四周目 漆
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夕暮れ時。夜間に走る無限列車。
その乗車前に、杏寿郎さんと私はたくさんのお弁当を買い込むことにした。杏寿郎さんの食べる牛鍋弁当がほとんどだけど、私用にお稲荷さんが詰まった稲荷弁当も買う予定だ。
好物を食べると元気もやる気も湧いてくるから不思議だよね。
「貴女はあの時の……まだ暗い朝の道で会釈してくださいましたね」
「おばあちゃん、お客さんがそんなこと覚えているわけ……」
「ええ、覚えています。先日ぶりですね。
すみませんが、ここにあるお弁当を全部くださいな」
「えーーーーーー!?」
このかわいらしい叫び声で分かる通り、お弁当を売り歩くのは、ふくちゃんとそのお婆さんのおふたりだ。
たくさんのお弁当を受け取りながら、代金と共に藤の御守りをお渡しする。
「鬼避けです。あのように暗い時間から出歩くのであれば、鬼の嫌うこちらを身につけると良いでしょう」
「あらまあ、ありがとう。貴女もやはり鬼を知って、」
「朝緋、多いから俺も受け取ろう。半分貸してくれ!!」
「……っ!?」
私の後ろからスッと杏寿郎さんが顔を出した。その顔を見ておばあさんが目を大きく見開く。
「まあ、まあまあまあ!!」
「ん?ご婦人、どうかしましたか!」
杏寿郎さんを神様でも見たかのように、眺めて手を震わせている。確か、昔槇寿朗さんに救ってもらったんだったね……そういえば、このお弁当屋さん達の元に、槇寿朗さんを連れてくるの忘れてたな。普段は駅にお店を構えてるから、会いやすいのに。
「二十年前は鬼から救っていただき、ありがとうございました!おかげさまで、私もその娘も、孫であるこの子も無事にこうして生きております……!」
「お、おばあちゃん?」
「ですが、それにしては全然お変わりなく……むしろ若返りましたでしょうか?」
杏寿郎さんが生まれる年の、その当時の槇寿朗さんは二十より上。今、杏寿郎さんは二十歳だものね。
「多分、それは俺の父ですね!
俺は父からこの羽織を受け継ぎ、父と同じように鬼を狩っているのです!」
「見間違えるのも無理はありません。ここの家族全員、男性達は見た目がそっっっくりですから」
それはもう、マトリョーシカみたいにね。あ、でも若干、槇寿朗さんは鋭い目で、千寿郎はふんわり優しそうな丸い目をしてる。
杏寿郎さん?そのちょうど中間でものすごく格好いい美丈夫だよ。異論は認めない。
昨日も今日も明日も、私の世界は杏寿郎さんで回っている。
「あなた方のことは、父に伝えます。喜ぶことでしょう」
笑って別れれば、私達が改札を潜り見えなくなるまで手を振ってくださった。……お弁当もおまけしてもらっちゃった!
「杏寿郎さん、素敵なお土産話ができたね」
「そうだな!この任務が無事に終わったら父上に……、」
「あっ駄目駄目。その言い方はしないほうがいいから保留にしといて」
人はそれを死亡フラグという。
「うん?そうなのか。朝緋が言うならそうしておこう!
……では、乗り込むぞ!この無限列車に!!」
プシューー!
