二周目 弐
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杏寿郎さんが最終選別に行ってからとうとう七日経った。
この七日間はずっとそわそわしっぱなしで、千寿郎は小学校の学問に、私は家事に身が入らなかった。三日目の煮物なんか味付けに失敗し、とてもしょっぱかった。
ちなみに出発したその日の夜には槇寿朗さんにバレた。……でも怒られなかったなあ。
どうにも落ち着かなくて二人で門前を掃いていれば、遠くから目立つ焔色の髪!
こちらに手を振っている!!すごく、すごく元気そうだった。
「あ、兄上っ!兄上ええっ!!」
駆け出した兄と弟。二人は門前でかたく、かたく抱き合った。
「ははは!ただいま!!熱い抱擁だなっ!」
「おかえりなさいませ。よくぞご無事で帰ってきてくださいました」
「ああ、朝緋もただいま!!」
杏寿郎さんに抱きついたまま、千寿郎がぼろぼろと涙をこぼしている。
最終選別での生存率は低い。生き残るのはほんのひと握りだと、先日そう聞いてしまったから不安でたまらなかったのだ。
私もまた、この七日を不安で過ごした。
「うわああん!兄上、ご無事で何よりです……っ!」
「千寿郎、一応往来だぞ?そう泣くな。俺を家に入れてくれないか?」
「はい……、すみません……っ」
そういって千寿郎の肩を押し家の中へ入るその背中を、私は竹箒を片付けながら追い眺めた。
本当は、千寿郎のように私も抱きつきたかった。その存在を直接確かめたかった。
まあ、無事だからいいや。抱きつくなんて恥ずかしいし。
それにしてもボロボロだし疲労の色は見えるがほとんど怪我がない。さすが杏寿郎さんだ。
「はい、治療完了です。しかしまあ、包帯も使わないで済むとは思いませんでした」
ほとんど怪我はないといったが、細かい擦り傷切り傷はあった。それらを軟膏とガァゼで覆うだけで事足りるほどの軽症。
もっとひどい怪我を負った場合を想定して、包帯どころかまだ世では主流でないギプスもどきまで用意していたのに。使わないのが一番だけど。
「うむ!きっと運が良かったのだろう。特別強い鬼は出てこなかった」
「基本的には『変わり立て』のような鬼が捕らえられているそうですからね……運がいいにこしたことはありませんよ」
「そうだな!」
救急箱自体も久しぶりに使うなあ。槇寿朗さんはほとんど使うような事態にならないし。それだけ彼も強く、そして運がいいということ。今回の杏寿郎さんと同じね。
鬼殺隊的には上弦の鬼とまみえてないという意味で、運が悪いと取られがちだろうけど家族からすればまみえてほしくないから運がいい。そう思わせて欲しい。
「それより腹が空いた!選別中も鬼より空腹で死ぬかと思った!!」
「たくさん持っていってもらったけど、やっぱり足りなくなったんですね」
「人にも分けてしまってな」
結局出立時に大量に持たせたおむすびの山。典型的な盗人のスタイルに近いほど、風呂敷に包まれたそれは選別の場では場違いなほどだったろう。だが、杏寿郎さんが七日も山で過ごすには当たり前の量で。
それを他の参加者に?自分が一番腹っぺらしなのに、優しい杏寿郎さんらしいや。
「今は焼いたおむすびくらいしか作れないですが、持ってきますね。そのかわり今夜はご馳走にします」
「焼きむすび!ご馳走!楽しみだ!!」
ぐうう、と腹の虫で返事する杏寿郎さん。口元にはよだれも見える。
「とりあえず治療も済んだことだし父上に報告をしてくる!!」
「はい。その間にお味噌たっぷりで焼いてきます」
よほど空腹なのか、壱ノ型もびっくりの速度で駆けていく。おお、速い速い。
ちなみに味噌焼きのおむすびは、私の好物でもある。一個くらい味見がてらつまみ食いしてしまおうかな。じゅるり。
お櫃に残しておいたお冷ご飯を手に取り、杏寿郎さん用の大きなおむすびを三つ。つまみ食い……おっとぉ、味見用にほんの一口サイズを二三つ握る。
網の上で焼き付けつつ、表面にやげん掘の七色とみりんを混ぜ込んだ甘辛いお味噌を塗りつける。焼いたらひっくり返してまた塗って。
カリカリじゅわっと香ばしく焼き上げるこの一品。お腹すいてない時に嗅いでも、空腹を覚えてしまう不思議な匂いだ。んー!美味しいんだよねぇ〜。
