四周目 漆
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ある程度喧嘩したところで、槇寿朗さんが飛び込んできて声を上げた。
「お前たち、ここをどこだと思っている……!こんなに暴れて汚して壊して!ここは炎柱邸でも生家でもないんだぞ!人様に迷惑をかけるな!!」
「っ父上……」
「はぁ、はぁ、父様……?、ごめんなさい」
その頃には若干疲れが出始めていて、そろそろお終いにしようとは考えていた。でもきっと杏寿郎さんから言ってくることはないだろうから、私からやめようと言い出すのは時間の問題だった。
だって私、もう気合いで立っているだけにすぎないもの。
槇寿朗さんの言葉を前に、二人顔をちらりと見合わせ、構えを解いた。
「お前達が暴れていると聞いて来てみれば、なんて見苦しい喧嘩だ。親として恥ずかしい!穴があったら入りたいよ……。
頼むから痴話喧嘩は屋外でやれ!……いや、里を破壊されても困るな?
頭寒足熱!上の温泉にでも入って仲直りしてこい!!」
頭を冷やして冷静になれ。しかし体をゆっくり湯に沈めて共にあたたまり、落ち着いたところで仲直りをしろと、そういうことね。
ここの露天風呂でも散々二人で入ることになったけど……ううん。あれはノーカンね。
「だがいいか杏寿郎!中で変なことはするなよ!?朝緋を噛むなよ!!」
!?噛み跡の話をされ、顔が熱くてたまらなくなった!!今の私、絶対茹で蛸の顔だ!
「ぴゃぁぁ!父様なんで知ってるの私それのが恥ずかしいんですけどっ!」
「お前の手足を見ればわかる」
手足だとしても恥ずかしい!だってだって、それって突き詰めれば『杏寿郎さんとシていた』ってことを槇寿朗さんに知られたのと同じことだもの!
親にそんなの知られたいか?いいえ知られたくありません!!
その後、槇寿朗さんはここの温泉の効能をつらつらと述べて聞かせてくれた。
切り傷やけど、痔、便秘に痛風、糖尿病、高血圧貧血、胆嚢炎に、筋肉痛関節痛、鼻炎。ヘソの痒みにまで効くそうだ。
……ヘソの痒みって何?不思議に思いながら、槇寿朗さんの言葉に耳を傾ける。
「この通り大抵の病いや傷に効くが……そのほか、性格の歪みや思いやりの欠如、失恋の痛みなどにも効くそうだ。
……入れ。思いやりの欠如に効くのだというなら杏寿郎、お前は絶対入れ!」
「む、むう……、父上は俺が思いやりに欠けていると、そう仰るのですね」
「第三者から見ればそう見える」
元来の杏寿郎さんは思いやりがあり、愛情も深い人だ。聖人君子レベルに人を慈しみ、愛する心を持った優しい人。
ただ、ここ最近の私に対する態度や気持ちが、少しばかり暴走しているだけで。
嫉妬や執着心は人を変えてしまうことがあるのだとわかった。
「そして朝緋は感情的にならずよく杏寿郎と話せ!だが何かあったら全力で叫べ!!山の上だろうとすぐに駆けつける!!」
「え、ぁ、はい……。よく話します……」
血は繋がらなくとも一人娘だから仕方ないけれど、槇寿朗さんは私に甘い。杏寿郎さんに対する態度の数十倍は甘い。お砂糖ザバザバかかってるドーナツくらい甘い。食べたい。
だから、駆けつけると言ったら現役の頃の速さでもって駆けつけてきてくれるだろうね。
まあ、現役も何も、槇寿朗さんは何も衰えていない。あの頃の、炎柱のままだ。
「早く行け!その喧嘩は誰も買わん!犬も、鬼ですら喰わん!!」
しっしっ!と、追い払うような手の動き。夫婦喧嘩は犬も食わないとはいうけれど、夫婦じゃないし、鬼に食われないならいいと思う。
でも部屋を片付けるのはあとにしろとも言われ、おとなしく従うことにした。
「……行くぞ、朝緋」
「…………、わかりました」
再び顔を見合わせたけど。喧嘩してるからかな、杏寿郎さんの顔が上手く見えなかった。
温泉へと向かう時は少し離れて歩くほどに、気分も何もかもがむしゃくしゃしていた。どんよりとして、機嫌が悪くって、仲直りしたいけど、感情が落ち着かなくって。仲直りだって、できるかどうか不安でもやもやして。
でも、山の中に湧き出る温泉を目にした途端、その全てが吹き飛んでしまった。
山の一角、湯煙上がる大絶景。川辺の近く、岩場に囲まれたロケーション。大自然の中に存在する最高の温泉!!
