二周目 弐
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涼しい風が吹く、夏の昼下がりのことだった。
夏の太陽にしては柔らかな日差しが差し込む、瑠火さんの寝床。そこで瑠火さんの看病がてらお茶をしていると、衣擦れの音がした。瑠火さんが起きあがろうとしていた。
「か、かあさま!ちょ、手伝います!」
「いいえ、大丈夫です」
心配でたまらぬ私と裏腹に、瑠火さんは病気など感じさせぬくらいしゃんとした背筋で、布団から起き上がってこちらを向いた。
「朝緋」
「は、はい!」
鋭くも凛と響くその声に、思わず私も背筋がぴんと伸びる。
「今一度、煉獄家の責務について。そしてこれから先の事について話しておきましょう」
ああ、あの春の日。花見に出かけた日に言われたことが蘇る。しかしこれから先……?
嫌な予感のする言葉だと思いながらも、私は静かに頷いた。
「杏寿郎に、なぜ自分が人より強く生まれたのかわかるかと聞きました」
あー……。確かに煉獄家の子は、人より強く生まれている方だ。マトリョーシカのような見た目の遺伝子だけでなく、実際に会ってみたらよくわかる気がする。やたら強い。
瑠火さんが少し弱いだけで、この家の人はほんっと超健康体だよね。
「杏寿郎兄さんはなんと?」
「その時は考えあぐね、わからないと正直に言いました。
朝緋も杏寿郎に負けず劣らず強い子です。この問いに朝緋ならどう答えますか?」
「答えるも何も、私は強くありません」
外から聞こえる、杏寿郎さんと千寿郎の鍛錬の掛け声。静寂の中に溶け込むそれを聞きながらキッパリと言った。
瑠火さんは、それに首を振って否定した。
「いいえ、強いです。
確かに貴女の強さは、煉獄家の先天的な強さではなく努力によって身についたものが大きいかもしれませんが」
「ええ。だって、私には努力する他ありませんから……」
「自分を卑下してはなりませんよ。自分の力を、その努力を誇りに思いなさい」
叱咤され、少しだけ気分が上向いた。瑠火さんの言葉は、まるでお館様の声を聞いた時と同じようにすっと心に入るから不思議だ。
「問いの答えですが……。
弱い人を助ける、そのために強く生まれたのだと、私ならそう答えたいです」
というよりも、これは杏寿郎さんから『前』にも散々言い聞かされている。私の中に、常にある言葉だ。カンニングみたいで申し訳ないけれども。
大元を辿れば、瑠火さんからの言葉だったのかと、今ならよくわかる。
「そうですね。弱き人を助けるためです。
その力は、人を傷つけ私腹を肥すことではなく、世のため人のために振るわなくてはならない。困っている人、弱き人を助けることこそが、強く生まれた者の責務。
決して忘れることなきようにと、私は杏寿郎に説明しました」
「私にもそれを望むと、そういう事ですね。
元よりその心算で鬼殺隊を目指し、日々精進しております!」
ま、……大して強くはないですが。
その言葉は心にしまっておき、私は胸を張って答えた。
「ええまあ、はい。確かに責務だとは思います」
珍しく言葉を濁された。そして続ける。
「ですが貴女は女です。女としての幸せを得て欲しい。その願いもまた、私の思いです。
鬼殺隊に入るも貴女の自由。そうではなくこのまま女学校に行くもよし、添い遂げたいと思う殿方の元へ嫁ぐもよし。
全ては朝緋の自由なのです」
槇寿朗さんも瑠火さんも。いつだって逃げ道を用意してくれている。鬼殺隊に所属する以外の、女としての道も残してくれている。
なんという親心。
女だからというのは、この時代柄やはり大きい。男尊女卑とは違う。女は男に守ってもらえる生き物だと、そういう考えが未だ強く根を這っている。
ただ私は……ううん。世の中の女性はそんなに弱くない。大人しく護られるだけの存在ではなくなってきた。
「そして杏寿郎は強い子です。その強い者を助けるのもまた、そばにいる女の役目でもあります。
