二周目 参
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「朝緋!精が出るな!」
「うわあぁぁびっくりした!!」
洗濯物を干していると、敷布の裏からヌッと顔を覗かせた杏寿郎さんと目があった。
「もうっ驚かせないでくださいよっ!」
「ははは!すまんすまん!」
杏寿郎さんは快活に笑っているし元気そうだけど、干した白い敷布の影になると青白く見えてしまい、まるで幽霊のように見えた。
幽霊も苦手だけれど思い出されるのは無限列車の任務。貴方が亡くなった時のあの姿。幽霊でもいいから会いたいと、『こちら』に戻る前思った私。その思いが今頃叶ったのかと思った。
死する貴方を思い出し不安に駆られるが、なんとか踏みとどまる。
「杏寿郎兄さ、……師範。どうされたのですか?」
「うむ!もうすぐ朝緋の最終選別があると思い、あちらで使う刀を持ってきた!
父上からもらえるわけもなし、俺が持ってこなければ丸腰になるだろう?」
よく見れば腰に差したいつもの日輪刀の他に、背中に長物を背負っている。どこからどう見ても、竹刀や木刀、真剣が入っているように見えるそれ。
廃刀令が敷かれたこのご時世に真剣を持ち歩いているとは思われないだろうから、それについては呼び止められることはないだろうけど。しかし腰の刀は絶対見られてはいけない。確実に呼び止められるぞ杏寿郎さん。
「丸腰……忘れてた」
「なんと。重要なことなのに忘れていたとは……朝緋には危機感が足りんな!」
また快活に笑う杏寿郎さんにむっすりと頬を膨らまして細やかな抵抗をするも効かない。それからは無言で洗濯物を干し終え、杏寿郎さんを家の中へとぐいぐい招き入れた。
「千寿郎の茶の腕も上がっているだろうが、やはり朝緋の淹れる茶が一番美味い……」
淹れたお茶を差し出して、もじもじしながら言葉をかける。だって気になるんだもの。
「あの、きょ……師範。声変わりされたんですね」
「先日な。どこか変だろうか」
そうなのだ。なんと、この度どこか幼かった杏寿郎さんの声が!聴き覚えある、イイ声に声変わりしていたのだ。
なんというかこう、腰にまでグッとくるよね。ひとときの悪い機嫌なんてどこか行っちゃうわ。
どこぞの妹弟子とは違うけれど、きゅんきゅんする。大好き。
「ううん。その……かっこいい声だなって思いまして」
「わはは!そう言ってもらえると嬉しいな!
……ところで、別に無理して師範と呼ばなくともいいのだぞ。此処は自分の家ではないか」
「普段から呼んでおかないと、外で間違えた時に困りますから……」
「君も大概、強情な子だなあ?」
目を細めてうっそりと笑い、色気たっぷりにそう言ってくる。ああもう!まーたそのイイ声で言うんだから!たった一言でもこの破壊力!さては確信犯だな……やるな煉獄杏寿郎!
でもしかたない。杏寿郎さんはまだ、私が『師範』と呼ぶ事に納得がいっていないのだ。そのうち慣れるだろうけれど、何が気に入らないのだろう。
「千寿郎は学校か。やけに静かだが奉公の人はいないのか?」
「あー……奉公人の方々はとうさまが追い出してしまって」
言いづらかったけれど、どうせいずれはわかってしまう事。知った杏寿郎さんは案の定、驚きの声をあげた。
「なんと!奉公人がいなくてやっていけているのか!?」
「まあ、なんとかやっていけております。私が鬼殺隊に入ってからが心配ですが……」
「ほう……君はもう最終選別に受かるつもりでいるのだな」
子の成長を喜ぶ親のように、私の頭を撫でながらにっこりと笑いかけてくれた。本当ならばその役は槇寿朗さんがやるべきことなのになあ。
「う、すみません……」
「いい。それくらいの自信がなくてはな!…………ところで父上はどうした」
いきなりの小声。はわー!耳元での囁き声は腰が砕けそうになるのでやめてほしい。
「とうさまはお酒を買いに出かけられています」
「なら早く渡して帰った方がよさそうだ」
「大丈夫ですよ。一度出かけられると、外で一杯ひっかけてくるのでまだ帰ってはきませんから」
悲しい事に家は放っておかれ、飲み歩かれてばかりいる。槇寿朗さんと最後に普通の会話したのはいつのことだったか。
せめて体を壊さなければいいけど。元来お酒が好きなわけでも、得意なわけでもないのだから。
「……そうか。
よもやあの父上が任務を放り出して酒浸りになるとは俺は思いもしなかった。だが、父上の分も俺が頑張ればいいだけのこと!もっと励むとしよう!!」
「おおう、頼もしい……!」
「む!君も鬼殺隊に入れば力は二倍だなっ!」
思いついたように私まで巻き込んできた。
「いやー、そこまでの力はないです」
「何を謙遜することがある!自信を持て!
