四周目 漆
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二度目の温泉。るんるんと良い気分で露天風呂から上がろうとしていると、ガサガサとそばの草むらが大きく揺れた。
この感じは、鬼ではないね……。
ここは刀鍛冶の里だからそうそう鬼が侵入してくることはないし、常駐する鬼殺隊士もいる。何より、私の五感は鬼ではない、と言っている!
だから、のんびりとその様子を眺めることができた。
「?野生の獣かなあ。伊之助みたいな猪だったりして」
獣の呼吸だっけ。派生ではなくオリジナルだという、風の呼吸に似ている呼吸を使う伊之助を思い出す。
猪突猛進と向かってくるあの姿はまさに猪そのものだった。
でもこんなところに猪なんて出られても困る。だって素っ裸の丸腰じゃ捕まえるにしても少し面倒だ。うう、牡丹鍋食べたい……じゅるり。
だからせめてかわいい野うさぎであってほしい。や!高タンパク低カロリーなのは知ってるけど、うさぎを食べるとかじゃないよ?猪食べようとした奴が何を言うって?違いない。
「ひゃっ!?」
しかし草むらから伸びてきたのは人間の手。
肩を掴まれ、そちらを向かされる私。
「みぃつけた」
「えっ、杏寿郎さ、」
そこにいたのはここにいないはずの人。獰猛な猛獣を心に飼う、杏寿郎さん。ううん、心に飼っているというより、すでに杏寿郎さん自体が猛獣だ。
現れたのは、違う獣 。
裸だし普段なら恥ずかしくて赤くなるところ。でも赤面している暇はない。
だって、杏寿郎さんは顔ではにんまり笑いながらも、暗い影昏い陰を背負って見てくるんだもの。
そこにある確かな怒り、そして私に絡みついてくる黒を溶かし込んだようなどろりとした執着の目の、何と恐ろしいことか。
「なんで、ここに……?」
「なぜって。朝緋を迎えにきたに決まっていよう」
肩を掴んでくる手の強さはそのままに、するするりと、艶かしく顔に、首に、胸元までゆっくり滑り降りるその指。
「駄目じゃあないか。俺に黙って刀鍛冶の里くんだりまでくるだなんて……。俺を運ぶ隠達だって急がせなくてはならない。かわいそうだろう」
一歩前進して私の股の間に割って入ろうとしてくる膝。このままでは全裸の私のそこに、杏寿郎さんの膝が当たる。杏寿郎さんのことだ、そのまま刺激を与えてきて、私を陥落させてくるに決まっている。いつもそうだもの。
そうならないためにも杏寿郎さんの動きから逃れようと体を捻り、後退する。一歩前進されれば、こちらは一歩後退。でも絶対に逃す気はないようで。
掴まれた肩には指が食い込むほど強い力が入り、風呂から出ようとした体は、逆に湯の中に引き戻されてしまった。
「っ、……!?」
ドボン、湯の飛沫が盛大に上がる。杏寿郎さんごと沈み込む体。
押し倒されて。体に乗られて。溺れるようなものではないけれど、杏寿郎さんは隊服、羽織のまま。比重の増した重たい体を押し付けてきて身動きが取れない。
目の前で私のことをこうして見下ろして覗き込む姿には、既視感がある。ありすぎる。
あの時もこうして馬乗りになられて、気がつけば杏寿郎さんから苦しいほどの愛を与えられていた。
「なあ何故俺に黙って行った?何故父上と?何故俺を頼らない」
「それは……、」
杏寿郎さんから与えられるのは、あまりにも酷い行為の連続だった。これ以上一緒にいると喧嘩になりそうで。一緒にいるのが嫌になりそうで。
だからほんの少しの間、杏寿郎さんと距離を置こうと思った。
私の中のほとぼりが冷めるまで。心の平穏が再びやってくるまで。そうやって自分の中で期限を設けて考えていただけ。
でもその期限すら、こうして杏寿郎さんに破られてしまった。
「俺は父上にすら嫉妬するのだぞ!!」
「は?父様は『父親』だよね。なんで嫉妬なんて……」
「父上だって男だ!!」
生物学状は男。けれど私は槇寿朗さんをそういう目で見たことはないし、これから先も父としてしか見ることはない。
私を時に厳しく、時に優しく導く。父親として絶対的な位置に君臨する槇寿朗さん。
そりゃまあ、これまで心が弱くなった彼を散々見てきたけどさ。それだって、槇寿朗さんの心を燃やす原動力であり、癒し手であるのは私ではなく瑠火さんで。槇寿朗さんの心の支えはいつでも、いつまでも瑠火さんだけ。
相思相愛。杏寿郎さんだって、そんなことはわかっているはずなのに。
……なのに、嫉妬するというのか。どれだけ狭量になってしまったのだろう。何がいけなかったのかわからない。
唇を奪われる!そう思ったけれど、近づいてきた口は肩口に吸い込まれた。
ガリッ、ぶちんっ!
