四周目 捌
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杏寿郎さんが血が染みた包帯を手にし、それを顔へと持っていっている。
「杏寿郎さん!駄目です!!」
けれど止めた時には遅く、彼は完全に稀血の血の香りに酩酊していた。
「はあ……はあ、は、ァ゛ぐ……っ!甘い、甘い匂い……、あぁ、ほしいほしい、ほしい……!」
それでもこれ以上血に酔わせるわけにいかない。あわてて包帯をもぎ取り、ポイと投げてしまう。
震える唇からは鬼の唸り声が絶えず聞こえる。牙同士がカチカチと鳴り、血欲しさに口内にたっぷり唾液を溜めているとわかる。
焦点の合わなくなりつつある目を覗き込み、その体を揺さぶる。
「杏寿郎さん!しっかりして!鬼に負けちゃ駄目!まだ戻れる!戻ってきて!!……ひゃっ!?」
私が体を押さえつけていたはず。なのに、逆に体を掴まれて押し倒されてしまった。ガツン、床に背中が思い切り叩きつけられ、ヒュッと息が漏れる。
「ガアアアアッ!!」
「やめ、て……杏寿郎さ、やめてっ!」
牙を剥き出しにして、私を噛もうとしてくる杏寿郎さん。……駄目だ。今の杏寿郎さんは心も体も、完全に鬼と化している。
押し戻そうとしてどんなに力を入れてもびくともしない。それどころか、顔はどんどん近づいてくる。牙の鳴る音がすぐそばで聞こえる。
少しでも力を抜けばその鋭い牙が皮膚を突き破り、肉を喰らうだろう。
「何て力……!そうね、柱で男で鬼で。その上貴方は煉獄杏寿郎だものね!今の私が敵う相手じゃない……っ!
でも駄目です!今人を襲ってはいけません!噛んだら駄目!血を口にしちゃ駄目!戻れなくなるかもしれないっ!!
我慢して、杏寿郎さん!負けないで……っ」
杏寿郎さんに必死で呼び掛ければ、人としての光が僅かに瞳に戻る。そのたった一瞬のうちに、心を語る。
「我慢など、効くと、思うか……っ!?ましてや、朝緋は俺ではなく他の鬼にその血を先に……!ゆる、せん……君は俺の、ッ」
「ええっ!?この期に及んで悋気ですか!?」
その本心にあったのはただの嫉妬。が、すぐに鬼の意識へと引き摺られ、杏寿郎さんは牙を再び剥き出しにする。力を入れた爪で。鋭い牙で。私の皮膚を薄く裂いていく。
「ちょ、やめ……!その鬼はもう死んで……!」
「わかって、いる!だが、そういう、問題では……ないっ!鬼の感情が勝手に、暴走、しっ、湧いた怒りと共にっ!君を噛みたい喰らいたいと、体が動くっ!」
逃げろ、絞り出すような声。けれどそれは難しい。この拘束からは逃れられない。
「逃げたいよ!?でも逃がしてくれないじゃない!その言葉は私を放してから言っ、」
「……すまん、朝緋」
一言の謝罪の言葉と共に、ブチンと牙が皮膚を食い破った。深く深く首筋に穿たれていく。そこにあるのは鋭くも鈍い強烈な痛み。
「いたっ、!痛いっ!!う、く……、ああああっ!!……そ、んな……!」
命の雫が吸い取られる。
とうとう杏寿郎さんが人間の血を口にした。
ぐじゅる、ぐじゅると啜られる感覚。
喉がごくり、ごくりと嚥下する。杏寿郎さんのものになってく……。
「ん゛んんっ!ァァァァァッ!!」
物凄い力を前に、ただただ痛みを耐えるしかできなくて。痛すぎると涙すら出ないのか。
杏寿郎さんが鬼ではなかった時は、こうして血が出るほど噛まれてもそこにあるのは怒りと痛みだけで。絶望なんて、ただの一つもなかった。
けれど今は違う。血を啜られれば啜られるほどに、絶望が広がってく。
たくさんの血が吸い取られてくらくらしてきた。
