四周目 捌
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ドクドクドクドク
心の臓が破けそうなほど激しく脈打つ。うるさくてかなわん。痛い、誰か止めてくれ……。
今まで感じたことのない激痛が、苦痛が体中に走る。頭も割れそうに痛い。頭を抱えたいのに、指一本たりとも動かせない。
鬼舞辻無惨の血を飲まされ、鬼になるというのはこういうことなのか。
体が一から作り直されようとしている。一度人としての生命を奪われて死を迎え、そして鬼としての肉体に構成し直される感覚。
灼熱と共に氷のように冷たい何かが体の中で暴れ狂い、肉体を内側からバラバラにされている気分。もはや八つ裂きだ。
なるほど。頸を斬られた鬼達が、体の原型を保っていられないその仕組みが、少しばかりわかった気がする。今はその反対で俺が鬼になるところだが。
柱になる前のことだ。
鬼殺の最中に崖から落ちた時のことを思い出す。
しっかりとした呼吸が身についていなければ、死んでいた。そんな怪我を負ったことがある。あの時も打撲という打撲を負い、体がバラバラになったかのようだった。そして骨が折れた。あの痛みに少し近いな。
折れ方が良かったのだろう、そして偶然居合わせた朝緋がすぐに治療してくれたことも大きく、今は何の心配もなく骨もくっついていたが。
いやしかし、今現在が問題だ。耐え難い苦痛を前に思わず現実逃避をしてしまったな。
過去など思い返すだなんて。
ああ、燃えている。体の節々が、あちらこちらが燃えている。喉を、顔を、全身をかきむしりたいほどの苦痛。なのに一つも動けなくて。
いっそ殺してくれと言わんばかりのそれ。
呼吸を使う隊士は。柱ほどの強さの人間は、無惨の血を与えられてもすぐには鬼にならないと聞いたことがある。三日ほどはかかるそうだ。
三日!三日も俺はこの苦痛と闘うのか!!
ああ誰かたのむ、俺を殺してくれ。
痛いんだ。苦しいんだ。
俺は鬼になどなりたくない……。
「杏寿郎さん……、」
朦朧とする意識の中、聞こえてきた声に薄く目を開ける。本当は瞼を持ち上げることすら億劫で。
ようやく開いた目は、しかし、右目だけしか開かなかった。
なるほど、潰された左目はそのままなわけか。どうりで腹も痛いわけだ。
貫かれた腹の穴もそのまま。なのに死んではいないのは、鬼化が進んでいるということ。
皮肉だな。無惨の血が、俺の命を繋ぎ止めている。
目を開けた俺にホッとしたか、朝緋が抱きついてきた。
ウッ……苦しい、重い!あんなに軽いと思っていた朝緋の体が、今は重く感じる。
実際太ってしまっていたとしても本人に言うことはないが、この短期間で朝緋が太ったわけもなし、俺の体がおかしいのだ。体力が、全ての力が常人のそれよりも落ちている。
「ああ、よかった……目を開けてくれた、生きてる……」
よかったものか。あのまま死んでいた方がどれほど幸せだったか。
いや……死ねば、朝緋が悲しむ。悲しむだけではない、いつか俺を忘れ、他の男と添い遂げてしまうやも知れぬ。
朝緋は生涯俺だけだと言ってくれたが、先のことなどわからない。
……それだけは許せん。そんなことになれば、化けて出てやるからな。
しかし愛しい朝緋よ。君は何故俺を鬼にした。何故死なせてくれなかった。
柱として必死に努めてきた、俺に対する仕打ちがこれなのか?
