四周目 漆
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その時、悪魔が囁いた。
もしも。
もしも杏寿郎さんが鬼になったら?
鬼としてなら、死なずに生きられる。傷も治る。失った目も、折れた肋骨も元通り。
元気な杏寿郎さんの姿を見ることができる。
ふとよぎる考え。これまで何度も、頭の中から消えてくれなかったその考え。
なんで、今思い出しちゃうかなあ……。
その考えに、飛びつきたくなっちゃうじゃない。
「鬼になると言え!死んでしまうぞ杏寿郎!!」
猗窩座のその言葉で我に返る。
けれど、悪魔の囁きは止まらない。
老いる事も死ぬ事も人間という儚い生き物の美しさ。老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊い。
杏寿郎さんのその考えは正しく理解している。でもね、私は心も体も弱いの。
目の前に蜘蛛の糸が垂らされていたら、それが鬼が垂らしてきたものでも、すがりたくなる。糸を掴んでしまう。
……だからね。
ごめんなさい、私は今から杏寿郎さんの考えを。想いを否定する。
こんなこと鬼殺隊士として、願ってはいけない。鬼に首を垂れるなどあってはならない。それはわかっているけれど。
私はここで初めて、鬼に首を垂れて懇願した。
「もうやめてください!鬼になる、鬼になります!だからどうか命だけは助けてください!私からこの人を奪わないで下さい……っ!!」
「!?」
「な、」
「朝緋さん!?」
「まだら……お前、なんてことを……っ!」
これには杏寿郎さんだけでなく、猗窩座も驚いたようで、動きが一瞬止まる。
炭治郎達も、目を見開いて固まっていた。
「ふは……っ、まさか杏寿郎の女自らそう命乞いしてくるとは、な……!」
杏寿郎さんの攻撃により、ぜいぜい息を切らし、傷深い猗窩座。今なら頸も斬れるかも。
でも、私には関係ない。今は目の前の鬼を殺すことより、杏寿郎さんの命の方が大切。杏寿郎さんさえ無事なら、もうどうでもいい。
「朝緋……、駄目だ、俺は例え死のうとも、鬼になるわけに、は……、ーーッ!?がは、朝緋、何、を……!」
「杏寿郎さん、ごめんなさい……」
最期の力を振り絞って、刀を振るおうとする杏寿郎さん。それを止めるべく、杏寿郎さんの意識を横から刈り取る。
……最期に見る貴方の顔がそんな、信じられないものを見るような表情だなんてね。
「そんな……、朝緋さん!煉獄さんを鬼にだなんて!正気ですか!!」
「ギョロギョロ目ん玉は鬼にならないって言ってたじゃねぇか!!」
「うるさいっ!二人は黙ってて!!私は!杏寿郎さんに生きていてほしいの!!」
私の言葉に二人が押し黙る。
炭治郎ならその気持ちわかるよね。伊之助だって、きっと同じ。大事な人が生きていてくれるなら、例え鬼だとしても……。
「お願いします、煉獄杏寿郎を鬼にしてください……死なせないで……」
土下座して頼み込めば、猗窩座が無言で杏寿郎さんの口に血を流し込んだ。どろりとして黒くも見える、毒のようなそれを飲ませていく。
もう、戻れない。
私は初めて鬼に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、ございます……」
「お前も鬼になるのか?」
「私はなりません……杏寿郎さんについています」
「俺は女は食わん。だが杏寿郎はその傷だ。鬼となればお前は真っ先に食われるだろう」
「それでもです」
ストッパー役は必要だ。私まで鬼になるわけにはいかない。
抱きしめた杏寿郎さんの体は軽く、これから本当に鬼に変貌するのかどうか不安でたまらない。血で汚れてしまった前髪をどかし、眠る杏寿郎さんの額に口付ける。
「太陽が直に昇る。柱ともなれば鬼になるまでに三日ほどはかかるが、陽の下には置いておけんことくらい知っておろう。早く影となる場所へゆけ」
猗窩座が森の奥を目で指し示す。ここからでは分かりづらいけれど、森は深く広いようだ。
隠れるにはもってこいなのだろう。鬼になった杏寿郎さんを失うのは絶対に嫌だから、いい場所があってホッとする。
猗窩座が杏寿郎さんを見て、楽しそうにクツクツ笑った。新しい玩具を手に入れた子供のような笑みだ。
「杏寿郎……?今回は俺の勝ちだなあ?
鬼になったら稀血のそいつを食って強くなり、俺の元に来るといい。そして共に高め合おう!」
まるで捨て台詞。
言い終えた猗窩座が跳び上がって森奥へと去っていく。
炭治郎がその後ろ姿へ、ヒノカミ神楽を纏わせた日輪刀を投げつけた。
「何が来るといいだ!何が高め合おうだ!
朝緋さんが許そうとも、俺はお前を許さないっ!!お前の勝ちなんかじゃない!煉獄さんの勝ちだ!!」
「炭治郎……」
日輪刀を無駄にしてでも、炭治郎の憤怒は凄まじく、ボロボロと泣きながら怒っていた。
私自身も、涙が後から後から溢れて溢れて全然止まらなくて。
杏寿郎さんの人としての時間が終わった。
その引導を渡したのは、他でもない。私だ。
もしも。
もしも杏寿郎さんが鬼になったら?
