四周目 捌
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元炎柱・煉獄槇寿朗の死、現炎柱・煉獄杏寿郎の死。さすがの御館様でも隠してはおけなくて、その事実は柱達に。鬼殺隊士達に嘘偽りなく伝えられた。
鬼殺隊全体を揺るがすほどの衝撃だった。
継子が柱を鬼にした。
柱が鬼になり人を喰った。
元柱が鬼化した柱を斬り切腹した。
改めて考えると、なんとひどい話だろう。
柱を鬼にした継子は私なのだ。諸悪の根源。元凶は私だ。
御館様も私のフォローに回り切ることは不可能で。煉獄家にやってきた柱達はそれぞれ、私をなじる人、ただただ悲しむ人、慰める人、色々といた。自業自得だ、と言った柱や殴ってきた柱もいる。
けれど私はその全てに無反応で。
殴られてもなお、反応をこぼさず。不死川さんの拳の痛みなんかは、ほとんど感じなかった気がする。あの人の拳はかなり強いことで有名なのに。
炭治郎達も杏寿郎さん達に会いに、そして私の見舞いに訪れたけれど、今の私はただの引きこもり。布団の中で小さくなって、杏寿郎さんのいない世界を見つめるだけ。
食事も碌に摂らないので、弱っていくだけ。
格好だけは、かつて俯いてお酒に逃げていた槇寿朗さんそっくりで、皮肉めいている。
ただ、さすがは鬼殺隊士というべきか、体の怪我は徐々に治りつつあって。杏寿郎さんが齧り、抉った傷も肉が盛り上がってきて、患部が少しうずくくらいだ。まさに常中さまさまか。
向こうの部屋から声がする。炭治郎達が来ているのだ。
彼らは時折千寿郎のお茶を飲みにくるという体で、私の様子を伺いにくる。心配をかけていることを申し訳なく感じるのに、体は生きることを拒もうとばかりしている。
「朝緋さん……大丈夫なのでしょうか」
「ええ。せめて食事は摂ってくださいと言っているのに、ほとんど口にしないのです。体力は傷を治すのに費やしているはずで。なのに食事を摂らずにいてはいつか倒れてしまいます」
ごめん。ごめんね千寿郎。
千寿郎のご飯が美味しいのはしってるんだけど食べられない、胃が食事を受け付けないの。
「寝てる間に口こじ開けて入れちまえ!起きやがったら押さえつけて無理やり食わしゃ問題ねえだろ!」
聞こえてるよ伊之助……。無理やりは良くないよ、無理やりは。
「ああ。少し強引かもしれないけど、食べさせないと。このままじゃ体が持たないよ……。栄養があるもの、高いもの……鰻なんかどうだ?」
鰻!?弱った体に鰻は重いよ善逸。
「それは善逸が好きなものだろ?」
「あ、バレたか」
「あはは。さすがに弱った体に鰻は重たそうですね。まずはお粥や果物からですよ。
……姉上は病床の母上に、そういった食事を出していたと聞きます」
かなり前に教えたことを覚えてたんだね、千寿郎……。
千寿郎の気持ちを考えると、食べなくちゃと思う。でも体は久しぶりの食事を受け入れたくないと勝手に抵抗する。
その後言っていた通り、伊之助が中心になり、そして炭治郎と善逸が結託して私の口に無理やりに食事を運んできたんだけども、私の体はそれを受け付けず。どこにこんな余力があったのかと思うほどの力で、彼らを外に投げ飛ばしてしまった。
やはりか。怪我が治りつつある体は鬼殺隊士としての力を取り戻しつつある。体力はほとんど底をついているはずなのに、迫る危機を前に勝手に動いた。……なんと矛盾した肉体だ。
