五周目 弐
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その時、しのぶ。そして他の一般隊士等の声と足音が聞こえ、急ぎ向かってくる気配がした。良かった、救援だ!!
「……あーあ、他の鬼狩り共が来ちゃったか。分が悪そうだね。おまけにもうすぐ太陽も昇るし今夜はここまでかな?
柱の子を俺の中で救ってあげられなくて残念、君のことも連れて行けなくて本当残念。またね、稀血ちゃん!」
そう言い残し一瞬にして消える童磨。
強力な鬼の気配が消え失せたと同時、どっと疲れが押し寄せ情けないことにその場にへたり込んでしまった。日輪刀を鞘に戻すことさえできなくて。
ずるずると這うようにして、カナエさんの元へと辿り着く私。
「花柱様、花柱様……!しっかりしてください!」
「朝緋、ちゃん……無、事?」
喉に気管に、そして肺に粉凍りが引っかかり、呼吸を阻害している音がする。
ゴロゴロゼイゼイというその音は、これまでに何度も病床の瑠火さんの元で聞いた。『今まで』のカナエさんと上弦の弐との戦闘でも、聞いてきた。大切な人達を死へと誘う、なんとも嫌な音。
「私は大丈夫なので喋らないでください。少しでも肺に詰まった血を吐き出して……」
倒れ伏す彼女を抱き起こし、少しでも体が楽なよう、口から血を吐き出させる。
それでもこんなの応急処置にしかならない。カナエさんの死はもう免れない。
「姉さん!!」
蝶の羽織はカナエさんから受け継がれしものであり、今のしのぶにはないものだけど美しい顔と仕草は蝶のよう。
隣にしのぶが麗しく飛ぶ蝶のように降り立った。
「しのぶちゃ、……胡蝶さん!花柱様が!!」
「わかってる!!姉さん!姉さん!!」
ああこれで、私よりも医術に長けた人に任せられる。延命処置ができるかもしれない。私の応急処置なんて、何の役にも立たないもの。
そして、カナエさんの最期をしのぶに看取ってもらえる……。こういうのは、私の役目ではない。妹であるしのぶじゃないと駄目だ。
しのぶと共にやってきた他の隊士や、それからあとに到着した隠と合流し、あたりの調査や事後処理に参加する。
彼らは現れたのが上弦の鬼だと知るや否や、少しでもその情報が転がってやしないかと、血眼であたりを探し回った。
空気までもがぴりりと張り詰める。
けれど鬼は証拠一つ残さず消えてしまったし、その情報のほとんどはカナエさんと私の中だ。
「煉獄朝緋さん、でしたよね」
声をかけられて振り向くと、そこにはカナエさんの羽織をすでに身に纏ったしのぶがいた。
カナエさんの想いを、命を、しのぶは受け継いだんだね。
「胡蝶さん……花柱様はどうされたのですか」
「姉さんは。……花柱様は、逝去されました」
「…………そうですか」
お悔やみの言葉も、悲しみの言葉も出てこなかった。あるのは、自分への怒りだけ。
何の言葉も出さぬ私を、しのぶは叱咤しない。これも『いつも』と同じだ。
表情に浮かぶ無の感情。
美人だから黙っていても彫刻のように美しいけれど、私は明るい笑顔を浮かべるしのぶの方がキラキラと綺麗に輝いて見えて好きだ。
「朝緋さん。上弦の弐に関する情報を、貴女からも欲しい。どんな情報でもいい。お教え願えますね?」
無表情にも見えた顔に、笑みが浮かんでいる。憎しみが隠れた笑みだ。
しのぶの中にはまた、憎悪の華が咲いてしまった。その美しい顔の内側が鬼への憎悪に染まりきっているのを見るのは、毎回とてもつらい。
けれどその気持ちはよくわかる。私も親を。そして大切な人を何度も。何度も何度も何度も鬼に奪われた。
鬼が憎い。
私は望まれるまま直に口を開いた。結託、その言葉が浮かぶ。
カナエさんと私からの情報で、頭から血を被ったようなその容姿。虹色したその目、手に持った一対の鉄扇。飄々とした態度、一見優しそうに思える言葉。
そして、使う血鬼術。
私の知る全てが共有された。
情報だけでは全く歯が立つことはないだろう。けれど、時に情報とは剣以上に強い力になる。あれほどのやつだ。世渡りも上手そうだし、何処かで人間社会に紛れていそうな気がする。
その後、しのぶとは結局すぐ仲良くなった。
