五周目 壱
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「君が朝緋か!俺は煉獄杏寿郎!朝緋の兄だ!!」
風邪がすっかり治った後。
ハキハキと快活な声で言って笑いかけてくるのは愛しい人だった。
貴方にまた会えて嬉しいです杏寿郎さん……。
自分も自己紹介をしながら笑いかける。
けれど口の中、歯をぎゅっと噛み締めてだ。でないとまた、泣いてしまうから。
強く噛みすぎて、乳歯ばかりの歯は弱くて欠けてしまいそう。実際、歯を食いしばりすぎたのか、欠けてきてる。
気にはしない。違和感はあるけどこんなの痛いうちにも入らない。杏寿郎さんや槇寿朗さんが味わった痛みに比べたらこんなの……。
すう、はあ、すうはあ。
心を落ち着かせるためにも、全集中の呼吸をしないとね。
動揺した時も、怒りが湧いてどうしようもない時も、激しい感情が思考を支配した時も、瞬時に冷静になることができる全集中の呼吸。
これが柱への第一歩、ただし柱になる気はない。
槇寿朗さんが私の呼吸に気がついた。
「朝緋は全集中の呼吸、その基礎が既に身についているのだな」
「そうなのか!?朝緋はすごいな!俺も見習わねば……」
「ありがとうございます。でも、別にすごくないのですよ」
見習うほどのものじゃない。私には持ち越せた経験分のアドバンテージが多少あるだけ。いざ修業が本格化すれば、私はたちまち杏寿郎さんに追い抜かされる。
「確か朝緋の生家では奉納舞いに炎の呼吸を使っていたのだったな。父君や母君に教えられたのか?」
「いえ……独学です。鬼殺隊に入るべく、鍛錬しておりました」
「ふむ……朝緋は鬼殺隊士になりたいのだな」
私は私の目指すもの求めるものを、槇寿朗さんに話して聞かせた。これまで何度も何度も奪われ続けてきた、私にとって世界で一番大切な人の。炎の未来を望んでいることは伏せて。
もっとだ。もっともっと強く。もっともっともっと……強くならねば。
誰よりも強く、高みを目指せ。
考えはその目に嫌というほど現れていたらしい。『いつも』と違い、槇寿朗さんから鬼殺隊に入ることを許可された。『今回』は渋られることは少なかった。
「女子だからな。入らず済むのであればと願わずにはいられない。だが、朝緋のその目……鬼殺隊士に向いている。鬼を狩ろうとするものの目だ。
よし。鍛錬をつけてやろう。俺の修行は厳しいがな」
逆に期待されたくらいで。
厳しい修行?望むところだ。
全てを完璧にこなしてみせよう。
家事や学業はもちろん、鍛錬も呼吸も剣技も。誰にも負けない。
杏寿郎さんにすら負けない気持ちで。
今回は私がもっと強くなって貴方を守る。
貴方を鬼にしないし死なせない。私も死なない。
恋ももう捨てる。恋愛感情なんて、この身に宿してなるものか。
だって、嫌がっていた貴方を鬼にしてしまったのは結局、私が弱かったから。何度も杏寿郎さんと恋愛なんてして……腑抜けていたからなんだもの。
そもそもが、私なんかが貴方の隣にいること自体が烏滸がましく、厚かましかった。もっと早く気がつくべきだったのだ。
だからこそ杏寿郎さんに恋なんてしない。
恋なんて……しな、ああああやっぱり恋はする!!
ただ、本人には言わないだけで。
その鍵となる、貴方と目を合わせる行為はしない。
目はもう見ない。本心では見たくとも、でも絶対に見ない。
けれどあからさますぎた。
目を見ないようにするがあまり、杏寿郎さんを悲しませる結果を招いてしまった。
「朝緋は俺のことが嫌いなのか?」
「そんなわけない。嫌いなんかじゃないよ」
眉根を下げてそう言ってくる寂しそうな貴方へ、あたふたしながら否定の言葉を述べる。
嫌いなんて言えないし、言えるわけがない。だってこんなにも好きなのに。愛してるのに。でも好きとも言うことができない。
「だったら、目が合わないのはどうしてだ」
……そう来るよね。
「目が合わない?まさかそんな。私はちゃんと、杏寿郎兄さんのことを見てます」
杏寿郎さんがこちらを向いていない時は安心してその姿を眺めている。彼がこちらを向いた瞬間に、顔を下に向けたり目を逸らしたりしているだけで。
まるでだるまさんが転んだ、だ。
「いいや目が合わない!
