四周目 漆
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その時、枕元に要とあずまが飛んできた。
「伝令!伝令!
炎柱煉獄杏寿郎トソノ継子、煉獄朝緋ニ伝令!!」
「任務!任務!!朝緋チャン炎柱ト任務!」
「討伐隊ノ隊士数名ガ消息ヲ絶ッタ!任務ニ向カエ!!」
ぞくり。討伐隊の隊士数名……嫌な予感しかしない。聞きたくない、聞きたくない。
「ふむ、討伐隊数名というと、無限列車の件だな。全員が行方知れず、ということか……鬼にしてやられたな」
「無限列車……」
やはりそうだ。杏寿郎さんの口から無限列車の名前が出てしまった。一番聞きたくない言葉が。
「ああ、短期間のうちに人が四十名以上も消えていてな。数名の隊士を乗客として送り込んだのだ」
「私……何も聞いてない……列車で人が消えてるなんて話も、初耳で……、」
「それはそうだろう。その時はまだ他の隊士が担当していたし、隊士が送り込まれたのは朝緋がこの地に赴くその日だ。
言わなかったのは、刀を研ぎに行く朝緋に、あずまが気を利かせたのだろうな」
ああもう、そんな気を回さなくていいのに……。
杏寿郎さんに撫で撫でこしょこしょされ、あずまが嬉しそうにクルルルと喉を鳴らしている。……猫みたいだ。
羨ましそうにそれをじっと見ていた要が、ハッと我に返り、伝令の続きをけたたましく叫んだ。
続いてあずまも甲高く鳴く。
「炎柱ト継子!鬼ヲ討伐セヨ!討伐セヨ!」
「無限列車ニ巣食ウ、鬼ヲ討伐セヨ!」
ここまで来るともう、引き返せない。
四十名もいなくなっている現状、逃げることはけっして許されない。
柱である杏寿郎さんが出なくてはならない。継子である私も一緒だけど、でも……。
きゅっと布団の端ごと、杏寿郎さんの腕を掴む。
ここに留め置いておきたくて。行きたくなくて。行って欲しくなくて。
昨日の杏寿郎さんが私を噛んだ気持ちが少しわかった気がする。牙でも刃でもなんでも、使えるものを使って、その場に留め置いてしまいたくなる気持ちが。
「どうした?四十名も行方不明と聞いて、怖くなったか?」
「ん、……ちょっと怖い」
本当は違う、違うの……。鬼が怖いわけじゃないの。
貴方をまた失う結果になってしまったらと思うと怖くて。
行かせたくない、行きたくない。逃げ出したい。でも鬼殺隊士は逃げるわけにいかない。
「大丈夫だ。俺がついているぞ!」
快活に笑い私を撫でてくれる、貴方のこの笑顔が見えなくなる可能性を考える。
この笑顔が失われるなんて絶対に嫌。
それでも、もう、運命はまた動き出してしまった。
その物語は止められない。
隊服を持ってきておいてよかった。
身支度を整えていれば、槇寿朗さんに声をかけられた。
「任務だそうだな」
その視線の先には太陽の下、庭で戯れる小鳥達。まるで煉獄家のみんなみたいな眩しいそれを眺めながら、こちらを見ずに話しかけてくる。
顔が見えないから、感情が見えない。
今はどんな気持ちで、私達を送り出そうとしているのだろう。
「はい。日輪刀の研ぎ直しが終わり次第、現場へと向かいます」
「俺もそうです。日輪刀が研ぎ終わりさえすれば、すぐ任務へ向かおうかと」
早く終わって欲しくない、研ぎ直しがずっと終わらなければいいのに。
なんて思うほど、気が落ち込んでいる。顔には決して出さなくとも、心は病んでいた。
「気をつけて行ってこい」
顔がこちらに向いた。表情は何か吹っ切れたあとのように、柔らかく微笑んでいて。送り出すための言葉だけを言われた。
はい!と大きく返事をする杏寿郎さんとは違い、私の返事はか細くて。
「父様っ」
「どうした、……っ!?」
泣き出しそうな私は、槇寿朗さんに思い切り抱きついた。
「なっ、朝緋!?何故父上と抱き合っている!やはり君は父上とっ……うんん!?」
杏寿郎さんの袖も引っ張って巻き込み、どちらにも抱きつく。ぎゅうぎゅう煉獄家の塊状態。ここに千寿郎もいれば完璧だったろう。
二人共に抱きついたからか、その腕は自然と私の体に回る。抱き寄せてくれる。
燃えそうなほど熱い二人の体と腕だけれど、安心できる熱さだ。……だいすき。
「……なあこれは……どういう状況だ?」
「おしくら饅頭のようなものに近い、ですね。つい俺からも腕を回してしまったが、朝緋……君は一体何がしたいんだ?」
気が緩むと出そうになる涙を引っ込めて、無理にでも笑う。
「えへへ……。父様と、杏寿郎さん、欲張りだけどどっちもいっぺんに補給したかったの!もー大丈夫。ありがとう!
