四周目 捌
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それでも夜明け前には杏寿郎さんの魔の手から解放されて起き上がっていて。
腰の痛み、体の痛みを呼吸法で誤魔化しながら、久しぶりの生家、その台所に立つ。
ご飯を炊き汁物を作り千寿郎の漬けた糠漬けをつまみ食いしながら切る。メインとなるおかずに取り掛かっていれば、匂いで起きてきたのだろう、千寿郎が顔を覗かせた。
「あ、姉上っ!!」
「おはよう千寿郎。久しぶりだね」
千寿郎の大きな瞳に、大粒の涙がみるみるうちに溜まっていく。彼は感情のまま私に大きく抱きつこうとして……、私が料理中なのを思い出して直前で止まった。
待ての出来る良い子だ。これが杏寿郎さんだと、こうはいかない。料理中で危なかろうと、抱きついてくる。そのままそこで私を料理してこようとまでしてくる始末。
今朝方の行為のことを思い出し、腹が立つと同時に呼吸で抑えている腰の奥の疼きが復活する。痛みよりも厄介なこの疼き。
包丁を置き、火も止め。待っていた千寿郎をこちらから抱きしめる。
「ただいま、千寿郎」
「あね、うえ……。姉上ぇぇ……!兄上が鬼にっ、姉上も、帰ってこなくて……、消えてしまって……、羽織、羽織だけっ!それだけ帰ってきて……っ、もう、もう会えないのかとっ!!」
「うん……、ごめんね……」
「おかえりなさい……っ」
もうどこにも行かないでくださいね……?」
「……うん」
任務には行くし、ゆくゆくはまた拠点を炎柱邸に移すこともあるかもしれない。けれど、千寿郎を安心させるためだ。
「そういえば兄上は?一緒に帰ってきたのですよね?」
「もう太陽が昇っているから北側の部屋にいるよ。挨拶してきたら?すっごく喜ぶよ」
「でも、兄上は鬼なんですよね……」
千寿郎はまだ市政の人々と変わらぬ立ち位置にいる。鬼は怖いものと、本能で感じていた。
「怖がることはないよ。禰󠄀豆子ちゃんと会ったのでしょ?あの子と同じで、杏寿郎さんは杏寿郎さんのまま。今でも、千寿郎の優しくて頼りになるお兄ちゃんだよ」
「あの子と一緒……兄上は、兄上……」
「私はまだお料理の続きがあるから、行っといで。今朝は千寿郎の好きなおかずもたくさん並べるからね?」
「わあ!嬉しいです!久しぶりに姉上のごはんが食べられるのですね!行ってきます!」
途端にぱあと明るい表情になり、台所を飛び出して行った可愛い弟。
フッ……杏寿郎さんもこのくらい無垢で純粋だったならよかったのになあ。
それで禰󠄀豆子ちゃんみたいに小さく幼児のようになってくれたら……そしたら私はあーんなことや、こーんなことをされずに……。
と、今更すぎる逃避をして、目を細めてみる。
ああでも中身が変わらないなら、小さくなっても助平なことしてくるのかも。自分が小さいことにかこつけて、あちこち触ってきたりして。
うっ、犯罪のかほりがしてきたからこれ以上はやめよう。私が捕まる図しかみえない。
その後、久しぶりに家族揃って朝食を取った。
杏寿郎さんは部屋の一番奥側の席で、太陽に当たらない位置に座っている。飲めるかどうかともかく、お茶だけは淹れてある。
これで一緒に一家団欒に参加できるね。
「姉上のご飯、美味しいです」
「うむ、美味い。切り方の豪快さは朝緋だが、味付けは瑠火のものそのものだ……」
「生家を出たあの時よりここ数ヶ月、朝緋は調理の腕を上げましたからねっ!」
えっへん!とふんぞり返っている。
「なんで杏寿郎さんがそんな得意げなのさ」
「そんなの、君が俺の伴侶だからだろう?何を今更」
「恋仲だけどまだ結婚してませんが?」
「ぐぬ……」
小さく牙を剥き出しにして私にだけ顔見せてくるのやめて怖い。
