五周目 弐
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とうとう上弦の弐との邂逅の日が訪れた。
それは私の階級が更に上がってしばらくの、大きな満月の夜だった。
その日は花柱であるカナエさんと合同任務で、当初はあくまで普通の鬼を討伐する任務だった。
夜も更けた頃に落とせた鬼の頸。
「お疲れ様、朝緋ちゃん」
「花柱様もお疲れ様でした。此度の任務、一緒に参加できて光栄でした!あのような戦法、大変勉強になりました……!」
『毎回』他の柱との任務は、勉強になることだらけだ。今日の任務もまた、カナエさんの流れるような鬼殺の動き、鬼の油断を誘いその言葉だけで改心までさせる手法には驚いた。すごいなぁ……私にはできない。見た目も中身も天女様のようなカナエさんだから出来るのかも。
「勉強熱心なのねぇ、偉いわ。でも、朝緋ちゃんは稀血なのだからほどほどにね?」
「うぅ……わかりました」
言い聞かせるように頭を撫でられる。杏寿郎さんから撫でられる時のそれと違って、母親に撫でられるようなくすぐったくもあたたかい心地よさを感じる。確かにこれは、鬼じゃなくてもいうことを全部聞きたくなっちゃうね。
……にしても稀血か。うん、バレたね。擦り傷だけど攻撃を喰らい、鬼側に稀血だと連呼されちゃったもんね。
だから稀血だとカナエさんに知られてしまった。けれど正確に、そして静かに任務は完遂された。結果良ければ全て良し。
ただし任務が無事に終わって安心できた時間は束の間のことだった。
嫌な予感が一陣の風と共に吹き荒れ、もたらされた。生ぬるく汚泥のような臭いのする、気味の悪い風だ。
「!?……何か来るわね」
「ええ、鬼……それも強い鬼が来る気配を感じます!」
全身の毛が逆立つ感覚。これは、上弦クラス。つまりまたこの時がやってきたのだ。
自身の身を守るが為、今度こそカナエさんを救う為、日輪刀を構える。刀を握るその手は震えているけれど、大丈夫。これはきっと武者震い。
ヒュオ、氷の礫まじる吹雪が迫り来る。鋭く尖り、そして吸い込めば内側から壊れていく恐ろしい攻撃。
口を羽織で覆い隠し、刀を振るう。私の防御のみではうまく行かず、結局カナエさんが花の呼吸で防いでくれた。
「く、……。大丈夫?朝緋ちゃん」
「掠りましたが花柱様のおかげで大事に至らずすみました」
短く返す私達の目の前に、鉄扇を携えた鬼が降り立つように現れた。
まるであの時のよう。私の好きじゃないシチュエーションだ。
下弦の壱が倒され、無限列車が横転した直後。あの時も今と似たような状況の中、ほっと一息ついた瞬間に上弦の鬼が現れて一瞬で場が緊迫したものに変わった。
「おやおや、守ったんだね。その子は稀血みたいだから先に食べたかったのに。美味しい子を食べられなくてざーんねん!」
感情の乗らない嘘くさいこの笑みに隠された狂気を残忍さを、私は覚えている。全部全部覚えている。
その髪色、目の色、目の中の数字、着ている服まで……全て忘れはしない。だって、かつてカナエさんの命を奪い、大切な友達を悲しませた張本人の……。
「俺は上弦の弐、童磨。今から君達を救う男だよ」
上弦の参とは違う、もっと強くもっと恐ろしい、上弦の弐だもの。
来なければいいな、来ないでほしいな。そう思いながらカナエさんとの任務に赴いていた。
『今回』は、今の所すべての時期がずれこんで少し前倒しになったから、私の直接の介入がなくともその未来は変わると思った。上弦の弐が来ない未来へと。
明槻はバタフライ効果を気にしていたけれど、上弦の弐が来る来ない・カナエさんが相対するしないは私の行動とは関係ない。つまり私が共にいることくらいで未来が変わったとしても、それは私のせいじゃない。そう、考えていた。
鬼殺隊の人間が死なずに済むならそれに越したことはないはず。
……ああでも、もしかしたらカナエさんの死がきっかけで、蟲柱は誕生したのかもしれない。
なら、私はどうしたらいいんだろう?どう動けばいいの?
だなんて、笑みを浮かべる上弦の弐を前にぐるぐると考えを巡らせていた。
……ううん。立ち塞がる者はすべて倒せばいい。倒せなくても退ければいい。今だけは逃げてしまってもいい。生きている者が勝者だ。
この目の前の鬼もまた、倒すのは無理でも朝まで攻撃を防いで粘って粘って、退ければいい。きっと『前』よりも成長した私になら出来る。
蟲柱の誕生だってあとで考えればいいじゃない!カナエさんが死ななくたって、しのぶは柱になれる!