それでも怪我で体力が落ち、鍛錬を怠っている私と、日々鍛錬を続けている三人もの隊士。
何度目かのやり取りで、私は力尽き、無理やり食事を口の中に捩じ込まれた。
一度口に入ったものを吐く気はない。食べ物を粗末にするのは私の信条に反する。
大人しく飲み込むと、不思議だった。
それまで摂れなかった食事を、体が受け付けるようになっていった。
千寿郎の食事はいつも美味しい。
煉獄家に鬼が尋ねてきたのはそんな時だ。
夜中。まさかの真正面から、戸を叩いて挨拶してきたその鬼の名は明槻。
私の双子の兄の鬼。禰󠄀豆子ちゃんとは少し違う、人を食べない、特殊な鬼だ。
「あの……姉上に会いたいと言っている鬼の方が先程いらっしゃいました……」
「……鬼…………?その鬼は、明槻という名ではなかった?」
「はい、お名前を聞いたらそのお名前を名乗ってくださいました」
名前まで聞いたのか。
人を食べている鬼特有の嫌な気配が皆無だからか。表情も平々凡々な人そのもので、意思疎通もしっかりと取れるからか、千寿郎が信用してしまったようだ。
……そんな簡単に人、じゃなかった。鬼を信じていいの千寿郎。私は貴方の将来が心配だよ。
まあ相手は明槻だし、深く考えなくてもいい。
私も明槻に会いたい。彼ならば私を戻してくれる。杏寿郎さんにまた会わせてくれる。
私の目に光が宿った。
「まだ表にいるの?会える!?」
千寿郎の肩を揺さぶり聞く。久しぶりの私の積極的な動きに驚きつつ、千寿郎は諌めるようにぐいと体を押してきた。
「い、いえ!すぐに行ってしまわれました!」
「そう……」
「こちらは鬼だから夜に会うのは不安だろうと。昼間にあの山の洞窟にて話す、自分は洞窟の暗がりの中から、僕達は洞窟の外。太陽の下から会話すればいいと」
僕達……つまり千寿郎も来る気満々なわけか。仕方ない。だって、千寿郎は、今の私を一人で行動させるのが不安なのだものね。
これじゃどちらが保護者なのか、わかったものではない。
朝になり昼になり、太陽が高くなってから訪れた洞窟には、千寿郎にも倒せてしまえるほど弱そうな、一人の鬼がいた。
「や、朝緋。久しぶ……、ギャッッッ!?」
挨拶をする暇なんてない。明槻をこの目にした瞬間、私は彼に飛びかかって共に転がった。
目にも留まらぬその速さに、隣の千寿郎が呆気に取られている。
「明槻お願い!時を戻して!お願い……!杏寿郎さんに、槇寿朗さんに、私の大事な人に会わせて……っ!!」
溢れ出始める涙と土で揉みくちゃのどろどろになりながら転がり、そして縋りついて懇願する。けれど明槻はそれどころではなかった。
「うわぁ!太陽の下に転がるぅ!やめろって!ジュッていってる!髪の毛と腕がジュウジュウの焼肉になってる!!
戻してやる、戻してやるから……!俺が死んだら戻せないだろ!おいそこの千寿郎!なんとかしてくれ!!」
「は、はいっ!姉上、落ち着いてください!」
二人が使う『戻す』の言葉の意味もわからないままに、千寿郎が明槻から私を引き剥がす。
それでも暴れる私を後ろから羽交締めにし、明槻を洞窟の中に入るように促した。
明槻のことはもう怖くないようで、もしもの時を考えて私と共に自分も洞窟に入る。
「フゥ……千寿郎、悪いがそのままその暴れじゃじゃ馬を押さえといてくれ。
オーケー朝緋。まずは話だ。頼むからしっかりしてくれよ。お前がしっかりしないと、次に上手く動けないっての、わかってんのか?