既にあの伊黒も、鬼殺隊に入隊しているらしいぞ!もっと前から鍛錬を続けていた朝緋なら大丈夫だ!!」
伊黒さんはもう鬼殺隊にいるのか。着実に蛇柱への道を歩んでいるようだ。
「さすが努力の人だわ」
「うむ!尊敬する!」
伊黒さんの凄いところ、聞いた嬉しい噂について一通り話に花を咲かせたところで本題に入った。
杏寿郎さんが背負って持ってきていた長物を差し出す。布に包まれていたそれは、まごう事なき日輪刀。
「さて、これが朝緋に最終選別で使ってもらう刀だ。俺のを貸したいところだが、俺も今や鬼殺隊士だ。俺が丸腰になるわけにもいかん」
鞘から刃を抜いていくと、鈍く光る中に薄くあたたかな焔色が煌めいていた。
「あの……どなたの刀をお借りしたので?」
「炎の呼吸を使う隊士のものだが、誰のものだかは知らん!最終選別に行く子がいるのなら好きに使ってくれと、先輩から渡されたものだ!!」
「そう、ですか」
多分殉職した隊士の刀だろう。ありがたく使わせてもらいます……。
顔も名も知らぬ隊士に向かって、虚空へと祈り捧げる。
鞘に収め直したところで、立ち上がった杏寿郎さんに手を取られた。
「父上がまだ帰ってこないのならよかろう。来なさい」
「へ?」
「俺を師と仰ぎたいといったのは君ではないか。これから道場で打ち稽古をしよう。
……朝緋は真剣を使って、だぞ」
煉獄家屋敷の奥。
隊士の訓練にも杏寿郎さんたちの訓練にも最適な道場がある。晴れた日はほぼ広い庭で稽古に打ち込むが、天気の悪い日や屋内で打ち合いたいときは、こうして道場を開ける。
人に真剣を目撃されないための措置だろう。
さて、真剣を持つのは『前』の時の自分の日輪刀以来だ。
木刀とは違い真剣は重く、握った感触も全く違う。この体での真剣の振り抜きは、慣れるまで大変そうだ。
もっと早く真剣に慣れるべきだったと思っても後の祭りか。
真剣をしっかりと握りしめ、隙のない姿勢で構える私の反対側、杏寿郎さんが自分の刀を構え……え?日輪刀じゃない。
杏寿郎さんが持っているのは、木刀だった。
「よし俺を殺す気で来いっ!」
鬼を相手取る時の気迫と同じ物だろう、目をギラギラとさせて私を見据える。
けれど私は、今一歩踏み出せずにいた。
「来いって……怪我しちゃいますよ!だって師範は木刀、私は真剣じゃないですか!」
真剣と木刀が打ち合ったら、威力、攻撃力、殺傷力ともに、真剣に軍配が上がると思う。
木刀は斬れない刀。真剣は斬るための刀。刃の有無って大きいよね。
「俺も甘く見られたものだ。君は俺に一撃でも当てられると思っているようだなっ!片腹痛いわっ!!」
そちらから来ないならこちらから仕掛ける!と、杏寿郎さんが動いた。
「えっえっ、わっ……ぎゃあ!!」
ーー結果、ボコボコとまではいかないが、完膚なきまでに叩きのめされた。見た目に負傷が出てしまえば、槇寿朗さんに見つかる可能性が高いからだ。いい判断。
そして杏寿郎さんには一撃すら当たっていない。……当たっていてもこちらは真剣だし困るけど。
はあ、現役鬼殺隊強いなあ。未来の炎柱強すぎだなあ。泣くほど痛かったけど、その強さに惚れ直しちゃった。あっドMではないよ。
「どうだ、木刀と真剣は全く違ったろう」
「ええ。こうして試しに扱っておいてよかったです。御指南ありがとうございました」
「うむ!君は見込みがあるから大丈夫だ!
だが最終選別まで毎日少なくとも千回は素振りを行うように!