わがままなことしてごめんなさい」
掴んでいた服を放し、そっと離れる。でも、槇寿朗さんが私を抱き寄せて離さなかった。もうお酒の匂いのしない、杏寿郎さんと似た香りがする。
「この程度、わがままに入るわけがなかろう。朝緋は大事な家族、大事な娘なのだから」
「狡いです父上!朝緋は俺のですよっ!」
ぎゅーっと抱かれていれば、横から私をぶんどるのはこの人。私は一瞬にして槇寿朗さんの腕の中から、杏寿郎さんの腕の中だ。
「親子の抱擁にまで悋気を感じるんじゃない!心の狭い息子だなお前は!?」
「心が狭くて結構です!!」
「開き直ったな杏寿郎っ……!!」
小さな親子喧嘩のようなものが、杏寿郎さんの腕の中から聞こえる。口調は荒くとも、どこか楽しそうなやりとりで。
相手は父親なのに、仲の良さを見せつけるように抱いてくるものだから、そのおかしさになんだか私まで楽しくなってくる。
「ううむ!やはり朝緋の場所は俺の腕の中でなくてはな!しっくりくるっ!!
朝緋もそう思うだろう!?なっ!!」
「杏寿郎さんたら……」
わはは、と高らかに笑いながら私の頭を撫で、ぎゅうぎゅうに抱きしめてくる強さ。心地よい強さの抱擁。
そうだね、槇寿朗さんの抱擁も落ち着くし大好きだけど、一番はやっぱり杏寿郎さん。貴方のもとがいい。
どこに行っても、私の帰る場所はいつもここだ。
返事がわりにと、その抱擁に応えた。
槇寿朗さんの声ひとつで、その空気が変わった。
「……二人とも」
先ほどまでのどこかふざけていて甘かった空気はどこへやら、槇寿朗さんの声は最初に声をかけてきた時のような、死地に送り出そうとする時の声音に変わる。
「怪我をするなどは言わん、俺から言えることはただ一つのみ。
……生きて戻れよ。炎柱煉獄杏寿郎、そしてその継子煉獄朝緋」
強い、強い瞳が生きろと命じてくる。
「はい、行って参ります」
「…………はいっ!」
日輪刀が研ぎ終わるのは、数日後と言わずそれからすぐのことだった。
「伝令!伝令!
炎柱煉獄杏寿郎トソノ継子、煉獄朝緋ニ伝令!!」
「任務!任務!!朝緋チャン炎柱ト任務!」
「討伐隊ノ隊士数名ガ消息ヲ絶ッタ!任務ニ向カエ!!」
ぞくり。討伐隊の隊士数名……嫌な予感しかしない。聞きたくない、聞きたくない。
「ふむ、討伐隊数名というと、無限列車の件だな。全員が行方知れず、ということか……鬼にしてやられたな」
「無限列車……」
やはりそうだ。杏寿郎さんの口から無限列車の名前が出てしまった。一番聞きたくない言葉が。
「ああ、短期間のうちに人が四十名以上も消えていてな。数名の隊士を乗客として送り込んだのだ」
「私……何も聞いてない……列車で人が消えてるなんて話も、初耳で……、」
「それはそうだろう。その時はまだ他の隊士が担当していたし、隊士が送り込まれたのは朝緋がこの地に赴くその日だ。
言わなかったのは、刀を研ぎに行く朝緋に、あずまが気を利かせたのだろうな」
ああもう、そんな気を回さなくていいのに……。
杏寿郎さんに撫で撫でこしょこしょされ、あずまが嬉しそうにクルルルと喉を鳴らしている。……猫みたいだ。
羨ましそうにそれをじっと見ていた要が、ハッと我に返り、伝令の続きをけたたましく叫んだ。
続いてあずまも甲高く鳴く。
「炎柱ト継子!鬼ヲ討伐セヨ!討伐セヨ!」
「無限列車ニ巣食ウ、鬼ヲ討伐セヨ!」
ここまで来るともう、引き返せない。
四十名もいなくなっている現状、逃げることはけっして許されない。
柱である杏寿郎さんが出なくてはならない。継子である私も一緒だけど、でも……。
きゅっと布団の端ごと、杏寿郎さんの腕を掴む。
ここに留め置いておきたくて。行きたくなくて。行って欲しくなくて。
昨日の杏寿郎さんが私を噛んだ気持ちが少しわかった気がする。牙でも刃でもなんでも、使えるものを使って、その場に留め置いてしまいたくなる気持ちが。
「どうした?四十名も行方不明と聞いて、怖くなったか?」
「ん、……ちょっと怖い」
本当は違う、違うの……。鬼が怖いわけじゃないの。
貴方をまた失う結果になってしまったらと思うと怖くて。
行かせたくない、行きたくない。逃げ出したい。でも鬼殺隊士は逃げるわけにいかない。