「こんな素敵な秘境の温泉!テレビでしか見たことがない!……わっ!温度もちょーどいい!!やだもう最高!!」
下の温泉なんて比べものにならないくらい、気持ちよさそうで。肌だけでなく目も耳も鼻も、五感全てが大喜びだ。
「ひゃっほう!杏寿郎さんっ今すぐ入ろうよ!!ほら、お着物脱いじゃお……って、あ……、」
そうだった、喧嘩してたんだった。忘れて杏寿郎さんの手を掴んで振り回し、一人騒いでしまった。ほら、杏寿郎さんは無言じゃん!
まさに、『穴があったら入りたい』状態。
「全く、君ってやつは……そうやってはしゃいで。本当、幼な子のようだな」
でも、落ち込んでいたら上から降ってくるのはそんな、くすくすと笑う声で。
顔を上げた先にあったのは、おかしそうにお腹を抱えて笑う杏寿郎さんの姿。
ああ。こんな風に目を細めて笑った姿、久しぶりに見る。
「駄目、ですか?」
「いいや、素直で大変よろしい!かわいらしい、俺の愛しいたった一人だ……」
するぅり、頬を柔く滑り降りてくる手。慈愛に満ちたあたたかな手のひら。
「朝緋、すまなかった!この通り謝る。
俺は少し気が立っていたようだ」
勢いよく下げられた頭。心の底から謝っているのが、言葉の端々からもその頭頂部からも、杏寿郎さんを構成する全てから伝わってくる。
柱で、上官で、兄で。そんな人に謝らせて申し訳ない気持ちもある。けれど私達はその枠組じゃ収まりきらない恋仲の関係にある。
この関係に、上も下もない。
だから、ちょっとだけいじわるする。
「……少しなんかじゃなかったですよ。怖かったです」
「なら、許してはもらえないのだろうか。俺は朝緋と一緒にいられないのだろうか」
「それはですね……、」
顔を上げてこちらを見る杏寿郎さんの、捨てられた犬のような表情。……屈しそうだなあ。いいや、もう屈しているし許してるけれど。
温泉のほとりにしゃがみ込んで、手を入れる。ああ、早く入りたい。気持ちよさそう。
湯に入れた手を、勢いよく杏寿郎さんに跳ね飛ばす。
バシャ、杏寿郎さんの顔にお湯のダイレクトアタック!!
「ぶっ!?」
「これで許して差し上げますっ!
……あれ、杏寿郎さん?」
ボタボタボタ、湯が杏寿郎さんの顔からただ無言で落ちていき、しばらくは森の葉が重なり合う音、水のせせらぎ、そして鳥の声だけが聞こえて。
まさか怒った?無言やめて怖い。
顔を上げた杏寿郎さんは満面の笑みを浮かべていた。けれど、水のせいで前髪が垂れたそのお姿は雄みが増していて例によって格好よくて。
「ありがとう!朝緋〜〜!!」
「ぎゃあ!?」
ベアハッグもかくや、という強さで抱きしめられる。でも中身としては、熊というより発情した犬で。
体に押し付けてきた腰の物は大きくなっていた。
「ちょっと、何がとは言いませんが体に当たってます!!当ててこないで!?」
「小さくできないので当たらぬようするのは難しいな!」
うん知ってる!
