五周目 陸
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野を越え山越え谷越えて、かなり遠くまで逃げることができた。
むしろこれはもう旅だ。人間だったら美味しいご飯食べる食い道楽の旅にしたかったな。
このちょっとつまらない旅のお供は優しい鎹烏のあずまだけ。
恋仲である要と一緒にいたかっただろうに、声も出せず鬼となってしまった私を優先してぴたりと離れない。彼女は私が猗窩座に攫われる瞬間よりずっと、空から追いかけてきてくれていたのだ。
そして、今は真っ暗な森の中。
その頃にはもう完全に鬼と化していて、昼間に外を歩くことはできなくなっていた。
完全に鬼になる瞬間は、骨がバキバキバキッと激しい音を立てて、まるで数年分の成長痛が一度にきたみたいだった。
痛くて痛くて悲鳴を上げたけど、やっぱり声は出なかった。涙しか出ない、ぐすん。
次いで水辺に映る自身の姿を見た。
鬼化した時の杏寿郎さんと同じような禍々しい目。鋭い牙。長い爪に額の角。そして病的に青白い肌。
どこからどう見ても鬼な自分の姿に絶望を覚える。
杏寿郎さんには見られたくないなあ。でも、見られたくないのに会いたいよ。杏寿郎さん、どうしてるかな……。
喉、乾いたなあ。お腹すいたなあ。
杏寿郎さんの事を考えたら、なぜか余計に空腹を感じた。
なるほどこれが食べちゃいたいほど好きの法則か。……なんだそれ初めて聞いた。
お腹が空いて人を襲うといけないので人里には降りないし近づかないようにはしてるけど、この飢餓……いつまで持つのか。
どこまでもイレギュラーな存在だとでもいうのか、割と我慢できちゃえそうな気がするけど、それだって少しは訓練が必要。
そろそろどこぞの上弦の参の追っ手が来るかもしれないし、鬼が絶対に近づかない場所にでも行こうかな。
一年中藤が咲き乱れる藤襲山に。
行って後悔はしなかったけど、私、自分のこと虐めすぎかもしれない。
内側に入るには死ぬほど、というか何度か死にながら入った。藤の毒、こんなに鬼を蝕むんだねぇ……。
鬼になってからというもの、本気で藤の木を燃やし尽くしたいって思ったもの。こんなに臭いの?こんなに気持ち悪いの?呼吸できないんですけど。アナフィラキシーショック起こすよ。毒じゃん。
残機というシステムがこの世に存在するのならば、多分これだけで五十機くらい減った。
ただ、しばらくは中で安心して過ごすことができた。まだ次の最終選別までも時間はあるし、中にいる鬼はぶっちゃけ鬼になりたての私より弱い。
共食い、つまり私のことを食べようとしてくるけれど、私の敵じゃなかった。
私鬼になっても強いじゃん。そう思って、いっちょ軽く手鬼でも捻り潰しておこうと思ったんだけど……なぜかいなかった。
誰かに討伐されたのかな。
少なくとも一週間はいたと思う。
これだけいれば体の方も藤に慣れてくれると思ったけど、そうはならなかった。甘ったるい藤の香りで吐くものないのに吐き戻した。
やはり鬼と藤は相容れないようだ。
藤襲山を必死に降りた時には這々の体で。
猗窩座に追われる心配はなさそうだったけれど、空腹がマックスだった。
それでも人は食べない。藤に鍛えられたとでもいうのか、人を食べたいとはあまり思わなくなっていた。自分を虐めた甲斐がある!