「い゛ッ!?ああっ!また噛んだ!?
杏寿郎さん!やめてください!!『今回』はなんでそんなに噛んでくるんですか!?」
「今回とは一体なんのこと、だっ!!俺は君が逃げるからこうして牙を穿ちッ、この場に留め置いているのみッ!!」
ぐぐ、穿たれた八重歯がより深く刺さる。傷口が広がり、痛みも広がっていく。
断続的にじわじわと強まる咬合力を前に、目にいっぱいの涙が溜まった。
鬼相手だと自分もバーサク状態に近くて攻撃を受けても我慢が利くのに、今は駄目。痛くて痛くてたまらない。
「いやっ!痛い!やめて……っ!!」
「っぷは、……鬼殺隊士ならこの程度で泣くな!我慢できるはずだ!」
痛いものは痛い。今は鬼殺中じゃないのだから、泣いたっていいではないか。我慢しろとは、この人はなんて御無体を言うのだろう。
……お願いだから、その鋭い牙を抜いて。
「痛い痛い痛い!!穴開いてる!血の匂いがする!私の稀血が流れ出ちゃってるよ!離してよぉ……っ!」
「血が流れたら啜る!それとここは刀鍛冶達の里!厳重に守られたこの地で鬼が出ることはない!」
言い終えてすぐ言葉通りに傷口に吸い付き、血を啜りながら再び歯を同じところへと突き立ててくる。
啜るだなんて、杏寿郎さんは鬼にでもなったの?確かに私は、貴方が鬼になったら、ってこれまで何度も考えてきた。でも、貴方自らが鬼になることはないと思っているのに。
それに、鬼が出ない場所だから稀血が流れてもいいだなんて。酷い、酷すぎる。
好きと言っている相手である私を、そうやって傷つけてくるだなんて、よほど怒り心頭なのだとしか思えない。
杏寿郎さんにしては、頭に血が上りすぎている。それでも頭を冷やせ、だなんて指摘するのは憚られた。
「大体……っ、継子だからって、そんなになんでも言う必要、ありますか……っ!」
階級『甲』の鬼殺隊士なめんな!
渾身の力で杏寿郎さんを押し戻して顔を離れさせる。体もなんとか隙を見つけて逃れる。
口元を私の血で赤く染めた杏寿郎さんは、本当に鬼のようだった。
「継子は関係ない!朝緋は俺の好い人だろう!!言うのは当然だ!!なのに任務でもない、なのに帰ってこない、どこに行ったのかも教えてくれない、果てに俺でなく父上と温泉旅行だと!?
俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
今度は肩なんかじゃない。頭を掴み掛かられ、湯の中に頭の上まで浸けられる。
ごぼがぼと、口に入る水のせいで常中の呼吸が途切れた。
おかげで痛みがさらに増してしまった。
「ぷはっ……馬鹿になんてしてない!
杏寿郎さんこそ、私が嫌がること散々して……!今だってそう!同じようなことしてるよね!?」
「いつ君が嫌がった!?朝緋の体はいつだって悦んでいるではないか!!今、朝緋の中心は濡れているはずだ!!」
「ええ湯の中なので当然濡れているでしょうね!でもぜんっぜん!悦んでなんかいないし、父様と温泉旅行に来るわけないでしょ!!」
ちょっと考えてみてほしい。私が温泉旅行に一緒に行きたいのは、杏寿郎さんとだけだということに。もちろん、すっかり仲良しさんの状態に戻ってからね。
無限列車の任務を終えたら行こうかなって、考えてる。……って、これは死亡フラグと同じものだったりする?だとしたらやだな。
「ああそうだな!隊士がここに来る理由なんて一つ。日輪刀の研ぎ直しだろう、それはわかっている!