三つなんてぺろくり食べて終わっちゃうかも。
「素振り千回、終わりました!……兄上の焼きむすびですか?」
「お疲れ様、千寿郎。
ええそうなの。ちょうどよかったわ、姉と一緒につまみ食……味見しましょ」
「今つまみ食いって言いかけましたね。
それは兄上の分でしょう?さきほど空腹の兄上が駆けていくのが見えました。兄上の分が減るので僕はいいです」
「杏寿郎兄さんの分は減らないわよ。ほら落ちちゃうわ。はいあーん」
小さいからすぐに焼き終わった一口サイズのそれを、軽く冷ましてから千寿郎の口の中に放り込む。
もごもごと口に含んでしばらく。千寿郎がにっこりと笑った。
「えへへ、美味しいです」
つられて笑顔になるのが止まらない。……おっと、焦げちゃうから私の分のつまみ食いも早く食べちゃおう。その時、厨から見えるお勝手口向こうに、烏が降りているのに気がついた。
「仲睦マジイナ」
「は……?えっ烏?もしかして任務?」
「でも父上の鎹烏ではありません。見たことない烏ですね」
おしゃべりしてるから鎹烏なのは確定だけど、そういえば違う子だ。……んん?このキリッとした眼差し、嘴の立派さ。杏寿郎さんの烏、要だ。
「お腹すいてる?食べる?」
もともと自分のつまみ食い分だ。厨のところに来たということは腹が減っている可能性が高い。
槇寿朗さんの烏は他の人に慣れる事は少なかったけれど、要はそうじゃない。比較的フレンドリーな子だ。
私はふぅふぅと少し冷ましてから、嘴の中に入れてやった。
「美味イ、感謝スル」
「よかった」
烏の名前は、やはり要だった。おむすびをひっくり返しながら会話していれば、杏寿郎さんがやってきた。
「いい匂いだな!!たまらず来てしまった!!」
「慌てん坊ですね。ずいぶん早いですが報告は終わったんですか?」
「……むむむ。すぐに終わったと言うべきか、終わらされたと言うべきか」
難しい顔をしながら、槇寿朗さんに言われた内容を話してくれた。
『俺はお前が鬼殺隊に入るなど認めん。勝手な行動をするような息子を持った覚えはない。出ていけ』
欠片も喜んでくれなかったそうだ。
悲しいけれどそうなるのはある程度見えていた、と千寿郎と顔を見合わせてため息二つ落ち込み三つ。
物が飛んできたり、殴りかかられたりしなかっただけよかったと言いながら、私達は杏寿郎さんに焼き立ての味噌焼きおむすびを渡した。
美味しい物を食べれば、少しは元気が出る。
「カァー!杏寿郎様ハ頑張ッタノニ!!頑張ッタノニ!!ヒドイ父親ダ!!」
うまいうまい言いながら頬張る背中に、要が声をあげた。私の頭の上に降り立ってだ。
うん、やっぱりひどいよね!いいぞもっといってやれ要君!!私の心の代弁なら、そこに乗ることを許そう。
「来ていたのか要!さっそく任務か!」
「隊服ガ届イテモ居ナイノニ、任務ハ有リ得ナーイ!」
「いたっ!なんで突くの!」
「要さん、姉上が怪我します!やめてください!」
言い切ったあと、要が私の頭をツンツンというかドスドスと突いた。
乗るのはいいけど突くのやめーい!
「童ハ杏寿郎様ノ弟!ヨク似テル!コノ者ハ似テナーイ!誰?ダァレ?」
「妹の朝緋だ!突くのはやめてくれると助かるな!」
「一部ダケ焔色!変ナ髪イロ!カァー!!」
「まあ失礼な子!失礼な子はこうしてやる〜!」
とっ捕まえた要を抱きしめ、顎周りや嘴の端をカキカキこしょこしょとかいてやる。
「何ヲスルゥゥ!……ウアア……気持チイイ……ソコソコ、ソコナンデスヨー」
「ふふふん、素直で大変よろしい。これから杏寿郎兄さんを頼むね、要」
「ハァーイ」
「む。朝緋は撫で方上手いようだな!要が羨ましい!」
そりゃあそうでしょうね。『前』の時から、要君がかいて喜ぶところを知っているもの。
絶妙の指使いに陥落した要は、烏とは思えないくらいの液体になっていた。
この七日間はずっとそわそわしっぱなしで、千寿郎は小学校の学問に、私は家事に身が入らなかった。三日目の煮物なんか味付けに失敗し、とてもしょっぱかった。
ちなみに出発したその日の夜には槇寿朗さんにバレた。……でも怒られなかったなあ。
どうにも落ち着かなくて二人で門前を掃いていれば、遠くから目立つ焔色の髪!