ある森に逗留していれば、傷を負ったうさぎが自ら私の元に飛び込んできた。
他の獣から逃げてきたのかな?かわいそうに。
──ああそういえば明槻は人間の代わりに動物を食べてたんだっけ。
抱き上げたうさぎをじっと見つめる。
食べちゃおっかな……人間に手を出すよりはずっといい。明槻みたいに虫を食べるよりもずっとずっといい。むしろ虫は食べたくない。
うさぎのお肉なら罪悪感が……と、そこまで考えてやっぱりやめた。
かわいいうさぎにそんな残酷な真似はできない。
え?人間の時に鹿とか食べてた?それはそれ。人よりも強い力を持つ鬼だからこそ、周りに優しくいたい。
変な考え起こしてごめんね。謝罪の意味を込めてうさぎの背中をひと撫でする。
「!?」
撫でたところから青白い炎が広がり、なんとうさぎの傷が癒えた。そのまま地面に下ろせば、光に驚いたか草むらへと消えていくうさぎ。
「「…………」」
えええええ……何今の。まさか私の血鬼術?
頭に止まっていたあずまと目を見合わせる。
「ウン、多分今ノガ朝緋チャンノ血鬼術ヨ。対象ヲ癒ス能力ノヨウネ」
まじでか。癒す能力……この力、少しは鬼殺隊の役に立ちそうな気がする。
私は鬼になってもなお、鬼殺隊士であり続けたいと望んでいた。
──今更連絡しても除隊になってるかな。死んだことになってるのかな。鬼になった私を捜索してるかな。首を斬るために。
それでも、杏寿郎さんがこれからも健やかに、元気に生きられるお手伝いがしたい。鬼殺隊に協力することは、杏寿郎さんの未来確定につながる。だって、脅威は無限列車での猗窩座だけではないのだから。
私はここに来て初めて、御館様にことの次第を連絡することにした。
返事はすぐに来て、先日機能回復訓練が終わったばかりだという、炭治郎を向かわせてくれるとのことだった。
彼なら安心だ。禰󠄀豆子ちゃんという稀有な存在の鬼を連れているからわかると思うけど、鬼にはとても理解がある。
理解がある、のはいいんだけど……。
「朝緋さん朝緋さん朝緋さん!!」
「ムームームー!!」
会った途端、号泣状態の炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんに抱きつかれたんだけど、えっこれどうしたらいいの。
困惑の気持ちが大きいのをそのままに、しばらくしたいようにさせてあげた。
数分後、申し訳なさそうな炭治郎に何度も何度も謝られた。
「取り乱した挙句、煉獄さんの奥さんなのに抱きついてしまいすみません……それくらい貴女が無事に生きていてくれたことが嬉しかったんで……。俺も禰󠄀豆子も」
「ムー」
ここに彼はいないのだから、そんなこと気にしなくていいのに。律儀なやっちゃ。
あとまだ奥さんでは……と思ったけど、もう訂正するの面倒くさい。
「あっ、声が出ないのだと聞きましたが、俺はある程度は鼻でわかりますので、心の中で返事してくれれば察します!!それでも駄目な時は紙に書いてもらいますね」
相変わらずすごいな炭治郎の鼻。嘘発見器みたいだ。いや、それよりもっと高性能か。
「そうだ、煉獄さんにもお伝えしないとですね!」
駄目!それだけは駄目!!気持ちだけでなく、顔全部を使って大きく首を振る。
「駄目、なんですか。どうして……?
