五周目 壱
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「さて、少しの間私と遊んでもらうよ。君に私が捕まえられるかな?」
足が露わになるけれど、浴衣の裾を帯に入れ込んで動きやすくする。袖も申し訳程度にたくし上げ、鬼ごっこ開始。
「ヴヴヴッ!」
「よっ、と……おお、怖。鬼の見た目っていうのは、子供の鬼でも怖くなるものね……っ」
向かって来た鬼の子の動きをひらり、ひらりとかわしていく。
闘牛士にでもなった気分。いや、このひらひらとしたかわし方は、どちらかというとしのぶかな?
蝶のような美しく軽やかなあの動きは、ぜひ真似したいところ。
それにしてもこんなところで鬼化とは。私達が住む、煉獄家の目と鼻の先じゃないのさ。
この近くに鬼舞辻か人を鬼にできる上弦の鬼がいたということなのかな?でも既に強い鬼の気配はない。
もしかしたら全ての元凶を殺せたかもしれないのにな……いや、さすがにこの年齢じゃ無理か。私は稀血でもあるし、逆に食われて終わりだったろう。
「っ!?」
考え事をしながら逃げていたからだろうか、隙ができて飛びかかられてしまった。爪が私の腕を掻き、鋭い縦線が走る。
「いったぁ……っ!ちょ、君!誰かを食べれば終わり!人の血肉を口にしたらそこで終わりだよ!心まで鬼になっちゃ駄目……自分を保って……!負けちゃ駄目、イタッ!」
押し倒された先、爪が腕を何度も薄く裂いてくる。喰らおうと歯をカチカチ鳴らしてくる。
傷は痛みこそ少なく、猫にでも引っ掻かれた感覚。その度に鬼にとっては甘く、人にとってはただただ鉄臭い血の香りが広がる。
けれど変わりたてだからこそ、まだ戻れるはずなのだ。この子も人の血肉を口にさえしなければ、きっと禰󠄀豆子ちゃんみたいに……理性を持ってしばらくの間飢餓を抑えられた杏寿郎さんみたいに……!
って、もしかして杏寿郎さん、鬼になった時性欲で食欲を抑えていたのではなく、私の特殊な稀血酔いをしていただけなのではなかろうか。なんてこんな状況下でそんな考えが浮かんだ。場違いにもほどがある。
ただ、あの時に杏寿郎さんに聞けなかったから真相がわからないのがなぁ……。
どちらにせよもう杏寿郎さんを鬼に、なんて考えには至らないからいい。
広がる血の匂いに興奮したか、その勢いが増し、力が強くなる。腕を掴まれた!
食い込む爪が、腕を引きちぎらんと欲する。
「ああもう!子供のくせに力強い!さすが鬼!!」
そして私自身もまだ十に満たない幼さだ。鍛えていても筋肉はあまりついておらず、力の差は歴然。このままでは確実に食われてしまう。
鬼を止めるための攻撃を……何か武器を……。
そうだ。この時間ならあの寺には人はいない。それに、寺務所付近には薪を割るための手斧が置いてあったはず。
「多分ちょっと痛いよ、ごめんねっ!」
バキッ!!
くらえ、鬼殺隊仕込みの強烈な一撃!
下穿きが見えるのも構わずお行儀悪く足を思い切り振り上げて側頭部を蹴り付ければ、軽い体の鬼が吹っ飛んだ。
おお、強い。さすが足癖の悪さに定評のある私の足技。
「ウ、ヴヴヴ……」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
その勢いのままくるりと回転して起き上がり、手を叩きながら寺方面へと駆ける。
飢餓状態の鬼が私だけを見て転びかけながらも追ってきた。
「お借りしますっ!」
寺務所の壁に立てかけてある手斧、そしてぐるぐると巻かれて置かれている縄をも手に取り構える。
なるべく人の迷惑にならない方面へと鬼を引きつけ、そして勢い殺さず飛びかかってくるその体に斧を振るった。
「これはもっと痛いと思う!だけどごめん!鬼なら治るから我慢してねっ!!」
炎の呼吸、壱ノ型 不知火!斧バージョン!!
