四周目 捌
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
拳が飛んできたのは、杏寿郎さんが私の首に思い切り噛み付かんとした瞬間だった。
障子戸ごと庭に吹っ飛んでいく杏寿郎さん。
『これまで』に煉獄家の障子戸は何度吹っ飛んだだろうなあ。一瞬だけ遠い目。
「何をしている杏寿郎!!心まで鬼になったか!!」
「父、上……?」
鬼だからか拳は全然効いておらず、逆に稀血の血肉をたっぷり摂取したその肉体は、目の前の槇寿朗さんという敵を前に、強化されていく。
爪と牙が長くなり、その額には二対の角。
まさに鬼。
それと、一応鬼にも恥はあるのか、それとも躾の行き届いた杏寿郎さんだからか、飛ばされる際に申し訳程度に羽織っていた着物を、体にきちんと纏っている。拍手パチパチ。
「父上にはわからんでしょう。稀血の肉は美味いのです。その血、その肉を一度味わってしまえば、我慢なんてできやしない。喰らい尽くすまで止まらない」
ぐるるる、唸り声をあげた杏寿郎さんの目の先には、獲物として認識されている私がいる。
気分は蛇に睨まれた蛙だった。
「杏寿郎、駄目だ!それ以上朝緋を食おうなどと思うのはいかん!お前の愛しい人だろう!?考えを改めろ!!」
「朝緋も望んでいることですよ?俺の一部として永遠に共に生きますので、どうかお気になさらずに!」
杏寿郎さんの纏う空気が、炎色にうねる。獲物を手に入れようと、ごうごうとうねり、酸素を舐め上げて燃やしていく。
槇寿朗さんが拳を構えると同時、杏寿郎さんが爪をバキバキと鳴らした。両者睨み合う。
「一部にして永遠に生きるだと!?そんな考えをする馬鹿息子に、これ以上大事な娘を。朝緋を喰わせてたまるか!」
「とう、さま…、いいの。杏寿郎さんになら、私はこの身を差し出します。喰われて一緒に生きます」
「朝緋……。嬉しいなあ。ほら、まだ歩けるだろう?こちらにおいで」
ちょっとだけ怖い。そう思っていたのに、あれ……?なんだろう、おかしい。
杏寿郎さんの真っ赤に光る鬼の目に見つめられたら、急に全然怖くなくなった。
早くこの人のものになりたい。食べられたいって、それしか考えられなくなった。
「行くな朝緋!この馬鹿者が!
鬼に人の肉の味を覚えさせることがどういう意味を持つか、お前なら知っているはずだ!!
こいつはお前を食べるだけでは終わらん!味をしめて他の人間も喰うだろう!」
槇寿朗さんが自分の羽織で私を覆いながら、行手を遮り止めてくる。でも何言ってるかがよくわからないの。ごめんなさい。
「来ないならこちらから行こう!」
地を蹴り、一瞬にして私の元へ飛んでくる杏寿郎さん。
ああ嬉しい。杏寿郎さんがきてくれた。手を広げて迎え入れようとすれば、ぐいと首根っこを掴まれて後ろに下がらされた。
「やめろ杏寿郎!止まれ!朝緋も駄目だ!!
この、言うことを、聞けっ!!」
「グウウウウ、オオオオオオ!!」
それでも炎柱にして鬼である杏寿郎さんの速さは衰えない。その歩みが止まることはない。
そのまま向かってきた杏寿郎さんの爪が、槇寿朗さんに振るわれる。
攻撃が当たるその前に、槇寿朗さんの拳が杏寿郎さんの頬に炸裂し、さらには上空に打ち上げるが如く、蹴りが顎を捉える。
痛みはあろう。でも、その程度で鬼は止まらない。一瞬で回復して槇寿朗さんに牙を剥く。
「ガァァァァッ!!」
「くっ!杏寿郎お前、とうとう言葉まで失い始めたか!?先程から唸り声ばかり発しているぞ!鬼になどなるな!!」
そう叫ぶ槇寿朗さんを無視し、杏寿郎さんの目がキラリと光る。
宙に次々と浮かび出す炎。それが全て、槇寿朗さんに向かって放たれた。
「ガァウッッ!」
「くっ、なんてこった。この俺に血鬼術の炎を放つとは……!」
避けても追ってくる追尾機能のある炎。それが、槇寿朗さんを燃やさんと迫り、そして取り囲み始める。
「しかし加減をしているな。そうでなくば、屋敷ごと火の海だ!周りに被害がでぬよう、俺にのみ火を放っている……。
よもや杏寿郎、お前無意識か?」
杏寿郎さんが心の底まで鬼になっていないと槇寿朗さんが気づいた。必死に呼びかける。
「杏寿郎!元に戻れ!!まだ、周りに目を向けられるお前なら戻れ……、」
その時には杏寿郎さんはもう、槇寿朗さんでなく私の元へと駆け出していた。
爪を突き出し、牙を剥き、私を食べようと迫ってくる。
「くそ、狙いはどうあっても朝緋か!!