「でも、こんなに美味しくても兄上は食べられず……、美味しい匂いを嗅いだり、他の人がご飯食べている姿を見るのはおつらいのではないですか……?」
カタ、と箸を置いて俯く千寿郎。
「千寿郎、気にしなくていい。人の食事の匂いも気にならないから我慢をする必要もない。君達が美味しそうに食べている姿を見られるだけで俺は十分だ。
ほら、冷めてしまうから食べなさい。温かい内に食べぬと、朝緋が頭から角を生やすぞ」
「はい……っ」
私がいつ角を生やしたよ……。
「あ、倒した鬼から聞き出した情報によると、鬼になったら人の食べ物が受け付けなくなった。気持ち悪くなったそうです。
杏寿郎さんは大丈夫なのね?気持ち悪くなったりしてないの?」
「ふむ、個体差なのかなあ。俺は食べることが大好きな部類の人間だったから平気なようだ」
「時期になると、おいも大量に食べたりね……」
一週間さつまいも尽くしにしたこともある。けれどそれでも杏寿郎さんは飽きることなく食べていて……。作る方が嫌になっちゃったっけ。
「あ……兄上にとお作りして保存してあるたくさんのさつまいも……どうしましょう」
「炎柱邸にも保存してあるのよねえ……忘れてたわ」
煉獄家のさつま穴、炎柱邸のさつま穴。合わせたらどのくらいのさつまいもが……?想像したら怖くなった。
「はあ、そんなもの周りの家にでも配れば良かろう」
「む!俺のためのさつまいもでしょう!人にくれるくらいなら、焼いて全部朝緋が食べます!!」
「全部は無理です」
芋の食べ過ぎは太る。鬼殺隊士だろうと、鍛錬しようとそれじゃ間に合わないくらい、太るったら太る。
「でも、杏寿郎さんの代わりに、千寿郎の作ったお芋、ちょっとくらいは食べたいな」
「はいぜひ!姉上の作り方を真似して作ったら、すごく美味しいお芋がとれて!」
「わあ!それは楽しみだね!父様も半分食べてくれるみたいだから、いっぱい焼いていっぱい食べましょ!」
「えっちょっと待て俺も食べるのか朝緋!」
「当たり前でしょう?胃袋に炎の呼吸まとわせて、いっぱい食べてくださいね」
「胃袋に炎の呼吸!?初めて聞いたぞ!」
「父上にならできますとも!!」
「ふふふ、元炎柱様、頑張って〜!」
杏寿郎さんもいるので夕方、日が落ちてから焼き芋を焼くことになった。といっても、落ち葉が燃えてしばらくしてから放り込むため、少し早めのうちから火はつけた。
「血鬼術・『着火』」
ぼっ!
家の暗がりから庭の落ち葉に狙い定めて火を灯す。
「着火って、杏寿郎……そのままだな」
「朝緋はちゃっかまん?がいいと言っていたのですが、よく分からないので手短かにしました。他にも、小さな炎虎も出せます」
ぽわっと空中に炎でできた虎を出現させ、驚く千寿郎の周りをしばらく遊ばせる。
こらこら気持ちはわかるけど火遊びは危険だぞ、杏寿郎さん。
大量のさつまいもが焼かれ、蒸されていく。これだけあるなら、家族のみでなく柱でも呼んで食べた方が……無理な話は考えるのやめよう。
熱々ほかほかの焼き芋は秋冬の醍醐味。本当なら、杏寿郎さんも……そう思い悲しくなり始める気持ちを振り払うように、ばくりと頬張る。
うまっ、あまっ。
「美味いか?」
「うん。美味しいよ。杏寿郎さんの代わりに私が言おうかな……」
「何をだ?」
「うまい!わっしょい!ってね」
「わはは!わっしょいな味なのだな!!」
いつもは杏寿郎さんが力一杯、魂の底から食べものに感謝して言う言葉。その気持ちを代弁するかのように、私も大声を出す。
「ほら、千寿郎と父様も」
「ふふふ、わっしょい!ですね」
「わ、わっしょい……」
「父上ぇ?声が小さいようですが?」
「まったく……わっしょい!!!!!これでよかろう!?」
「普段の俺の声より大きかったです!さすがは父上だ!」
「ふん、お前にはまだまだ負けん」
張り合うのはいいけど、もう夜だから大きすぎる声は控えてほしい。