呼吸の力を手から斧へと繋ぎ、横薙ぎに振るう。真っ二つ、とまでは力の足りなさと小さな手斧がゆえにいかないけれど、かなりの威力、ダメージが鬼に入った。
傷から吹き出す血の量がえぐい……。私にも鬼の血が降り注ぐ。
「ぎゃあスプラッタ!?でも斬れとる!私凄いー!!」
ただし日輪刀じゃないから鬼の傷はすぐ治る。そして向かってくる。
その分、私が攻撃するたびに痛みが何度もやってくるだろうけど、飢餓で完全に我を忘れた今の状態ならあまり痛覚はない……かも?
でも自分が鬼なら、痛いものは痛いし、嫌だと思う。
「だからこそ謝りながら攻撃してるの、よっ!許してね!!」
短い手斧。時折自分にも鬼の爪が及んで傷が増えていく中、弐ノ型参ノ型と攻撃を追加していく。
そして、持ってきた縄で──
「はあはあ、はあ……、やっとおとなしくできた……」
「ガウウウウ……ッ!ヴヴゥッ!」
一瞬の隙をついて、木にぐるぐる巻きにして縛り付けることに成功した。空腹状態で力の出ない、小さな鬼だからこそうまくいっただけで、普段の鬼なら木は破壊するし縄は引きちぎる。良い子は真似しちゃ駄目だよ。
「雨…………、」
ぽつ、ぽつ、ぽつ。ザァ──、
一息ついたところで、雨が降り始めた。
おいおい、雨が降るなんて聞いてないよ?この分だとこれから上がる予定だった花火は中止かな。すぐ土砂降りに変わってきたし。通り雨だといいけど。
ま、私のこの状態じゃ、花火どころじゃないけどねぇ。
鬼を中心にあちらこちらが血だらけ。稀血と鬼の血に塗れての奮闘劇のあとが、その場に点々と残されている。
私も満身創痍で、せっかくの浴衣はズタズタ、髪もぐちゃくちゃの、体のあちこちから血が流れている状態だった。
歳が幼いなど関係ない。かなりの苦戦を強いられた……。体力が足りてない。技術も筋力も何もかも。なんと不甲斐ない!!
それにしても、血と雨でどろどろの酷い格好……杏寿郎さんに見せたくないなあ。
そう思っていたその時、向こうから駆けてくる足音二つ。
「朝緋……!!」
槇寿朗さんだ。そのあとには傘を差した杏寿郎さんもいる。うわあ体を隠せ隠せ!あっ無理。
「朝緋、大丈……、!?これは、お前がやったのか……?いや、それよりその血は……!怪我をしたのか!!」
「かすり傷なので平気です。ほとんどは鬼の血ですよ」
見るも無残な格好を見かね、着ていた男物の羽織を被せられた。おお、これで体が隠せるね!ありがたや〜。
「そうか……。それを着て待っていろ。
杏寿郎、朝緋を頼む」
静かに頷く杏寿郎さんから、強く強く手を繋がれた。その手は小さく震えていて、鬼への恐怖からではないことだけはわかる。けれど、それが何故なのかはわからなかった。
槇寿朗さんの目が私から、木に括り付けられた鬼へと移る。鬼に相対する時の、柱の目。
「使ったのが斧のせいか雑ではあるが、この傷跡、炎の呼吸のものだな。やけに正確だが、これを齢十にも満たぬ朝緋が……?」
木に打ち付けられた鬼の血がついた斧、鬼に未だ残る傷を確認後、再び視線が向けられぎくりとする。……私、やりすぎたかな。でも必死だったんだもの。
「変わりたての子どもの鬼……かわいそうだが、鬼ならば頸を刎ねる他ない。すまないな」
槇寿朗さんが鬼に向き直ってくれてホッとしたのも束の間だった。
ザアザアと雨が降る中、すらりと抜かれた日輪刀。そして聞き覚えがあるその言葉。
あ、あ、……やめてやめてやめて。
私のトラウマ。
あの時の光景と重なる。杏寿郎さんが、槇寿朗さんの手によって頸を落とされた時のあの光景が。
これ以上見ていられなくて、ぎゅうと杏寿郎さんの手を握り、目を瞑る。