はい!その線で行こう!!
……そう思っていたのに、運命はどこまでも残酷だった。
「ふふふ、枯園垂り♪」
「花の呼吸、肆ノ型 紅花衣!」
「炎の呼吸、肆ノ型 盛炎のうねり!」
攻撃を繰り出して相殺し防ぎながら、血鬼術についての注意点は教えた。自分もカナエさんも血鬼術を吸い込まぬように気をつけた。
それでも、上弦の弐の力は圧倒的なもので。
「柱一人に隊士一人。二人ばかりのそんなゆるい防御じゃ、俺の攻撃は簡単に通っちゃうぜ」
どんなにかわしても、どんなに攻撃してもその防御も攻撃も何もかもを凍結させ木っ端微塵にしてしまう。以前より強くなれたと感じていたその自信すら、凍らせられてしまった。
ただでさえ鬼は傷がすぐに治るから狡い。
私達が必死の思いで与えた攻撃もすぐに回復してしまう。
『前』も思ったけれど弐と参の差はかなりあるようで、童磨は再生能力も猗窩座を上回る。
……攻撃を受けても笑っている。だからきっと童磨は、猫に引っ掻かれたとでも思っているに違いない。遊んでやっているのだと、思っているに違いない。
お前達の命など俺の気分一つでどうとでもなる、とでも言いたげで。
激闘の末、鋭い氷柱のような攻撃の冬ざれ氷柱が私達の体をずたぼろに。
蓮の花の形状の氷が無数に咲き、触れるだけで、いや触れなくとも近づくだけで凍りつく蓮葉氷が私達を凍らせ立ち塞がり。
粉凍りという、鉄扇で散布してきた冷えた血霧で私達の動き、攻撃を止めさせ、呼吸まで阻害してきて。
私達は負けた。
吸い込めば肺が壊死してしまうような、初見殺しが多い童磨の血鬼術。
相手の攻撃についての情報はまた少し得られたけれど、それが一体なんだというのか!
カナエさんに対処方法を教えていても。防ごうとしても、上弦の鬼の攻撃は通ってしまった。
吸い込んでいないつもりでも、少しずつ吸い込んでしまっていたそれはカナエさんの肺を蝕み、結局『いつものように』致命傷を負わせてしまった。
まだ息はある。私だって助かるかもしれないと思いたい!
けれどもう、手遅れだということを私は知っている。また私のせいだ。
私がいたからカナエさんは……。
私自身も少なくない怪我を負った。
幸いにもカナエさんと違い粉凍りを全く吸い込んでいなかったため、肺が壊死することはなかったが、広範囲にわたる凍傷と鋭い氷撃による裂傷を貰った。
治るまで療養コース確定だね……。
私は弱い自分が嫌いだ。憎くてたまらない。
「さぁて、柱の女の子はもう虫の息。次は君だねぇ……稀血ちゃん?」
カナエさんは渡さない。食べさせやしない。
倒れ伏す彼女を庇うようにしながら、童磨を睨みつける。
けれど奴はすでに動けないカナエさんには一つも目もくれず、私を虹色の瞳で見つめ、ぺろりと舌なめずりした。
広げられたその鉄扇がぱちん!と閉じられる。全てを凍てつかせ呼吸を阻害する血霧が漂い始め、空気を一気に氷点下まで下げる。
攻撃の合図だ。
正直に言うともう戦う力は残っていない。私も『今回』はここで終わり……。
ごめん、杏寿郎さん。本当は、杏寿郎さんとすぐにでも恋仲になりたかったよ。
こんな事なら、彼の気持ちにちゃんと応えればよかった。
鉄扇が振るわれる、そう思われた瞬間童磨の動きがぴたりと止まる。浮かべていた笑みも止まる。一瞬顔がこわばって見えたけど、一体なにが……。
「はあ……食べられなくて残念だ」
「ぇ…………?」
殺気も血霧の粉凍りも霧散する。鉄扇までその腰にしまわれた。
「君のことを救ってあげるのは止めだね。不思議な感じがするとのことだ。稀血で女性隊士、おまけに歳の割に強く感じるその力。少し気になるみたいだよ」
救う、の表現は食べる事で生きる苦しみやつらさから解放して救うという、身勝手な鬼の言い分だとして。不思議な感じがする、とのこと?気になるみたい?一体誰からの話だ。
まさか、それって鬼舞辻──
「ねぇ稀血ちゃん、仲間に……、」
それは私の階級が更に上がってしばらくの、大きな満月の夜だった。
その日は花柱であるカナエさんと合同任務で、当初はあくまで普通の鬼を討伐する任務だった。
夜も更けた頃に落とせた鬼の頸。