鬼としてなら、死なずに生きられる。傷も治る。失った目も、折れた肋骨も元通り。
元気な杏寿郎さんの姿を見ることができる。
ふとよぎる考え。これまで何度も、頭の中から消えてくれなかったその考え。
なんで、今思い出しちゃうかなあ……。
その考えに、飛びつきたくなっちゃうじゃない。
「鬼になると言え!死んでしまうぞ杏寿郎!!」
猗窩座のその言葉で我に返る。
けれど、悪魔の囁きは止まらない。
老いる事も死ぬ事も人間という儚い生き物の美しさ。老いるからこそ、死ぬからこそたまらなく愛おしく尊い。
杏寿郎さんのその考えは正しく理解している。でもね、私は心も体も弱いの。
目の前に蜘蛛の糸が垂らされていたら、それが鬼が垂らしてきたものでも、すがりたくなる。糸を掴んでしまう。
……だからね。
ごめんなさい、私は今から杏寿郎さんの考えを。想いを否定する。
こんなこと鬼殺隊士として、願ってはいけない。鬼に首を垂れるなどあってはならない。それはわかっているけれど。
私はここで初めて、鬼に首を垂れて懇願した。
「もうやめてください!鬼になる、鬼になります!だからどうか命だけは助けてください!私からこの人を奪わないで下さい……っ!!」
「!?」
「な、」
「朝緋さん!?」
「まだら……お前、なんてことを……っ!」
これには杏寿郎さんだけでなく、猗窩座も驚いたようで、動きが一瞬止まる。
炭治郎達も、目を見開いて固まっていた。
「ふは……っ、まさか杏寿郎の女自らそう命乞いしてくるとは、な……!」
杏寿郎さんの攻撃により、ぜいぜい息を切らし、傷深い猗窩座。今なら頸も斬れるかも。
でも、私には関係ない。今は目の前の鬼を殺すことより、杏寿郎さんの命の方が大切。杏寿郎さんさえ無事なら、もうどうでもいい。
「朝緋……、駄目だ、俺は例え死のうとも、鬼になるわけに、は……、ーーッ!?がは、朝緋、何、を……!」
「杏寿郎さん、ごめんなさい……」
最期の力を振り絞って、刀を振るおうとする杏寿郎さん。それを止めるべく、杏寿郎さんの意識を横から刈り取る。
……最期に見る貴方の顔がそんな、信じられないものを見るような表情だなんてね。
「そんな……、朝緋さん!煉獄さんを鬼にだなんて!正気ですか!!」
「ギョロギョロ目ん玉は鬼にならないって言ってたじゃねぇか!!」
「うるさいっ!二人は黙ってて!!私は!杏寿郎さんに生きていてほしいの!!」
私の言葉に二人が押し黙る。
炭治郎ならその気持ちわかるよね。伊之助だって、きっと同じ。大事な人が生きていてくれるなら、例え鬼だとしても……。
「お願いします、煉獄杏寿郎を鬼にしてください……死なせないで……」
土下座して頼み込めば、猗窩座が無言で杏寿郎さんの口に血を流し込んだ。どろりとして黒くも見える、毒のようなそれを飲ませていく。
もう、戻れない。
私は初めて鬼に感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、ございます……」
「お前も鬼になるのか?」
「私はなりません……杏寿郎さんについています」
「俺は女は食わん。だが杏寿郎はその傷だ。鬼となればお前は真っ先に食われるだろう」
「それでもです」
ストッパー役は必要だ。私まで鬼になるわけにはいかない。
抱きしめた杏寿郎さんの体は軽く、これから本当に鬼に変貌するのかどうか不安でたまらない。血で汚れてしまった前髪をどかし、眠る杏寿郎さんの額に口付ける。
「太陽が直に昇る。柱ともなれば鬼になるまでに三日ほどはかかるが、陽の下には置いておけんことくらい知っておろう。早く影となる場所へゆけ」
猗窩座が森の奥を目で指し示す。ここからでは分かりづらいけれど、森は深く広いようだ。
隠れるにはもってこいなのだろう。鬼になった杏寿郎さんを失うのは絶対に嫌だから、いい場所があってホッとする。
猗窩座が杏寿郎さんを見て、楽しそうにクツクツ笑った。新しい玩具を手に入れた子供のような笑みだ。
「杏寿郎……?今回は俺の勝ちだなあ?
鬼になったら稀血のそいつを食って強くなり、俺の元に来るといい。そして共に高め合おう!」
まるで捨て台詞。
言い終えた猗窩座が跳び上がって森奥へと去っていく。
炭治郎がその後ろ姿へ、ヒノカミ神楽を纏わせた日輪刀を投げつけた。
「何が来るといいだ!何が高め合おうだ!
朝緋さんが許そうとも、俺はお前を許さないっ!!お前の勝ちなんかじゃない!煉獄さんの勝ちだ!!」
「炭治郎……」
日輪刀を無駄にしてでも、炭治郎の憤怒は凄まじく、ボロボロと泣きながら怒っていた。
私自身も、涙が後から後から溢れて溢れて全然止まらなくて。
杏寿郎さんの人としての時間が終わった。
その引導を渡したのは、他でもない。私だ。