朝緋!逃げろ!喰われる!!」
「……無理です。私は逃げられない、逃げたくない……、」
手を伸ばせば、届く距離。
私に優しく笑いかける貴方。その口元に光る牙が私を穿とうとも気にしない。喜んでこの身に受けよう。
「ちっ!!」
炎を突き抜け、槇寿朗さんが私と杏寿郎さんとの間に割り込んだ。
私の首でなく、槇寿朗さんの腕に食い込む牙。
「ガウゥッ!?」
「ふっ、こんな不味い親父の肉で悪かったな杏寿郎!だがお前にこれ以上朝緋を喰わせるわけにはいかんので、なっ!!」
そのまま押してゆき、庭の中央で引き倒して止める。杏寿郎さんの顔が、元の人としての顔に一瞬戻った。
「ぐ、……ぅ、父、うぇ、……」
「杏寿郎っ!お前……」
私からはその姿は見えない。けれど、槇寿朗さんに噛みついた杏寿郎さんは泣いていた。もう、食べたくありませんと、心で泣いていた。
なのに、表面に出てきている鬼は人を喰らいたいと嗤っていて。
心の中で戦いを繰り広げていて。
鬼になったその瞬間から、戦い続けていて。
ドン!!槇寿朗さんが高く跳躍し、すぐそばの私の部屋にあった日輪刀を手にする。
「借りるぞ朝緋!」
スラリと抜いた私の炎。赫くそして蒼く輝く炎の煌めき。
「すまないな、杏寿郎……俺がやる」
刃が鈍く月光を反射した瞬間、意識が自分のものへと戻った。でも、その時には遅くて。
ただただ、目の前に繰り広げられている光景が信じられなかった。
「!?父様っ!?何をする気ですか!!」
「杏寿郎が望んでいる!杏寿郎が『ヒト』でいるうちにやらねばならない!」
「やめて、やめてったらぁ!!杏寿郎さんを、殺さないでっ!!やだ、いやーーっ!!」
「邪魔をするな、朝緋!」
槇寿朗さんの腕に縋りついて止めるも、片手で投げ飛ばされ、振り払われてしまった。
上へ上へと振り上げられた私の日輪刀。
「……痛くないよう一太刀で送ってやる」
炎の呼吸、壱ノ型・不知火
赫と蒼の炎が、杏寿郎さんの頸を焼いていく。メラメラと焼き、そして走り抜けるように斬り落とす。
その瞬間、杏寿郎さんは笑っていた。いつもの笑顔で笑って、そして眠るように目を閉じて。
ポトリ、その頸が私の腕の中に落ちてくる。どうしても私と一緒にいたいとばかりに、私の腕の中に。
「あ、あ、あ…、きょ、じゅろ、さ……」
ただ眠っているように見えて。でも、ジジジと、その首の端から溶けるように消え始めていく。
「ああああああああ!!杏寿郎さん!!いやぁ、いやぁぁぁぁぁ!!
やだ、消えないで、やだやだやだ、消え、ないで……、杏寿郎さっ、ああああああ!!