「そういえば朝緋、他の呼吸の習得はどうなっている」
「まあまあ習得できたかなってところです。芋を頬張りながらする話じゃない気がしますが……」
後ろの方から何か聞きたそうにガン見してくる杏寿郎さんもいるし。
「えっ、姉上が使えるのは炎の呼吸だけではないのですか?」
「こっちの二本目の短い日輪刀使って、とりあえずまだ水の呼吸だけね?使うのよ。水の呼吸も完璧じゃないけどね」
普段の日輪刀はともかく、短いからと懐に入れていることの多い黒混じりの日輪刀。それをみせてから、呼吸を変える。
「水の呼吸、壱ノ型・水面斬り!!」
水のエフェクトが先日の上弦の参での戦闘の時より鮮明に発生した。消えかけの火が水のゆらめきで消えそうに揺らいだ。
「ふむ。なかなか様になっているではないか」
「ありがとうございます。実戦の中で成長したと思われます」
「それが一番の修行になるからなあ」
「俺からもいいか、朝緋。鬼になってしまって、ずっと聞くのを忘れていたからな」
やはり来たか。
「君が他の呼吸を使えること、今のでも、あの時の戦闘でもよくよくわかった。だがそもそもがなぜ二本目など……なぜ他の呼吸を使おうと思ったのだ?
朝緋は炎の呼吸を極めているだろうに。十分に強いだろうに。朝緋自身も、炎の呼吸は世界一ィィ!!……などと大きく打って出ていたではないか」
炎の呼吸を最強と信じる気持ちは変わらない。でもそんな言い方してたっけ。
「それはね。もっともっと強くなるため。ただそれだけなのですよ」
本当は、あの鬼の頸を落とすため。そう考えていた私。
だけども、逆に情けをかけられ助けられて……あの頸を落とすなんて考えを持つことはもう、憚られた。
腰の痛み、体の痛みを呼吸法で誤魔化しながら、久しぶりの生家、その台所に立つ。
ご飯を炊き汁物を作り千寿郎の漬けた糠漬けをつまみ食いしながら切る。メインとなるおかずに取り掛かっていれば、匂いで起きてきたのだろう、千寿郎が顔を覗かせた。
「あ、姉上っ!!」
「おはよう千寿郎。久しぶりだね」
千寿郎の大きな瞳に、大粒の涙がみるみるうちに溜まっていく。彼は感情のまま私に大きく抱きつこうとして……、私が料理中なのを思い出して直前で止まった。
待ての出来る良い子だ。これが杏寿郎さんだと、こうはいかない。料理中で危なかろうと、抱きついてくる。そのままそこで私を料理してこようとまでしてくる始末。
今朝方の行為のことを思い出し、腹が立つと同時に呼吸で抑えている腰の奥の疼きが復活する。痛みよりも厄介なこの疼き。
包丁を置き、火も止め。待っていた千寿郎をこちらから抱きしめる。
「ただいま、千寿郎」
「あね、うえ……。姉上ぇぇ……!兄上が鬼にっ、姉上も、帰ってこなくて……、消えてしまって……、羽織、羽織だけっ!それだけ帰ってきて……っ、もう、もう会えないのかとっ!!」
「うん……、ごめんね……」
「おかえりなさい……っ」
もうどこにも行かないでくださいね……?」
「……うん」
任務には行くし、ゆくゆくはまた拠点を炎柱邸に移すこともあるかもしれない。けれど、千寿郎を安心させるためだ。
「そういえば兄上は?一緒に帰ってきたのですよね?」
「もう太陽が昇っているから北側の部屋にいるよ。挨拶してきたら?すっごく喜ぶよ」
「でも、兄上は鬼なんですよね……」
千寿郎はまだ市政の人々と変わらぬ立ち位置にいる。鬼は怖いものと、本能で感じていた。
「怖がることはないよ。禰󠄀豆子ちゃんと会ったのでしょ?あの子と同じで、杏寿郎さんは杏寿郎さんのまま。今でも、千寿郎の優しくて頼りになるお兄ちゃんだよ」
「あの子と一緒……兄上は、兄上……」
「私はまだお料理の続きがあるから、行っといで。今朝は千寿郎の好きなおかずもたくさん並べるからね?」
「わあ!嬉しいです!久しぶりに姉上のごはんが食べられるのですね!行ってきます!」