貴女からは人間を食べている鬼の匂いはしない。貴女の姿を見た煉獄さんにもきっとそれはわかる。会っても頸を刎ねられる事はないはずです」
それでも駄目。それに御館様にも周りには内緒にしてもらってるのよ。杏寿郎さんだけに限らず、他の柱にも。
「でも、本当は会いたいんでしょう?鬼と化していても、朝緋さんは朝緋さんでしかない。受け入れてもらえると確信してるからこそ、俺は会ったほうが、と言っています。
俺には恋愛のあれこれはまだよくわかりませんが、好き合う者同士には共にいて欲しい。幸せに笑い合う二人が見たいです」
違う……そうじゃないの。こんな姿は見られたくないの。
炭治郎、わかって。私はこれでも女なの。大好きな人に、こんな醜い鬼となった姿は見せたくないの。恥ずかしい、みっともない、情けない。
会いたいけど、会いたくないの。
訴えかけるように炭治郎を見つめれば、炭治郎がぽろりと涙をこぼした。禰󠄀豆子ちゃんが心配そうにその背を撫でている。
「朝緋さんは泣いていないけれど、心で泣いている。とてもとても悲しい匂いをさせている。
……すみません、嗅いでいたらつい俺が泣いてしまいました」
愛しい気持ちを内側に隠した悲しい匂いだと、炭治郎は教えてくれた。
「わかりました。俺からは言いません」
鋭くなってしまった、人を傷つけるしか能のない爪のついた手のひらで、そっと、でもぎゅっと炭治郎の手を握る。
それから口で『ありがと』と形作った。
話は本題に入る。
「御館様は朝緋さんに任務を遂行する気があるのなら伝令を回すそうです。鬼殺隊の一員でいたいなら鬼を狩ってもらわないと、とのことで……鬼となってなお、鬼殺隊として役に立てるかどうか示せと」
まあそれが鬼殺隊だからね。
「炎の呼吸は使えているんですね。常中も」
こくりと頷く。
ただ、今の私には日輪刀がない。それを訴えるように炭治郎の腰の日輪刀を見つめれば。
「朝緋さんの日輪刀は炎柱邸に置かれています」
だろうとは思った。煉獄家でも本部でも刀鍛冶の元でもなく、杏寿郎さんのいるところに。炎柱邸に置かれているであろうことはわかっていた。
自分で言うのもあれだけど、私のことを一心に愛してくれる杏寿郎さんが、私の代わりとも言うべき日輪刀を他の場所に置くはずがない。自分の手元に置くはずだ。
見つからないように、どう取りに行くか……。悩みどころだ。
「朝緋さん。あの……、ないとは思いますが、人の血や肉は決して口にしないでくださいね。
一度でも口にしたが最後、人の血肉を啜る悪鬼に堕ちてしまう。俺はそうなった貴女を見たくないし、斬りたくありません」
それなら杏寿郎さんが鬼となった時に散々経験したなあ。
安心して、口に突っ込まれでもしない限り私から食することはない。そう、炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんをまとめて撫でながら示す。
鬼になったばかりの私に安心して、と言われても信用ならないだろうけどもね。
むしろこれはもう旅だ。人間だったら美味しいご飯食べる食い道楽の旅にしたかったな。
このちょっとつまらない旅のお供は優しい鎹烏のあずまだけ。
恋仲である要と一緒にいたかっただろうに、声も出せず鬼となってしまった私を優先してぴたりと離れない。彼女は私が猗窩座に攫われる瞬間よりずっと、空から追いかけてきてくれていたのだ。
そして、今は真っ暗な森の中。
その頃にはもう完全に鬼と化していて、昼間に外を歩くことはできなくなっていた。
完全に鬼になる瞬間は、骨がバキバキバキッと激しい音を立てて、まるで数年分の成長痛が一度にきたみたいだった。
痛くて痛くて悲鳴を上げたけど、やっぱり声は出なかった。涙しか出ない、ぐすん。
次いで水辺に映る自身の姿を見た。
鬼化した時の杏寿郎さんと同じような禍々しい目。鋭い牙。長い爪に額の角。そして病的に青白い肌。
どこからどう見ても鬼な自分の姿に絶望を覚える。
杏寿郎さんには見られたくないなあ。でも、見られたくないのに会いたいよ。杏寿郎さん、どうしてるかな……。
喉、乾いたなあ。お腹すいたなあ。
杏寿郎さんの事を考えたら、なぜか余計に空腹を感じた。
なるほどこれが食べちゃいたいほど好きの法則か。……なんだそれ初めて聞いた。
お腹が空いて人を襲うといけないので人里には降りないし近づかないようにはしてるけど、この飢餓……いつまで持つのか。
どこまでもイレギュラーな存在だとでもいうのか、割と我慢できちゃえそうな気がするけど、それだって少しは訓練が必要。
そろそろどこぞの上弦の参の追っ手が来るかもしれないし、鬼が絶対に近づかない場所にでも行こうかな。
一年中藤が咲き乱れる藤襲山に。