「お疲れ様、朝緋ちゃん」
「花柱様もお疲れ様でした。此度の任務、一緒に参加できて光栄でした!あのような戦法、大変勉強になりました……!」
『毎回』他の柱との任務は、勉強になることだらけだ。今日の任務もまた、カナエさんの流れるような鬼殺の動き、鬼の油断を誘いその言葉だけで改心までさせる手法には驚いた。すごいなぁ……私にはできない。見た目も中身も天女様のようなカナエさんだから出来るのかも。
「勉強熱心なのねぇ、偉いわ。でも、朝緋ちゃんは稀血なのだからほどほどにね?」
「うぅ……わかりました」
言い聞かせるように頭を撫でられる。杏寿郎さんから撫でられる時のそれと違って、母親に撫でられるようなくすぐったくもあたたかい心地よさを感じる。確かにこれは、鬼じゃなくてもいうことを全部聞きたくなっちゃうね。
……にしても稀血か。うん、バレたね。擦り傷だけど攻撃を喰らい、鬼側に稀血だと連呼されちゃったもんね。
だから稀血だとカナエさんに知られてしまった。けれど正確に、そして静かに任務は完遂された。結果良ければ全て良し。
ただし任務が無事に終わって安心できた時間は束の間のことだった。
嫌な予感が一陣の風と共に吹き荒れ、もたらされた。生ぬるく汚泥のような臭いのする、気味の悪い風だ。
「!?……何か来るわね」
「ええ、鬼……それも強い鬼が来る気配を感じます!」
全身の毛が逆立つ感覚。これは、上弦クラス。つまりまたこの時がやってきたのだ。
自身の身を守るが為、今度こそカナエさんを救う為、日輪刀を構える。刀を握るその手は震えているけれど、大丈夫。これはきっと武者震い。
ヒュオ、氷の礫まじる吹雪が迫り来る。鋭く尖り、そして吸い込めば内側から壊れていく恐ろしい攻撃。
口を羽織で覆い隠し、刀を振るう。私の防御のみではうまく行かず、結局カナエさんが花の呼吸で防いでくれた。
「く、……。大丈夫?朝緋ちゃん」
「掠りましたが花柱様のおかげで大事に至らずすみました」
短く返す私達の目の前に、鉄扇を携えた鬼が降り立つように現れた。
まるであの時のよう。私の好きじゃないシチュエーションだ。
下弦の壱が倒され、無限列車が横転した直後。あの時も今と似たような状況の中、ほっと一息ついた瞬間に上弦の鬼が現れて一瞬で場が緊迫したものに変わった。
「おやおや、守ったんだね。その子は稀血みたいだから先に食べたかったのに。美味しい子を食べられなくてざーんねん!」
感情の乗らない嘘くさいこの笑みに隠された狂気を残忍さを、私は覚えている。全部全部覚えている。
その髪色、目の色、目の中の数字、着ている服まで……全て忘れはしない。だって、かつてカナエさんの命を奪い、大切な友達を悲しませた張本人の……。
「俺は上弦の弐、童磨。今から君達を救う男だよ」
上弦の参とは違う、もっと強くもっと恐ろしい、上弦の弐だもの。
来なければいいな、来ないでほしいな。そう思いながらカナエさんとの任務に赴いていた。
『今回』は、今の所すべての時期がずれこんで少し前倒しになったから、私の直接の介入がなくともその未来は変わると思った。上弦の弐が来ない未来へと。
明槻はバタフライ効果を気にしていたけれど、上弦の弐が来る来ない・カナエさんが相対するしないは私の行動とは関係ない。つまり私が共にいることくらいで未来が変わったとしても、それは私のせいじゃない。そう、考えていた。
鬼殺隊の人間が死なずに済むならそれに越したことはないはず。
……ああでも、もしかしたらカナエさんの死がきっかけで、蟲柱は誕生したのかもしれない。
なら、私はどうしたらいいんだろう?どう動けばいいの?
だなんて、笑みを浮かべる上弦の弐を前にぐるぐると考えを巡らせていた。
……ううん。立ち塞がる者はすべて倒せばいい。倒せなくても退ければいい。今だけは逃げてしまってもいい。生きている者が勝者だ。
この目の前の鬼もまた、倒すのは無理でも朝まで攻撃を防いで粘って粘って、退ければいい。きっと『前』よりも成長した私になら出来る。
蟲柱の誕生だってあとで考えればいいじゃない!カナエさんが死ななくたって、しのぶは柱になれる!