そうしていれば心配するのはこの人。
「朝緋どうした。朝緋、朝緋……?しっかりしてくれ、朝緋……!」
具合でも悪くなったのではないかと、様子のおかしい私を揺すり始める杏寿郎さん。
「大丈夫、ちょっと疲れただけで……、」
「父上ぇ!朝緋が!!」
ガックンガックン強く揺さぶられ、脳みそシェイク状態。トラウマの光景もどこかへと消える。
「杏寿郎、兄、さん!だから、疲れちゃっただけだってば……!頭が揺れて気持ち悪い!!」
「!?すまん朝緋!!」
やっと止まったと思ったら、全てを終わらせた槇寿朗さんに覗き込まれた。鬼のいた痕跡すらない……。ご冥福をお祈りします。
「どれ、一度傷をみせなさい。
ふむ……自分で言っていたようにどれも比較的浅いようだな。軽い治療は必要だろうが、回復の呼吸も使えている。この分ならすぐ治るな」
「教わった通りにしているだけなんだけど、回復の呼吸も使えてるならよかったです」
「さすが炎の呼吸の使い手、俺の娘だ。偉いぞ」
よくやった。そう言われて撫でられ、とても嬉しかった。けれど私は同時に力の足りなさを実感していた。
そうだ修行行こう。京都行こうのノリだ。
一人でうんうん頷く横で、父と息子が私について話をしていた。
「朝緋は本当に大丈夫なのですか?服だってあんなにボロボロで、血だらけです」
「傷は浅く、ほぼ鬼の返り血だ。だから杏寿郎はそんなに不安そうな顔をするな。朝緋は俺達が思っているより強いぞ」
心配してもらうのも、強いと言ってくれるのもどれも嬉しいお言葉だけど、私はぜーんぜん強くない。
いつだって更なる強さを、高みを求めている。強さを求める気持ちだけは、上弦の参・猗窩座に同意できるほどに。
「……父様、」
「ん?どうした朝緋」
雨があがり晴れていく。花火は上がらないだろうけれど、月明かりが私達を照らす。私の目も、強い意志のこもった輝きに満ちていた。
「私、元水柱の鱗滝さんのところに修行に行きたい」
レッツ鱗滝ブートキャンプだ。
足が露わになるけれど、浴衣の裾を帯に入れ込んで動きやすくする。袖も申し訳程度にたくし上げ、鬼ごっこ開始。
「ヴヴヴッ!」
「よっ、と……おお、怖。鬼の見た目っていうのは、子供の鬼でも怖くなるものね……っ」
向かって来た鬼の子の動きをひらり、ひらりとかわしていく。
闘牛士にでもなった気分。いや、このひらひらとしたかわし方は、どちらかというとしのぶかな?
蝶のような美しく軽やかなあの動きは、ぜひ真似したいところ。
それにしてもこんなところで鬼化とは。私達が住む、煉獄家の目と鼻の先じゃないのさ。
この近くに鬼舞辻か人を鬼にできる上弦の鬼がいたということなのかな?でも既に強い鬼の気配はない。
もしかしたら全ての元凶を殺せたかもしれないのにな……いや、さすがにこの年齢じゃ無理か。私は稀血でもあるし、逆に食われて終わりだったろう。
「っ!?」
考え事をしながら逃げていたからだろうか、隙ができて飛びかかられてしまった。爪が私の腕を掻き、鋭い縦線が走る。
「いったぁ……っ!ちょ、君!誰かを食べれば終わり!人の血肉を口にしたらそこで終わりだよ!心まで鬼になっちゃ駄目……自分を保って……!負けちゃ駄目、イタッ!」
押し倒された先、爪が腕を何度も薄く裂いてくる。喰らおうと歯をカチカチ鳴らしてくる。
傷は痛みこそ少なく、猫にでも引っ掻かれた感覚。その度に鬼にとっては甘く、人にとってはただただ鉄臭い血の香りが広がる。
けれど変わりたてだからこそ、まだ戻れるはずなのだ。この子も人の血肉を口にさえしなければ、きっと禰󠄀豆子ちゃんみたいに……理性を持ってしばらくの間飢餓を抑えられた杏寿郎さんみたいに……!