行って後悔はしなかったけど、私、自分のこと虐めすぎかもしれない。
内側に入るには死ぬほど、というか何度か死にながら入った。藤の毒、こんなに鬼を蝕むんだねぇ……。
鬼になってからというもの、本気で藤の木を燃やし尽くしたいって思ったもの。こんなに臭いの?こんなに気持ち悪いの?呼吸できないんですけど。アナフィラキシーショック起こすよ。毒じゃん。
残機というシステムがこの世に存在するのならば、多分これだけで五十機くらい減った。
ただ、しばらくは中で安心して過ごすことができた。まだ次の最終選別までも時間はあるし、中にいる鬼はぶっちゃけ鬼になりたての私より弱い。
共食い、つまり私のことを食べようとしてくるけれど、私の敵じゃなかった。
私鬼になっても強いじゃん。そう思って、いっちょ軽く手鬼でも捻り潰しておこうと思ったんだけど……なぜかいなかった。
誰かに討伐されたのかな。
少なくとも一週間はいたと思う。
これだけいれば体の方も藤に慣れてくれると思ったけど、そうはならなかった。甘ったるい藤の香りで吐くものないのに吐き戻した。
やはり鬼と藤は相容れないようだ。
藤襲山を必死に降りた時には這々の体で。
猗窩座に追われる心配はなさそうだったけれど、空腹がマックスだった。
それでも人は食べない。藤に鍛えられたとでもいうのか、人を食べたいとはあまり思わなくなっていた。自分を虐めた甲斐がある!
ある森に逗留していれば、傷を負ったうさぎが自ら私の元に飛び込んできた。
他の獣から逃げてきたのかな?かわいそうに。
──ああそういえば明槻は人間の代わりに動物を食べてたんだっけ。
抱き上げたうさぎをじっと見つめる。
食べちゃおっかな……人間に手を出すよりはずっといい。明槻みたいに虫を食べるよりもずっとずっといい。むしろ虫は食べたくない。
うさぎのお肉なら罪悪感が……と、そこまで考えてやっぱりやめた。
かわいいうさぎにそんな残酷な真似はできない。
え?人間の時に鹿とか食べてた?それはそれ。人よりも強い力を持つ鬼だからこそ、周りに優しくいたい。
変な考え起こしてごめんね。謝罪の意味を込めてうさぎの背中をひと撫でする。
「!?」
撫でたところから青白い炎が広がり、なんとうさぎの傷が癒えた。そのまま地面に下ろせば、光に驚いたか草むらへと消えていくうさぎ。
「「…………」」
えええええ……何今の。まさか私の血鬼術?
頭に止まっていたあずまと目を見合わせる。
「ウン、多分今ノガ朝緋チャンノ血鬼術ヨ。対象ヲ癒ス能力ノヨウネ」
まじでか。癒す能力……この力、少しは鬼殺隊の役に立ちそうな気がする。
私は鬼になってもなお、鬼殺隊士であり続けたいと望んでいた。
──今更連絡しても除隊になってるかな。死んだことになってるのかな。鬼になった私を捜索してるかな。首を斬るために。
それでも、杏寿郎さんがこれからも健やかに、元気に生きられるお手伝いがしたい。鬼殺隊に協力することは、杏寿郎さんの未来確定につながる。だって、脅威は無限列車での猗窩座だけではないのだから。
私はここに来て初めて、御館様にことの次第を連絡することにした。
返事はすぐに来て、先日機能回復訓練が終わったばかりだという、炭治郎を向かわせてくれるとのことだった。
彼なら安心だ。禰󠄀豆子ちゃんという稀有な存在の鬼を連れているからわかると思うけど、鬼にはとても理解がある。
理解がある、のはいいんだけど……。
「朝緋さん朝緋さん朝緋さん!!」
「ムームームー!!」
会った途端、号泣状態の炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんに抱きつかれたんだけど、えっこれどうしたらいいの。
困惑の気持ちが大きいのをそのままに、しばらくしたいようにさせてあげた。
数分後、申し訳なさそうな炭治郎に何度も何度も謝られた。
「取り乱した挙句、煉獄さんの奥さんなのに抱きついてしまいすみません……それくらい貴女が無事に生きていてくれたことが嬉しかったんで……。俺も禰󠄀豆子も」
「ムー」
ここに彼はいないのだから、そんなこと気にしなくていいのに。律儀なやっちゃ。
あとまだ奥さんでは……と思ったけど、もう訂正するの面倒くさい。
「あっ、声が出ないのだと聞きましたが、俺はある程度は鼻でわかりますので、心の中で返事してくれれば察します!!それでも駄目な時は紙に書いてもらいますね」
相変わらずすごいな炭治郎の鼻。嘘発見器みたいだ。いや、それよりもっと高性能か。
「そうだ、煉獄さんにもお伝えしないとですね!」
駄目!それだけは駄目!!気持ちだけでなく、顔全部を使って大きく首を振る。
「駄目、なんですか。どうして……?
