四周目 漆
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ちょこまかと素早い鬼だ。
放つ斬撃が幾度となく躱されてゆく。
同時に先ほどから炭治郎が鬼の術中に嵌り続けているが、そんなものどうとも思っていないようで。夢の中ですぐに自決して戻ってくる。
血鬼術にかかっていない?いや、かかっている。鬼がそのことに気がつき、炭治郎に『幸せな夢』ではなく『絶望の夢』を見せたようで、炭治郎の動きが一瞬止まる。
その瞬間、炭治郎に迫る鬼の鋭い蹴り。
鬼と炭治郎の間に入り、刀で斬り返して防ぐ。……この鬼、体術も使えたのね。
「魘夢っ!これなーん、だっ!?」
炭治郎から私へと注意を逸らすべく、刀身を自分の指に走らせる。
ぷくり、珠の形に膨れた血液が鬼の鼻腔を、すべてを刺激した。ぐりん、その首がこちらを向く。
「んっ!?これは稀血……っ!」
しめた、こちらに向かってき……、
「強制昏倒睡眠・眼」
左手の甲の口ではなく、その手のひらがこちらに向かって広げられる。そこにはどこかで見たことのある、夢と描かれた大きな目玉。
そこから、特殊な血鬼術が放たれる。
えええええ何で今この技!?
蚯蚓みたいな触腕に出現するやつでしょ今は出番じゃないやつ!出るの早、い……。
ガッツリ見てしまった。見てはいけなかったのに、なのに見てしまった。
やばい、炭治郎も止まってる今、私が眠ったら全滅は免れない。稀血の私は食われ、炭治郎も食われ、稀血で一気に強化された鬼が杏寿郎さん達や乗客を襲う。
そう思うのに。ここで意識を失うわけにはいかないのに。
私は夢の中に引き摺り込まれてしまった。
ごぽり
遠くから水の音が聞こえた。
「ん、ぅ……、」
瞼を持ち上げた先にあったのは、無限列車の中でも、煉獄家の生家でもなく。大正時代とは全然違う風景。
「は?……ここって、……これが、私の望み?幸せな、夢?」
朝焼けが目に痛いほど眩しくて。眼下に広がるのは大小さまざま聳えるビル群に、車が走る道路。コンビニのライト。そして遠くにぼんやりと見えている都会のタワーとその先の地平線。
私が足をつけているのは、どこかのマンションのベランダという感じで。寝巻きとおぼしき服装だって大正時代のような浴衣ではなく、てろんとしたワンピースパジャマで。
「どう考えても、これは平成とか令和の……。なんで夢の世界に未来が出てくるの?」
おかしい。おかしすぎる。
私はこの世界を望んだことなんて一度もないはず。でも鬼のいない平和な世の中は望んでるから、もしかしてそれが夢として現れた?
なんにせよ、自分の首を斬って夢から覚めなくちゃならない。日輪刀はどこ?
その時後ろから優しく抱きしめられた。
「ピャア!?」
「すごい声だな!おはよう、朝緋。起きたら隣にいなくて寂しかったぞ」
「えっえっ、うそ、きょ、寿郎さ、」
するりと私の腹に手を回し、首元に鼻先を押し付けてくるその人は、私の大好きな杏寿郎さんで。
それも、上半身が裸で目に眩しすぎるいでたちで。なんなら目の前の朝焼けより眩しかった。服を着てください。
「幽霊でも見たような顔だな!今日は日曜だし、朝餉ならブランチにしてしまえばいい。もう少し眠ろう?」
有無を言わさず、部屋の中。それもベッドの中に連行される私。軋むスプリング。
迫る、杏寿郎さんの雄々しいお顔。
その顔……眠ろうじゃなくて、寝かせる気ゼロのやつだよね?
「今朝も君を食べたい」
今朝も、ということはこの夢の中の私は、昨晩も目の前の狼にぺろりと食べられてしまったのね。
はあ……ほんと雄々しいなあ……。髪をかきあげる仕草に釘付けだ。駄目、流されそう。格好よすぎる……。
いやあのね、夢だから杏寿郎さんがいることだってあるのはわかるのよ。でもこれどういうこと?さっき姿見に映った姿を見たけど私の年齢はどう考えても二十超えてる感じだし、杏寿郎さんだって二十よりは確実に上だよ。歳を重ねて独特の色気が増してるもの。
これ、本当に私が望んでいる夢なの?
