二周目 参
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いよいよ明日だ。
明日の朝、私は藤襲山に出立する。
明日の夜から始まりその後七日間、人喰い鬼の巣食う山の中で過ごさねばならない。
「ドキドキして眠れない。こういう時令和の時代なら、スマートフォンで動画見たり漫画読んだりして気を紛らわせられたのに……」
そんなものはこの時代にはない。昼間ならば家事でもしていれば時間が経っているからだ。
だって便利な電子機器も電化製品も、この時代にはほとんどなく、手作業だからかなり時間がかかるのだ。無駄なことを考える暇などなく、精神的に安定していてとても健全な人が多い。SNSなどで心に闇を抱えたりする事を思うと、ある意味便利な世の中よりも幸せかもしれない。
ただ、光源のあまりない時代の夜はより暗く、こうして眠れない日には苦行となる。眠いのに、眠れない。
緊張と恐怖と……様々な感情が浮かんでは消え浮かんでは消え、内側でぐるぐると撹拌されて、心臓が口からまろび出そうなほどだ。
『前』もこんなだったっけ?
ううん、『前』は事前知識もほとんどなかった。藤襲山がどんなところなのか実際に経験していなかったこともあり、ここまでは緊張してなかった。
中途半端に知っているからこそ、とても怖い。
夜に動くこと、鬼相手を想定した訓練もしてきたとはいえ、この体において実際に鬼を相手に斬りかかったことはなく。
しかも稽古相手の杏寿郎さんもいないところに居なくてはならない。七日間それも、下手したら一人でだ。
生き残れるかどうか不安だ。手足の一本や二本失うことになる可能性もある。
『前』と同じだとは考えてはならない。少しの判断ミスが命取りなのだから。
「せめて藤襲山内部の地図とかあればなあ……いやいや、そんな物あったら逆に危険だわ。見てる間に襲われるだけ。
『前』は食事の合間にすら、鬼が襲ってきたもの」
そう、最終選抜の間全然休まらなかった。
肉体面もだが、精神面でズタボロにされた。それを乗り越えるくらいでないと、鬼殺隊でやっていけないという有難くて嬉しくない心遣いなのだろうけど。
床に着く前、念入りに手入れをしておいた刀を手元に引き寄せる。鞘を握る手は震えてばかりだ。
この刀の元主人さん、杏寿郎さん、あと私の周りの全ての人々!どうかお力をお貸しください。もう全員に祈る!
……とにかく少しでも寝ておかないと。
あちらでは隣人が鬼状態。寝てる暇はないのと同じだ。
寝ただけなのに気がついたら死後の世界、だなんて冗談じゃない。
そう思うと、私はようやく眠りにつけた。
「姉上、よく眠れましたか?」
「そこそこ、かな。緊張しちゃって」
まだ朝の濃霧が立ち込める中、千寿郎が見送りをしてくれた。
この分なら槇寿朗さんはぐっすりすやすや夢の中だろう。
お酒を飲むようになってから、槇寿朗さんは起きるのが遅くなっている。千寿郎が朝早くに炊ぎをしていても起きないとは、よほど深い眠りのようで。
許可をもらわずに出立する不出来な娘をお許しください。
「僕も早く鬼殺隊に入って兄上や姉上と同じ土俵に立ちたい。人のためになることをしたいなあ。剣術の才はないのか、伸び悩んでますけども」
「私もまだ鬼殺隊に入れてないよ」
かつての千寿郎は、僕の日輪刀は色が変わらなかったと、僕は鬼殺隊に入る剣術の才がないと悲観していた。ただ優しすぎたのだ。
でも目の前の千寿郎もそうだとは限らない。確証はないのだ。
「千寿郎ならきっと大丈夫。だって、頑張り屋さんだもの」
「姉上……」
千寿郎を腕に閉じ込め、抱きしめる。大きくなったなあ。少し前はこーんなにちっちゃくて、どこを行くにも着いてきていたのに。
ひとしきりそうしていると、千寿郎から離れていった。ぎぶみーもあ弟のぬくもり……。
「どうぞ。
姉上が好きなおむすびも糠漬けもたっくさん入れておきました。日持ちがするように、おむすびはしっかり焼いてあります」
七日も山の中。それは鬼に襲われる心配だけでなく、自分の食事等の心配もしなくてはならない。
任務で七日も食事を取れないことは稀だが、そういう事がないとは言い切れない。兵糧丸とまでは言わないけれど、携帯食の準備は大事だ。
「ありがとう。んー!お味噌のいい匂いがするね。あ、糠床は……」
「任せてください。これから先は僕が面倒を見ておきます。姉上が鬼殺隊に入隊してもです」
瑠火さんから受け継いだ大事な糠床だ。死なせるわけにはいかないから、そう言ってもらうと助かる。
誰もかき回す人がいなくなったら、今度こそ奉公人を雇う心算でいたほどだ。
