湧く匂いが微かに香る。……藤の匂い?
これを私の体に刺した?
「宇髄に何本か借りておいてよかった。
彼の奥方はくのいちでな。鬼への対抗手段としてクナイに藤の毒を塗布して使っているそうだ。これ以上ない拘束具だと思わんか?」
「!?……っ酷い、酷いです!杏寿郎さん!!
私を騙して、嘘言って油断させて……!嘘つき!!」
本当は私のこと、醜いと思っていたんだ。そうに決まっている。傷をつけられたことより、何よりも、それが一番悲しい。
「そんなわけなかろう!
言った言葉は本当のことだ。君を愛しい気持ちに嘘偽りはない。角も牙も爪も肌も目も、全てひっくるめて君が好きだ。
それとも朝緋は俺のことを、見た目が変わったところで心変わりするような男だと思っていたのか?そうだとしたら心外だ」
「そんなことは思ってない……」
「……愛していなかったらひと思いに頸を刎ねている。こんな真似はしないよ」
抱きすくめられそう紡がれる。太腿に刺さるクナイが当たって痛い。背中も同じだ。
「杏寿郎さん、これ外して、抜いて……?痛いよ、動けないよ。藤の毒で頭がくらくらして、意識が朦朧としてくるの……」
「それは出来ん」
ドスッ!
「うぐっ!!」
追加で反対側の太腿にクナイが刺さる。両足共に重くて怠くて痛くて、動けなくて。瞼までもが重い。
「痛いよな、ごめんなあ。でもこうしておかねばならないんだ。抜くこともできん。我慢してくれ」
「痛い……痛いよぉ……。
自分じゃ抜けない、動けない、力が入らない、のにっ!抜いてもらわないと、毒が消えない……治らないよぉ」
「かわいそうだが駄目だ」
鬼だって痛覚があるというのは、もう杏寿郎さんでさえわかっていること。毒と痛みで頭がおかしくなりそうだ。気持ち悪くて吐きそう。
「抜けば徐々に治るだろうが、君を逃すわけにはいかないんだ。
意識が朦朧としているなら好都合。すまないがしばらくはそのまま眠っていてくれ」
駄目、目を閉じたら。眠ったら、今度こそ本当に逃げられない。私は杏寿郎さんから離れなくちゃいけないのに。
何より私は血を飲んだ。いつか悪鬼に成り下がる。悪鬼は杏寿郎さんの隣にいられない。いたくない。
「俺達の家に。炎柱邸に帰ろう」
連れて行かれる!!
必死に眠らないよう気をつけていたけれど、楽杏寿郎さんが強制的に眠らせるべく、私の首に手刀を入れた。
意識が落ちる寸前、嗤う杏寿郎さんと目が合う。
鬼の私以上に暗い目をした杏寿郎さんと。
クナイは私を捕らえる楔。ううん、杏寿郎さんこそが私を捕らえる楔だった。
「やはり足はくっついたか。血を与えただけでこんな大怪我も治る……相変わらず鬼とは恐ろしいな。だが鬼の血が朝緋を生かしてくれている。そう思うと愛おしくさえ感じるよ」
杏寿郎さんの血で濡れた私の口や頬を手で拭い、そのままするすると撫でる。愛おしいと伝えてくる杏寿郎さんの瞳の中に映る私は、血の摂取でより一層醜く見えた。……なんて嫌な姿。
「今は俺の血が、栄養となって君の全身に巡っているのだなあ。……嬉しくてたまらん」
私の気持ちを知らず、杏寿郎さんが思い切り抱きついてくる。その手が、もう離さない離れない一つになってしまいたいと、私の衣服の中を弄ってくる。
「んっ、は、ぁ……」
指でなぞられる背中や腰がもどかしくも気持ちよくて、小さな喘ぎが出た。
「喘ぎ声が出るようになったな。声が出せるようになったということか?
どれ、朝緋の声を聴かせてごらん。俺は久しぶりに君の声が聞きたい。俺の名前を呼んでくれ」
「…………、き、……、杏、寿郎、さん、」
震える声帯。久しぶりに出せた声は、ひどく掠れていた。そんなでも紡がれた名を聞いた本人は嬉しそうに何度も頷く。
「うん、俺だ」
太陽のように眩しい笑顔。
輝く髪色、牙もなく角もなく、肌も健康的で艶々。ひまわりのような明るい瞳……。
それに比べて私は……なんて醜く恥ずかしい姿。
あまりの差にぼろぼろと涙がこぼれる。
「……お願い、そんなに見ないで……鬼となってしまった醜い私をそれ以上見ないでください……。どうか放して……」
視線を外し下を見る。もう、これ以上見られたくないし、杏寿郎さんを見たくない。
「人間の私はもう存在しないの。ひどい顔をしてるのわかるでしょ。角に牙もある。爪も長くて変な色。肌だってあり得ないほどに白くて不健康で……!!目の色だって!貴方とは似ても似つかない鬼の色!!」
「朝緋……?」
掠れた声も気にせず、金切り声に近い声音で言葉を放つ。癇癪を起こした子供みたいだと、頭のどこかで思った。
ほら、杏寿郎さんも私の変わりように驚いている。
驚いた瞬間、そのまま杏寿郎さんを思い切り突き飛ばして離れる。
「お願いだからもう見ないで!近くに来ないで……!いっそ殺してよ……!!」
自分の体を隠すようにして地面に縋りつき泣く中、柔らかな声音が届く。
「朝緋」
「……もうやだ。もう、聞きたくない」
耳を塞ぐも、鬼の聴覚は人間の時より鋭い。聞きたくなくても聞こえてしまう。
「いいや、聞いてくれ。
どんな朝緋でも俺は愛おしいと思うよ。朝緋は朝緋だ。
角があってもいい。牙があってもいい。
爪は長いが色は爪紅を塗っているのだと思えばどうということはない!綺麗な赤と黒ではないか!
