五周目 壱
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夜の闇の中、ぼうと浮かび上がり、頭上に揺れ動く藤の花。その色のおかげか、光もないのに照らされているかのように明るく視界を照らしてくる。
風が吹くたびに満開のそれらが、甘やかな香りを運んでくる。鬼の嫌うその匂い。
鬼と化したあの人も、自分に近づかないようにと注意してきた際、必死に求めていた匂い。
また、また戻ってきた。
この地に。幼少の頃に。
確かに誰も死ななかった。そう、無限列車の任務では。
でも、鬼にしてしまった。その結果、もっともっと最悪な結末を迎えてしまった。
こうしてまた戻れたからいいだろうって?そんなわけない。
戻れたからなんだというのだ。あの記憶は消えてくれないのに。
私が弱かったのが悪い。全ては私のせい。あの結果を招いたのは私。
もしも、また同じような結果になってしまったらどうしよう。
無限列車の任務が必要なものだなんて。起こさなくてはならないものだなんて。不安しか湧かない。こわい。こわいよ……。
また杏寿郎さんが傷つく。その結果また鬼になってしまったら?また私が鬼にしてしまったら?
最悪の結果に辿りつかないために明槻と話をしたのに、心も持ち直したのに。
駄目だ、無理だ。辛くて悲しくて、心が折れそう。ううん、もう折れてるよ。
せっかくのアドバイスが無駄になってしまいそう。
折れた心はどんなに強力な接着剤だとしてもくっつかない。直す方法も思いつかない。
……寒いなあ、とても寒い。
単純な夜の寒さや幼い体のせいもある。杏寿郎さんや槇寿朗さんのものでない、けれど着物に染みた肉親の血が冷えたせいもある。
折れて炎も燻る心は、肉体にも影響を及ぼしていて。そのせいで手足の先から体が急速に冷えていく。
自分の身を抱きしめるように、くるりと丸くなっても全然温まらない。
でも、あの時亡くなった杏寿郎さんや槇寿朗さんはこれと比べ物にならないくらい、もっともっと寒かったはず。
私も『前』に猗窩座の攻撃で死んでしまった時、すごく寒かった。痛みなんか目じゃない。ひどく寒くて、凍えてしまいそうだった。
死とはそういうもの。寒くて暗くて寂しくて真っ暗闇に落とされる感覚。ううん、闇なんてものじゃない。そこには完全なる無が待ち受ける。
幽霊……というか思念体?になったあと私には瑠火さんがいたけど、普通はそんなことあり得ないだろうし。
私は幼少期の体の限界で直に意識を失うだろう。
ここにいたらいつものように槇寿朗さんが来る。今ここから動かずいれば、次に目が覚めた場所は確実に煉獄家の布団の中。槇寿朗さんなら、幼な子の私を連れて帰るだろう。
いつもと同じ展開。
このまま煉獄家でお世話になってしまって、本当にいいのだろうか?
ふとよぎる考え。
目を閉じれば思い出す槇寿朗さんの死する姿。千寿郎の悲しむ顔。そして杏寿郎さんが消えた瞬間の……。
あんなことを仕出かしてしまって、家族になる資格が私にあるのか。いいや、ないと思っている。
それに無限列車の任務は正直怖い。
あんな任務には行きたくない。行かないで済むならそうしたいくらい。逃げ出してしまいたい。もう嫌だ。
それでもその生は諦められない。心も体も杏寿郎さんの未来を求める。
私がやるしかない。他の人には頼めない。明槻も駄目。何度もやり直しているのは私。私だけが今後の展開を良くも悪くも変えられる。
今度こそ杏寿郎さんを救いたい。
あの鬼を仕留める。そのために頑張ってきたのではないか。
そのためにはどんなものも利用する。
一番の近道である場所は、鬼殺隊に所属し、鬼の情報が入りやすく、炎の呼吸を学べる煉獄家。
こんな私でごめんなさい。槇寿朗さんや瑠火さんの優しさに甘えさせてください。
きっと、今度こそ彼の未来を守るから。
どこかが折れたままのこの心だけど、その奥底の隅っこは、目指す希望に向かって燃えていた。
まずは全集中の呼吸だ。基本の呼吸を身につけねば何も始まらない。
炎の、水の、それから雷の呼吸。その前身だけでも近いうちに身につけてみせる。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……ん、肺は痛くなるけど、『前』よりはかなり良い感じ」
つらくともこのくらいの内から体を虐めていく作戦。筋肉も鍛錬も裏切らない。
そこまで考えがまとまり何度か繰り返したところで、私の体は全集中の呼吸の限界を迎え、意識がブラックアウトした。
この時期にあまり体力がないことばかりは、もうどうしようもないね。
私が起きたのはその次の日の夜のこと。
『今まで』よりも早く起き上がることができた。
「起こしてしまったようだな」
夜の薄明かりと有明行燈の中、顔を覗き込んできたのは槇寿朗さんだ。
時間が時間だからか、瑠火さんの姿も、その腕に抱かれているであろう乳飲子の千寿郎の姿も。会いたくて。でも、会いたくない杏寿郎さんの姿もない。
槇寿朗さんにすら会いたくなかったという気持ちがあった。でも会いたい気持ちももちろん大きくって……。
起きた私が最初にしたことは、目の前の槇寿朗さんに飛びつき、抱きついて泣くことだった。
「うわぁぁぁん!!」
槇寿朗さんが生きてる……!私のせいで亡くなった槇寿朗さんが!!