いや、どちらでもいい。私はこんなことをしてるなんて暇ないのだから。
「ん……、やめて、ください……、急いで起きなくちゃいけないの……」
体中に落とされる口づけを手で遮れば、杏寿郎さんが不服そうに鼻を鳴らした。
「起きる必要などない。ずっと、ここにいれば君は永遠に幸せなのだぞ。
それとも、共にいたくないほどに俺のことを嫌いになってしまったのか?」
「好きよ。杏寿郎さんのことだいすき」
嫌いか、なんて聞かれたら言葉を返さずにはいられない。行動でも示すように、その体に抱きついて鼓動を聞かせる。貴方といられて私はこんなにもドキドキしてるんだよ、だいすきなんだよ、と教えるように。
「……でもね、駄目なの。『起き』なくちゃ。私の場所はここじゃないの。この幸せな空間に、ぬるま湯に浸かっているわけにいかない。私が見たい未来は、貴方じゃない杏寿郎さんの未来だから」
突き飛ばして起き上がれば、自分の服装が隊服と羽織に変わる。日輪刀という馴染みある重みも戻ってきた。
日輪刀を抜けば、きらりと光る刀身。よく斬れそうなのは、鋼鐵塚さんに研いでもらったばかりだからだね。
「朝緋、その格好は……。刀……!?危ないから早く置くんだっ!!」
ここでの貴方は刀なんて握ったことのないような目をしている。平和な世界で生きる者の目。だから迂闊に手を出すと危ないのは貴方だ。
「それ以上近寄ってはいけません。……これは今一番私に必要な相棒です。貴方を傷つけることはいたしません。ああでも、貴方の心は傷つけてしまうかもしれない。
怖くて辛いものを見たくないなら、どうか目を閉じていてください」
「朝緋……、俺は目を閉じないよ。それがどんなに辛い光景でもな。
最期まで朝緋を見ている」
「そっか。……ありがとう」
「たとえこの世界が偽りだとしても。君の夢の世界だとしても。叶うなら『きみ』という朝緋ともう少し一緒にいたかったよ」
「うん、ごめんね」
後ろ髪は相当ひかれているみたいだけど、杏寿郎さんが透明な雫を目から流しながら、送り出してくれている。
私は最期に、杏寿郎さんの唇へ掠め取るようなキスを送った。
「さよなら」
もしも。もしも、生まれ変われたのなら、違う時間軸があるというなら、平和な世界が存在するなら。
また貴方に会いたい。こうやって休日に惰眠を貪り合えたら。こんなふうに過ごせたらどんなに幸せだろう。
遠い遠い未来に恋焦がれながら、私は日輪刀を自分の首に走らせた。
放つ斬撃が幾度となく躱されてゆく。
同時に先ほどから炭治郎が鬼の術中に嵌り続けているが、そんなものどうとも思っていないようで。夢の中ですぐに自決して戻ってくる。
血鬼術にかかっていない?いや、かかっている。鬼がそのことに気がつき、炭治郎に『幸せな夢』ではなく『絶望の夢』を見せたようで、炭治郎の動きが一瞬止まる。
その瞬間、炭治郎に迫る鬼の鋭い蹴り。
鬼と炭治郎の間に入り、刀で斬り返して防ぐ。……この鬼、体術も使えたのね。
「魘夢っ!これなーん、だっ!?」
炭治郎から私へと注意を逸らすべく、刀身を自分の指に走らせる。
ぷくり、珠の形に膨れた血液が鬼の鼻腔を、すべてを刺激した。ぐりん、その首がこちらを向く。
「んっ!?これは稀血……っ!」
しめた、こちらに向かってき……、
「強制昏倒睡眠・眼」
左手の甲の口ではなく、その手のひらがこちらに向かって広げられる。そこにはどこかで見たことのある、夢と描かれた大きな目玉。
そこから、特殊な血鬼術が放たれる。
えええええ何で今この技!?
蚯蚓みたいな触腕に出現するやつでしょ今は出番じゃないやつ!出るの早、い……。
ガッツリ見てしまった。見てはいけなかったのに、なのに見てしまった。
やばい、炭治郎も止まってる今、私が眠ったら全滅は免れない。稀血の私は食われ、炭治郎も食われ、稀血で一気に強化された鬼が杏寿郎さん達や乗客を襲う。
そう思うのに。ここで意識を失うわけにはいかないのに。
私は夢の中に引き摺り込まれてしまった。
ごぽり
遠くから水の音が聞こえた。
「ん、ぅ……、」
瞼を持ち上げた先にあったのは、無限列車の中でも、煉獄家の生家でもなく。大正時代とは全然違う風景。
「は?……ここって、……これが、私の望み?幸せな、夢?」
朝焼けが目に痛いほど眩しくて。眼下に広がるのは大小さまざま聳えるビル群に、車が走る道路。コンビニのライト。そして遠くにぼんやりと見えている都会のタワーとその先の地平線。
私が足をつけているのは、どこかのマンションのベランダという感じで。寝巻きとおぼしき服装だって大正時代のような浴衣ではなく、てろんとしたワンピースパジャマで。
「どう考えても、これは平成とか令和の……。なんで夢の世界に未来が出てくるの?」
おかしい。おかしすぎる。
私はこの世界を望んだことなんて一度もないはず。でも鬼のいない平和な世の中は望んでるから、もしかしてそれが夢として現れた?
