五周目 伍
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魘夢の頸は取りたい。猗窩座の頸も取りたい。
けれど、無限列車の任務は来ないと嬉しい。
矛盾しているこの気持ち。
この度の任務報告は、私に任せられた。
仕方ない。だって他の隊士はほとんど眠りに落ちていた上に気がつけば途中下車だ。
そして魘夢と真っ向から対決したのは私のみ。なら私に報告義務がある。
久しぶりに訪れた本部にて、御館様に直接ご報告を入れる。私のそばに控えるようにして寄り添うのは杏寿郎さん。私の報告を隣で静かに聞いている。
杏寿郎さんがここにいることに、嫌な予感しかしない。
この人に無限列車の任務を言い渡してほしくない。
そう思って言葉を選び、御館様にもお願いした。けれど、嫌な予感は的中して。
「無限列車に巣食う鬼を討伐しに向かってくれるかい。杏寿郎、朝緋」
「はっ!承知いたしました!!」
「……かしこ、まりました」
頭を垂れる私の表情に浮かぶ絶望。せっかく少しは未来が変わったと思ったのに。結局、何も変わらない。
隊士が助かったとはいえ、元々の展開を知らない人達からすれば何一つ変わらないのと同じ。
私が頑張ったところで、杏寿郎さんが出るのは変わらないんだ……。
何もかも、無駄だった。
これはもう柱が出る案件だ。柱が出る他ないのだと、ごめんねと御館様に言われてしまった。
もう一度私が行ったところで意味はない。だって結局、私は二度も失敗した。二度あることは三度ある。
次もきっと失敗して、鬼の頸を取れずに終わる。そう思われたのだ。
甲階級の隊士がこんなでは、柱である杏寿郎さんが出る羽目になるのは決まりきったこと。
本部を後にする瞬間から。そして炎柱邸へと帰ったあとも沈み込んで無言なままの私を、杏寿郎さんが心配している。
慣れぬ手つきでお茶まで淹れて下さり、私に寄り添って背中を撫でてくれる。
お茶を口にしてようやく、私の目からはポロリと涙が溢れた。
ぽす、杏寿郎さんの隊服が濡れるのも構わず、その体に抱きつく。
「朝緋……、何がそんなにつらいのだ。悲しいのだ。鬼の頸を取れなかったからか?隊士が一人、鬼に食われてしまったからか?」
「違う、違うの……、ううん。それも違くない。悔しくて悲しいよ、でも……でも違うの……」
隊服に染み込んでいく涙。
顔を上向かせられ覗き込まれる。滲む視界に杏寿郎さんの太陽の瞳が見える。
ああ、この人を行かせたらまた悲しい展開がやってくるかもしれないのだ。
そのままでは殺され、鬼になっても死に、私が死んでも後を追う。どれも悲劇にしかならない。
そう思ったら、余計に涙がボロボロと次から次にこぼれ落ちた。
「泣き止んでくれ、朝緋……。理由もわからずに泣かれると、俺はどうしていいかわからなくなる。俺はどうしたらいい?俺が君に出来ることはないのかっ!」
おろおろしつつ、杏寿郎さんが力一杯だきしめてくる。
「……、…………行きたくなくて」
「何?」
腕の強さと服でくぐもる声を拾われる。
「今度の任務に、行きたくないのです。杏寿郎さんを行かせたく……ないのです。どうしても」
感情がごちゃごちゃして忙しい、つらい。
行きたい、行きたくない、こわい、行かせたくない、ここにいて。
思いが、考えが、あちらこちらに迷走して、涙となって現れる。
「これは任務だ。行かねばならないのはわかっているだろう。情報を持ち帰ってきたのは君ではないか。俺や他の隊士が鬼を退治できるようにと」
そんな大層なことはしていない。貴方は任務で私が、魘夢を二度も取り逃したという瞬間を見ていないから、そう言えるのだ。
「何故そんなに俺を行かせたくないんだ。何かあるのか?」
「だって貴方が……」
「俺がなんだ?」
唇が重なりそうなほど近づく顔。
「────っ、」
言えない。本当のことなんて、言えない。
けれどまるっきりの嘘はもっと言えない。まっすぐ見つめてくる瞳に、見透かされてしまう。
私は夢に託した。
「夢……夢を見ます」
「ゆめ?」
「杏寿郎さんが、死ぬ夢をよく見ます。何度も何度も、救おうとしても、何をしても助けられない夢です。私が弱いから、いつも助けられない。
これはきっと、正夢になってしまう。だから行っては駄目、なんです。行きたくないんです……」
まだ、まだまだまだまだ強くない。力が足りていない。炭治郎達の強さもきっと『前』と大して変わらないだろう。