途端にぱあと明るい表情になり、台所を飛び出して行った可愛い弟。
フッ……杏寿郎さんもこのくらい無垢で純粋だったならよかったのになあ。
それで禰󠄀豆子ちゃんみたいに小さく幼児のようになってくれたら……そしたら私はあーんなことや、こーんなことをされずに……。
と、今更すぎる逃避をして、目を細めてみる。
ああでも中身が変わらないなら、小さくなっても助平なことしてくるのかも。自分が小さいことにかこつけて、あちこち触ってきたりして。
うっ、犯罪のかほりがしてきたからこれ以上はやめよう。私が捕まる図しかみえない。
その後、久しぶりに家族揃って朝食を取った。
杏寿郎さんは部屋の一番奥側の席で、太陽に当たらない位置に座っている。飲めるかどうかともかく、お茶だけは淹れてある。
これで一緒に一家団欒に参加できるね。
「姉上のご飯、美味しいです」
「うむ、美味い。切り方の豪快さは朝緋だが、味付けは瑠火のものそのものだ……」
「生家を出たあの時よりここ数ヶ月、朝緋は調理の腕を上げましたからねっ!」
えっへん!とふんぞり返っている。
「なんで杏寿郎さんがそんな得意げなのさ」
「そんなの、君が俺の伴侶だからだろう?何を今更」
「恋仲だけどまだ結婚してませんが?」
「ぐぬ……」
小さく牙を剥き出しにして私にだけ顔見せてくるのやめて怖い。
「でも、こんなに美味しくても兄上は食べられず……、美味しい匂いを嗅いだり、他の人がご飯食べている姿を見るのはおつらいのではないですか……?」
カタ、と箸を置いて俯く千寿郎。
「千寿郎、気にしなくていい。人の食事の匂いも気にならないから我慢をする必要もない。君達が美味しそうに食べている姿を見られるだけで俺は十分だ。
ほら、冷めてしまうから食べなさい。温かい内に食べぬと、朝緋が頭から角を生やすぞ」
「はい……っ」
私がいつ角を生やしたよ……。
「あ、倒した鬼から聞き出した情報によると、鬼になったら人の食べ物が受け付けなくなった。気持ち悪くなったそうです。
杏寿郎さんは大丈夫なのね?気持ち悪くなったりしてないの?」
「ふむ、個体差なのかなあ。俺は食べることが大好きな部類の人間だったから平気なようだ」
「時期になると、おいも大量に食べたりね……」
一週間さつまいも尽くしにしたこともある。けれどそれでも杏寿郎さんは飽きることなく食べていて……。作る方が嫌になっちゃったっけ。
「あ……兄上にとお作りして保存してあるたくさんのさつまいも……どうしましょう」
「炎柱邸にも保存してあるのよねえ……忘れてたわ」
煉獄家のさつま穴、炎柱邸のさつま穴。合わせたらどのくらいのさつまいもが……?想像したら怖くなった。
「はあ、そんなもの周りの家にでも配れば良かろう」
「む!俺のためのさつまいもでしょう!人にくれるくらいなら、焼いて全部朝緋が食べます!!」
「全部は無理です」
芋の食べ過ぎは太る。鬼殺隊士だろうと、鍛錬しようとそれじゃ間に合わないくらい、太るったら太る。
「でも、杏寿郎さんの代わりに、千寿郎の作ったお芋、ちょっとくらいは食べたいな」
「はいぜひ!姉上の作り方を真似して作ったら、すごく美味しいお芋がとれて!」
「わあ!それは楽しみだね!父様も半分食べてくれるみたいだから、いっぱい焼いていっぱい食べましょ!」
「えっちょっと待て俺も食べるのか朝緋!」
「当たり前でしょう?胃袋に炎の呼吸まとわせて、いっぱい食べてくださいね」
「胃袋に炎の呼吸!?初めて聞いたぞ!」
「父上にならできますとも!!」
「ふふふ、元炎柱様、頑張って〜!」
杏寿郎さんもいるので夕方、日が落ちてから焼き芋を焼くことになった。といっても、落ち葉が燃えてしばらくしてから放り込むため、少し早めのうちから火はつけた。
「血鬼術・『着火』」
ぼっ!