なんにせよ、自分の首を斬って夢から覚めなくちゃならない。日輪刀はどこ?
その時後ろから優しく抱きしめられた。
「ピャア!?」
「すごい声だな!おはよう、朝緋。起きたら隣にいなくて寂しかったぞ」
「えっえっ、うそ、きょ、寿郎さ、」
するりと私の腹に手を回し、首元に鼻先を押し付けてくるその人は、私の大好きな杏寿郎さんで。
それも、上半身が裸で目に眩しすぎるいでたちで。なんなら目の前の朝焼けより眩しかった。服を着てください。
「幽霊でも見たような顔だな!今日は日曜だし、朝餉ならブランチにしてしまえばいい。もう少し眠ろう?」
有無を言わさず、部屋の中。それもベッドの中に連行される私。軋むスプリング。
迫る、杏寿郎さんの雄々しいお顔。
その顔……眠ろうじゃなくて、寝かせる気ゼロのやつだよね?
「今朝も君を食べたい」
今朝も、ということはこの夢の中の私は、昨晩も目の前の狼にぺろりと食べられてしまったのね。
はあ……ほんと雄々しいなあ……。髪をかきあげる仕草に釘付けだ。駄目、流されそう。格好よすぎる……。
いやあのね、夢だから杏寿郎さんがいることだってあるのはわかるのよ。でもこれどういうこと?さっき姿見に映った姿を見たけど私の年齢はどう考えても二十超えてる感じだし、杏寿郎さんだって二十よりは確実に上だよ。歳を重ねて独特の色気が増してるもの。
これ、本当に私が望んでいる夢なの?
いや、どちらでもいい。私はこんなことをしてるなんて暇ないのだから。
「ん……、やめて、ください……、急いで起きなくちゃいけないの……」
体中に落とされる口づけを手で遮れば、杏寿郎さんが不服そうに鼻を鳴らした。
「起きる必要などない。ずっと、ここにいれば君は永遠に幸せなのだぞ。
それとも、共にいたくないほどに俺のことを嫌いになってしまったのか?」
「好きよ。杏寿郎さんのことだいすき」
嫌いか、なんて聞かれたら言葉を返さずにはいられない。行動でも示すように、その体に抱きついて鼓動を聞かせる。貴方といられて私はこんなにもドキドキしてるんだよ、だいすきなんだよ、と教えるように。
「……でもね、駄目なの。『起き』なくちゃ。私の場所はここじゃないの。この幸せな空間に、ぬるま湯に浸かっているわけにいかない。私が見たい未来は、貴方じゃない杏寿郎さんの未来だから」
突き飛ばして起き上がれば、自分の服装が隊服と羽織に変わる。日輪刀という馴染みある重みも戻ってきた。
日輪刀を抜けば、きらりと光る刀身。よく斬れそうなのは、鋼鐵塚さんに研いでもらったばかりだからだね。
「朝緋、その格好は……。刀……!?危ないから早く置くんだっ!!」
ここでの貴方は刀なんて握ったことのないような目をしている。平和な世界で生きる者の目。だから迂闊に手を出すと危ないのは貴方だ。
「それ以上近寄ってはいけません。……これは今一番私に必要な相棒です。貴方を傷つけることはいたしません。ああでも、貴方の心は傷つけてしまうかもしれない。
怖くて辛いものを見たくないなら、どうか目を閉じていてください」
「朝緋……、俺は目を閉じないよ。それがどんなに辛い光景でもな。
最期まで朝緋を見ている」
「そっか。……ありがとう」
「たとえこの世界が偽りだとしても。君の夢の世界だとしても。叶うなら『きみ』という朝緋ともう少し一緒にいたかったよ」
「うん、ごめんね」
後ろ髪は相当ひかれているみたいだけど、杏寿郎さんが透明な雫を目から流しながら、送り出してくれている。
私は最期に、杏寿郎さんの唇へ掠め取るようなキスを送った。
「さよなら」
もしも。もしも、生まれ変われたのなら、違う時間軸があるというなら、平和な世界が存在するなら。
また貴方に会いたい。こうやって休日に惰眠を貪り合えたら。こんなふうに過ごせたらどんなに幸せだろう。
遠い遠い未来に恋焦がれながら、私は日輪刀を自分の首に走らせた。