「なら安心ね。出来のいい弟がいて助かるわ。家のことは頼みます」
「姉上こそ本当にお気をつけて。絶対に……絶対に無事で帰ってきてください」
「わかってるよ。行ってきます!」
笑顔で見送られ、私も笑顔で返した。
……うう、おむすび食べたい。いい匂いする。朝ごはんはしっかり食べたのになあ。
「っ朝緋!」
聞いておいた藤襲山方面へと歩みを進めていれば、後ろから声が。
強い風も感じて振り向けば、そこには杏寿郎さんが息を切らして立っていた。今の風は杏寿郎さんが移動して起こったものか。
「……師範?なんでここに」
朝早くにこんなところにいるなんて、任務終わりだろうか。隊服の所々が薄く汚れている。
「そんなに急いで態々見送りしにきてくれたんですか?ちゃんと休まなくちゃだめで、うわわっ」
くすくす笑っていれば、がっしりと強い力で両肩を掴まれた。ちょっと痛いくらいだ。
「朝緋っ!」
「ひゃいっ!?」
なになに?なにが始まるの。それは、一世一代の告白か何かだと思うほどの鬼気迫る様子だった。
「俺は稀血である君が、今更ながら心配でたまらなくなった!稀血の人間がどれほど鬼を引きつけるのかを目の当たりにしてしまった!
稀血の存在は朝緋で知っていたが、まさかあれほどまでに鬼に狙われるのだとは全く知らなかった。恐ろしく感じた」
周りに他の人間がいるのに、自分一人をターゲットに鬼から執拗に狙われるのって怖いもんねぇ。私はある程度慣れていたからいいけど、一般人には耐えられまい。
いやしかしとうとう、稀血関係の任務に当たったのか。タイミングがいいやら悪いやら。
「君が傷つくのがこわい。君が鬼に食われる想像が浮かぶ。君を、失いたくない!」
熱烈な告白とも取れる言葉だった。場所が許せば、赤面していた。
「父上は朝緋に無傷でいろと常々言っていたが、初めて鬼と相対することになるなら難しかろう。
危険だと感じたら、鬼殺隊に入らずともいい。棄権しろ。途中で藤襲山を下りろ。
無事に帰ってきてくれ。頼む。
朝緋はやる気十分なのに、こんなことを言って申し訳ない!
だが、だが……不安でどうにかなってしまいそうだ!」
珍しく焦り、声を荒げ、そしていつもは上がっている眉をこれでもかと下げて懇願してくる。大好きな人のそんな姿を見てもなお、私の心は凪いでいた。
「貴方が最終選別に行く時と同じですね。私もあの時、そう言って貴方を引き止めました。
……師範。私は自分の体質は自分が一番よく分かってます。棄権なんてしませんよ。途中で山を降りたりしません。
貴方やとうさまがここまで私を鍛え、育てあげたのです。だから大丈夫です。
千寿郎とも約束しました。無事に帰ってきます」
肩に置かれた手を、やんわりと外す。強く掴まれていたはずなのに、思いの外簡単に降ろすことができた。力が、入っていなかった。
「私のことより、ご自分のことです。今日も任務はあるかもしれない。なくても明日はあるかも。階級も徐々に上がっているのですからそれ相応に難しい任務が来るはずです。
任務先でもそんな様子でいたら、危険なのは杏寿郎さんです。
炎の呼吸の型を繰り出す時と同様、どっしりと構えて待っていてください。ちゃんと貴方の元へ帰ってきますので、笑顔で迎えてください」
外した手をギュッと握って言えば、揺れてばかりいた目がまっすぐに向いた。
「信じて、いいのだな」
もちろん、と握る手に力を込める。
「約束を破って万が一死にでもしてみろ。我が家に貯蔵してある芋を片っ端から食べ尽くしてやる!」
「それは恐ろしいですね」
見た目だけではなく、笑った顔は千寿郎と同じものだった。
明日の朝、私は藤襲山に出立する。
明日の夜から始まりその後七日間、人喰い鬼の巣食う山の中で過ごさねばならない。
「ドキドキして眠れない。こういう時令和の時代なら、スマートフォンで動画見たり漫画読んだりして気を紛らわせられたのに……」
そんなものはこの時代にはない。昼間ならば家事でもしていれば時間が経っているからだ。
だって便利な電子機器も電化製品も、この時代にはほとんどなく、手作業だからかなり時間がかかるのだ。無駄なことを考える暇などなく、精神的に安定していてとても健全な人が多い。SNSなどで心に闇を抱えたりする事を思うと、ある意味便利な世の中よりも幸せかもしれない。
ただ、光源のあまりない時代の夜はより暗く、こうして眠れない日には苦行となる。眠いのに、眠れない。
緊張と恐怖と……様々な感情が浮かんでは消え浮かんでは消え、内側でぐるぐると撹拌されて、心臓が口からまろび出そうなほどだ。
『前』もこんなだったっけ?