沈みゆく夕日に照らされて、橙と黒に輝く車体がきらりと光る。鬼の気配がそこかしこ、中から漂う怪物のような列車だ。
本当はこんな列車に乗りたくない。乗りたくないけれど……。
「乗らないのか?ほら、いつまでも乗らないでいては周りの人の迷惑になってしまう。早く手を出してくれ」
先に乗り込んだ杏寿郎さんが、怪物の内側から私に向かって手を伸ばす。
覚悟して手を取り、足を踏み入れる。
……こんなことならもっと早く切符を偽造しておけばよかった。
失くしたと言った時、杏寿郎さんに煙管乗車だと怒られたから、『今回』は偽造したんだよ。偽造もよくない?知っているけど鬼が関わっているのだから見逃して。
でもまだ、自分の分しかできていなかったというね……。自分の分は常に携帯しているから今も持っているけれど、これでは杏寿郎さんや他の隊士は鬼の術に落ちてしまう。
ここは生きるか死ぬかの死地なのに。
これから先……特に、下弦の壱撃退後は、一瞬たりとも気が抜けない。もちろん、下弦の壱戦でも気を抜いたら、やられるのはこちらだ。
一時とはいえ、起きているのは私だけになるのだから、しっかりしなければ。
あと、炭治郎が飛び起きる時の頭突きには要注意ね。あれが直撃したら私死にそう。
味方の、攻撃のつもりのない攻撃で死ぬのなんて、絶対に嫌だわ。
夜の闇が迫ってくる。空がとんと暗くなる頃、無限列車が出発した。そのうち、炭治郎達もやってくるだろう。
その前に腹ごしらえだ。
「お弁当を食べましょうか」
「うむ!ありがたくいただこう!」
蓋を開ければ牛鍋弁当の甘辛いタレとお肉の香りが広がる。いつ嗅いでも美味しそう。美味しそう、とかではない。食べると実際に美味しい。
「美味い!!」
ほら、お隣で杏寿郎さんがキラキラしたおめめで頬張っているのが、何よりの証拠だ。なんでも美味しく食べる杏寿郎さんだけど、これが意外とグルメで。美味しくないものには美味いの言葉は出ない。
嫌いなものもちゃんとある。その時の言葉は「うま…………、不味い!苦い!!」になる。
「美味い!!」
しかし相変わらずよく通る声と、気持ちのいい食べっぷりだ。
美味い!の勢いで空になったお弁当箱がジャンプするほどに、声が大きくて。人様の迷惑……にはかろうじてなっていないけれど、注目の的だ。
私達、肺活量すごいもんね……私にも空箱浮かせることできたりしてね。
牛鍋弁当、そしてお稲荷さんの入ったお弁当をぺろり。平らげた私は席を立つ。その背にはこっそりと日輪刀も下げられている。
「師範、少し見回りに行って参ります」
「む?ならば俺も行こう!」
あ。急に美味い以外の言葉を発したからか、珍しく杏寿郎さんの口の端にご飯粒がついている。
「口のお隣におべんと付いてますよ」
「うん?それは恥ずかしいな!どこだろうか!」
「ああ違う、そっちじゃない。反対の……そこでもない……」
しょうがない、指を伸ばしてその一粒を取ろうと……、かぷっ!
「ん、ちゅるちゅる……、朝緋の指は美味いな?」
「!?な、何してるんですかっ!周りに人だっているのにぃ!」
ただでさえ、杏寿郎さんの声の大きさで注目の的なのに。
「何って、見ればわかるだろう。朝緋の指を食んで舐めていただけだが?あとご飯粒なら食べたぞ。もう口の端についていないだろう!」
ふふふと笑う姿で分かった。確信犯かこやつぅぅぅ!!
急いで指を杏寿郎さんの口から放す。あー恥ずかしっ!!
「もうっ!貴方は大人しく食べていてくださいねっ!腹が減っては戦はできぬですから」
幸せそうにお弁当を頬張るのを邪魔したくない。本当なら隣でずっと見ていたいくらい、杏寿郎さんが食事する姿が大好きだから。
「朝緋はそれだけで足りたのか?」
「それだけでって、これでもお稲荷さんのお弁当と、牛鍋弁当を一つずついただきました。私にはそれで十分ですよ」
「いつもより少ない気がするがな」
「そうかな?」
私がしっかりしなくちゃ。今回こそ全員で生きて戻る。そんな思いがあるせいなのか、無限列車ではいつも若干少なめに食べてしまう……。
「あ、とりあえず三つは残しておいてください」
炭治郎達三人の分だ。美味しいものは〜?みんなで分かち合うべきっ!!