言葉は発せない。代わりに目で語るしか出来なくて。
責めるような目で朝緋の顔を見つめれば、朝緋がぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんなさい、杏寿郎さん……。
鬼に命乞いなんて最低の隊律違反を犯しました。貴方の思いを踏み躙ってしまった。
でも私はね、鬼になってでもいいから、貴方には死んでほしくなかったの。生きていて欲しかった。
鬼となってしまった貴方のその罪は、咎は私がすべて背負います」
君の気持ちは理解した。その言葉からも、俺の手を握ってくる温度からも。
けれど、俺が鬼になる罪や咎は俺のものでしかない。君が鬼にしたようなものだとはいえ、朝緋がそこまで思い詰めることはない。
握られた手が熱く、そして痛い。ただ、握られているだけのはずなのに。
触れられることすら、今は辛い。その指が、いや、地面に接する面すら。服が肌に触れる刺激すら激痛で。
でも、声が出ないのだ。声帯が麻痺している。いや、痛みで声帯を震わせることができない。そんなこともできなくなっているとは。
せめてこの指が動いて、朝緋の涙を拭えたらいいのに。
動かそうとした瞬間、ごぷりと口から血を吐いた。体を支配してくる無惨の血ではない、人としての自分の血。
「う、ぐぁああああああっ!!」
「杏寿郎さん!?血、血が!どうしよう、辛いの!?辛いんだよね……!?」
とうとう声が出た。
しかし、それは痛みに耐えられなかった獣のような雄叫びで。
「左目もお腹も治らないし、本当に助かるの?貴方を失うのはもう嫌だよぉ……!全然鬼になる気配ゼロじゃんかぁ……杏寿郎さんがっ、し、死んじゃったらどうしよう〜〜っ」
ああ泣くな、泣くな。鬼に変わるまでに時間がかかるだけなのだから、泣かないでくれ朝緋。
頼む俺の指よ、動け。
なけなしの力で指に再度集中すれば、ビキビキ、爪の形が変わっていくのを感じる。鋭く尖った鬼の爪。
口の中もそうだ。歯を食いしばろうとしてみれば、徐々に鬼に変わっていっているのを感じる。歯が尖り始め、八重歯と呼ばずこれはもう牙と呼ぶべき代物に変貌していく。
「はっ、鬼化……進んで、る……?」
朝緋が気がついた。
触るな。俺の爪に、牙に触れるな!怪我をしたらどうする。
「鬼化が進んでいるなら、もしかして私の血が、効く……?血を飲めば、この傷も目もお腹も、全部治る……?」
朝緋が日輪刀を手に取る。それを自分の腕に当てながら、俺の真上に。口元に持ってくる。
何をする気だ。やめてくれ。
嫌だ、俺は朝緋の血を飲みたくない。口に入れるのはやめてくれ。
誰か、誰か止めてくれ!!
目だけが動く。見ていることしかできない。聞くことしかできない。
話したいのに、話せない。
心の臓が破けそうなほど激しく脈打つ。うるさくてかなわん。痛い、誰か止めてくれ……。
今まで感じたことのない激痛が、苦痛が体中に走る。頭も割れそうに痛い。頭を抱えたいのに、指一本たりとも動かせない。
鬼舞辻無惨の血を飲まされ、鬼になるというのはこういうことなのか。
体が一から作り直されようとしている。一度人としての生命を奪われて死を迎え、そして鬼としての肉体に構成し直される感覚。
灼熱と共に氷のように冷たい何かが体の中で暴れ狂い、肉体を内側からバラバラにされている気分。もはや八つ裂きだ。
なるほど。頸を斬られた鬼達が、体の原型を保っていられないその仕組みが、少しばかりわかった気がする。今はその反対で俺が鬼になるところだが。
柱になる前のことだ。
鬼殺の最中に崖から落ちた時のことを思い出す。
しっかりとした呼吸が身についていなければ、死んでいた。そんな怪我を負ったことがある。あの時も打撲という打撲を負い、体がバラバラになったかのようだった。そして骨が折れた。あの痛みに少し近いな。
折れ方が良かったのだろう、そして偶然居合わせた朝緋がすぐに治療してくれたことも大きく、今は何の心配もなく骨もくっついていたが。
いやしかし、今現在が問題だ。耐え難い苦痛を前に思わず現実逃避をしてしまったな。
過去など思い返すだなんて。
ああ、燃えている。体の節々が、あちらこちらが燃えている。喉を、顔を、全身をかきむしりたいほどの苦痛。なのに一つも動けなくて。
いっそ殺してくれと言わんばかりのそれ。
呼吸を使う隊士は。柱ほどの強さの人間は、無惨の血を与えられてもすぐには鬼にならないと聞いたことがある。三日ほどはかかるそうだ。
三日!三日も俺はこの苦痛と闘うのか!!