はい!その線で行こう!!
……そう思っていたのに、運命はどこまでも残酷だった。
「ふふふ、枯園垂り♪」
「花の呼吸、肆ノ型 紅花衣!」
「炎の呼吸、肆ノ型 盛炎のうねり!」
攻撃を繰り出して相殺し防ぎながら、血鬼術についての注意点は教えた。自分もカナエさんも血鬼術を吸い込まぬように気をつけた。
それでも、上弦の弐の力は圧倒的なもので。
「柱一人に隊士一人。二人ばかりのそんなゆるい防御じゃ、俺の攻撃は簡単に通っちゃうぜ」
どんなにかわしても、どんなに攻撃してもその防御も攻撃も何もかもを凍結させ木っ端微塵にしてしまう。以前より強くなれたと感じていたその自信すら、凍らせられてしまった。
ただでさえ鬼は傷がすぐに治るから狡い。
私達が必死の思いで与えた攻撃もすぐに回復してしまう。
『前』も思ったけれど弐と参の差はかなりあるようで、童磨は再生能力も猗窩座を上回る。
……攻撃を受けても笑っている。だからきっと童磨は、猫に引っ掻かれたとでも思っているに違いない。遊んでやっているのだと、思っているに違いない。
お前達の命など俺の気分一つでどうとでもなる、とでも言いたげで。
激闘の末、鋭い氷柱のような攻撃の冬ざれ氷柱が私達の体をずたぼろに。
蓮の花の形状の氷が無数に咲き、触れるだけで、いや触れなくとも近づくだけで凍りつく蓮葉氷が私達を凍らせ立ち塞がり。
粉凍りという、鉄扇で散布してきた冷えた血霧で私達の動き、攻撃を止めさせ、呼吸まで阻害してきて。
私達は負けた。
吸い込めば肺が壊死してしまうような、初見殺しが多い童磨の血鬼術。
相手の攻撃についての情報はまた少し得られたけれど、それが一体なんだというのか!
カナエさんに対処方法を教えていても。防ごうとしても、上弦の鬼の攻撃は通ってしまった。
吸い込んでいないつもりでも、少しずつ吸い込んでしまっていたそれはカナエさんの肺を蝕み、結局『いつものように』致命傷を負わせてしまった。
まだ息はある。私だって助かるかもしれないと思いたい!
けれどもう、手遅れだということを私は知っている。また私のせいだ。
私がいたからカナエさんは……。
私自身も少なくない怪我を負った。
幸いにもカナエさんと違い粉凍りを全く吸い込んでいなかったため、肺が壊死することはなかったが、広範囲にわたる凍傷と鋭い氷撃による裂傷を貰った。
治るまで療養コース確定だね……。
私は弱い自分が嫌いだ。憎くてたまらない。
「さぁて、柱の女の子はもう虫の息。次は君だねぇ……稀血ちゃん?」
カナエさんは渡さない。食べさせやしない。
倒れ伏す彼女を庇うようにしながら、童磨を睨みつける。
けれど奴はすでに動けないカナエさんには一つも目もくれず、私を虹色の瞳で見つめ、ぺろりと舌なめずりした。
広げられたその鉄扇がぱちん!と閉じられる。全てを凍てつかせ呼吸を阻害する血霧が漂い始め、空気を一気に氷点下まで下げる。
攻撃の合図だ。
正直に言うともう戦う力は残っていない。私も『今回』はここで終わり……。
ごめん、杏寿郎さん。本当は、杏寿郎さんとすぐにでも恋仲になりたかったよ。
こんな事なら、彼の気持ちにちゃんと応えればよかった。
鉄扇が振るわれる、そう思われた瞬間童磨の動きがぴたりと止まる。浮かべていた笑みも止まる。一瞬顔がこわばって見えたけど、一体なにが……。
「はあ……食べられなくて残念だ」
「ぇ…………?」
殺気も血霧の粉凍りも霧散する。鉄扇までその腰にしまわれた。
「君のことを救ってあげるのは止めだね。不思議な感じがするとのことだ。稀血で女性隊士、おまけに歳の割に強く感じるその力。少し気になるみたいだよ」
救う、の表現は食べる事で生きる苦しみやつらさから解放して救うという、身勝手な鬼の言い分だとして。不思議な感じがする、とのこと?気になるみたい?一体誰からの話だ。
まさか、それって鬼舞辻──
「ねぇ稀血ちゃん、仲間に……、」