五周目 肆
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それにしてもなーんか、浅草がきな臭いのよね。任務は終わったけどすっきりしないというか。
今いるのは川のある外れの方だけれど、浅草の街中から不思議な気配を感じる。他にも鬼が潜んでいるような、そんな気がするのだ。
ただ、悪い鬼じゃなさそうで。でもこの感じは明槻じゃない。
そういうのに敏感な柱であるしのぶや蜜璃が何も言ってこないのだから、放っておいてもいいのかもしれない。
……空が少しずつ白んできた。夏は朝になるのが早くていい。昼間の明るい時間も長い。鬼の時間が短い事がとても嬉しい。
「昨日は送り盆だったわね。朝緋ちゃんとしのぶちゃんは行けなかったのよね?遅れちゃったけど、私は昼間に行こうと思ってるの」
そういえば蜜璃は、先ほど任務終了の報告時に今日一日はお休みをいただきたいと、烏に言伝を頼んでいたっけ……。忙しい柱だから夜にはまた任務になるかもしれないけど、昼間だけでも休めたら行くのは可能だ。
「んー、私は送り盆当日に行けなかったからもういいや。任務なら仕方ないって、母様はわかってくれるはずだから」
瑠火さんはお空から見ている。確実に見ている。煉獄家の女は、鬼殺に理解が深い。そうでなくばやっていけない。
それに、実家の煉獄家に顔は出しにくい。送り盆直後なんて、槇寿朗さんは感傷に浸りつつピリピリしていそう。あまり会いたくないなあ。
「私もいいです。屋敷の皆が代わりに行ってくれましたし、あとで改めてお墓参りに行きます」
何の気なしにポケットに手を入れたら、カサと紙が擦れるような音がした。……あ、灯籠流しできそうな和紙だ。私ったらちょうど持ち歩いていたのね。萬年筆もあるや……ふむ。
「代わりといっちゃなんだけど、灯籠流しさせてもらってもいいかな」
「灯籠流しって何かしら」
「私も聞いた事がありませんね」
あれ?もしかして、大正時代の初め頃ってまだ灯籠流しは主流じゃないのかな。いつから始まったなんていう歴史もあまり知らないから、もうその文化はあるんだと思ってた。浅草には灯籠流しがあるって、ニュースでちらっと聞いた程度だものね……。
「死者の魂を弔う目的で灯籠を水に流す行事……?かな。送り火と同じだよ。多分、川や水辺をあちら側に繋がる三途の川のように見立ててるんだと思う」
「灯籠はあるの?火は?目の前に川はあるけど……」
「灯籠はない!でも紙と書く物はある!火もないから和紙に故人への想いを綴って流そうかと思ってる。二人も流そう」
七夕の短冊みたいだ、なんて思ったのは内緒。
「炎の呼吸の使い手なのに、指一つで火が起こせないと?」
「あ、しのぶちゃんそういう冗談言っちゃう感じ?しのぶちゃんだって指から毒が発射されたりしないじゃん」
「出たら日常的に困りそうですねえ」
「そんなこと出来たら、朝緋ちゃんもしのぶちゃも人間じゃないと思う……」
確かに。でも呼吸の精度を高めて鬼のように強くなれている時点で、人間をやめている気がするのは私だけだろうか。
「火は使わないから送り火には全く見えないけど、想いだけでも流して廻そう。
さらさらさら〜」
萬年筆を和紙に走らせること数秒。
「はい、しのぶちゃんの分。カナエさんやしのぶちゃんのご家族に届くように祈りを込めて、お花と蝶々を描いたよ」
「あらあら、かわいらしいですね」
「こっちは蜜璃ちゃんの分。お猫様と桜を描いてみた」
「わあ!ありがとう!そんなすぐに描けちゃうものなのね」
「一発書きだしこんなのすぐだよ」
そして私のは炎と桔梗、そして紅葉を描いた。紅葉だよ?手のひらじゃないよ?