「三つだな!了解した!!既に鬼の出る刻限。見回りに行くのならば、気をつけるようにな!」
「はい!」
自分を勇気づけるべく、背中だけでなく懐に隠した短い日輪刀のあたりを、キュッと握りしめた。
その乗車前に、杏寿郎さんと私はたくさんのお弁当を買い込むことにした。杏寿郎さんの食べる牛鍋弁当がほとんどだけど、私用にお稲荷さんが詰まった稲荷弁当も買う予定だ。
好物を食べると元気もやる気も湧いてくるから不思議だよね。
「貴女はあの時の……まだ暗い朝の道で会釈してくださいましたね」
「おばあちゃん、お客さんがそんなこと覚えているわけ……」
「ええ、覚えています。先日ぶりですね。
すみませんが、ここにあるお弁当を全部くださいな」
「えーーーーーー!?」
このかわいらしい叫び声で分かる通り、お弁当を売り歩くのは、ふくちゃんとそのお婆さんのおふたりだ。
たくさんのお弁当を受け取りながら、代金と共に藤の御守りをお渡しする。
「鬼避けです。あのように暗い時間から出歩くのであれば、鬼の嫌うこちらを身につけると良いでしょう」
「あらまあ、ありがとう。貴女もやはり鬼を知って、」
「朝緋、多いから俺も受け取ろう。半分貸してくれ!!」
「……っ!?」
私の後ろからスッと杏寿郎さんが顔を出した。その顔を見ておばあさんが目を大きく見開く。
「まあ、まあまあまあ!!」
「ん?ご婦人、どうかしましたか!」
杏寿郎さんを神様でも見たかのように、眺めて手を震わせている。確か、昔槇寿朗さんに救ってもらったんだったね……そういえば、このお弁当屋さん達の元に、槇寿朗さんを連れてくるの忘れてたな。普段は駅にお店を構えてるから、会いやすいのに。
「二十年前は鬼から救っていただき、ありがとうございました!おかげさまで、私もその娘も、孫であるこの子も無事にこうして生きております……!」
「お、おばあちゃん?」
「ですが、それにしては全然お変わりなく……むしろ若返りましたでしょうか?」
杏寿郎さんが生まれる年の、その当時の槇寿朗さんは二十より上。今、杏寿郎さんは二十歳だものね。
「多分、それは俺の父ですね!
俺は父からこの羽織を受け継ぎ、父と同じように鬼を狩っているのです!」
「見間違えるのも無理はありません。ここの家族全員、男性達は見た目がそっっっくりですから」
それはもう、マトリョーシカみたいにね。あ、でも若干、槇寿朗さんは鋭い目で、千寿郎はふんわり優しそうな丸い目をしてる。
杏寿郎さん?そのちょうど中間でものすごく格好いい美丈夫だよ。異論は認めない。
昨日も今日も明日も、私の世界は杏寿郎さんで回っている。
「あなた方のことは、父に伝えます。喜ぶことでしょう」
笑って別れれば、私達が改札を潜り見えなくなるまで手を振ってくださった。……お弁当もおまけしてもらっちゃった!
「杏寿郎さん、素敵なお土産話ができたね」
「そうだな!この任務が無事に終わったら父上に……、」
「あっ駄目駄目。その言い方はしないほうがいいから保留にしといて」
人はそれを死亡フラグという。
「うん?そうなのか。朝緋が言うならそうしておこう!
……では、乗り込むぞ!この無限列車に!!」
プシューー!