『今回』は強さを求める思いが強すぎて、周りに特定の仲良しを作る気はなかった。
だからしのぶとも特別仲良くする気がなかったけど、気がつけば仲の良い友人になっていた。
きっかけはやはり、上弦の弐との戦闘、そして花柱胡蝶カナエの死。
それに療養ともなると稼働してまだそんなに経っていない、今私がいる蝶屋敷での入院になってしまう。
おかげで甲斐甲斐しくお世話されてしまっていた。
今も包帯を替えるために私の病室に来ているけれど……。
「ねえその口調と顔、私の前では止めない?」
『前』から思っていた。しのぶにはなるべく敬語を使っていてほしくない。心に重たい鎧を纏っていてほしくない。貼り付けた笑みを見せてほしくない。
薄かろうが厚かろうがそこに壁があるのなら、ぶち壊してその心を軽くしたい。せめて友人である自分の前では。
「なんですかいきなり……」
「しのぶちゃんが本当はもっと勝気で明るい物言いをする女の子だってこと、カナエさんから聞いてるの。
無理にカナエさんの真似しなくていいよ。せっかく友達になったんだし、素でいて。感情を押し込めないで。そんなんじゃいつか疲れて心が壊れちゃうよ」
しのぶにとっての友人、の枠組みにしっかりと組み込まれたからこそ言える言葉だ。
「…………、……わかりました。徐々にですが、朝緋さんの前でくらい素になろうと思います。かなり強めの言葉遣いになってしまいますが大丈夫ですか?」
「もちろんだよ!直す時も無理せず気楽にいこう!!……おっとっと!」
「わっ!?」
勢いよく返事してしのぶの手を取ったら、その衝撃でベッドからずり落ち、体がよろめいた。
しっかり抱き留めてもらい、私はしのぶにしがみつくだけで済んだ。
よかった、私の体で押し倒したら、体重が軽いしのぶは潰れちゃうもんね……。
「んもう、気をつけてよね!朝緋さんはまだ体が全然治ってないんだから!ほら、ちゃんと凍結を直す血鬼止めも飲んで!!」
「ごめん〜!苦いけどちゃんと飲むよ!あっでも早速敬語が外れてるの嬉しい〜!!」
「そんなのどうでもいいから!」
「アイタァ!」
額をぺちーん!と叩かれた。私は怪我人で、童磨にやられた凍傷がまだ治ってないのにい。ま、いいか。
「相変わらずいい匂いする〜」
「相変わらず?」
しがみついたところから、香るしのぶのお花のような良い匂い。しばらくすると、藤の毒を使い始めるから藤の匂いになるこれも、今はまだ違うお花の匂いがする。時折、薬草の匂いもするけどね。
どっちも好きなお花の香りだけど、私は藤よりこっちの方が好きだなあ。毒のある花の香りは少し儚げで、何故かしのぶをどこかに連れて行ってしまいそうでちょっぴり怖い。
「んーん、やっぱり友達っていいなって。友達になってくれてありがとう、しのぶちゃん」
「何を今更。変な朝緋さんね」
特別仲良しな友達なんて要らないと思ったけれど、そんなことはない。友達の存在は心の癒しだ。拠り所だ。
おおよそ同じ時期に、蜜璃が鬼殺隊に入った。
『今回』は向こうから先に声をかけてくれたけれど、無事に仲の良い妹弟子になってもらうことができた。
これさ『毎回』のことだけど、でも『毎回』友達になれるとは決まっていない。辿る未来によって全て変わってしまう。蜜璃が隊士にならない未来だってあるかもしれなかった。
なのに蜜璃はまた無事に隊士への道を選んでくれたし、しのぶに続いて蜜璃とも友達になることができて、私は大変な果報者だ。
伊黒さんについても、今後私が特別に何かをする必要はない。そりゃあ、どちらからも相談される身としては、相談されれば全て聞くし協力も惜しまない。
けどもし蜜璃達にも前からの記憶の持ち越しが少しでも残っているのなら、私が手を貸さなくともその内くっつく。
どのタイミングで恋心が芽生えるのかはわからないけど、お互いに好き合っているというのはいつだって一目瞭然だもの。二人は顔に出過ぎている。
……どちらにせよ、杏寿郎さん以外の皆もその言動から確実に多少の記憶は残っている気がする。
「……あーあ、他の鬼狩り共が来ちゃったか。分が悪そうだね。おまけにもうすぐ太陽も昇るし今夜はここまでかな?