学友もそうなんだ……。眼力が強めだからか、怖がってあまり目を合わせてくれない。逆に視線を外していれば今度はどこを見ているか分からず怖いと。
朝緋も、そうなのだろう……?」
「怖くない。
太陽や向日葵のような温かさを感じる杏寿郎兄さんのおめめ。どこに怖がる要素がありましょう」
ずっとずっと、大好きでたまらなかったその瞳。だけど直接は見れなくて。
これはだるまさんが転んだじゃないね。どちらかと言えばメデューサのあれだ。目を合わせては石になる。
でもこの場合、石になって動けなくなるのではなく、恋愛感情で雁字搦め……動けなくなるだけ。
「ぎゃっ!?」
痺れを切らした杏寿郎さんが私の顔をつかみ、無理やり目を合わそうとしてきた。
強制的に首が横を向かされ痛い。けれど私の目は一瞬にして閉じてそれを防いでみせた。
「じゃあ何故俺の方を向いてくれない!朝緋が俺の妹になって一ヶ月!!
父上達には普通に接しているのに、俺にだけその対応!全くこちらを見てくれない!!
楽しくない!嬉しくない!寂しい!仲間外れは嫌だ!!」
「杏寿郎兄さん……時が来たら視線なんていくらでも合わせるよ。今はお互い目を合わせたら駄目な遊戯だと思っててほしい」
「遊戯だと……?」
「代わりにこうして手を握らせて。何も、目なんて合わせなくても、私が貴方を嫌ってないって、この手からわかると思うの」
悲しみを通り越してむくれる杏寿郎さんの手をそっと握る。
これで許してもらおう。目は合わせなくとも、本当は貴方のことを誰よりも愛してる。一緒にいたい。一緒にいることが好き。貴方のことが本当に大大大好きなんだと、手から伝える。
伝わるかな、伝わるといいな。
この後、手繋ぎの癖は成長しても全く消えなくなった。『前』もそうだったけど、あれの比ではない。
風邪がすっかり治った後。
ハキハキと快活な声で言って笑いかけてくるのは愛しい人だった。
貴方にまた会えて嬉しいです杏寿郎さん……。
自分も自己紹介をしながら笑いかける。
けれど口の中、歯をぎゅっと噛み締めてだ。でないとまた、泣いてしまうから。
強く噛みすぎて、乳歯ばかりの歯は弱くて欠けてしまいそう。実際、歯を食いしばりすぎたのか、欠けてきてる。
気にはしない。違和感はあるけどこんなの痛いうちにも入らない。杏寿郎さんや槇寿朗さんが味わった痛みに比べたらこんなの……。
すう、はあ、すうはあ。
心を落ち着かせるためにも、全集中の呼吸をしないとね。
動揺した時も、怒りが湧いてどうしようもない時も、激しい感情が思考を支配した時も、瞬時に冷静になることができる全集中の呼吸。
これが柱への第一歩、ただし柱になる気はない。
槇寿朗さんが私の呼吸に気がついた。
「朝緋は全集中の呼吸、その基礎が既に身についているのだな」
「そうなのか!?朝緋はすごいな!俺も見習わねば……」
「ありがとうございます。でも、別にすごくないのですよ」
見習うほどのものじゃない。私には持ち越せた経験分のアドバンテージが多少あるだけ。いざ修業が本格化すれば、私はたちまち杏寿郎さんに追い抜かされる。
「確か朝緋の生家では奉納舞いに炎の呼吸を使っていたのだったな。父君や母君に教えられたのか?」
「いえ……独学です。鬼殺隊に入るべく、鍛錬しておりました」
「ふむ……朝緋は鬼殺隊士になりたいのだな」
私は私の目指すもの求めるものを、槇寿朗さんに話して聞かせた。これまで何度も何度も奪われ続けてきた、私にとって世界で一番大切な人の。炎の未来を望んでいることは伏せて。
もっとだ。もっともっと強く。もっともっともっと……強くならねば。
誰よりも強く、高みを目指せ。
考えはその目に嫌というほど現れていたらしい。『いつも』と違い、槇寿朗さんから鬼殺隊に入ることを許可された。『今回』は渋られることは少なかった。
「女子だからな。入らず済むのであればと願わずにはいられない。だが、朝緋のその目……鬼殺隊士に向いている。鬼を狩ろうとするものの目だ。
よし。鍛錬をつけてやろう。俺の修行は厳しいがな」
逆に期待されたくらいで。
厳しい修行?望むところだ。
全てを完璧にこなしてみせよう。
家事や学業はもちろん、鍛錬も呼吸も剣技も。誰にも負けない。
杏寿郎さんにすら負けない気持ちで。
今回は私がもっと強くなって貴方を守る。
貴方を鬼にしないし死なせない。私も死なない。
恋ももう捨てる。恋愛感情なんて、この身に宿してなるものか。
だって、嫌がっていた貴方を鬼にしてしまったのは結局、私が弱かったから。何度も杏寿郎さんと恋愛なんてして……腑抜けていたからなんだもの。
そもそもが、私なんかが貴方の隣にいること自体が烏滸がましく、厚かましかった。もっと早く気がつくべきだったのだ。
だからこそ杏寿郎さんに恋なんてしない。
恋なんて……しな、ああああやっぱり恋はする!!