家の暗がりから庭の落ち葉に狙い定めて火を灯す。
「着火って、杏寿郎……そのままだな」
「朝緋はちゃっかまん?がいいと言っていたのですが、よく分からないので手短かにしました。他にも、小さな炎虎も出せます」
ぽわっと空中に炎でできた虎を出現させ、驚く千寿郎の周りをしばらく遊ばせる。
こらこら気持ちはわかるけど火遊びは危険だぞ、杏寿郎さん。
大量のさつまいもが焼かれ、蒸されていく。これだけあるなら、家族のみでなく柱でも呼んで食べた方が……無理な話は考えるのやめよう。
熱々ほかほかの焼き芋は秋冬の醍醐味。本当なら、杏寿郎さんも……そう思い悲しくなり始める気持ちを振り払うように、ばくりと頬張る。
うまっ、あまっ。
「美味いか?」
「うん。美味しいよ。杏寿郎さんの代わりに私が言おうかな……」
「何をだ?」
「うまい!わっしょい!ってね」
「わはは!わっしょいな味なのだな!!」
いつもは杏寿郎さんが力一杯、魂の底から食べものに感謝して言う言葉。その気持ちを代弁するかのように、私も大声を出す。
「ほら、千寿郎と父様も」
「ふふふ、わっしょい!ですね」
「わ、わっしょい……」
「父上ぇ?声が小さいようですが?」
「まったく……わっしょい!!!!!これでよかろう!?」
「普段の俺の声より大きかったです!さすがは父上だ!」
「ふん、お前にはまだまだ負けん」
張り合うのはいいけど、もう夜だから大きすぎる声は控えてほしい。
「そういえば朝緋、他の呼吸の習得はどうなっている」
「まあまあ習得できたかなってところです。芋を頬張りながらする話じゃない気がしますが……」
後ろの方から何か聞きたそうにガン見してくる杏寿郎さんもいるし。
「えっ、姉上が使えるのは炎の呼吸だけではないのですか?」
「こっちの二本目の短い日輪刀使って、とりあえずまだ水の呼吸だけね?使うのよ。水の呼吸も完璧じゃないけどね」
普段の日輪刀はともかく、短いからと懐に入れていることの多い黒混じりの日輪刀。それをみせてから、呼吸を変える。
「水の呼吸、壱ノ型・水面斬り!!」
水のエフェクトが先日の上弦の参での戦闘の時より鮮明に発生した。消えかけの火が水のゆらめきで消えそうに揺らいだ。
「ふむ。なかなか様になっているではないか」
「ありがとうございます。実戦の中で成長したと思われます」
「それが一番の修行になるからなあ」
「俺からもいいか、朝緋。鬼になってしまって、ずっと聞くのを忘れていたからな」
やはり来たか。
「君が他の呼吸を使えること、今のでも、あの時の戦闘でもよくよくわかった。だがそもそもがなぜ二本目など……なぜ他の呼吸を使おうと思ったのだ?
朝緋は炎の呼吸を極めているだろうに。十分に強いだろうに。朝緋自身も、炎の呼吸は世界一ィィ!!……などと大きく打って出ていたではないか」
炎の呼吸を最強と信じる気持ちは変わらない。でもそんな言い方してたっけ。
「それはね。もっともっと強くなるため。ただそれだけなのですよ」
本当は、あの鬼の頸を落とすため。そう考えていた私。
だけども、逆に情けをかけられ助けられて……あの頸を落とすなんて考えを持つことはもう、憚られた。