「……って、猫?かわいいけど、二つに分かれた眉毛がついてるわ。この子、もしかして煉獄さん……?」
バレたかぁ。杏寿郎さん、猫になってくれないかなあ……猫になるのはいつだって私ばかり。
「最近、手慰みの落書きすると猫にも犬にも師範ぽい眉毛描いちゃうもんで……つい描いちゃったの。ごめん」
しのぶと蜜璃が顔を見合わせて笑った。
「ふふ、愛ですね」
「そうね、愛ねっ」
……否定できない。
和紙を運ぼうと、早朝にしては柔らかくて優しい風が川の流れに乗っていく。その風は私の髪を、そしてしのぶと蜜璃の髪をかすかに揺らした。
「姉さんや父、母に届くでしょうか」
「きっと届くよ」
川の流れに沿ってゆるやかに遠のいていく和紙を眺める。やがて溶け、私達の想いは川に乗って水に乗って大海原へと広がって、世界そのものになり、願う故人へ届く。
「……私には鬼によって亡くなった親族や知り合いはいないし、戦うための覚悟が足りないなんて思われてしまうだろうけれども、でも全ての鬼の被害者さん達が無事にあちらの世界に渡れるよういっぱいいっぱいお祈りするわ」
そうだった。蜜璃には鬼に害された身内はいない。でもそれはとても幸せなこと。
「亡くなった親族や知り合いがいないならそれに越した事はないでしょ。
戦う覚悟ばかり強くても、気持ちや肩に力が入りすぎちゃって逆に駄目な事もある。蜜璃ちゃんは蜜璃ちゃんの有り方のままでいいと思う。今のままでいいよ」
「ええ。添い遂げる殿方を見つけるために、と聞いた時は多少驚きましたが、貴女がそうやっていてくれると心洗われます。明るい貴女がいるから私は優しくいられる……」
「わかる〜!蜜璃ちゃんの存在ほんとに癒し!」
「あら、朝緋さんもですよ。貴女達二人のおかげで、私がどれほど救われているか」
「え、そうなの?初めて聞いた」
蜜璃ならわかるけど、私までとは。しのぶの目は節穴に違いない。
「朝緋ちゃん。しのぶちゃん……でも、私……」
尚も、顔も考えも下を向いた蜜璃に、私がしたのは伝家の宝刀、その名はデコピン。
「柱にまで上り詰めといて、なーに言ってんの……さっ」
「あぃたっ!おでこを弾くなんてひどいー!」
「この程度跡にならないでしょ!はい、この話はこれで終わりね!!」
この話はこれで終いだな、の私バージョンである。話を切りよく終わりにするのにはとても良い言葉だ。いつもありがとう、杏寿郎さん。
「……ん!そうね!しんみりしちゃったわね!……あー!なんだかお腹空いたわぁ!」
よかった、いつもの蜜璃だ。
「浅草の街中に、美味しい天丼のお店があるからそこに行かない?つやつやご飯にごま油で揚げててんつゆを身に纏った天ぷら……上から更にてんつゆを二度がけして。さくっじゅわー!こっくり濃いめの味付けでご飯が進む〜!!そんな天丼のお店だよ」
「わぁいいわねー!聞いただけでお腹空いちゃう〜」
「私は比較的軽いものもあれば嬉しいですね」
「お蕎麦やおうどん、甘味もあると思うよ。なんてったってここは浅草だもの!」
浅草は食べるものもいっぱいで売っているものもいっぱい。活動映画や娯楽も充実してて活気ある良い街だ。……そういえばうどんに命をかけている屋台があったけど、まだ浅草にお店出してるかな。また食べたいなあ。
「ですが朝早い時間ですからね、お店が開いているか……」
「陽が昇ったばかりだもんね。でも江戸っ子は早起きだし、開いてるお店もいっぱいあるよ」
しのぶの手を蜜璃と共にぐいぐい引き、浅草の街中へと入っていく。
違和感にまた気がついた。
……やっぱり、浅草の街中から鬼の気配がしてる。人を食べている鬼には思えない鬼が、それも一人ではなく二人いるような……?人に紛れ人と共に共生でもしているのだろうか。え、鬼が?人と?