って、もしかして杏寿郎さん、鬼になった時性欲で食欲を抑えていたのではなく、私の特殊な稀血酔いをしていただけなのではなかろうか。なんてこんな状況下でそんな考えが浮かんだ。場違いにもほどがある。
ただ、あの時に杏寿郎さんに聞けなかったから真相がわからないのがなぁ……。
どちらにせよもう杏寿郎さんを鬼に、なんて考えには至らないからいい。
広がる血の匂いに興奮したか、その勢いが増し、力が強くなる。腕を掴まれた!
食い込む爪が、腕を引きちぎらんと欲する。
「ああもう!子供のくせに力強い!さすが鬼!!」
そして私自身もまだ十に満たない幼さだ。鍛えていても筋肉はあまりついておらず、力の差は歴然。このままでは確実に食われてしまう。
鬼を止めるための攻撃を……何か武器を……。
そうだ。この時間ならあの寺には人はいない。それに、寺務所付近には薪を割るための手斧が置いてあったはず。
「多分ちょっと痛いよ、ごめんねっ!」
バキッ!!
くらえ、鬼殺隊仕込みの強烈な一撃!
下穿きが見えるのも構わずお行儀悪く足を思い切り振り上げて側頭部を蹴り付ければ、軽い体の鬼が吹っ飛んだ。
おお、強い。さすが足癖の悪さに定評のある私の足技。
「ウ、ヴヴヴ……」
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
その勢いのままくるりと回転して起き上がり、手を叩きながら寺方面へと駆ける。
飢餓状態の鬼が私だけを見て転びかけながらも追ってきた。
「お借りしますっ!」
寺務所の壁に立てかけてある手斧、そしてぐるぐると巻かれて置かれている縄をも手に取り構える。
なるべく人の迷惑にならない方面へと鬼を引きつけ、そして勢い殺さず飛びかかってくるその体に斧を振るった。
「これはもっと痛いと思う!だけどごめん!鬼なら治るから我慢してねっ!!」
炎の呼吸、壱ノ型 不知火!斧バージョン!!
呼吸の力を手から斧へと繋ぎ、横薙ぎに振るう。真っ二つ、とまでは力の足りなさと小さな手斧がゆえにいかないけれど、かなりの威力、ダメージが鬼に入った。
傷から吹き出す血の量がえぐい……。私にも鬼の血が降り注ぐ。
「ぎゃあスプラッタ!?でも斬れとる!私凄いー!!」
ただし日輪刀じゃないから鬼の傷はすぐ治る。そして向かってくる。
その分、私が攻撃するたびに痛みが何度もやってくるだろうけど、飢餓で完全に我を忘れた今の状態ならあまり痛覚はない……かも?
でも自分が鬼なら、痛いものは痛いし、嫌だと思う。
「だからこそ謝りながら攻撃してるの、よっ!許してね!!」
短い手斧。時折自分にも鬼の爪が及んで傷が増えていく中、弐ノ型参ノ型と攻撃を追加していく。
そして、持ってきた縄で──
「はあはあ、はあ……、やっとおとなしくできた……」
「ガウウウウ……ッ!ヴヴゥッ!」
一瞬の隙をついて、木にぐるぐる巻きにして縛り付けることに成功した。空腹状態で力の出ない、小さな鬼だからこそうまくいっただけで、普段の鬼なら木は破壊するし縄は引きちぎる。良い子は真似しちゃ駄目だよ。
「雨…………、」
ぽつ、ぽつ、ぽつ。ザァ──、
一息ついたところで、雨が降り始めた。
おいおい、雨が降るなんて聞いてないよ?この分だとこれから上がる予定だった花火は中止かな。すぐ土砂降りに変わってきたし。通り雨だといいけど。
ま、私のこの状態じゃ、花火どころじゃないけどねぇ。
鬼を中心にあちらこちらが血だらけ。稀血と鬼の血に塗れての奮闘劇のあとが、その場に点々と残されている。
私も満身創痍で、せっかくの浴衣はズタズタ、髪もぐちゃくちゃの、体のあちこちから血が流れている状態だった。
歳が幼いなど関係ない。かなりの苦戦を強いられた……。体力が足りてない。技術も筋力も何もかも。なんと不甲斐ない!!