申し訳ない気持ちと会えた喜び、これまでにあった様々な想いが溢れて感情がぐちゃぐちゃ。
幼少期の体に、気持ちが引っ張られてしまう。
毎回のことだけどこれもまた、どうしようもないことだった。
どんなに心を鍛えたところで、幼い体が持つ思いに心がついていかない。
「そんなに泣くと干からびてしまうぞ」
女の子相手だからか少しだけおっかなびっくりだったけれど、着物を私の涙が濡らすのも厭わず抱きしめ、頭をポンポンしてくる。
「水分を摂りなさい」
「ごめん、なさい……っ、ありがとうございます……」
喉がカラカラだったから、渡された水を一息で飲んでしまった。
「体の具合はどうだ」
「頭が痛くて体が熱くて、でも寒気も感じます……」
「熱が出ているからな。寒空の下にいたから風邪をひいているのだろう。朝はまだ遠い。俺は退出するから布団をしっかり被り、ゆっくり休んでいなさい。話はまた後で聞こう」
そう言って休ませようとしてくれる槇寿朗さんの着物の端を掴み、引き留める。
「あの、これから用事がなければ、ここにいてくださいませんか?」
「用事はないが……わかった、ここにいよう」
任務は入っていないみたい。
体のためにも眠って欲しいと視線は語るけど、私が眠らないのがわかったようで、ため息一つ。聞いてくる。
「名はなんという」
「朝緋です。煉獄、朝緋」
何度名乗ったろう。何度同じことを繰り返してきたろう。
「朝緋か。俺は煉獄槇寿朗だ。煉獄家の当主、といえばわかるだろうか?……幼な子に言ってもわからんよな」
「いえ、わかります。鬼殺隊の炎柱の、ですよね」
「鬼殺隊のことも鬼のことも知っている、ということだな。話が早くて助かる。
朝緋の御両親だが、彼らは鬼によって亡くなっていた。そして君の家は我が煉獄家の遠縁にあたり、その生業、呼吸法……無関係な家柄ではない。俺は君を家族として、俺の娘として迎え入れたいと考えている。どうだろうか」
どうだろうか、なんておずおずと様子を見ながら聞いてくる優しい槇寿朗さん。なんて嬉しい言葉だろう。
布団の上だったけれど、頭をぺたりと下につけ、私からもぜひにと頼んだ。
「家族として迎え入れるなど、勿体なきお言葉。ですが、ぜひお願いしたく思います」
「他人行儀な言葉など使わなくていい。家族なのだから」
頭に置かれる手のなんて温かいことだろう。
私のあの所業が許されるとは思ってないよ。でも、この温かさを求めることはどうか許して欲しい。
「槇寿朗さ、……父様……っ」
抱きつけば、抱き返してくれる大きな腕。広い背中。
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ。
朝緋は俺のことを、もう父と呼んでくれるのだなあ。嬉しいよ、ありがとう。これからよろしく頼む」
しばらくそうしていれば、瑠火さんが様子を見に来て挨拶ができた。
瑠火さんからも抱きしめてもらえた。
温かくて落ち着く、いつまでもずっとこうしていたいと思わせるような、抱擁だった。
ただ時間が時間であること、そして私が風邪をひいているからと千寿郎、そして杏寿郎さんにはまだ会えず。幼児の風邪は甘くみると怖いもんね。すぐ人に移る……。
でも、会えなくてよかったとも思う。
だって、今のこの状態で彼に会えば感極まって槇寿朗さんの時以上に泣いてしまう。
余計なことを口走っていただろうことも想像に難くない。
心の準備をする時間が設けられてよかった。
風が吹くたびに満開のそれらが、甘やかな香りを運んでくる。鬼の嫌うその匂い。
鬼と化したあの人も、自分に近づかないようにと注意してきた際、必死に求めていた匂い。
また、また戻ってきた。
この地に。幼少の頃に。
確かに誰も死ななかった。そう、無限列車の任務では。
でも、鬼にしてしまった。その結果、もっともっと最悪な結末を迎えてしまった。
こうしてまた戻れたからいいだろうって?そんなわけない。
戻れたからなんだというのだ。あの記憶は消えてくれないのに。
私が弱かったのが悪い。全ては私のせい。あの結果を招いたのは私。
もしも、また同じような結果になってしまったらどうしよう。
無限列車の任務が必要なものだなんて。起こさなくてはならないものだなんて。不安しか湧かない。こわい。こわいよ……。
また杏寿郎さんが傷つく。その結果また鬼になってしまったら?また私が鬼にしてしまったら?