朝緋ちゃん、遠い目したくなる……。
「でもとりあえず普通に!普通に大人しく入りましょう!?」
「父上にも怒られたから仕方ないがそうしよう!!」
おい待て、槇寿朗さんに怒られないなら今すぐここで何かする気だったのか杏寿郎さん。
「こほん!そうと決まれば温泉入ろ?入ろ入ろ?目の前にこんな気持ちよさそうな温泉あるのにいつまでも入らないなんて勿体無いよ」
「そうだな、時間が勿体ない!」
「うん、でもあの……着物脱ぐのであっち向いててくださいね?」
元々混浴のこの場所。衝立なんてなくって。脱ぐところを眺める目が二つ、視線を外す事なくじっと、穴が空きそうなほど見つめてくる。
「先ほど俺の着物を自ら脱がそうとしてきた者の言葉とは思えんな」
それは言わないで欲しい。
「お前たち、ここをどこだと思っている……!こんなに暴れて汚して壊して!ここは炎柱邸でも生家でもないんだぞ!人様に迷惑をかけるな!!」
「っ父上……」
「はぁ、はぁ、父様……?、ごめんなさい」
その頃には若干疲れが出始めていて、そろそろお終いにしようとは考えていた。でもきっと杏寿郎さんから言ってくることはないだろうから、私からやめようと言い出すのは時間の問題だった。
だって私、もう気合いで立っているだけにすぎないもの。
槇寿朗さんの言葉を前に、二人顔をちらりと見合わせ、構えを解いた。
「お前達が暴れていると聞いて来てみれば、なんて見苦しい喧嘩だ。親として恥ずかしい!穴があったら入りたいよ……。
頼むから痴話喧嘩は屋外でやれ!……いや、里を破壊されても困るな?
頭寒足熱!上の温泉にでも入って仲直りしてこい!!」
頭を冷やして冷静になれ。しかし体をゆっくり湯に沈めて共にあたたまり、落ち着いたところで仲直りをしろと、そういうことね。
ここの露天風呂でも散々二人で入ることになったけど……ううん。あれはノーカンね。
「だがいいか杏寿郎!中で変なことはするなよ!?朝緋を噛むなよ!!」
!?噛み跡の話をされ、顔が熱くてたまらなくなった!!今の私、絶対茹で蛸の顔だ!
「ぴゃぁぁ!父様なんで知ってるの私それのが恥ずかしいんですけどっ!」
「お前の手足を見ればわかる」
手足だとしても恥ずかしい!だってだって、それって突き詰めれば『杏寿郎さんとシていた』ってことを槇寿朗さんに知られたのと同じことだもの!
親にそんなの知られたいか?いいえ知られたくありません!!
その後、槇寿朗さんはここの温泉の効能をつらつらと述べて聞かせてくれた。
切り傷やけど、痔、便秘に痛風、糖尿病、高血圧貧血、胆嚢炎に、筋肉痛関節痛、鼻炎。ヘソの痒みにまで効くそうだ。
……ヘソの痒みって何?不思議に思いながら、槇寿朗さんの言葉に耳を傾ける。
「この通り大抵の病いや傷に効くが……そのほか、性格の歪みや思いやりの欠如、失恋の痛みなどにも効くそうだ。
……入れ。思いやりの欠如に効くのだというなら杏寿郎、お前は絶対入れ!」
「む、むう……、父上は俺が思いやりに欠けていると、そう仰るのですね」
「第三者から見ればそう見える」
元来の杏寿郎さんは思いやりがあり、愛情も深い人だ。聖人君子レベルに人を慈しみ、愛する心を持った優しい人。
ただ、ここ最近の私に対する態度や気持ちが、少しばかり暴走しているだけで。
嫉妬や執着心は人を変えてしまうことがあるのだとわかった。
「そして朝緋は感情的にならずよく杏寿郎と話せ!だが何かあったら全力で叫べ!!山の上だろうとすぐに駆けつける!!」
「え、ぁ、はい……。よく話します……」
血は繋がらなくとも一人娘だから仕方ないけれど、槇寿朗さんは私に甘い。杏寿郎さんに対する態度の数十倍は甘い。お砂糖ザバザバかかってるドーナツくらい甘い。食べたい。
だから、駆けつけると言ったら現役の頃の速さでもって駆けつけてきてくれるだろうね。
まあ、現役も何も、槇寿朗さんは何も衰えていない。あの頃の、炎柱のままだ。
「早く行け!その喧嘩は誰も買わん!犬も、鬼ですら喰わん!!」
しっしっ!と、追い払うような手の動き。夫婦喧嘩は犬も食わないとはいうけれど、夫婦じゃないし、鬼に食われないならいいと思う。
でも部屋を片付けるのはあとにしろとも言われ、おとなしく従うことにした。
「……行くぞ、朝緋」
「…………、わかりました」
再び顔を見合わせたけど。喧嘩してるからかな、杏寿郎さんの顔が上手く見えなかった。
温泉へと向かう時は少し離れて歩くほどに、気分も何もかもがむしゃくしゃしていた。どんよりとして、機嫌が悪くって、仲直りしたいけど、感情が落ち着かなくって。仲直りだって、できるかどうか不安でもやもやして。
でも、山の中に湧き出る温泉を目にした途端、その全てが吹き飛んでしまった。
山の一角、湯煙上がる大絶景。川辺の近く、岩場に囲まれたロケーション。大自然の中に存在する最高の温泉!!