その際、父上に日輪刀を持っているのが知られないように、な」
「もちろんですとも」
差し出された手を取り隣に立つと、ぽむんと背を強く叩かれた。
「刀は己の体の一部だ。そう思って全身で振るえよ」
「はいっ!」
我ながらいい返事だった。
「うわあぁぁびっくりした!!」
洗濯物を干していると、敷布の裏からヌッと顔を覗かせた杏寿郎さんと目があった。
「もうっ驚かせないでくださいよっ!」
「ははは!すまんすまん!」
杏寿郎さんは快活に笑っているし元気そうだけど、干した白い敷布の影になると青白く見えてしまい、まるで幽霊のように見えた。
幽霊も苦手だけれど思い出されるのは無限列車の任務。貴方が亡くなった時のあの姿。幽霊でもいいから会いたいと、『こちら』に戻る前思った私。その思いが今頃叶ったのかと思った。
死する貴方を思い出し不安に駆られるが、なんとか踏みとどまる。
「杏寿郎兄さ、……師範。どうされたのですか?」
「うむ!もうすぐ朝緋の最終選別があると思い、あちらで使う刀を持ってきた!
父上からもらえるわけもなし、俺が持ってこなければ丸腰になるだろう?」
よく見れば腰に差したいつもの日輪刀の他に、背中に長物を背負っている。どこからどう見ても、竹刀や木刀、真剣が入っているように見えるそれ。
廃刀令が敷かれたこのご時世に真剣を持ち歩いているとは思われないだろうから、それについては呼び止められることはないだろうけど。しかし腰の刀は絶対見られてはいけない。確実に呼び止められるぞ杏寿郎さん。
「丸腰……忘れてた」
「なんと。重要なことなのに忘れていたとは……朝緋には危機感が足りんな!」
また快活に笑う杏寿郎さんにむっすりと頬を膨らまして細やかな抵抗をするも効かない。それからは無言で洗濯物を干し終え、杏寿郎さんを家の中へとぐいぐい招き入れた。
「千寿郎の茶の腕も上がっているだろうが、やはり朝緋の淹れる茶が一番美味い……」
淹れたお茶を差し出して、もじもじしながら言葉をかける。だって気になるんだもの。
「あの、きょ……師範。声変わりされたんですね」
「先日な。どこか変だろうか」
そうなのだ。なんと、この度どこか幼かった杏寿郎さんの声が!聴き覚えある、イイ声に声変わりしていたのだ。
なんというかこう、腰にまでグッとくるよね。ひとときの悪い機嫌なんてどこか行っちゃうわ。
どこぞの妹弟子とは違うけれど、きゅんきゅんする。大好き。
「ううん。その……かっこいい声だなって思いまして」
「わはは!そう言ってもらえると嬉しいな!
……ところで、別に無理して師範と呼ばなくともいいのだぞ。此処は自分の家ではないか」
「普段から呼んでおかないと、外で間違えた時に困りますから……」
「君も大概、強情な子だなあ?」
目を細めてうっそりと笑い、色気たっぷりにそう言ってくる。ああもう!まーたそのイイ声で言うんだから!たった一言でもこの破壊力!さては確信犯だな……やるな煉獄杏寿郎!
でもしかたない。杏寿郎さんはまだ、私が『師範』と呼ぶ事に納得がいっていないのだ。そのうち慣れるだろうけれど、何が気に入らないのだろう。
「千寿郎は学校か。やけに静かだが奉公の人はいないのか?」
「あー……奉公人の方々はとうさまが追い出してしまって」
言いづらかったけれど、どうせいずれはわかってしまう事。知った杏寿郎さんは案の定、驚きの声をあげた。
「なんと!奉公人がいなくてやっていけているのか!?」
「まあ、なんとかやっていけております。私が鬼殺隊に入ってからが心配ですが……」
「ほう……君はもう最終選別に受かるつもりでいるのだな」
子の成長を喜ぶ親のように、私の頭を撫でながらにっこりと笑いかけてくれた。本当ならばその役は槇寿朗さんがやるべきことなのになあ。
「う、すみません……」
「いい。それくらいの自信がなくてはな!…………ところで父上はどうした」
いきなりの小声。はわー!耳元での囁き声は腰が砕けそうになるのでやめてほしい。
「とうさまはお酒を買いに出かけられています」
「なら早く渡して帰った方がよさそうだ」
「大丈夫ですよ。一度出かけられると、外で一杯ひっかけてくるのでまだ帰ってはきませんから」
悲しい事に家は放っておかれ、飲み歩かれてばかりいる。槇寿朗さんと最後に普通の会話したのはいつのことだったか。
せめて体を壊さなければいいけど。元来お酒が好きなわけでも、得意なわけでもないのだから。
「……そうか。
よもやあの父上が任務を放り出して酒浸りになるとは俺は思いもしなかった。だが、父上の分も俺が頑張ればいいだけのこと!もっと励むとしよう!!」
「おおう、頼もしい……!」
「む!君も鬼殺隊に入れば力は二倍だなっ!」
思いついたように私まで巻き込んできた。
「いやー、そこまでの力はないです」
「何を謙遜することがある!自信を持て!