「甘い……なんて美味い……!これが、稀血……、こんな美味いもの生まれて初めて口にする!力が満ちてくる……!は、ははは、はははははっ!!鬼になって初めて、体が歓喜に震えたっ!!」
ぷは、傷口から唇を離した杏寿郎さんが、鬼としての言葉で嗤っている。
「あ……、ゔ、杏寿郎さ……おねが、元に戻って……、これ以上鬼になっちゃ、や……っ」
杏寿郎さんを拒否しようと、貧血の中力なくも必死で振り上げる腕。簡単に掴まれたそこにもブツンと牙が突き立てられる。
「ッああ゛っ!?痛いぃぃ……っ離して!!いやだ、いやっ!!」
「やめられるものか、こんなに美味くて。気分も最高に良いのに、やめられるわけがなかろう!」
「んっ、んっ……、ゔ、うぅ……っ」
一つ、二つ、三つ四つと、体のあちこちに噛み傷が増えていく。
数だけなら無限列車に乗る前の刀鍛冶の里での噛み跡の方が多い。けれど、痛みの度合いはあれを軽く超えていた。
全てから血が流れ、そして啜られている。
この暴挙はいったい、いつ終わるの。
じゅるじゅる、じゅる。どのくらいそうしていただろう。数秒だろうか、それとも数分?体感的には何時間にも感じられた。
疲弊して掠れる喉で、今一度やめてと、そう叫んだ時だった。
鬼ではない、杏寿郎さんの声がした。
「すまない朝緋……戻った、」
見上げた先にいたのは、鬼ではない杏寿郎さんだった。
「不思議だ、朝緋の血をたっぷり摂取したせいか、あんなにあった飢餓状態が綺麗さっぱり消えている……」
「本当に、本当に大丈夫、なんですか……?」
鬼はそこに人間の血肉がある限り、それが物言わぬ骸となるまで。すべて自分の血肉にするまで止まらないことが多い。なのに飢餓状態が消えた?しかも変わりたての鬼である杏寿郎さんが?
私の血で口元を汚したままの姿を見たら、本当かどうか不安になる。
「ああ。…………朝緋、すまなかった。君をこんなにも噛んでしまった。血を啜ってしまった。……傷つけて、しまった……」
目をぎゅっと瞑る杏寿郎さんのそこから、下に向かって。私の上に垂らすようにして、涙の粒が落ちてくる。指でそっと拭えば、眉根を下げた貴方が見えた。
これは本物だ。
「いいの。いいんです……貴方が戻ってくれたなら、御自身を取り戻してくれたならそれだけでいいの。それに私は血気盛んな鬼殺隊士ですよ?この程度ではへこたれません」
「だが、……俺が血を吸いすぎて貧血になっているのではないか?顔色が少し青い……」
力こぶを作って元気をアピール。だけど、顔色をまじまじと見てきて……。視線から逃れるように、顔を振った。
「もー、大丈夫だってば!」
本当は血が足りなくてくらくらしてるけど、そんなの杏寿郎さんが無事ならどうとでもなるし、どこかに飛んでいっちゃう。
なので杏寿郎さんは気にしなくていいの。
「そんなことより何か体に変化はありませんか?」
「うむ。君の稀血に相当の力があるのは真のようだ。呪いが消えているのがわかる。
鬼舞辻無惨……奴の名も言える」
「ぴゃっ!名前を言った!名前を言ってはいけないあの人の名前を言った!!」
鬼なのにその名をさらりと口にした!!びっくりしすぎて再び床に体が倒れる。ごちん、頭を打った痛い。
……しかし何も起こらない。いや、何か起こったら困るんだけどさ。杏寿郎さんは十秒経っても変わらずそこにいて、体が崩れ去る前兆もない。
「ほんとだ。呪いは消えてるんだね……よかったぁ……」
杏寿郎さんの頬をペタペタ触り、無事を確かめる。
そして今、気がついた。目も元の杏寿郎さんの色をしていることに。