最悪の結果に辿りつかないために明槻と話をしたのに、心も持ち直したのに。
駄目だ、無理だ。辛くて悲しくて、心が折れそう。ううん、もう折れてるよ。
せっかくのアドバイスが無駄になってしまいそう。
折れた心はどんなに強力な接着剤だとしてもくっつかない。直す方法も思いつかない。
……寒いなあ、とても寒い。
単純な夜の寒さや幼い体のせいもある。杏寿郎さんや槇寿朗さんのものでない、けれど着物に染みた肉親の血が冷えたせいもある。
折れて炎も燻る心は、肉体にも影響を及ぼしていて。そのせいで手足の先から体が急速に冷えていく。
自分の身を抱きしめるように、くるりと丸くなっても全然温まらない。
でも、あの時亡くなった杏寿郎さんや槇寿朗さんはこれと比べ物にならないくらい、もっともっと寒かったはず。
私も『前』に猗窩座の攻撃で死んでしまった時、すごく寒かった。痛みなんか目じゃない。ひどく寒くて、凍えてしまいそうだった。
死とはそういうもの。寒くて暗くて寂しくて真っ暗闇に落とされる感覚。ううん、闇なんてものじゃない。そこには完全なる無が待ち受ける。
幽霊……というか思念体?になったあと私には瑠火さんがいたけど、普通はそんなことあり得ないだろうし。
私は幼少期の体の限界で直に意識を失うだろう。
ここにいたらいつものように槇寿朗さんが来る。今ここから動かずいれば、次に目が覚めた場所は確実に煉獄家の布団の中。槇寿朗さんなら、幼な子の私を連れて帰るだろう。
いつもと同じ展開。
このまま煉獄家でお世話になってしまって、本当にいいのだろうか?
ふとよぎる考え。
目を閉じれば思い出す槇寿朗さんの死する姿。千寿郎の悲しむ顔。そして杏寿郎さんが消えた瞬間の……。
あんなことを仕出かしてしまって、家族になる資格が私にあるのか。いいや、ないと思っている。
それに無限列車の任務は正直怖い。
あんな任務には行きたくない。行かないで済むならそうしたいくらい。逃げ出してしまいたい。もう嫌だ。
それでもその生は諦められない。心も体も杏寿郎さんの未来を求める。
私がやるしかない。他の人には頼めない。明槻も駄目。何度もやり直しているのは私。私だけが今後の展開を良くも悪くも変えられる。
今度こそ杏寿郎さんを救いたい。
あの鬼を仕留める。そのために頑張ってきたのではないか。
そのためにはどんなものも利用する。
一番の近道である場所は、鬼殺隊に所属し、鬼の情報が入りやすく、炎の呼吸を学べる煉獄家。
こんな私でごめんなさい。槇寿朗さんや瑠火さんの優しさに甘えさせてください。
きっと、今度こそ彼の未来を守るから。
どこかが折れたままのこの心だけど、その奥底の隅っこは、目指す希望に向かって燃えていた。
まずは全集中の呼吸だ。基本の呼吸を身につけねば何も始まらない。
炎の、水の、それから雷の呼吸。その前身だけでも近いうちに身につけてみせる。
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ……ん、肺は痛くなるけど、『前』よりはかなり良い感じ」
つらくともこのくらいの内から体を虐めていく作戦。筋肉も鍛錬も裏切らない。
そこまで考えがまとまり何度か繰り返したところで、私の体は全集中の呼吸の限界を迎え、意識がブラックアウトした。
この時期にあまり体力がないことばかりは、もうどうしようもないね。
私が起きたのはその次の日の夜のこと。
『今まで』よりも早く起き上がることができた。
「起こしてしまったようだな」
夜の薄明かりと有明行燈の中、顔を覗き込んできたのは槇寿朗さんだ。
時間が時間だからか、瑠火さんの姿も、その腕に抱かれているであろう乳飲子の千寿郎の姿も。会いたくて。でも、会いたくない杏寿郎さんの姿もない。
槇寿朗さんにすら会いたくなかったという気持ちがあった。でも会いたい気持ちももちろん大きくって……。
起きた私が最初にしたことは、目の前の槇寿朗さんに飛びつき、抱きついて泣くことだった。
「うわぁぁぁん!!」
槇寿朗さんが生きてる……!私のせいで亡くなった槇寿朗さんが!!