こちらに手を振っている!!すごく、すごく元気そうだった。
「あ、兄上っ!兄上ええっ!!」
駆け出した兄と弟。二人は門前でかたく、かたく抱き合った。
「ははは!ただいま!!熱い抱擁だなっ!」
「おかえりなさいませ。よくぞご無事で帰ってきてくださいました」
「ああ、朝緋もただいま!!」
杏寿郎さんに抱きついたまま、千寿郎がぼろぼろと涙をこぼしている。
最終選別での生存率は低い。生き残るのはほんのひと握りだと、先日そう聞いてしまったから不安でたまらなかったのだ。
私もまた、この七日を不安で過ごした。
「うわああん!兄上、ご無事で何よりです……っ!」
「千寿郎、一応往来だぞ?そう泣くな。俺を家に入れてくれないか?」
「はい……、すみません……っ」
そういって千寿郎の肩を押し家の中へ入るその背中を、私は竹箒を片付けながら追い眺めた。
本当は、千寿郎のように私も抱きつきたかった。その存在を直接確かめたかった。
まあ、無事だからいいや。抱きつくなんて恥ずかしいし。
それにしてもボロボロだし疲労の色は見えるがほとんど怪我がない。さすが杏寿郎さんだ。
「はい、治療完了です。しかしまあ、包帯も使わないで済むとは思いませんでした」
ほとんど怪我はないといったが、細かい擦り傷切り傷はあった。それらを軟膏とガァゼで覆うだけで事足りるほどの軽症。
もっとひどい怪我を負った場合を想定して、包帯どころかまだ世では主流でないギプスもどきまで用意していたのに。使わないのが一番だけど。
「うむ!きっと運が良かったのだろう。特別強い鬼は出てこなかった」
「基本的には『変わり立て』のような鬼が捕らえられているそうですからね……運がいいにこしたことはありませんよ」
「そうだな!」
救急箱自体も久しぶりに使うなあ。槇寿朗さんはほとんど使うような事態にならないし。それだけ彼も強く、そして運がいいということ。今回の杏寿郎さんと同じね。
鬼殺隊的には上弦の鬼とまみえてないという意味で、運が悪いと取られがちだろうけど家族からすればまみえてほしくないから運がいい。そう思わせて欲しい。
「それより腹が空いた!選別中も鬼より空腹で死ぬかと思った!!」
「たくさん持っていってもらったけど、やっぱり足りなくなったんですね」
「人にも分けてしまってな」
結局出立時に大量に持たせたおむすびの山。典型的な盗人のスタイルに近いほど、風呂敷に包まれたそれは選別の場では場違いなほどだったろう。だが、杏寿郎さんが七日も山で過ごすには当たり前の量で。
それを他の参加者に?自分が一番腹っぺらしなのに、優しい杏寿郎さんらしいや。
「今は焼いたおむすびくらいしか作れないですが、持ってきますね。そのかわり今夜はご馳走にします」
「焼きむすび!ご馳走!楽しみだ!!」
ぐうう、と腹の虫で返事する杏寿郎さん。口元にはよだれも見える。
「とりあえず治療も済んだことだし父上に報告をしてくる!!」
「はい。その間にお味噌たっぷりで焼いてきます」
よほど空腹なのか、壱ノ型もびっくりの速度で駆けていく。おお、速い速い。
ちなみに味噌焼きのおむすびは、私の好物でもある。一個くらい味見がてらつまみ食いしてしまおうかな。じゅるり。
お櫃に残しておいたお冷ご飯を手に取り、杏寿郎さん用の大きなおむすびを三つ。つまみ食い……おっとぉ、味見用にほんの一口サイズを二三つ握る。
網の上で焼き付けつつ、表面にやげん掘の七色とみりんを混ぜ込んだ甘辛いお味噌を塗りつける。焼いたらひっくり返してまた塗って。
カリカリじゅわっと香ばしく焼き上げるこの一品。お腹すいてない時に嗅いでも、空腹を覚えてしまう不思議な匂いだ。んー!美味しいんだよねぇ〜。
三つなんてぺろくり食べて終わっちゃうかも。