瞳孔こそ縦に割れているけど黒くない。冷たくない。赤の目の中に太陽が煌めいてる。
爪も長いし牙もある。でも、いつもの杏寿郎さんだ。
「杏寿郎さん!駄目です!!」
けれど止めた時には遅く、彼は完全に稀血の血の香りに酩酊していた。
「はあ……はあ、は、ァ゛ぐ……っ!甘い、甘い匂い……、あぁ、ほしいほしい、ほしい……!」
それでもこれ以上血に酔わせるわけにいかない。あわてて包帯をもぎ取り、ポイと投げてしまう。
震える唇からは鬼の唸り声が絶えず聞こえる。牙同士がカチカチと鳴り、血欲しさに口内にたっぷり唾液を溜めているとわかる。
焦点の合わなくなりつつある目を覗き込み、その体を揺さぶる。
「杏寿郎さん!しっかりして!鬼に負けちゃ駄目!まだ戻れる!戻ってきて!!……ひゃっ!?」
私が体を押さえつけていたはず。なのに、逆に体を掴まれて押し倒されてしまった。ガツン、床に背中が思い切り叩きつけられ、ヒュッと息が漏れる。
「ガアアアアッ!!」
「やめ、て……杏寿郎さ、やめてっ!」
牙を剥き出しにして、私を噛もうとしてくる杏寿郎さん。……駄目だ。今の杏寿郎さんは心も体も、完全に鬼と化している。
押し戻そうとしてどんなに力を入れてもびくともしない。それどころか、顔はどんどん近づいてくる。牙の鳴る音がすぐそばで聞こえる。
少しでも力を抜けばその鋭い牙が皮膚を突き破り、肉を喰らうだろう。
「何て力……!そうね、柱で男で鬼で。その上貴方は煉獄杏寿郎だものね!今の私が敵う相手じゃない……っ!
でも駄目です!今人を襲ってはいけません!噛んだら駄目!血を口にしちゃ駄目!戻れなくなるかもしれないっ!!
我慢して、杏寿郎さん!負けないで……っ」
杏寿郎さんに必死で呼び掛ければ、人としての光が僅かに瞳に戻る。そのたった一瞬のうちに、心を語る。
「我慢など、効くと、思うか……っ!?ましてや、朝緋は俺ではなく他の鬼にその血を先に……!ゆる、せん……君は俺の、ッ」
「ええっ!?この期に及んで悋気ですか!?」
その本心にあったのはただの嫉妬。が、すぐに鬼の意識へと引き摺られ、杏寿郎さんは牙を再び剥き出しにする。力を入れた爪で。鋭い牙で。私の皮膚を薄く裂いていく。
「ちょ、やめ……!その鬼はもう死んで……!」
「わかって、いる!だが、そういう、問題では……ないっ!鬼の感情が勝手に、暴走、しっ、湧いた怒りと共にっ!君を噛みたい喰らいたいと、体が動くっ!」
逃げろ、絞り出すような声。けれどそれは難しい。この拘束からは逃れられない。
「逃げたいよ!?でも逃がしてくれないじゃない!その言葉は私を放してから言っ、」
「……すまん、朝緋」
一言の謝罪の言葉と共に、ブチンと牙が皮膚を食い破った。深く深く首筋に穿たれていく。そこにあるのは鋭くも鈍い強烈な痛み。
「いたっ、!痛いっ!!う、く……、ああああっ!!……そ、んな……!」
命の雫が吸い取られる。
とうとう杏寿郎さんが人間の血を口にした。
ぐじゅる、ぐじゅると啜られる感覚。
喉がごくり、ごくりと嚥下する。杏寿郎さんのものになってく……。
「ん゛んんっ!ァァァァァッ!!」
物凄い力を前に、ただただ痛みを耐えるしかできなくて。痛すぎると涙すら出ないのか。
杏寿郎さんが鬼ではなかった時は、こうして血が出るほど噛まれてもそこにあるのは怒りと痛みだけで。絶望なんて、ただの一つもなかった。
けれど今は違う。血を啜られれば啜られるほどに、絶望が広がってく。
たくさんの血が吸い取られてくらくらしてきた。
「甘い……なんて美味い……!これが、稀血……、こんな美味いもの生まれて初めて口にする!力が満ちてくる……!は、ははは、はははははっ!!鬼になって初めて、体が歓喜に震えたっ!!」