沈みゆく夕日に照らされて、橙と黒に輝く車体がきらりと光る。鬼の気配がそこかしこ、中から漂う怪物のような列車だ。
本当はこんな列車に乗りたくない。乗りたくないけれど……。
「乗らないのか?ほら、いつまでも乗らないでいては周りの人の迷惑になってしまう。早く手を出してくれ」
先に乗り込んだ杏寿郎さんが、怪物の内側から私に向かって手を伸ばす。
覚悟して手を取り、足を踏み入れる。
……こんなことならもっと早く切符を偽造しておけばよかった。
失くしたと言った時、杏寿郎さんに煙管乗車だと怒られたから、『今回』は偽造したんだよ。偽造もよくない?知っているけど鬼が関わっているのだから見逃して。
でもまだ、自分の分しかできていなかったというね……。自分の分は常に携帯しているから今も持っているけれど、これでは杏寿郎さんや他の隊士は鬼の術に落ちてしまう。
ここは生きるか死ぬかの死地なのに。
これから先……特に、下弦の壱撃退後は、一瞬たりとも気が抜けない。もちろん、下弦の壱戦でも気を抜いたら、やられるのはこちらだ。
一時とはいえ、起きているのは私だけになるのだから、しっかりしなければ。
あと、炭治郎が飛び起きる時の頭突きには要注意ね。あれが直撃したら私死にそう。
味方の、攻撃のつもりのない攻撃で死ぬのなんて、絶対に嫌だわ。
夜の闇が迫ってくる。空がとんと暗くなる頃、無限列車が出発した。そのうち、炭治郎達もやってくるだろう。
その前に腹ごしらえだ。
「お弁当を食べましょうか」
「うむ!ありがたくいただこう!」
蓋を開ければ牛鍋弁当の甘辛いタレとお肉の香りが広がる。いつ嗅いでも美味しそう。美味しそう、とかではない。食べると実際に美味しい。
「美味い!!」
ほら、お隣で杏寿郎さんがキラキラしたおめめで頬張っているのが、何よりの証拠だ。なんでも美味しく食べる杏寿郎さんだけど、これが意外とグルメで。美味しくないものには美味いの言葉は出ない。
嫌いなものもちゃんとある。その時の言葉は「うま…………、不味い!苦い!!」になる。
「美味い!!」
しかし相変わらずよく通る声と、気持ちのいい食べっぷりだ。
美味い!の勢いで空になったお弁当箱がジャンプするほどに、声が大きくて。人様の迷惑……にはかろうじてなっていないけれど、注目の的だ。
私達、肺活量すごいもんね……私にも空箱浮かせることできたりしてね。
牛鍋弁当、そしてお稲荷さんの入ったお弁当をぺろり。平らげた私は席を立つ。その背にはこっそりと日輪刀も下げられている。
「師範、少し見回りに行って参ります」
「む?ならば俺も行こう!」
あ。急に美味い以外の言葉を発したからか、珍しく杏寿郎さんの口の端にご飯粒がついている。
「口のお隣におべんと付いてますよ」
「うん?それは恥ずかしいな!どこだろうか!」
「ああ違う、そっちじゃない。反対の……そこでもない……」
しょうがない、指を伸ばしてその一粒を取ろうと……、かぷっ!
「ん、ちゅるちゅる……、朝緋の指は美味いな?」
「!?な、何してるんですかっ!周りに人だっているのにぃ!」
ただでさえ、杏寿郎さんの声の大きさで注目の的なのに。
「何って、見ればわかるだろう。朝緋の指を食んで舐めていただけだが?あとご飯粒なら食べたぞ。もう口の端についていないだろう!」
ふふふと笑う姿で分かった。確信犯かこやつぅぅぅ!!
急いで指を杏寿郎さんの口から放す。あー恥ずかしっ!!
「もうっ!貴方は大人しく食べていてくださいねっ!腹が減っては戦はできぬですから」
幸せそうにお弁当を頬張るのを邪魔したくない。本当なら隣でずっと見ていたいくらい、杏寿郎さんが食事する姿が大好きだから。
「朝緋はそれだけで足りたのか?」
「それだけでって、これでもお稲荷さんのお弁当と、牛鍋弁当を一つずついただきました。私にはそれで十分ですよ」
「いつもより少ない気がするがな」
「そうかな?」
私がしっかりしなくちゃ。今回こそ全員で生きて戻る。そんな思いがあるせいなのか、無限列車ではいつも若干少なめに食べてしまう……。
「あ、とりあえず三つは残しておいてください」
炭治郎達三人の分だ。美味しいものは〜?みんなで分かち合うべきっ!!
「三つだな!了解した!!既に鬼の出る刻限。見回りに行くのならば、気をつけるようにな!」
「はい!」
自分を勇気づけるべく、背中だけでなく懐に隠した短い日輪刀のあたりを、キュッと握りしめた。