「素振り千回、終わりました!……兄上の焼きむすびですか?」
「お疲れ様、千寿郎。
ええそうなの。ちょうどよかったわ、姉と一緒につまみ食……味見しましょ」
「今つまみ食いって言いかけましたね。
それは兄上の分でしょう?さきほど空腹の兄上が駆けていくのが見えました。兄上の分が減るので僕はいいです」
「杏寿郎兄さんの分は減らないわよ。ほら落ちちゃうわ。はいあーん」
小さいからすぐに焼き終わった一口サイズのそれを、軽く冷ましてから千寿郎の口の中に放り込む。
もごもごと口に含んでしばらく。千寿郎がにっこりと笑った。
「えへへ、美味しいです」
つられて笑顔になるのが止まらない。……おっと、焦げちゃうから私の分のつまみ食いも早く食べちゃおう。その時、厨から見えるお勝手口向こうに、烏が降りているのに気がついた。
「仲睦マジイナ」
「は……?えっ烏?もしかして任務?」
「でも父上の鎹烏ではありません。見たことない烏ですね」
おしゃべりしてるから鎹烏なのは確定だけど、そういえば違う子だ。……んん?このキリッとした眼差し、嘴の立派さ。杏寿郎さんの烏、要だ。
「お腹すいてる?食べる?」
もともと自分のつまみ食い分だ。厨のところに来たということは腹が減っている可能性が高い。
槇寿朗さんの烏は他の人に慣れる事は少なかったけれど、要はそうじゃない。比較的フレンドリーな子だ。
私はふぅふぅと少し冷ましてから、嘴の中に入れてやった。
「美味イ、感謝スル」
「よかった」
烏の名前は、やはり要だった。おむすびをひっくり返しながら会話していれば、杏寿郎さんがやってきた。
「いい匂いだな!!たまらず来てしまった!!」
「慌てん坊ですね。ずいぶん早いですが報告は終わったんですか?」
「……むむむ。すぐに終わったと言うべきか、終わらされたと言うべきか」
難しい顔をしながら、槇寿朗さんに言われた内容を話してくれた。
『俺はお前が鬼殺隊に入るなど認めん。勝手な行動をするような息子を持った覚えはない。出ていけ』
欠片も喜んでくれなかったそうだ。
悲しいけれどそうなるのはある程度見えていた、と千寿郎と顔を見合わせてため息二つ落ち込み三つ。
物が飛んできたり、殴りかかられたりしなかっただけよかったと言いながら、私達は杏寿郎さんに焼き立ての味噌焼きおむすびを渡した。
美味しい物を食べれば、少しは元気が出る。
「カァー!杏寿郎様ハ頑張ッタノニ!!頑張ッタノニ!!ヒドイ父親ダ!!」
うまいうまい言いながら頬張る背中に、要が声をあげた。私の頭の上に降り立ってだ。
うん、やっぱりひどいよね!いいぞもっといってやれ要君!!私の心の代弁なら、そこに乗ることを許そう。
「来ていたのか要!さっそく任務か!」
「隊服ガ届イテモ居ナイノニ、任務ハ有リ得ナーイ!」
「いたっ!なんで突くの!」
「要さん、姉上が怪我します!やめてください!」
言い切ったあと、要が私の頭をツンツンというかドスドスと突いた。
乗るのはいいけど突くのやめーい!
「童ハ杏寿郎様ノ弟!ヨク似テル!コノ者ハ似テナーイ!誰?ダァレ?」
「妹の朝緋だ!突くのはやめてくれると助かるな!」
「一部ダケ焔色!変ナ髪イロ!カァー!!」
「まあ失礼な子!失礼な子はこうしてやる〜!」
とっ捕まえた要を抱きしめ、顎周りや嘴の端をカキカキこしょこしょとかいてやる。
「何ヲスルゥゥ!……ウアア……気持チイイ……ソコソコ、ソコナンデスヨー」
「ふふふん、素直で大変よろしい。これから杏寿郎兄さんを頼むね、要」
「ハァーイ」
「む。朝緋は撫で方上手いようだな!要が羨ましい!」
そりゃあそうでしょうね。『前』の時から、要君がかいて喜ぶところを知っているもの。
絶妙の指使いに陥落した要は、烏とは思えないくらいの液体になっていた。