ああ誰かたのむ、俺を殺してくれ。
痛いんだ。苦しいんだ。
俺は鬼になどなりたくない……。
「杏寿郎さん……、」
朦朧とする意識の中、聞こえてきた声に薄く目を開ける。本当は瞼を持ち上げることすら億劫で。
ようやく開いた目は、しかし、右目だけしか開かなかった。
なるほど、潰された左目はそのままなわけか。どうりで腹も痛いわけだ。
貫かれた腹の穴もそのまま。なのに死んではいないのは、鬼化が進んでいるということ。
皮肉だな。無惨の血が、俺の命を繋ぎ止めている。
目を開けた俺にホッとしたか、朝緋が抱きついてきた。
ウッ……苦しい、重い!あんなに軽いと思っていた朝緋の体が、今は重く感じる。
実際太ってしまっていたとしても本人に言うことはないが、この短期間で朝緋が太ったわけもなし、俺の体がおかしいのだ。体力が、全ての力が常人のそれよりも落ちている。
「ああ、よかった……目を開けてくれた、生きてる……」
よかったものか。あのまま死んでいた方がどれほど幸せだったか。
いや……死ねば、朝緋が悲しむ。悲しむだけではない、いつか俺を忘れ、他の男と添い遂げてしまうやも知れぬ。
朝緋は生涯俺だけだと言ってくれたが、先のことなどわからない。
……それだけは許せん。そんなことになれば、化けて出てやるからな。
しかし愛しい朝緋よ。君は何故俺を鬼にした。何故死なせてくれなかった。
柱として必死に努めてきた、俺に対する仕打ちがこれなのか?
言葉は発せない。代わりに目で語るしか出来なくて。
責めるような目で朝緋の顔を見つめれば、朝緋がぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめんなさい、杏寿郎さん……。
鬼に命乞いなんて最低の隊律違反を犯しました。貴方の思いを踏み躙ってしまった。
でも私はね、鬼になってでもいいから、貴方には死んでほしくなかったの。生きていて欲しかった。
鬼となってしまった貴方のその罪は、咎は私がすべて背負います」
君の気持ちは理解した。その言葉からも、俺の手を握ってくる温度からも。
けれど、俺が鬼になる罪や咎は俺のものでしかない。君が鬼にしたようなものだとはいえ、朝緋がそこまで思い詰めることはない。
握られた手が熱く、そして痛い。ただ、握られているだけのはずなのに。
触れられることすら、今は辛い。その指が、いや、地面に接する面すら。服が肌に触れる刺激すら激痛で。
でも、声が出ないのだ。声帯が麻痺している。いや、痛みで声帯を震わせることができない。そんなこともできなくなっているとは。
せめてこの指が動いて、朝緋の涙を拭えたらいいのに。
動かそうとした瞬間、ごぷりと口から血を吐いた。体を支配してくる無惨の血ではない、人としての自分の血。
「う、ぐぁああああああっ!!」
「杏寿郎さん!?血、血が!どうしよう、辛いの!?辛いんだよね……!?」
とうとう声が出た。
しかし、それは痛みに耐えられなかった獣のような雄叫びで。
「左目もお腹も治らないし、本当に助かるの?貴方を失うのはもう嫌だよぉ……!全然鬼になる気配ゼロじゃんかぁ……杏寿郎さんがっ、し、死んじゃったらどうしよう〜〜っ」
ああ泣くな、泣くな。鬼に変わるまでに時間がかかるだけなのだから、泣かないでくれ朝緋。
頼む俺の指よ、動け。
なけなしの力で指に再度集中すれば、ビキビキ、爪の形が変わっていくのを感じる。鋭く尖った鬼の爪。
口の中もそうだ。歯を食いしばろうとしてみれば、徐々に鬼に変わっていっているのを感じる。歯が尖り始め、八重歯と呼ばずこれはもう牙と呼ぶべき代物に変貌していく。
「はっ、鬼化……進んで、る……?」
朝緋が気がついた。
触るな。俺の爪に、牙に触れるな!怪我をしたらどうする。
「鬼化が進んでいるなら、もしかして私の血が、効く……?血を飲めば、この傷も目もお腹も、全部治る……?」
朝緋が日輪刀を手に取る。それを自分の腕に当てながら、俺の真上に。口元に持ってくる。
何をする気だ。やめてくれ。
嫌だ、俺は朝緋の血を飲みたくない。口に入れるのはやめてくれ。
誰か、誰か止めてくれ!!
目だけが動く。見ていることしかできない。聞くことしかできない。
話したいのに、話せない。