申し訳ない気持ちと会えた喜び、これまでにあった様々な想いが溢れて感情がぐちゃぐちゃ。
幼少期の体に、気持ちが引っ張られてしまう。
毎回のことだけどこれもまた、どうしようもないことだった。
どんなに心を鍛えたところで、幼い体が持つ思いに心がついていかない。
「そんなに泣くと干からびてしまうぞ」
女の子相手だからか少しだけおっかなびっくりだったけれど、着物を私の涙が濡らすのも厭わず抱きしめ、頭をポンポンしてくる。
「水分を摂りなさい」
「ごめん、なさい……っ、ありがとうございます……」
喉がカラカラだったから、渡された水を一息で飲んでしまった。
「体の具合はどうだ」
「頭が痛くて体が熱くて、でも寒気も感じます……」
「熱が出ているからな。寒空の下にいたから風邪をひいているのだろう。朝はまだ遠い。俺は退出するから布団をしっかり被り、ゆっくり休んでいなさい。話はまた後で聞こう」
そう言って休ませようとしてくれる槇寿朗さんの着物の端を掴み、引き留める。
「あの、これから用事がなければ、ここにいてくださいませんか?」
「用事はないが……わかった、ここにいよう」
任務は入っていないみたい。
体のためにも眠って欲しいと視線は語るけど、私が眠らないのがわかったようで、ため息一つ。聞いてくる。
「名はなんという」
「朝緋です。煉獄、朝緋」
何度名乗ったろう。何度同じことを繰り返してきたろう。
「朝緋か。俺は煉獄槇寿朗だ。煉獄家の当主、といえばわかるだろうか?……幼な子に言ってもわからんよな」
「いえ、わかります。鬼殺隊の炎柱の、ですよね」
「鬼殺隊のことも鬼のことも知っている、ということだな。話が早くて助かる。
朝緋の御両親だが、彼らは鬼によって亡くなっていた。そして君の家は我が煉獄家の遠縁にあたり、その生業、呼吸法……無関係な家柄ではない。俺は君を家族として、俺の娘として迎え入れたいと考えている。どうだろうか」
どうだろうか、なんておずおずと様子を見ながら聞いてくる優しい槇寿朗さん。なんて嬉しい言葉だろう。
布団の上だったけれど、頭をぺたりと下につけ、私からもぜひにと頼んだ。
「家族として迎え入れるなど、勿体なきお言葉。ですが、ぜひお願いしたく思います」
「他人行儀な言葉など使わなくていい。家族なのだから」
頭に置かれる手のなんて温かいことだろう。
私のあの所業が許されるとは思ってないよ。でも、この温かさを求めることはどうか許して欲しい。
「槇寿朗さ、……父様……っ」
抱きつけば、抱き返してくれる大きな腕。広い背中。
「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だ。
朝緋は俺のことを、もう父と呼んでくれるのだなあ。嬉しいよ、ありがとう。これからよろしく頼む」
しばらくそうしていれば、瑠火さんが様子を見に来て挨拶ができた。
瑠火さんからも抱きしめてもらえた。
温かくて落ち着く、いつまでもずっとこうしていたいと思わせるような、抱擁だった。
ただ時間が時間であること、そして私が風邪をひいているからと千寿郎、そして杏寿郎さんにはまだ会えず。幼児の風邪は甘くみると怖いもんね。すぐ人に移る……。
でも、会えなくてよかったとも思う。
だって、今のこの状態で彼に会えば感極まって槇寿朗さんの時以上に泣いてしまう。
余計なことを口走っていただろうことも想像に難くない。
心の準備をする時間が設けられてよかった。