駄目、駄目駄目、駄目、攫っていくのはやめて!私から、愛する人を奪うのはもうやめて……っ!!」
頸が消えていく。体も時同じくして消えていく。
かき集めるように消える端から抱き込むけれど、現実は残酷で。
サアァ……、無慈悲な風が杏寿郎さんだったものを空へと運んでゆく。杏寿郎さんを形作っていた全てを空の彼方へ攫っていく。
夜空に溶けてそして消えていく。
「あ、ぁぁぁぁ……そん、な、そんなそんなそんな……ひどい、ひどいよぉ……」
もう、貴方はいない。
そうして私はしばらくただひたすら泣いていた。
障子戸ごと庭に吹っ飛んでいく杏寿郎さん。
『これまで』に煉獄家の障子戸は何度吹っ飛んだだろうなあ。一瞬だけ遠い目。
「何をしている杏寿郎!!心まで鬼になったか!!」
「父、上……?」
鬼だからか拳は全然効いておらず、逆に稀血の血肉をたっぷり摂取したその肉体は、目の前の槇寿朗さんという敵を前に、強化されていく。
爪と牙が長くなり、その額には二対の角。
まさに鬼。
それと、一応鬼にも恥はあるのか、それとも躾の行き届いた杏寿郎さんだからか、飛ばされる際に申し訳程度に羽織っていた着物を、体にきちんと纏っている。拍手パチパチ。
「父上にはわからんでしょう。稀血の肉は美味いのです。その血、その肉を一度味わってしまえば、我慢なんてできやしない。喰らい尽くすまで止まらない」
ぐるるる、唸り声をあげた杏寿郎さんの目の先には、獲物として認識されている私がいる。
気分は蛇に睨まれた蛙だった。
「杏寿郎、駄目だ!それ以上朝緋を食おうなどと思うのはいかん!お前の愛しい人だろう!?考えを改めろ!!」
「朝緋も望んでいることですよ?俺の一部として永遠に共に生きますので、どうかお気になさらずに!」
杏寿郎さんの纏う空気が、炎色にうねる。獲物を手に入れようと、ごうごうとうねり、酸素を舐め上げて燃やしていく。
槇寿朗さんが拳を構えると同時、杏寿郎さんが爪をバキバキと鳴らした。両者睨み合う。
「一部にして永遠に生きるだと!?そんな考えをする馬鹿息子に、これ以上大事な娘を。朝緋を喰わせてたまるか!」
「とう、さま…、いいの。杏寿郎さんになら、私はこの身を差し出します。喰われて一緒に生きます」
「朝緋……。嬉しいなあ。ほら、まだ歩けるだろう?こちらにおいで」
ちょっとだけ怖い。そう思っていたのに、あれ……?なんだろう、おかしい。
杏寿郎さんの真っ赤に光る鬼の目に見つめられたら、急に全然怖くなくなった。
早くこの人のものになりたい。食べられたいって、それしか考えられなくなった。
「行くな朝緋!この馬鹿者が!
鬼に人の肉の味を覚えさせることがどういう意味を持つか、お前なら知っているはずだ!!
こいつはお前を食べるだけでは終わらん!味をしめて他の人間も喰うだろう!」
槇寿朗さんが自分の羽織で私を覆いながら、行手を遮り止めてくる。でも何言ってるかがよくわからないの。ごめんなさい。
「来ないならこちらから行こう!」
地を蹴り、一瞬にして私の元へ飛んでくる杏寿郎さん。
ああ嬉しい。杏寿郎さんがきてくれた。手を広げて迎え入れようとすれば、ぐいと首根っこを掴まれて後ろに下がらされた。
「やめろ杏寿郎!止まれ!朝緋も駄目だ!!
この、言うことを、聞けっ!!」
「グウウウウ、オオオオオオ!!」
それでも炎柱にして鬼である杏寿郎さんの速さは衰えない。その歩みが止まることはない。
そのまま向かってきた杏寿郎さんの爪が、槇寿朗さんに振るわれる。
攻撃が当たるその前に、槇寿朗さんの拳が杏寿郎さんの頬に炸裂し、さらには上空に打ち上げるが如く、蹴りが顎を捉える。
痛みはあろう。でも、その程度で鬼は止まらない。一瞬で回復して槇寿朗さんに牙を剥く。
「ガァァァァッ!!」
「くっ!杏寿郎お前、とうとう言葉まで失い始めたか!?先程から唸り声ばかり発しているぞ!鬼になどなるな!!」
そう叫ぶ槇寿朗さんを無視し、杏寿郎さんの目がキラリと光る。
宙に次々と浮かび出す炎。それが全て、槇寿朗さんに向かって放たれた。
「ガァウッッ!」
「くっ、なんてこった。この俺に血鬼術の炎を放つとは……!」
避けても追ってくる追尾機能のある炎。それが、槇寿朗さんを燃やさんと迫り、そして取り囲み始める。
「しかし加減をしているな。そうでなくば、屋敷ごと火の海だ!周りに被害がでぬよう、俺にのみ火を放っている……。
よもや杏寿郎、お前無意識か?」
杏寿郎さんが心の底まで鬼になっていないと槇寿朗さんが気づいた。必死に呼びかける。
「杏寿郎!元に戻れ!!まだ、周りに目を向けられるお前なら戻れ……、」
その時には杏寿郎さんはもう、槇寿朗さんでなく私の元へと駆け出していた。
爪を突き出し、牙を剥き、私を食べようと迫ってくる。
「くそ、狙いはどうあっても朝緋か!!