「こんな素敵な秘境の温泉!テレビでしか見たことがない!……わっ!温度もちょーどいい!!やだもう最高!!」
下の温泉なんて比べものにならないくらい、気持ちよさそうで。肌だけでなく目も耳も鼻も、五感全てが大喜びだ。
「ひゃっほう!杏寿郎さんっ今すぐ入ろうよ!!ほら、お着物脱いじゃお……って、あ……、」
そうだった、喧嘩してたんだった。忘れて杏寿郎さんの手を掴んで振り回し、一人騒いでしまった。ほら、杏寿郎さんは無言じゃん!
まさに、『穴があったら入りたい』状態。
「全く、君ってやつは……そうやってはしゃいで。本当、幼な子のようだな」
でも、落ち込んでいたら上から降ってくるのはそんな、くすくすと笑う声で。
顔を上げた先にあったのは、おかしそうにお腹を抱えて笑う杏寿郎さんの姿。
ああ。こんな風に目を細めて笑った姿、久しぶりに見る。
「駄目、ですか?」
「いいや、素直で大変よろしい!かわいらしい、俺の愛しいたった一人だ……」
するぅり、頬を柔く滑り降りてくる手。慈愛に満ちたあたたかな手のひら。
「朝緋、すまなかった!この通り謝る。
俺は少し気が立っていたようだ」
勢いよく下げられた頭。心の底から謝っているのが、言葉の端々からもその頭頂部からも、杏寿郎さんを構成する全てから伝わってくる。
柱で、上官で、兄で。そんな人に謝らせて申し訳ない気持ちもある。けれど私達はその枠組じゃ収まりきらない恋仲の関係にある。
この関係に、上も下もない。
だから、ちょっとだけいじわるする。
「……少しなんかじゃなかったですよ。怖かったです」
「なら、許してはもらえないのだろうか。俺は朝緋と一緒にいられないのだろうか」
「それはですね……、」
顔を上げてこちらを見る杏寿郎さんの、捨てられた犬のような表情。……屈しそうだなあ。いいや、もう屈しているし許してるけれど。
温泉のほとりにしゃがみ込んで、手を入れる。ああ、早く入りたい。気持ちよさそう。
湯に入れた手を、勢いよく杏寿郎さんに跳ね飛ばす。
バシャ、杏寿郎さんの顔にお湯のダイレクトアタック!!
「ぶっ!?」
「これで許して差し上げますっ!
……あれ、杏寿郎さん?」
ボタボタボタ、湯が杏寿郎さんの顔からただ無言で落ちていき、しばらくは森の葉が重なり合う音、水のせせらぎ、そして鳥の声だけが聞こえて。
まさか怒った?無言やめて怖い。
顔を上げた杏寿郎さんは満面の笑みを浮かべていた。けれど、水のせいで前髪が垂れたそのお姿は雄みが増していて例によって格好よくて。
「ありがとう!朝緋〜〜!!」
「ぎゃあ!?」
ベアハッグもかくや、という強さで抱きしめられる。でも中身としては、熊というより発情した犬で。
体に押し付けてきた腰の物は大きくなっていた。
「ちょっと、何がとは言いませんが体に当たってます!!当ててこないで!?」
「小さくできないので当たらぬようするのは難しいな!」
うん知ってる!
朝緋ちゃん、遠い目したくなる……。
「でもとりあえず普通に!普通に大人しく入りましょう!?」
「父上にも怒られたから仕方ないがそうしよう!!」
おい待て、槇寿朗さんに怒られないなら今すぐここで何かする気だったのか杏寿郎さん。
「こほん!そうと決まれば温泉入ろ?入ろ入ろ?目の前にこんな気持ちよさそうな温泉あるのにいつまでも入らないなんて勿体無いよ」
「そうだな、時間が勿体ない!」
「うん、でもあの……着物脱ぐのであっち向いててくださいね?」
元々混浴のこの場所。衝立なんてなくって。脱ぐところを眺める目が二つ、視線を外す事なくじっと、穴が空きそうなほど見つめてくる。
「先ほど俺の着物を自ら脱がそうとしてきた者の言葉とは思えんな」
それは言わないで欲しい。