人に被害が出ないならそれでいいけど……。
禰󠄀豆子ちゃん、そして明槻という例外がいると知ってから、私は少しだけ鬼に甘くなった。
『前回』は鬼と化した彼も愛してしまったくらいなのだから仕方ないのかもね。
今いるのは川のある外れの方だけれど、浅草の街中から不思議な気配を感じる。他にも鬼が潜んでいるような、そんな気がするのだ。
ただ、悪い鬼じゃなさそうで。でもこの感じは明槻じゃない。
そういうのに敏感な柱であるしのぶや蜜璃が何も言ってこないのだから、放っておいてもいいのかもしれない。
……空が少しずつ白んできた。夏は朝になるのが早くていい。昼間の明るい時間も長い。鬼の時間が短い事がとても嬉しい。
「昨日は送り盆だったわね。朝緋ちゃんとしのぶちゃんは行けなかったのよね?遅れちゃったけど、私は昼間に行こうと思ってるの」
そういえば蜜璃は、先ほど任務終了の報告時に今日一日はお休みをいただきたいと、烏に言伝を頼んでいたっけ……。忙しい柱だから夜にはまた任務になるかもしれないけど、昼間だけでも休めたら行くのは可能だ。
「んー、私は送り盆当日に行けなかったからもういいや。任務なら仕方ないって、母様はわかってくれるはずだから」
瑠火さんはお空から見ている。確実に見ている。煉獄家の女は、鬼殺に理解が深い。そうでなくばやっていけない。
それに、実家の煉獄家に顔は出しにくい。送り盆直後なんて、槇寿朗さんは感傷に浸りつつピリピリしていそう。あまり会いたくないなあ。
「私もいいです。屋敷の皆が代わりに行ってくれましたし、あとで改めてお墓参りに行きます」
何の気なしにポケットに手を入れたら、カサと紙が擦れるような音がした。……あ、灯籠流しできそうな和紙だ。私ったらちょうど持ち歩いていたのね。萬年筆もあるや……ふむ。
「代わりといっちゃなんだけど、灯籠流しさせてもらってもいいかな」
「灯籠流しって何かしら」
「私も聞いた事がありませんね」
あれ?もしかして、大正時代の初め頃ってまだ灯籠流しは主流じゃないのかな。いつから始まったなんていう歴史もあまり知らないから、もうその文化はあるんだと思ってた。浅草には灯籠流しがあるって、ニュースでちらっと聞いた程度だものね……。
「死者の魂を弔う目的で灯籠を水に流す行事……?かな。送り火と同じだよ。多分、川や水辺をあちら側に繋がる三途の川のように見立ててるんだと思う」
「灯籠はあるの?火は?目の前に川はあるけど……」
「灯籠はない!でも紙と書く物はある!火もないから和紙に故人への想いを綴って流そうかと思ってる。二人も流そう」
七夕の短冊みたいだ、なんて思ったのは内緒。
「炎の呼吸の使い手なのに、指一つで火が起こせないと?」
「あ、しのぶちゃんそういう冗談言っちゃう感じ?しのぶちゃんだって指から毒が発射されたりしないじゃん」
「出たら日常的に困りそうですねえ」
「そんなこと出来たら、朝緋ちゃんもしのぶちゃも人間じゃないと思う……」
確かに。でも呼吸の精度を高めて鬼のように強くなれている時点で、人間をやめている気がするのは私だけだろうか。
「火は使わないから送り火には全く見えないけど、想いだけでも流して廻そう。
さらさらさら〜」
萬年筆を和紙に走らせること数秒。
「はい、しのぶちゃんの分。カナエさんやしのぶちゃんのご家族に届くように祈りを込めて、お花と蝶々を描いたよ」
「あらあら、かわいらしいですね」
「こっちは蜜璃ちゃんの分。お猫様と桜を描いてみた」
「わあ!ありがとう!そんなすぐに描けちゃうものなのね」
「一発書きだしこんなのすぐだよ」
そして私のは炎と桔梗、そして紅葉を描いた。紅葉だよ?手のひらじゃないよ?