言っている意味はわかりますか?」
「?……わかりません」
「きっといつかわかります。
貴女がどんな恋愛をしても私は構いませんからね。それだけ伝えておきます」
「うう、えっと…………ハイ」
真意はよくわからなかったが、私は有無を言わさない瑠火さんのどこか冗談まじりのにっこり笑顔を前に、ただ曖昧に頷くしかできなかった。
そんな瑠火さんが、真面目な表情に戻る。青空を仰ぐように見つめ、ぼそり呟く。
「私はもうすぐ死ぬでしょう……」
「かあさま……。
そんな悲しいことを言わないで。諦めず生きてください」
でないとこの家は……。
痩せて細くなったその手を取り、願うようにギュッと握りしめる。額に当てて目を閉じれば、自然と涙が浮かんだ。
「いいえ朝緋、自分の体のことです。自分が一番わかります。
あなた達の母となれて、私は幸せでしたよ。
あとは……この家のこと、あの人のこと、そして杏寿郎や千寿郎のことは頼みました」
ふわりと抱き寄せられた。その抱擁は思ったより強く、母の温もりと愛に溢れていた。
そう言ってまもなく。瑠火さんはご自身の悟った読み通り、帰らぬ人となってしまった。
まだ、槇寿朗さんが笑顔をどうにか保って私達に稽古をつけていた頃のことである。
それを機に徐々に翳っていく笑顔。
薄氷のような精神の上で耐えていただけにすぎない彼は、日に日に覇気をなくしていく。共に鍛錬をといっても、やりたがらなくなってきて。ようやく叶った稽古も身が入らないものになってきていた。
瑠火さんという明るく照らす炎がいなくなって、家の中が暗く寂しくなっていったように見える。
槇寿朗さんの気持ちはすでに聞いていた。だから心中は察せるけど困る。まだ私達は幼い。親である槇寿朗さんにはしっかりして欲しいのだ。
昔からいる奉公人が世話をしに来てくれなかったらと思うとぞっとする。
内内のことは粗方覚えたとはいえ、私だけではこの家を回すなんてやっていけなかったろう。奉公の方や、杏寿郎さん、まだ幼い千寿郎もが手伝ってくれて良かった。
夏の太陽にしては柔らかな日差しが差し込む、瑠火さんの寝床。そこで瑠火さんの看病がてらお茶をしていると、衣擦れの音がした。瑠火さんが起きあがろうとしていた。
「か、かあさま!ちょ、手伝います!」
「いいえ、大丈夫です」
心配でたまらぬ私と裏腹に、瑠火さんは病気など感じさせぬくらいしゃんとした背筋で、布団から起き上がってこちらを向いた。
「朝緋」
「は、はい!」
鋭くも凛と響くその声に、思わず私も背筋がぴんと伸びる。
「今一度、煉獄家の責務について。そしてこれから先の事について話しておきましょう」
ああ、あの春の日。花見に出かけた日に言われたことが蘇る。しかしこれから先……?
嫌な予感のする言葉だと思いながらも、私は静かに頷いた。
「杏寿郎に、なぜ自分が人より強く生まれたのかわかるかと聞きました」
あー……。確かに煉獄家の子は、人より強く生まれている方だ。マトリョーシカのような見た目の遺伝子だけでなく、実際に会ってみたらよくわかる気がする。やたら強い。
瑠火さんが少し弱いだけで、この家の人はほんっと超健康体だよね。
「杏寿郎兄さんはなんと?」
「その時は考えあぐね、わからないと正直に言いました。
朝緋も杏寿郎に負けず劣らず強い子です。この問いに朝緋ならどう答えますか?」
「答えるも何も、私は強くありません」
外から聞こえる、杏寿郎さんと千寿郎の鍛錬の掛け声。静寂の中に溶け込むそれを聞きながらキッパリと言った。
瑠火さんは、それに首を振って否定した。
「いいえ、強いです。
確かに貴女の強さは、煉獄家の先天的な強さではなく努力によって身についたものが大きいかもしれませんが」
「ええ。だって、私には努力する他ありませんから……」
「自分を卑下してはなりませんよ。自分の力を、その努力を誇りに思いなさい」