ううん、『前』は事前知識もほとんどなかった。藤襲山がどんなところなのか実際に経験していなかったこともあり、ここまでは緊張してなかった。
中途半端に知っているからこそ、とても怖い。
夜に動くこと、鬼相手を想定した訓練もしてきたとはいえ、この体において実際に鬼を相手に斬りかかったことはなく。
しかも稽古相手の杏寿郎さんもいないところに居なくてはならない。七日間それも、下手したら一人でだ。
生き残れるかどうか不安だ。手足の一本や二本失うことになる可能性もある。
『前』と同じだとは考えてはならない。少しの判断ミスが命取りなのだから。
「せめて藤襲山内部の地図とかあればなあ……いやいや、そんな物あったら逆に危険だわ。見てる間に襲われるだけ。
『前』は食事の合間にすら、鬼が襲ってきたもの」
そう、最終選抜の間全然休まらなかった。
肉体面もだが、精神面でズタボロにされた。それを乗り越えるくらいでないと、鬼殺隊でやっていけないという有難くて嬉しくない心遣いなのだろうけど。
床に着く前、念入りに手入れをしておいた刀を手元に引き寄せる。鞘を握る手は震えてばかりだ。
この刀の元主人さん、杏寿郎さん、あと私の周りの全ての人々!どうかお力をお貸しください。もう全員に祈る!
……とにかく少しでも寝ておかないと。
あちらでは隣人が鬼状態。寝てる暇はないのと同じだ。
寝ただけなのに気がついたら死後の世界、だなんて冗談じゃない。
そう思うと、私はようやく眠りにつけた。
「姉上、よく眠れましたか?」
「そこそこ、かな。緊張しちゃって」
まだ朝の濃霧が立ち込める中、千寿郎が見送りをしてくれた。
この分なら槇寿朗さんはぐっすりすやすや夢の中だろう。
お酒を飲むようになってから、槇寿朗さんは起きるのが遅くなっている。千寿郎が朝早くに炊ぎをしていても起きないとは、よほど深い眠りのようで。
許可をもらわずに出立する不出来な娘をお許しください。
「僕も早く鬼殺隊に入って兄上や姉上と同じ土俵に立ちたい。人のためになることをしたいなあ。剣術の才はないのか、伸び悩んでますけども」
「私もまだ鬼殺隊に入れてないよ」
かつての千寿郎は、僕の日輪刀は色が変わらなかったと、僕は鬼殺隊に入る剣術の才がないと悲観していた。ただ優しすぎたのだ。
でも目の前の千寿郎もそうだとは限らない。確証はないのだ。
「千寿郎ならきっと大丈夫。だって、頑張り屋さんだもの」
「姉上……」
千寿郎を腕に閉じ込め、抱きしめる。大きくなったなあ。少し前はこーんなにちっちゃくて、どこを行くにも着いてきていたのに。
ひとしきりそうしていると、千寿郎から離れていった。ぎぶみーもあ弟のぬくもり……。
「どうぞ。
姉上が好きなおむすびも糠漬けもたっくさん入れておきました。日持ちがするように、おむすびはしっかり焼いてあります」
七日も山の中。それは鬼に襲われる心配だけでなく、自分の食事等の心配もしなくてはならない。
任務で七日も食事を取れないことは稀だが、そういう事がないとは言い切れない。兵糧丸とまでは言わないけれど、携帯食の準備は大事だ。
「ありがとう。んー!お味噌のいい匂いがするね。あ、糠床は……」
「任せてください。これから先は僕が面倒を見ておきます。姉上が鬼殺隊に入隊してもです」
瑠火さんから受け継いだ大事な糠床だ。死なせるわけにはいかないから、そう言ってもらうと助かる。
誰もかき回す人がいなくなったら、今度こそ奉公人を雇う心算でいたほどだ。
「なら安心ね。出来のいい弟がいて助かるわ。家のことは頼みます」