「……って、猫?かわいいけど、二つに分かれた眉毛がついてるわ。この子、もしかして煉獄さん……?」
バレたかぁ。杏寿郎さん、猫になってくれないかなあ……猫になるのはいつだって私ばかり。
「最近、手慰みの落書きすると猫にも犬にも師範ぽい眉毛描いちゃうもんで……つい描いちゃったの。ごめん」
しのぶと蜜璃が顔を見合わせて笑った。
「ふふ、愛ですね」
「そうね、愛ねっ」
……否定できない。
和紙を運ぼうと、早朝にしては柔らかくて優しい風が川の流れに乗っていく。その風は私の髪を、そしてしのぶと蜜璃の髪をかすかに揺らした。
「姉さんや父、母に届くでしょうか」
「きっと届くよ」
川の流れに沿ってゆるやかに遠のいていく和紙を眺める。やがて溶け、私達の想いは川に乗って水に乗って大海原へと広がって、世界そのものになり、願う故人へ届く。
「……私には鬼によって亡くなった親族や知り合いはいないし、戦うための覚悟が足りないなんて思われてしまうだろうけれども、でも全ての鬼の被害者さん達が無事にあちらの世界に渡れるよういっぱいいっぱいお祈りするわ」
そうだった。蜜璃には鬼に害された身内はいない。でもそれはとても幸せなこと。
「亡くなった親族や知り合いがいないならそれに越した事はないでしょ。
戦う覚悟ばかり強くても、気持ちや肩に力が入りすぎちゃって逆に駄目な事もある。蜜璃ちゃんは蜜璃ちゃんの有り方のままでいいと思う。今のままでいいよ」
「ええ。添い遂げる殿方を見つけるために、と聞いた時は多少驚きましたが、貴女がそうやっていてくれると心洗われます。明るい貴女がいるから私は優しくいられる……」
「わかる〜!蜜璃ちゃんの存在ほんとに癒し!」
「あら、朝緋さんもですよ。貴女達二人のおかげで、私がどれほど救われているか」
「え、そうなの?初めて聞いた」
蜜璃ならわかるけど、私までとは。しのぶの目は節穴に違いない。
「朝緋ちゃん。しのぶちゃん……でも、私……」
尚も、顔も考えも下を向いた蜜璃に、私がしたのは伝家の宝刀、その名はデコピン。
「柱にまで上り詰めといて、なーに言ってんの……さっ」
「あぃたっ!おでこを弾くなんてひどいー!」
「この程度跡にならないでしょ!はい、この話はこれで終わりね!!」
この話はこれで終いだな、の私バージョンである。話を切りよく終わりにするのにはとても良い言葉だ。いつもありがとう、杏寿郎さん。
「……ん!そうね!しんみりしちゃったわね!……あー!なんだかお腹空いたわぁ!」
よかった、いつもの蜜璃だ。
「浅草の街中に、美味しい天丼のお店があるからそこに行かない?つやつやご飯にごま油で揚げててんつゆを身に纏った天ぷら……上から更にてんつゆを二度がけして。さくっじゅわー!こっくり濃いめの味付けでご飯が進む〜!!そんな天丼のお店だよ」
「わぁいいわねー!聞いただけでお腹空いちゃう〜」
「私は比較的軽いものもあれば嬉しいですね」
「お蕎麦やおうどん、甘味もあると思うよ。なんてったってここは浅草だもの!」
浅草は食べるものもいっぱいで売っているものもいっぱい。活動映画や娯楽も充実してて活気ある良い街だ。……そういえばうどんに命をかけている屋台があったけど、まだ浅草にお店出してるかな。また食べたいなあ。
「ですが朝早い時間ですからね、お店が開いているか……」
「陽が昇ったばかりだもんね。でも江戸っ子は早起きだし、開いてるお店もいっぱいあるよ」
しのぶの手を蜜璃と共にぐいぐい引き、浅草の街中へと入っていく。
違和感にまた気がついた。
……やっぱり、浅草の街中から鬼の気配がしてる。人を食べている鬼には思えない鬼が、それも一人ではなく二人いるような……?人に紛れ人と共に共生でもしているのだろうか。え、鬼が?人と?
人に被害が出ないならそれでいいけど……。
禰󠄀豆子ちゃん、そして明槻という例外がいると知ってから、私は少しだけ鬼に甘くなった。
『前回』は鬼と化した彼も愛してしまったくらいなのだから仕方ないのかもね。