「それは夢の話なのだろう。いつから見始めた?此度の鬼の、その『催眠の囁き』という血鬼術の影響ではなかろうか」
「あの……私血鬼術かかってないです」
「そうだったな!だが夢は夢、気にするな!」
これが本当に夢だったのなら、私だって気にしない。
「朝緋」
ゆるりと、甘い視線で私を見つめる。頭を、髪を、頬を柔らかく愛おしむように撫でてくる貴方の手。
私も貴方をとても愛おしく思う。その手の甲に手のひらを重ね、頬擦りした。
「鬼殺隊に身を置く以上、死はいつでも我々の隣にある。それでも、鬼に襲われる市井の人々を助けるためには危険に飛び込まねばならん。弱き人々を救う、それが俺たちの責務だ」
心に熱き炎をともした、杏寿郎さんの言葉と信念。
頬擦りした手のひらからその思いが伝わり、伝染する。私の心にも火を灯そうとしてくる。
私の心も同じ気持ちで普段は燃えている。ただ、今は少し弱まっているだけで。無限列車が関わるといつもこうだ。
指で涙の跡をなぞりあげてから、額に。鼻に。両方の頬に、口づけを落とされた。
それは親が子に安心するよう、言い聞かせるのにどこか似ていた。
「杏寿郎さん……私、子供扱いは嫌……」
「すまんすまん。君はもう俺と枕を交わせる大人の女性だったな」
「んっ、……、」
最後に唇に吸いつかれる。この口付けは、大人の口付け。子にするようなものではない。
舌先を吸われ、散々蕩けさせてきてから、唇は離れていく。
「……はぁっ、」
「俺は簡単に死にはしない。安心してついてくるといい。
任務前に美味しい駅弁でも食べよう。食事を摂れば元気も出るだろうて。なんなら、朝緋の好物のあいすくりんも買おうではないか」
「杏寿郎さん……」
杏寿郎さんが行かないで済む方法は見つからなかった。
あの時、なんとかして魘夢の頸を取っておけばよかった。バタフライエフェクトなんて最初から考えなければいい。無限列車の任務がなくなる?なくなったら、主人公の成長が望めない?知るかっ!そんなのあとからどうにでもなるはず。
まあ、そもそもが取り逃したので今更何を言っても意味はない。
どちらにせよ行くと決まれば、杏寿郎さんは私が守るしかない。たとえどんな事になろうとも。この身が堕ちようともだ。
何度も『やり直し』たことで、複雑に、そして乱雑に絡み合い、めぐった感情の糸の束。
それはすべてその人の『未来を望む』。その想いでできていた。
けれど、無限列車の任務は来ないと嬉しい。
矛盾しているこの気持ち。
この度の任務報告は、私に任せられた。
仕方ない。だって他の隊士はほとんど眠りに落ちていた上に気がつけば途中下車だ。
そして魘夢と真っ向から対決したのは私のみ。なら私に報告義務がある。
久しぶりに訪れた本部にて、御館様に直接ご報告を入れる。私のそばに控えるようにして寄り添うのは杏寿郎さん。私の報告を隣で静かに聞いている。
杏寿郎さんがここにいることに、嫌な予感しかしない。
この人に無限列車の任務を言い渡してほしくない。
そう思って言葉を選び、御館様にもお願いした。けれど、嫌な予感は的中して。
「無限列車に巣食う鬼を討伐しに向かってくれるかい。杏寿郎、朝緋」
「はっ!承知いたしました!!」
「……かしこ、まりました」
頭を垂れる私の表情に浮かぶ絶望。せっかく少しは未来が変わったと思ったのに。結局、何も変わらない。
隊士が助かったとはいえ、元々の展開を知らない人達からすれば何一つ変わらないのと同じ。
私が頑張ったところで、杏寿郎さんが出るのは変わらないんだ……。
何もかも、無駄だった。
これはもう柱が出る案件だ。柱が出る他ないのだと、ごめんねと御館様に言われてしまった。
もう一度私が行ったところで意味はない。だって結局、私は二度も失敗した。二度あることは三度ある。
次もきっと失敗して、鬼の頸を取れずに終わる。そう思われたのだ。
甲階級の隊士がこんなでは、柱である杏寿郎さんが出る羽目になるのは決まりきったこと。
本部を後にする瞬間から。そして炎柱邸へと帰ったあとも沈み込んで無言なままの私を、杏寿郎さんが心配している。
慣れぬ手つきでお茶まで淹れて下さり、私に寄り添って背中を撫でてくれる。
お茶を口にしてようやく、私の目からはポロリと涙が溢れた。
ぽす、杏寿郎さんの隊服が濡れるのも構わず、その体に抱きつく。
「朝緋……、何がそんなにつらいのだ。悲しいのだ。鬼の頸を取れなかったからか?隊士が一人、鬼に食われてしまったからか?」
「違う、違うの……、ううん。それも違くない。悔しくて悲しいよ、でも……でも違うの……」