柱の子を俺の中で救ってあげられなくて残念、君のことも連れて行けなくて本当残念。またね、稀血ちゃん!」
そう言い残し一瞬にして消える童磨。
強力な鬼の気配が消え失せたと同時、どっと疲れが押し寄せ情けないことにその場にへたり込んでしまった。日輪刀を鞘に戻すことさえできなくて。
ずるずると這うようにして、カナエさんの元へと辿り着く私。
「花柱様、花柱様……!しっかりしてください!」
「朝緋、ちゃん……無、事?」
喉に気管に、そして肺に粉凍りが引っかかり、呼吸を阻害している音がする。
ゴロゴロゼイゼイというその音は、これまでに何度も病床の瑠火さんの元で聞いた。『今まで』のカナエさんと上弦の弐との戦闘でも、聞いてきた。大切な人達を死へと誘う、なんとも嫌な音。
「私は大丈夫なので喋らないでください。少しでも肺に詰まった血を吐き出して……」
倒れ伏す彼女を抱き起こし、少しでも体が楽なよう、口から血を吐き出させる。
それでもこんなの応急処置にしかならない。カナエさんの死はもう免れない。
「姉さん!!」
蝶の羽織はカナエさんから受け継がれしものであり、今のしのぶにはないものだけど美しい顔と仕草は蝶のよう。
隣にしのぶが麗しく飛ぶ蝶のように降り立った。
「しのぶちゃ、……胡蝶さん!花柱様が!!」
「わかってる!!姉さん!姉さん!!」
ああこれで、私よりも医術に長けた人に任せられる。延命処置ができるかもしれない。私の応急処置なんて、何の役にも立たないもの。
そして、カナエさんの最期をしのぶに看取ってもらえる……。こういうのは、私の役目ではない。妹であるしのぶじゃないと駄目だ。
しのぶと共にやってきた他の隊士や、それからあとに到着した隠と合流し、あたりの調査や事後処理に参加する。
彼らは現れたのが上弦の鬼だと知るや否や、少しでもその情報が転がってやしないかと、血眼であたりを探し回った。
空気までもがぴりりと張り詰める。
けれど鬼は証拠一つ残さず消えてしまったし、その情報のほとんどはカナエさんと私の中だ。
「煉獄朝緋さん、でしたよね」
声をかけられて振り向くと、そこにはカナエさんの羽織をすでに身に纏ったしのぶがいた。
カナエさんの想いを、命を、しのぶは受け継いだんだね。
「胡蝶さん……花柱様はどうされたのですか」
「姉さんは。……花柱様は、逝去されました」
「…………そうですか」
お悔やみの言葉も、悲しみの言葉も出てこなかった。あるのは、自分への怒りだけ。
何の言葉も出さぬ私を、しのぶは叱咤しない。これも『いつも』と同じだ。
表情に浮かぶ無の感情。
美人だから黙っていても彫刻のように美しいけれど、私は明るい笑顔を浮かべるしのぶの方がキラキラと綺麗に輝いて見えて好きだ。
「朝緋さん。上弦の弐に関する情報を、貴女からも欲しい。どんな情報でもいい。お教え願えますね?」
無表情にも見えた顔に、笑みが浮かんでいる。憎しみが隠れた笑みだ。
しのぶの中にはまた、憎悪の華が咲いてしまった。その美しい顔の内側が鬼への憎悪に染まりきっているのを見るのは、毎回とてもつらい。
けれどその気持ちはよくわかる。私も親を。そして大切な人を何度も。何度も何度も何度も鬼に奪われた。
鬼が憎い。
私は望まれるまま直に口を開いた。結託、その言葉が浮かぶ。
カナエさんと私からの情報で、頭から血を被ったようなその容姿。虹色したその目、手に持った一対の鉄扇。飄々とした態度、一見優しそうに思える言葉。
そして、使う血鬼術。
私の知る全てが共有された。
情報だけでは全く歯が立つことはないだろう。けれど、時に情報とは剣以上に強い力になる。あれほどのやつだ。世渡りも上手そうだし、何処かで人間社会に紛れていそうな気がする。
その後、しのぶとは結局すぐ仲良くなった。
『今回』は強さを求める思いが強すぎて、周りに特定の仲良しを作る気はなかった。