あー、わかってないなこいつ。でっかい目開けたまま寝てんじゃねぇぞいい加減起きろこの……ボケナスがぁ!!」
スパパパパーン!!往復平手打ちが繰り出される。
いくら弱そうな鬼でも鬼は鬼。一般人の力よりは強く、それが連続だ。さすがに痛みは発生するもので。状況も少し違うせいか、不死川さんに殴られた時よりも効いた。
「いったあぁぁ!?腫れちゃうでしょうが!!」
「ヘブっ!?」
反撃。目の前の男に、思い切り平手打ちをやり返す。その体が羽のように軽く吹っ飛んだ。
「ひいい、あ、姉上の平手打ち怖い……あの鬼の人、大丈夫でしょうか……」
後ろであわあわする千寿郎の言葉で気がついた。
「鬼?ぁ……え、あか、つき……?」
「おー、おー。やっとお目覚めか。煉獄家のじゃじゃ馬娘め」
鬼なのに治るまでに時間がかかりそうな、そんな手のひらの跡が頬についていた。
鬼殺隊全体を揺るがすほどの衝撃だった。
継子が柱を鬼にした。
柱が鬼になり人を喰った。
元柱が鬼化した柱を斬り切腹した。
改めて考えると、なんとひどい話だろう。
柱を鬼にした継子は私なのだ。諸悪の根源。元凶は私だ。
御館様も私のフォローに回り切ることは不可能で。煉獄家にやってきた柱達はそれぞれ、私をなじる人、ただただ悲しむ人、慰める人、色々といた。自業自得だ、と言った柱や殴ってきた柱もいる。
けれど私はその全てに無反応で。
殴られてもなお、反応をこぼさず。不死川さんの拳の痛みなんかは、ほとんど感じなかった気がする。あの人の拳はかなり強いことで有名なのに。
炭治郎達も杏寿郎さん達に会いに、そして私の見舞いに訪れたけれど、今の私はただの引きこもり。布団の中で小さくなって、杏寿郎さんのいない世界を見つめるだけ。
食事も碌に摂らないので、弱っていくだけ。
格好だけは、かつて俯いてお酒に逃げていた槇寿朗さんそっくりで、皮肉めいている。
ただ、さすがは鬼殺隊士というべきか、体の怪我は徐々に治りつつあって。杏寿郎さんが齧り、抉った傷も肉が盛り上がってきて、患部が少しうずくくらいだ。まさに常中さまさまか。
向こうの部屋から声がする。炭治郎達が来ているのだ。
彼らは時折千寿郎のお茶を飲みにくるという体で、私の様子を伺いにくる。心配をかけていることを申し訳なく感じるのに、体は生きることを拒もうとばかりしている。
「朝緋さん……大丈夫なのでしょうか」
「ええ。せめて食事は摂ってくださいと言っているのに、ほとんど口にしないのです。体力は傷を治すのに費やしているはずで。なのに食事を摂らずにいてはいつか倒れてしまいます」
ごめん。ごめんね千寿郎。
千寿郎のご飯が美味しいのはしってるんだけど食べられない、胃が食事を受け付けないの。
「寝てる間に口こじ開けて入れちまえ!起きやがったら押さえつけて無理やり食わしゃ問題ねえだろ!」
聞こえてるよ伊之助……。無理やりは良くないよ、無理やりは。
「ああ。少し強引かもしれないけど、食べさせないと。このままじゃ体が持たないよ……。栄養があるもの、高いもの……鰻なんかどうだ?」
鰻!?弱った体に鰻は重いよ善逸。
「それは善逸が好きなものだろ?」
「あ、バレたか」
「あはは。さすがに弱った体に鰻は重たそうですね。まずはお粥や果物からですよ。
……姉上は病床の母上に、そういった食事を出していたと聞きます」
かなり前に教えたことを覚えてたんだね、千寿郎……。
千寿郎の気持ちを考えると、食べなくちゃと思う。でも体は久しぶりの食事を受け入れたくないと勝手に抵抗する。
その後言っていた通り、伊之助が中心になり、そして炭治郎と善逸が結託して私の口に無理やりに食事を運んできたんだけども、私の体はそれを受け付けず。どこにこんな余力があったのかと思うほどの力で、彼らを外に投げ飛ばしてしまった。
やはりか。怪我が治りつつある体は鬼殺隊士としての力を取り戻しつつある。体力はほとんど底をついているはずなのに、迫る危機を前に勝手に動いた。……なんと矛盾した肉体だ。
それでも怪我で体力が落ち、鍛錬を怠っている私と、日々鍛錬を続けている三人もの隊士。
何度目かのやり取りで、私は力尽き、無理やり食事を口の中に捩じ込まれた。