「姉上こそ本当にお気をつけて。絶対に……絶対に無事で帰ってきてください」
「わかってるよ。行ってきます!」
笑顔で見送られ、私も笑顔で返した。
……うう、おむすび食べたい。いい匂いする。朝ごはんはしっかり食べたのになあ。
「っ朝緋!」
聞いておいた藤襲山方面へと歩みを進めていれば、後ろから声が。
強い風も感じて振り向けば、そこには杏寿郎さんが息を切らして立っていた。今の風は杏寿郎さんが移動して起こったものか。
「……師範?なんでここに」
朝早くにこんなところにいるなんて、任務終わりだろうか。隊服の所々が薄く汚れている。
「そんなに急いで態々見送りしにきてくれたんですか?ちゃんと休まなくちゃだめで、うわわっ」
くすくす笑っていれば、がっしりと強い力で両肩を掴まれた。ちょっと痛いくらいだ。
「朝緋っ!」
「ひゃいっ!?」
なになに?なにが始まるの。それは、一世一代の告白か何かだと思うほどの鬼気迫る様子だった。
「俺は稀血である君が、今更ながら心配でたまらなくなった!稀血の人間がどれほど鬼を引きつけるのかを目の当たりにしてしまった!
稀血の存在は朝緋で知っていたが、まさかあれほどまでに鬼に狙われるのだとは全く知らなかった。恐ろしく感じた」
周りに他の人間がいるのに、自分一人をターゲットに鬼から執拗に狙われるのって怖いもんねぇ。私はある程度慣れていたからいいけど、一般人には耐えられまい。
いやしかしとうとう、稀血関係の任務に当たったのか。タイミングがいいやら悪いやら。
「君が傷つくのがこわい。君が鬼に食われる想像が浮かぶ。君を、失いたくない!」
熱烈な告白とも取れる言葉だった。場所が許せば、赤面していた。
「父上は朝緋に無傷でいろと常々言っていたが、初めて鬼と相対することになるなら難しかろう。
危険だと感じたら、鬼殺隊に入らずともいい。棄権しろ。途中で藤襲山を下りろ。
無事に帰ってきてくれ。頼む。
朝緋はやる気十分なのに、こんなことを言って申し訳ない!
だが、だが……不安でどうにかなってしまいそうだ!」
珍しく焦り、声を荒げ、そしていつもは上がっている眉をこれでもかと下げて懇願してくる。大好きな人のそんな姿を見てもなお、私の心は凪いでいた。
「貴方が最終選別に行く時と同じですね。私もあの時、そう言って貴方を引き止めました。
……師範。私は自分の体質は自分が一番よく分かってます。棄権なんてしませんよ。途中で山を降りたりしません。
貴方やとうさまがここまで私を鍛え、育てあげたのです。だから大丈夫です。
千寿郎とも約束しました。無事に帰ってきます」
肩に置かれた手を、やんわりと外す。強く掴まれていたはずなのに、思いの外簡単に降ろすことができた。力が、入っていなかった。
「私のことより、ご自分のことです。今日も任務はあるかもしれない。なくても明日はあるかも。階級も徐々に上がっているのですからそれ相応に難しい任務が来るはずです。
任務先でもそんな様子でいたら、危険なのは杏寿郎さんです。
炎の呼吸の型を繰り出す時と同様、どっしりと構えて待っていてください。ちゃんと貴方の元へ帰ってきますので、笑顔で迎えてください」
外した手をギュッと握って言えば、揺れてばかりいた目がまっすぐに向いた。
「信じて、いいのだな」
もちろん、と握る手に力を込める。
「約束を破って万が一死にでもしてみろ。我が家に貯蔵してある芋を片っ端から食べ尽くしてやる!」
「それは恐ろしいですね」
見た目だけではなく、笑った顔は千寿郎と同じものだった。