ぷは、傷口から唇を離した杏寿郎さんが、鬼としての言葉で嗤っている。
「あ……、ゔ、杏寿郎さ……おねが、元に戻って……、これ以上鬼になっちゃ、や……っ」
杏寿郎さんを拒否しようと、貧血の中力なくも必死で振り上げる腕。簡単に掴まれたそこにもブツンと牙が突き立てられる。
「ッああ゛っ!?痛いぃぃ……っ離して!!いやだ、いやっ!!」
「やめられるものか、こんなに美味くて。気分も最高に良いのに、やめられるわけがなかろう!」
「んっ、んっ……、ゔ、うぅ……っ」
一つ、二つ、三つ四つと、体のあちこちに噛み傷が増えていく。
数だけなら無限列車に乗る前の刀鍛冶の里での噛み跡の方が多い。けれど、痛みの度合いはあれを軽く超えていた。
全てから血が流れ、そして啜られている。
この暴挙はいったい、いつ終わるの。
じゅるじゅる、じゅる。どのくらいそうしていただろう。数秒だろうか、それとも数分?体感的には何時間にも感じられた。
疲弊して掠れる喉で、今一度やめてと、そう叫んだ時だった。
鬼ではない、杏寿郎さんの声がした。
「すまない朝緋……戻った、」
見上げた先にいたのは、鬼ではない杏寿郎さんだった。
「不思議だ、朝緋の血をたっぷり摂取したせいか、あんなにあった飢餓状態が綺麗さっぱり消えている……」
「本当に、本当に大丈夫、なんですか……?」
鬼はそこに人間の血肉がある限り、それが物言わぬ骸となるまで。すべて自分の血肉にするまで止まらないことが多い。なのに飢餓状態が消えた?しかも変わりたての鬼である杏寿郎さんが?
私の血で口元を汚したままの姿を見たら、本当かどうか不安になる。
「ああ。…………朝緋、すまなかった。君をこんなにも噛んでしまった。血を啜ってしまった。……傷つけて、しまった……」
目をぎゅっと瞑る杏寿郎さんのそこから、下に向かって。私の上に垂らすようにして、涙の粒が落ちてくる。指でそっと拭えば、眉根を下げた貴方が見えた。
これは本物だ。
「いいの。いいんです……貴方が戻ってくれたなら、御自身を取り戻してくれたならそれだけでいいの。それに私は血気盛んな鬼殺隊士ですよ?この程度ではへこたれません」
「だが、……俺が血を吸いすぎて貧血になっているのではないか?顔色が少し青い……」
力こぶを作って元気をアピール。だけど、顔色をまじまじと見てきて……。視線から逃れるように、顔を振った。
「もー、大丈夫だってば!」
本当は血が足りなくてくらくらしてるけど、そんなの杏寿郎さんが無事ならどうとでもなるし、どこかに飛んでいっちゃう。
なので杏寿郎さんは気にしなくていいの。
「そんなことより何か体に変化はありませんか?」
「うむ。君の稀血に相当の力があるのは真のようだ。呪いが消えているのがわかる。
鬼舞辻無惨……奴の名も言える」
「ぴゃっ!名前を言った!名前を言ってはいけないあの人の名前を言った!!」
鬼なのにその名をさらりと口にした!!びっくりしすぎて再び床に体が倒れる。ごちん、頭を打った痛い。
……しかし何も起こらない。いや、何か起こったら困るんだけどさ。杏寿郎さんは十秒経っても変わらずそこにいて、体が崩れ去る前兆もない。
「ほんとだ。呪いは消えてるんだね……よかったぁ……」
杏寿郎さんの頬をペタペタ触り、無事を確かめる。
そして今、気がついた。目も元の杏寿郎さんの色をしていることに。
瞳孔こそ縦に割れているけど黒くない。冷たくない。赤の目の中に太陽が煌めいてる。
爪も長いし牙もある。でも、いつもの杏寿郎さんだ。