一度口に入ったものを吐く気はない。食べ物を粗末にするのは私の信条に反する。
大人しく飲み込むと、不思議だった。
それまで摂れなかった食事を、体が受け付けるようになっていった。
千寿郎の食事はいつも美味しい。
煉獄家に鬼が尋ねてきたのはそんな時だ。
夜中。まさかの真正面から、戸を叩いて挨拶してきたその鬼の名は明槻。
私の双子の兄の鬼。禰󠄀豆子ちゃんとは少し違う、人を食べない、特殊な鬼だ。
「あの……姉上に会いたいと言っている鬼の方が先程いらっしゃいました……」
「……鬼…………?その鬼は、明槻という名ではなかった?」
「はい、お名前を聞いたらそのお名前を名乗ってくださいました」
名前まで聞いたのか。
人を食べている鬼特有の嫌な気配が皆無だからか。表情も平々凡々な人そのもので、意思疎通もしっかりと取れるからか、千寿郎が信用してしまったようだ。
……そんな簡単に人、じゃなかった。鬼を信じていいの千寿郎。私は貴方の将来が心配だよ。
まあ相手は明槻だし、深く考えなくてもいい。
私も明槻に会いたい。彼ならば私を戻してくれる。杏寿郎さんにまた会わせてくれる。
私の目に光が宿った。
「まだ表にいるの?会える!?」
千寿郎の肩を揺さぶり聞く。久しぶりの私の積極的な動きに驚きつつ、千寿郎は諌めるようにぐいと体を押してきた。
「い、いえ!すぐに行ってしまわれました!」
「そう……」
「こちらは鬼だから夜に会うのは不安だろうと。昼間にあの山の洞窟にて話す、自分は洞窟の暗がりの中から、僕達は洞窟の外。太陽の下から会話すればいいと」
僕達……つまり千寿郎も来る気満々なわけか。仕方ない。だって、千寿郎は、今の私を一人で行動させるのが不安なのだものね。
これじゃどちらが保護者なのか、わかったものではない。
朝になり昼になり、太陽が高くなってから訪れた洞窟には、千寿郎にも倒せてしまえるほど弱そうな、一人の鬼がいた。
「や、朝緋。久しぶ……、ギャッッッ!?」
挨拶をする暇なんてない。明槻をこの目にした瞬間、私は彼に飛びかかって共に転がった。
目にも留まらぬその速さに、隣の千寿郎が呆気に取られている。
「明槻お願い!時を戻して!お願い……!杏寿郎さんに、槇寿朗さんに、私の大事な人に会わせて……っ!!」
溢れ出始める涙と土で揉みくちゃのどろどろになりながら転がり、そして縋りついて懇願する。けれど明槻はそれどころではなかった。
「うわぁ!太陽の下に転がるぅ!やめろって!ジュッていってる!髪の毛と腕がジュウジュウの焼肉になってる!!
戻してやる、戻してやるから……!俺が死んだら戻せないだろ!おいそこの千寿郎!なんとかしてくれ!!」
「は、はいっ!姉上、落ち着いてください!」
二人が使う『戻す』の言葉の意味もわからないままに、千寿郎が明槻から私を引き剥がす。
それでも暴れる私を後ろから羽交締めにし、明槻を洞窟の中に入るように促した。
明槻のことはもう怖くないようで、もしもの時を考えて私と共に自分も洞窟に入る。
「フゥ……千寿郎、悪いがそのままその暴れじゃじゃ馬を押さえといてくれ。
オーケー朝緋。まずは話だ。頼むからしっかりしてくれよ。お前がしっかりしないと、次に上手く動けないっての、わかってんのか?
あー、わかってないなこいつ。でっかい目開けたまま寝てんじゃねぇぞいい加減起きろこの……ボケナスがぁ!!」
スパパパパーン!!往復平手打ちが繰り出される。
いくら弱そうな鬼でも鬼は鬼。一般人の力よりは強く、それが連続だ。さすがに痛みは発生するもので。状況も少し違うせいか、不死川さんに殴られた時よりも効いた。
「いったあぁぁ!?腫れちゃうでしょうが!!」
「ヘブっ!?」
反撃。目の前の男に、思い切り平手打ちをやり返す。その体が羽のように軽く吹っ飛んだ。
「ひいい、あ、姉上の平手打ち怖い……あの鬼の人、大丈夫でしょうか……」
後ろであわあわする千寿郎の言葉で気がついた。
「鬼?ぁ……え、あか、つき……?」
「おー、おー。やっとお目覚めか。煉獄家のじゃじゃ馬娘め」
鬼なのに治るまでに時間がかかりそうな、そんな手のひらの跡が頬についていた。