叱咤され、少しだけ気分が上向いた。瑠火さんの言葉は、まるでお館様の声を聞いた時と同じようにすっと心に入るから不思議だ。
「問いの答えですが……。
弱い人を助ける、そのために強く生まれたのだと、私ならそう答えたいです」
というよりも、これは杏寿郎さんから『前』にも散々言い聞かされている。私の中に、常にある言葉だ。カンニングみたいで申し訳ないけれども。
大元を辿れば、瑠火さんからの言葉だったのかと、今ならよくわかる。
「そうですね。弱き人を助けるためです。
その力は、人を傷つけ私腹を肥すことではなく、世のため人のために振るわなくてはならない。困っている人、弱き人を助けることこそが、強く生まれた者の責務。
決して忘れることなきようにと、私は杏寿郎に説明しました」
「私にもそれを望むと、そういう事ですね。
元よりその心算で鬼殺隊を目指し、日々精進しております!」
ま、……大して強くはないですが。
その言葉は心にしまっておき、私は胸を張って答えた。
「ええまあ、はい。確かに責務だとは思います」
珍しく言葉を濁された。そして続ける。
「ですが貴女は女です。女としての幸せを得て欲しい。その願いもまた、私の思いです。
鬼殺隊に入るも貴女の自由。そうではなくこのまま女学校に行くもよし、添い遂げたいと思う殿方の元へ嫁ぐもよし。
全ては朝緋の自由なのです」
槇寿朗さんも瑠火さんも。いつだって逃げ道を用意してくれている。鬼殺隊に所属する以外の、女としての道も残してくれている。
なんという親心。
女だからというのは、この時代柄やはり大きい。男尊女卑とは違う。女は男に守ってもらえる生き物だと、そういう考えが未だ強く根を這っている。
ただ私は……ううん。世の中の女性はそんなに弱くない。大人しく護られるだけの存在ではなくなってきた。
「そして杏寿郎は強い子です。その強い者を助けるのもまた、そばにいる女の役目でもあります。
言っている意味はわかりますか?」
「?……わかりません」
「きっといつかわかります。
貴女がどんな恋愛をしても私は構いませんからね。それだけ伝えておきます」
「うう、えっと…………ハイ」
真意はよくわからなかったが、私は有無を言わさない瑠火さんのどこか冗談まじりのにっこり笑顔を前に、ただ曖昧に頷くしかできなかった。
そんな瑠火さんが、真面目な表情に戻る。青空を仰ぐように見つめ、ぼそり呟く。
「私はもうすぐ死ぬでしょう……」
「かあさま……。
そんな悲しいことを言わないで。諦めず生きてください」
でないとこの家は……。
痩せて細くなったその手を取り、願うようにギュッと握りしめる。額に当てて目を閉じれば、自然と涙が浮かんだ。
「いいえ朝緋、自分の体のことです。自分が一番わかります。
あなた達の母となれて、私は幸せでしたよ。
あとは……この家のこと、あの人のこと、そして杏寿郎や千寿郎のことは頼みました」
ふわりと抱き寄せられた。その抱擁は思ったより強く、母の温もりと愛に溢れていた。
そう言ってまもなく。瑠火さんはご自身の悟った読み通り、帰らぬ人となってしまった。
まだ、槇寿朗さんが笑顔をどうにか保って私達に稽古をつけていた頃のことである。
それを機に徐々に翳っていく笑顔。
薄氷のような精神の上で耐えていただけにすぎない彼は、日に日に覇気をなくしていく。共に鍛錬をといっても、やりたがらなくなってきて。ようやく叶った稽古も身が入らないものになってきていた。
瑠火さんという明るく照らす炎がいなくなって、家の中が暗く寂しくなっていったように見える。
槇寿朗さんの気持ちはすでに聞いていた。だから心中は察せるけど困る。まだ私達は幼い。親である槇寿朗さんにはしっかりして欲しいのだ。
昔からいる奉公人が世話をしに来てくれなかったらと思うとぞっとする。
内内のことは粗方覚えたとはいえ、私だけではこの家を回すなんてやっていけなかったろう。奉公の方や、杏寿郎さん、まだ幼い千寿郎もが手伝ってくれて良かった。