それにしても、血と雨でどろどろの酷い格好……杏寿郎さんに見せたくないなあ。
そう思っていたその時、向こうから駆けてくる足音二つ。
「朝緋……!!」
槇寿朗さんだ。そのあとには傘を差した杏寿郎さんもいる。うわあ体を隠せ隠せ!あっ無理。
「朝緋、大丈……、!?これは、お前がやったのか……?いや、それよりその血は……!怪我をしたのか!!」
「かすり傷なので平気です。ほとんどは鬼の血ですよ」
見るも無残な格好を見かね、着ていた男物の羽織を被せられた。おお、これで体が隠せるね!ありがたや〜。
「そうか……。それを着て待っていろ。
杏寿郎、朝緋を頼む」
静かに頷く杏寿郎さんから、強く強く手を繋がれた。その手は小さく震えていて、鬼への恐怖からではないことだけはわかる。けれど、それが何故なのかはわからなかった。
槇寿朗さんの目が私から、木に括り付けられた鬼へと移る。鬼に相対する時の、柱の目。
「使ったのが斧のせいか雑ではあるが、この傷跡、炎の呼吸のものだな。やけに正確だが、これを齢十にも満たぬ朝緋が……?」
木に打ち付けられた鬼の血がついた斧、鬼に未だ残る傷を確認後、再び視線が向けられぎくりとする。……私、やりすぎたかな。でも必死だったんだもの。
「変わりたての子どもの鬼……かわいそうだが、鬼ならば頸を刎ねる他ない。すまないな」
槇寿朗さんが鬼に向き直ってくれてホッとしたのも束の間だった。
ザアザアと雨が降る中、すらりと抜かれた日輪刀。そして聞き覚えがあるその言葉。
あ、あ、……やめてやめてやめて。
私のトラウマ。
あの時の光景と重なる。杏寿郎さんが、槇寿朗さんの手によって頸を落とされた時のあの光景が。
これ以上見ていられなくて、ぎゅうと杏寿郎さんの手を握り、目を瞑る。
そうしていれば心配するのはこの人。
「朝緋どうした。朝緋、朝緋……?しっかりしてくれ、朝緋……!」
具合でも悪くなったのではないかと、様子のおかしい私を揺すり始める杏寿郎さん。
「大丈夫、ちょっと疲れただけで……、」
「父上ぇ!朝緋が!!」
ガックンガックン強く揺さぶられ、脳みそシェイク状態。トラウマの光景もどこかへと消える。
「杏寿郎、兄、さん!だから、疲れちゃっただけだってば……!頭が揺れて気持ち悪い!!」
「!?すまん朝緋!!」
やっと止まったと思ったら、全てを終わらせた槇寿朗さんに覗き込まれた。鬼のいた痕跡すらない……。ご冥福をお祈りします。
「どれ、一度傷をみせなさい。
ふむ……自分で言っていたようにどれも比較的浅いようだな。軽い治療は必要だろうが、回復の呼吸も使えている。この分ならすぐ治るな」
「教わった通りにしているだけなんだけど、回復の呼吸も使えてるならよかったです」
「さすが炎の呼吸の使い手、俺の娘だ。偉いぞ」
よくやった。そう言われて撫でられ、とても嬉しかった。けれど私は同時に力の足りなさを実感していた。
そうだ修行行こう。京都行こうのノリだ。
一人でうんうん頷く横で、父と息子が私について話をしていた。
「朝緋は本当に大丈夫なのですか?服だってあんなにボロボロで、血だらけです」
「傷は浅く、ほぼ鬼の返り血だ。だから杏寿郎はそんなに不安そうな顔をするな。朝緋は俺達が思っているより強いぞ」
心配してもらうのも、強いと言ってくれるのもどれも嬉しいお言葉だけど、私はぜーんぜん強くない。
いつだって更なる強さを、高みを求めている。強さを求める気持ちだけは、上弦の参・猗窩座に同意できるほどに。
「……父様、」
「ん?どうした朝緋」
雨があがり晴れていく。花火は上がらないだろうけれど、月明かりが私達を照らす。私の目も、強い意志のこもった輝きに満ちていた。
「私、元水柱の鱗滝さんのところに修行に行きたい」
レッツ鱗滝ブートキャンプだ。