隊服に染み込んでいく涙。
顔を上向かせられ覗き込まれる。滲む視界に杏寿郎さんの太陽の瞳が見える。
ああ、この人を行かせたらまた悲しい展開がやってくるかもしれないのだ。
そのままでは殺され、鬼になっても死に、私が死んでも後を追う。どれも悲劇にしかならない。
そう思ったら、余計に涙がボロボロと次から次にこぼれ落ちた。
「泣き止んでくれ、朝緋……。理由もわからずに泣かれると、俺はどうしていいかわからなくなる。俺はどうしたらいい?俺が君に出来ることはないのかっ!」
おろおろしつつ、杏寿郎さんが力一杯だきしめてくる。
「……、…………行きたくなくて」
「何?」
腕の強さと服でくぐもる声を拾われる。
「今度の任務に、行きたくないのです。杏寿郎さんを行かせたく……ないのです。どうしても」
感情がごちゃごちゃして忙しい、つらい。
行きたい、行きたくない、こわい、行かせたくない、ここにいて。
思いが、考えが、あちらこちらに迷走して、涙となって現れる。
「これは任務だ。行かねばならないのはわかっているだろう。情報を持ち帰ってきたのは君ではないか。俺や他の隊士が鬼を退治できるようにと」
そんな大層なことはしていない。貴方は任務で私が、魘夢を二度も取り逃したという瞬間を見ていないから、そう言えるのだ。
「何故そんなに俺を行かせたくないんだ。何かあるのか?」
「だって貴方が……」
「俺がなんだ?」
唇が重なりそうなほど近づく顔。
「────っ、」
言えない。本当のことなんて、言えない。
けれどまるっきりの嘘はもっと言えない。まっすぐ見つめてくる瞳に、見透かされてしまう。
私は夢に託した。
「夢……夢を見ます」
「ゆめ?」
「杏寿郎さんが、死ぬ夢をよく見ます。何度も何度も、救おうとしても、何をしても助けられない夢です。私が弱いから、いつも助けられない。
これはきっと、正夢になってしまう。だから行っては駄目、なんです。行きたくないんです……」
まだ、まだまだまだまだ強くない。力が足りていない。炭治郎達の強さもきっと『前』と大して変わらないだろう。
「それは夢の話なのだろう。いつから見始めた?此度の鬼の、その『催眠の囁き』という血鬼術の影響ではなかろうか」
「あの……私血鬼術かかってないです」
「そうだったな!だが夢は夢、気にするな!」
これが本当に夢だったのなら、私だって気にしない。
「朝緋」
ゆるりと、甘い視線で私を見つめる。頭を、髪を、頬を柔らかく愛おしむように撫でてくる貴方の手。
私も貴方をとても愛おしく思う。その手の甲に手のひらを重ね、頬擦りした。
「鬼殺隊に身を置く以上、死はいつでも我々の隣にある。それでも、鬼に襲われる市井の人々を助けるためには危険に飛び込まねばならん。弱き人々を救う、それが俺たちの責務だ」
心に熱き炎をともした、杏寿郎さんの言葉と信念。
頬擦りした手のひらからその思いが伝わり、伝染する。私の心にも火を灯そうとしてくる。
私の心も同じ気持ちで普段は燃えている。ただ、今は少し弱まっているだけで。無限列車が関わるといつもこうだ。
指で涙の跡をなぞりあげてから、額に。鼻に。両方の頬に、口づけを落とされた。
それは親が子に安心するよう、言い聞かせるのにどこか似ていた。
「杏寿郎さん……私、子供扱いは嫌……」
「すまんすまん。君はもう俺と枕を交わせる大人の女性だったな」
「んっ、……、」
最後に唇に吸いつかれる。この口付けは、大人の口付け。子にするようなものではない。
舌先を吸われ、散々蕩けさせてきてから、唇は離れていく。
「……はぁっ、」
「俺は簡単に死にはしない。安心してついてくるといい。
任務前に美味しい駅弁でも食べよう。食事を摂れば元気も出るだろうて。なんなら、朝緋の好物のあいすくりんも買おうではないか」
「杏寿郎さん……」
杏寿郎さんが行かないで済む方法は見つからなかった。
あの時、なんとかして魘夢の頸を取っておけばよかった。バタフライエフェクトなんて最初から考えなければいい。無限列車の任務がなくなる?なくなったら、主人公の成長が望めない?知るかっ!そんなのあとからどうにでもなるはず。
まあ、そもそもが取り逃したので今更何を言っても意味はない。
どちらにせよ行くと決まれば、杏寿郎さんは私が守るしかない。たとえどんな事になろうとも。この身が堕ちようともだ。
何度も『やり直し』たことで、複雑に、そして乱雑に絡み合い、めぐった感情の糸の束。
それはすべてその人の『未来を望む』。その想いでできていた。