朝緋!逃げろ!喰われる!!」
「……無理です。私は逃げられない、逃げたくない……、」
手を伸ばせば、届く距離。
私に優しく笑いかける貴方。その口元に光る牙が私を穿とうとも気にしない。喜んでこの身に受けよう。
「ちっ!!」
炎を突き抜け、槇寿朗さんが私と杏寿郎さんとの間に割り込んだ。
私の首でなく、槇寿朗さんの腕に食い込む牙。
「ガウゥッ!?」
「ふっ、こんな不味い親父の肉で悪かったな杏寿郎!だがお前にこれ以上朝緋を喰わせるわけにはいかんので、なっ!!」
そのまま押してゆき、庭の中央で引き倒して止める。杏寿郎さんの顔が、元の人としての顔に一瞬戻った。
「ぐ、……ぅ、父、うぇ、……」
「杏寿郎っ!お前……」
私からはその姿は見えない。けれど、槇寿朗さんに噛みついた杏寿郎さんは泣いていた。もう、食べたくありませんと、心で泣いていた。
なのに、表面に出てきている鬼は人を喰らいたいと嗤っていて。
心の中で戦いを繰り広げていて。
鬼になったその瞬間から、戦い続けていて。
ドン!!槇寿朗さんが高く跳躍し、すぐそばの私の部屋にあった日輪刀を手にする。
「借りるぞ朝緋!」
スラリと抜いた私の炎。赫くそして蒼く輝く炎の煌めき。
「すまないな、杏寿郎……俺がやる」
刃が鈍く月光を反射した瞬間、意識が自分のものへと戻った。でも、その時には遅くて。
ただただ、目の前に繰り広げられている光景が信じられなかった。
「!?父様っ!?何をする気ですか!!」
「杏寿郎が望んでいる!杏寿郎が『ヒト』でいるうちにやらねばならない!」
「やめて、やめてったらぁ!!杏寿郎さんを、殺さないでっ!!やだ、いやーーっ!!」
「邪魔をするな、朝緋!」
槇寿朗さんの腕に縋りついて止めるも、片手で投げ飛ばされ、振り払われてしまった。
上へ上へと振り上げられた私の日輪刀。
「……痛くないよう一太刀で送ってやる」
炎の呼吸、壱ノ型・不知火
赫と蒼の炎が、杏寿郎さんの頸を焼いていく。メラメラと焼き、そして走り抜けるように斬り落とす。
その瞬間、杏寿郎さんは笑っていた。いつもの笑顔で笑って、そして眠るように目を閉じて。
ポトリ、その頸が私の腕の中に落ちてくる。どうしても私と一緒にいたいとばかりに、私の腕の中に。
「あ、あ、あ…、きょ、じゅろ、さ……」
ただ眠っているように見えて。でも、ジジジと、その首の端から溶けるように消え始めていく。
「ああああああああ!!杏寿郎さん!!いやぁ、いやぁぁぁぁぁ!!
やだ、消えないで、やだやだやだ、消え、ないで……、杏寿郎さっ、ああああああ!!
駄目、駄目駄目、駄目、攫っていくのはやめて!私から、愛する人を奪うのはもうやめて……っ!!」
頸が消えていく。体も時同じくして消えていく。
かき集めるように消える端から抱き込むけれど、現実は残酷で。
サアァ……、無慈悲な風が杏寿郎さんだったものを空へと運んでゆく。杏寿郎さんを形作っていた全てを空の彼方へ攫っていく。
夜空に溶けてそして消えていく。
「あ、ぁぁぁぁ……そん、な、そんなそんなそんな……ひどい、ひどいよぉ……」
もう、貴方はいない。
そうして私はしばらくただひたすら泣いていた。