それに透き通るような白く綺麗な肌だ!目だって色合いこそ人とは違うが、それでも綺麗な色をしている!優しい朝緋の瞳は変わらずそこにある!
君は鬼となっても可愛らしく美しく優しく、俺にとって誰よりも愛おしい存在だ」
私が思ったことと真逆のことを言われる。
角や牙があっても構わないだなんて。
この薄汚く長い爪を爪紅だなんて。
透き通るような白い肌だなんて。
綺麗な目だなんて。
ネガティブな気持ちを全てポジティブな言葉に変えて返してくださる。
なんて嬉しい言葉の数々。
愛おしい存在なんて言われて、絆されそう……。
「そんなに自分のことを悪く言うな。君を悪く言う者はたとえ君自身であっても俺は悲しい」
「杏寿郎さん……」
「だからもっとよく、近くで顔を見せてくれ。頼む、朝緋」
杏寿郎さんの願いに答えたい。杏寿郎さんがそう言って許してくださるなら、私は今の私のままでもいいのかもしれないだなんて、思い始めてしまう。
顔を上げてしまう。
「いいの?こんな私でも、いいの……本当にいいの……?」
「ああ、もちろんだ。君が君であるからこそ、俺は共にいたい。
……おいで」
再会したてと同じ、おいでの言葉。
手を差し出されて、怖気つきそうな足を叱咤してそっとそっと近寄っていく。
衝撃が走ったのは、その手を取って再び杏寿郎さんに抱きしめられた瞬間だった。
ドスッ!!
「うっ!?」
背中に、そして太腿に強烈な痛みが走り、次いで目が回った。
何これ、痛いところを確認したいのに手を伸ばせない。体も指も動かせない。
力なくその場に倒れ込む。
杏寿郎さんに抱き止められて、地面と激突せずに済んだけどこれは……?
一体何が起きたというの。
「指一本すら動かんだろう」
またあの目。仄暗い目が見下ろしてくる。
杏寿郎さんが私の目の前に一本の武器を見せてきた。指でくるくると回して遊ぶそれは、忍者がよく使うクナイ。
先端からは嫌悪感の湧く匂いが微かに香る。……藤の匂い?
これを私の体に刺した?
「宇髄に何本か借りておいてよかった。
彼の奥方はくのいちでな。鬼への対抗手段としてクナイに藤の毒を塗布して使っているそうだ。これ以上ない拘束具だと思わんか?」
「!?……っ酷い、酷いです!杏寿郎さん!!
私を騙して、嘘言って油断させて……!嘘つき!!」
本当は私のこと、醜いと思っていたんだ。そうに決まっている。傷をつけられたことより、何よりも、それが一番悲しい。
「そんなわけなかろう!
言った言葉は本当のことだ。君を愛しい気持ちに嘘偽りはない。角も牙も爪も肌も目も、全てひっくるめて君が好きだ。
それとも朝緋は俺のことを、見た目が変わったところで心変わりするような男だと思っていたのか?そうだとしたら心外だ」
「そんなことは思ってない……」
「……愛していなかったらひと思いに頸を刎ねている。こんな真似はしないよ」
抱きすくめられそう紡がれる。太腿に刺さるクナイが当たって痛い。背中も同じだ。
「杏寿郎さん、これ外して、抜いて……?痛いよ、動けないよ。藤の毒で頭がくらくらして、意識が朦朧としてくるの……」
「それは出来ん」
ドスッ!
「うぐっ!!」
追加で反対側の太腿にクナイが刺さる。両足共に重くて怠くて痛くて、動けなくて。瞼までもが重い。
「痛いよな、ごめんなあ。でもこうしておかねばならないんだ。抜くこともできん。我慢してくれ」
「痛い……痛いよぉ……。
自分じゃ抜けない、動けない、力が入らない、のにっ!抜いてもらわないと、毒が消えない……治らないよぉ」
「かわいそうだが駄目だ」
鬼だって痛覚があるというのは、もう杏寿郎さんでさえわかっていること。毒と痛みで頭がおかしくなりそうだ。気持ち悪くて吐きそう。
「抜けば徐々に治るだろうが、君を逃すわけにはいかないんだ。
意識が朦朧としているなら好都合。すまないがしばらくはそのまま眠っていてくれ」
駄目、目を閉じたら。眠ったら、今度こそ本当に逃げられない。私は杏寿郎さんから離れなくちゃいけないのに。
何より私は血を飲んだ。いつか悪鬼に成り下がる。悪鬼は杏寿郎さんの隣にいられない。いたくない。
「俺達の家に。炎柱邸に帰ろう」
連れて行かれる!!
必死に眠らないよう気をつけていたけれど、楽杏寿郎さんが強制的に眠らせるべく、私の首に手刀を入れた。
意識が落ちる寸前、嗤う杏寿郎さんと目が合う。
鬼の私以上に暗い目をした杏寿郎さんと。
クナイは私を捕らえる楔。ううん、杏寿郎さんこそが私を捕らえる楔だった。