だからしのぶとも特別仲良くする気がなかったけど、気がつけば仲の良い友人になっていた。
きっかけはやはり、上弦の弐との戦闘、そして花柱胡蝶カナエの死。
それに療養ともなると稼働してまだそんなに経っていない、今私がいる蝶屋敷での入院になってしまう。
おかげで甲斐甲斐しくお世話されてしまっていた。
今も包帯を替えるために私の病室に来ているけれど……。
「ねえその口調と顔、私の前では止めない?」
『前』から思っていた。しのぶにはなるべく敬語を使っていてほしくない。心に重たい鎧を纏っていてほしくない。貼り付けた笑みを見せてほしくない。
薄かろうが厚かろうがそこに壁があるのなら、ぶち壊してその心を軽くしたい。せめて友人である自分の前では。
「なんですかいきなり……」
「しのぶちゃんが本当はもっと勝気で明るい物言いをする女の子だってこと、カナエさんから聞いてるの。
無理にカナエさんの真似しなくていいよ。せっかく友達になったんだし、素でいて。感情を押し込めないで。そんなんじゃいつか疲れて心が壊れちゃうよ」
しのぶにとっての友人、の枠組みにしっかりと組み込まれたからこそ言える言葉だ。
「…………、……わかりました。徐々にですが、朝緋さんの前でくらい素になろうと思います。かなり強めの言葉遣いになってしまいますが大丈夫ですか?」
「もちろんだよ!直す時も無理せず気楽にいこう!!……おっとっと!」
「わっ!?」
勢いよく返事してしのぶの手を取ったら、その衝撃でベッドからずり落ち、体がよろめいた。
しっかり抱き留めてもらい、私はしのぶにしがみつくだけで済んだ。
よかった、私の体で押し倒したら、体重が軽いしのぶは潰れちゃうもんね……。
「んもう、気をつけてよね!朝緋さんはまだ体が全然治ってないんだから!ほら、ちゃんと凍結を直す血鬼止めも飲んで!!」
「ごめん〜!苦いけどちゃんと飲むよ!あっでも早速敬語が外れてるの嬉しい〜!!」
「そんなのどうでもいいから!」
「アイタァ!」
額をぺちーん!と叩かれた。私は怪我人で、童磨にやられた凍傷がまだ治ってないのにい。ま、いいか。
「相変わらずいい匂いする〜」
「相変わらず?」
しがみついたところから、香るしのぶのお花のような良い匂い。しばらくすると、藤の毒を使い始めるから藤の匂いになるこれも、今はまだ違うお花の匂いがする。時折、薬草の匂いもするけどね。
どっちも好きなお花の香りだけど、私は藤よりこっちの方が好きだなあ。毒のある花の香りは少し儚げで、何故かしのぶをどこかに連れて行ってしまいそうでちょっぴり怖い。
「んーん、やっぱり友達っていいなって。友達になってくれてありがとう、しのぶちゃん」
「何を今更。変な朝緋さんね」
特別仲良しな友達なんて要らないと思ったけれど、そんなことはない。友達の存在は心の癒しだ。拠り所だ。
おおよそ同じ時期に、蜜璃が鬼殺隊に入った。
『今回』は向こうから先に声をかけてくれたけれど、無事に仲の良い妹弟子になってもらうことができた。
これさ『毎回』のことだけど、でも『毎回』友達になれるとは決まっていない。辿る未来によって全て変わってしまう。蜜璃が隊士にならない未来だってあるかもしれなかった。
なのに蜜璃はまた無事に隊士への道を選んでくれたし、しのぶに続いて蜜璃とも友達になることができて、私は大変な果報者だ。
伊黒さんについても、今後私が特別に何かをする必要はない。そりゃあ、どちらからも相談される身としては、相談されれば全て聞くし協力も惜しまない。
けどもし蜜璃達にも前からの記憶の持ち越しが少しでも残っているのなら、私が手を貸さなくともその内くっつく。
どのタイミングで恋心が芽生えるのかはわからないけど、お互いに好き合っているというのはいつだって一目瞭然だもの。二人は顔に出過ぎている。
……どちらにせよ、杏寿郎さん以外の皆もその言動から確実に多少の記憶は残っている気がする。