貴女からは人間を食べている鬼の匂いはしない。貴女の姿を見た煉獄さんにもきっとそれはわかる。会っても頸を刎ねられる事はないはずです」
それでも駄目。それに御館様にも周りには内緒にしてもらってるのよ。杏寿郎さんだけに限らず、他の柱にも。
「でも、本当は会いたいんでしょう?鬼と化していても、朝緋さんは朝緋さんでしかない。受け入れてもらえると確信してるからこそ、俺は会ったほうが、と言っています。
俺には恋愛のあれこれはまだよくわかりませんが、好き合う者同士には共にいて欲しい。幸せに笑い合う二人が見たいです」
違う……そうじゃないの。こんな姿は見られたくないの。
炭治郎、わかって。私はこれでも女なの。大好きな人に、こんな醜い鬼となった姿は見せたくないの。恥ずかしい、みっともない、情けない。
会いたいけど、会いたくないの。
訴えかけるように炭治郎を見つめれば、炭治郎がぽろりと涙をこぼした。禰󠄀豆子ちゃんが心配そうにその背を撫でている。
「朝緋さんは泣いていないけれど、心で泣いている。とてもとても悲しい匂いをさせている。
……すみません、嗅いでいたらつい俺が泣いてしまいました」
愛しい気持ちを内側に隠した悲しい匂いだと、炭治郎は教えてくれた。
「わかりました。俺からは言いません」
鋭くなってしまった、人を傷つけるしか能のない爪のついた手のひらで、そっと、でもぎゅっと炭治郎の手を握る。
それから口で『ありがと』と形作った。
話は本題に入る。
「御館様は朝緋さんに任務を遂行する気があるのなら伝令を回すそうです。鬼殺隊の一員でいたいなら鬼を狩ってもらわないと、とのことで……鬼となってなお、鬼殺隊として役に立てるかどうか示せと」
まあそれが鬼殺隊だからね。
「炎の呼吸は使えているんですね。常中も」
こくりと頷く。
ただ、今の私には日輪刀がない。それを訴えるように炭治郎の腰の日輪刀を見つめれば。
「朝緋さんの日輪刀は炎柱邸に置かれています」
だろうとは思った。煉獄家でも本部でも刀鍛冶の元でもなく、杏寿郎さんのいるところに。炎柱邸に置かれているであろうことはわかっていた。
自分で言うのもあれだけど、私のことを一心に愛してくれる杏寿郎さんが、私の代わりとも言うべき日輪刀を他の場所に置くはずがない。自分の手元に置くはずだ。
見つからないように、どう取りに行くか……。悩みどころだ。
「朝緋さん。あの……、ないとは思いますが、人の血や肉は決して口にしないでくださいね。
一度でも口にしたが最後、人の血肉を啜る悪鬼に堕ちてしまう。俺はそうなった貴女を見たくないし、斬りたくありません」
それなら杏寿郎さんが鬼となった時に散々経験したなあ。
安心して、口に突っ込まれでもしない限り私から食することはない。そう、炭治郎と禰󠄀豆子ちゃんをまとめて撫でながら示す。
鬼になったばかりの私に安心して、と言われても信用ならないだろうけどもね。