ただ、本人には言わないだけで。
その鍵となる、貴方と目を合わせる行為はしない。
目はもう見ない。本心では見たくとも、でも絶対に見ない。
けれどあからさますぎた。
目を見ないようにするがあまり、杏寿郎さんを悲しませる結果を招いてしまった。
「朝緋は俺のことが嫌いなのか?」
「そんなわけない。嫌いなんかじゃないよ」
眉根を下げてそう言ってくる寂しそうな貴方へ、あたふたしながら否定の言葉を述べる。
嫌いなんて言えないし、言えるわけがない。だってこんなにも好きなのに。愛してるのに。でも好きとも言うことができない。
「だったら、目が合わないのはどうしてだ」
……そう来るよね。
「目が合わない?まさかそんな。私はちゃんと、杏寿郎兄さんのことを見てます」
杏寿郎さんがこちらを向いていない時は安心してその姿を眺めている。彼がこちらを向いた瞬間に、顔を下に向けたり目を逸らしたりしているだけで。
まるでだるまさんが転んだ、だ。
「いいや目が合わない!
学友もそうなんだ……。眼力が強めだからか、怖がってあまり目を合わせてくれない。逆に視線を外していれば今度はどこを見ているか分からず怖いと。
朝緋も、そうなのだろう……?」
「怖くない。
太陽や向日葵のような温かさを感じる杏寿郎兄さんのおめめ。どこに怖がる要素がありましょう」
ずっとずっと、大好きでたまらなかったその瞳。だけど直接は見れなくて。
これはだるまさんが転んだじゃないね。どちらかと言えばメデューサのあれだ。目を合わせては石になる。
でもこの場合、石になって動けなくなるのではなく、恋愛感情で雁字搦め……動けなくなるだけ。
「ぎゃっ!?」
痺れを切らした杏寿郎さんが私の顔をつかみ、無理やり目を合わそうとしてきた。
強制的に首が横を向かされ痛い。けれど私の目は一瞬にして閉じてそれを防いでみせた。
「じゃあ何故俺の方を向いてくれない!朝緋が俺の妹になって一ヶ月!!
父上達には普通に接しているのに、俺にだけその対応!全くこちらを見てくれない!!
楽しくない!嬉しくない!寂しい!仲間外れは嫌だ!!」
「杏寿郎兄さん……時が来たら視線なんていくらでも合わせるよ。今はお互い目を合わせたら駄目な遊戯だと思っててほしい」
「遊戯だと……?」
「代わりにこうして手を握らせて。何も、目なんて合わせなくても、私が貴方を嫌ってないって、この手からわかると思うの」
悲しみを通り越してむくれる杏寿郎さんの手をそっと握る。
これで許してもらおう。目は合わせなくとも、本当は貴方のことを誰よりも愛してる。一緒にいたい。一緒にいることが好き。貴方のことが本当に大大大好きなんだと、手から伝える。
伝わるかな、伝わるといいな。
この後、手繋ぎの癖は成長しても全く消えなくなった。『前』もそうだったけど、あれの比ではない。