「大丈夫だ。俺がついているぞ!」
快活に笑い私を撫でてくれる、貴方のこの笑顔が見えなくなる可能性を考える。
この笑顔が失われるなんて絶対に嫌。
それでも、もう、運命はまた動き出してしまった。
その物語は止められない。
隊服を持ってきておいてよかった。
身支度を整えていれば、槇寿朗さんに声をかけられた。
「任務だそうだな」
その視線の先には太陽の下、庭で戯れる小鳥達。まるで煉獄家のみんなみたいな眩しいそれを眺めながら、こちらを見ずに話しかけてくる。
顔が見えないから、感情が見えない。
今はどんな気持ちで、私達を送り出そうとしているのだろう。
「はい。日輪刀の研ぎ直しが終わり次第、現場へと向かいます」
「俺もそうです。日輪刀が研ぎ終わりさえすれば、すぐ任務へ向かおうかと」
早く終わって欲しくない、研ぎ直しがずっと終わらなければいいのに。
なんて思うほど、気が落ち込んでいる。顔には決して出さなくとも、心は病んでいた。
「気をつけて行ってこい」
顔がこちらに向いた。表情は何か吹っ切れたあとのように、柔らかく微笑んでいて。送り出すための言葉だけを言われた。
はい!と大きく返事をする杏寿郎さんとは違い、私の返事はか細くて。
「父様っ」
「どうした、……っ!?」
泣き出しそうな私は、槇寿朗さんに思い切り抱きついた。
「なっ、朝緋!?何故父上と抱き合っている!やはり君は父上とっ……うんん!?」
杏寿郎さんの袖も引っ張って巻き込み、どちらにも抱きつく。ぎゅうぎゅう煉獄家の塊状態。ここに千寿郎もいれば完璧だったろう。
二人共に抱きついたからか、その腕は自然と私の体に回る。抱き寄せてくれる。
燃えそうなほど熱い二人の体と腕だけれど、安心できる熱さだ。……だいすき。
「……なあこれは……どういう状況だ?」
「おしくら饅頭のようなものに近い、ですね。つい俺からも腕を回してしまったが、朝緋……君は一体何がしたいんだ?」
気が緩むと出そうになる涙を引っ込めて、無理にでも笑う。
「えへへ……。父様と、杏寿郎さん、欲張りだけどどっちもいっぺんに補給したかったの!もー大丈夫。ありがとう!
わがままなことしてごめんなさい」
掴んでいた服を放し、そっと離れる。でも、槇寿朗さんが私を抱き寄せて離さなかった。もうお酒の匂いのしない、杏寿郎さんと似た香りがする。
「この程度、わがままに入るわけがなかろう。朝緋は大事な家族、大事な娘なのだから」
「狡いです父上!朝緋は俺のですよっ!」
ぎゅーっと抱かれていれば、横から私をぶんどるのはこの人。私は一瞬にして槇寿朗さんの腕の中から、杏寿郎さんの腕の中だ。
「親子の抱擁にまで悋気を感じるんじゃない!心の狭い息子だなお前は!?」
「心が狭くて結構です!!」
「開き直ったな杏寿郎っ……!!」
小さな親子喧嘩のようなものが、杏寿郎さんの腕の中から聞こえる。口調は荒くとも、どこか楽しそうなやりとりで。
相手は父親なのに、仲の良さを見せつけるように抱いてくるものだから、そのおかしさになんだか私まで楽しくなってくる。
「ううむ!やはり朝緋の場所は俺の腕の中でなくてはな!しっくりくるっ!!
朝緋もそう思うだろう!?なっ!!」
「杏寿郎さんたら……」
わはは、と高らかに笑いながら私の頭を撫で、ぎゅうぎゅうに抱きしめてくる強さ。心地よい強さの抱擁。
そうだね、槇寿朗さんの抱擁も落ち着くし大好きだけど、一番はやっぱり杏寿郎さん。貴方のもとがいい。
どこに行っても、私の帰る場所はいつもここだ。
返事がわりにと、その抱擁に応えた。
槇寿朗さんの声ひとつで、その空気が変わった。
「……二人とも」
先ほどまでのどこかふざけていて甘かった空気はどこへやら、槇寿朗さんの声は最初に声をかけてきた時のような、死地に送り出そうとする時の声音に変わる。
「怪我をするなどは言わん、俺から言えることはただ一つのみ。
……生きて戻れよ。炎柱煉獄杏寿郎、そしてその継子煉獄朝緋」
強い、強い瞳が生きろと命じてくる。
「はい、行って参ります」
「…………はいっ!」
日輪刀が研ぎ終わるのは、数日後と言わずそれからすぐのことだった。