既にあの伊黒も、鬼殺隊に入隊しているらしいぞ!もっと前から鍛錬を続けていた朝緋なら大丈夫だ!!」
伊黒さんはもう鬼殺隊にいるのか。着実に蛇柱への道を歩んでいるようだ。
「さすが努力の人だわ」
「うむ!尊敬する!」
伊黒さんの凄いところ、聞いた嬉しい噂について一通り話に花を咲かせたところで本題に入った。
杏寿郎さんが背負って持ってきていた長物を差し出す。布に包まれていたそれは、まごう事なき日輪刀。
「さて、これが朝緋に最終選別で使ってもらう刀だ。俺のを貸したいところだが、俺も今や鬼殺隊士だ。俺が丸腰になるわけにもいかん」
鞘から刃を抜いていくと、鈍く光る中に薄くあたたかな焔色が煌めいていた。
「あの……どなたの刀をお借りしたので?」
「炎の呼吸を使う隊士のものだが、誰のものだかは知らん!最終選別に行く子がいるのなら好きに使ってくれと、先輩から渡されたものだ!!」
「そう、ですか」
多分殉職した隊士の刀だろう。ありがたく使わせてもらいます……。
顔も名も知らぬ隊士に向かって、虚空へと祈り捧げる。
鞘に収め直したところで、立ち上がった杏寿郎さんに手を取られた。
「父上がまだ帰ってこないのならよかろう。来なさい」
「へ?」
「俺を師と仰ぎたいといったのは君ではないか。これから道場で打ち稽古をしよう。
……朝緋は真剣を使って、だぞ」
煉獄家屋敷の奥。
隊士の訓練にも杏寿郎さんたちの訓練にも最適な道場がある。晴れた日はほぼ広い庭で稽古に打ち込むが、天気の悪い日や屋内で打ち合いたいときは、こうして道場を開ける。
人に真剣を目撃されないための措置だろう。
さて、真剣を持つのは『前』の時の自分の日輪刀以来だ。
木刀とは違い真剣は重く、握った感触も全く違う。この体での真剣の振り抜きは、慣れるまで大変そうだ。
もっと早く真剣に慣れるべきだったと思っても後の祭りか。
真剣をしっかりと握りしめ、隙のない姿勢で構える私の反対側、杏寿郎さんが自分の刀を構え……え?日輪刀じゃない。
杏寿郎さんが持っているのは、木刀だった。
「よし俺を殺す気で来いっ!」
鬼を相手取る時の気迫と同じ物だろう、目をギラギラとさせて私を見据える。
けれど私は、今一歩踏み出せずにいた。
「来いって……怪我しちゃいますよ!だって師範は木刀、私は真剣じゃないですか!」
真剣と木刀が打ち合ったら、威力、攻撃力、殺傷力ともに、真剣に軍配が上がると思う。
木刀は斬れない刀。真剣は斬るための刀。刃の有無って大きいよね。
「俺も甘く見られたものだ。君は俺に一撃でも当てられると思っているようだなっ!片腹痛いわっ!!」
そちらから来ないならこちらから仕掛ける!と、杏寿郎さんが動いた。
「えっえっ、わっ……ぎゃあ!!」
ーー結果、ボコボコとまではいかないが、完膚なきまでに叩きのめされた。見た目に負傷が出てしまえば、槇寿朗さんに見つかる可能性が高いからだ。いい判断。
そして杏寿郎さんには一撃すら当たっていない。……当たっていてもこちらは真剣だし困るけど。
はあ、現役鬼殺隊強いなあ。未来の炎柱強すぎだなあ。泣くほど痛かったけど、その強さに惚れ直しちゃった。あっドMではないよ。
「どうだ、木刀と真剣は全く違ったろう」
「ええ。こうして試しに扱っておいてよかったです。御指南ありがとうございました」
「うむ!君は見込みがあるから大丈夫だ!
だが最終選別まで毎日少なくとも千回は素振りを行うように!
その際、父上に日輪刀を持っているのが知られないように、な」
「もちろんですとも」
差し出された手を取り隣に立つと、ぽむんと背を強く叩かれた。
「刀は己の体の一部だ。そう思って全身で振るえよ」
「はいっ!」
我ながらいい返事だった。