だがそれでも許せん。俺は君に関することでは狭量になってしまう。俺以外と二人でなんて……父上相手とて、嫉妬する気持ちは抑えられん!」
狭量だってちゃんと自覚してたんだこの人。
「だから退かないし離しはしない、逃さない。君が誰のものなのか、ちゃんと分からせなくてはな」
「ぁっ、やだ……っ!」
抱きしめるというより羽交締めの拘束状態だ。
湯の中に引き摺り込まれ息も出来ない中、体の至る場所に、熱く火照る炎の噛み跡を残される。
噛まれる痛みと共に、意識が温泉の中たゆたい、溶けていく……。
この感じは、鬼ではないね……。
ここは刀鍛冶の里だからそうそう鬼が侵入してくることはないし、常駐する鬼殺隊士もいる。何より、私の五感は鬼ではない、と言っている!
だから、のんびりとその様子を眺めることができた。
「?野生の獣かなあ。伊之助みたいな猪だったりして」
獣の呼吸だっけ。派生ではなくオリジナルだという、風の呼吸に似ている呼吸を使う伊之助を思い出す。
猪突猛進と向かってくるあの姿はまさに猪そのものだった。
でもこんなところに猪なんて出られても困る。だって素っ裸の丸腰じゃ捕まえるにしても少し面倒だ。うう、牡丹鍋食べたい……じゅるり。
だからせめてかわいい野うさぎであってほしい。や!高タンパク低カロリーなのは知ってるけど、うさぎを食べるとかじゃないよ?猪食べようとした奴が何を言うって?違いない。
「ひゃっ!?」
しかし草むらから伸びてきたのは人間の手。
肩を掴まれ、そちらを向かされる私。
「みぃつけた」
「えっ、杏寿郎さ、」
そこにいたのはここにいないはずの人。獰猛な猛獣を心に飼う、杏寿郎さん。ううん、心に飼っているというより、すでに杏寿郎さん自体が猛獣だ。
現れたのは、違う
裸だし普段なら恥ずかしくて赤くなるところ。でも赤面している暇はない。
だって、杏寿郎さんは顔ではにんまり笑いながらも、暗い影昏い陰を背負って見てくるんだもの。
そこにある確かな怒り、そして私に絡みついてくる黒を溶かし込んだようなどろりとした執着の目の、何と恐ろしいことか。
「なんで、ここに……?」
「なぜって。朝緋を迎えにきたに決まっていよう」
肩を掴んでくる手の強さはそのままに、するするりと、艶かしく顔に、首に、胸元までゆっくり滑り降りるその指。
「駄目じゃあないか。俺に黙って刀鍛冶の里くんだりまでくるだなんて……。俺を運ぶ隠達だって急がせなくてはならない。かわいそうだろう」
一歩前進して私の股の間に割って入ろうとしてくる膝。このままでは全裸の私のそこに、杏寿郎さんの膝が当たる。杏寿郎さんのことだ、そのまま刺激を与えてきて、私を陥落させてくるに決まっている。いつもそうだもの。
そうならないためにも杏寿郎さんの動きから逃れようと体を捻り、後退する。一歩前進されれば、こちらは一歩後退。でも絶対に逃す気はないようで。
掴まれた肩には指が食い込むほど強い力が入り、風呂から出ようとした体は、逆に湯の中に引き戻されてしまった。
「っ、……!?」
ドボン、湯の飛沫が盛大に上がる。杏寿郎さんごと沈み込む体。
押し倒されて。体に乗られて。溺れるようなものではないけれど、杏寿郎さんは隊服、羽織のまま。比重の増した重たい体を押し付けてきて身動きが取れない。
目の前で私のことをこうして見下ろして覗き込む姿には、既視感がある。ありすぎる。
あの時もこうして馬乗りになられて、気がつけば杏寿郎さんから苦しいほどの愛を与えられていた。
「なあ何故俺に黙って行った?何故父上と?何故俺を頼らない」
「それは……、」
杏寿郎さんから与えられるのは、あまりにも酷い行為の連続だった。これ以上一緒にいると喧嘩になりそうで。一緒にいるのが嫌になりそうで。
だからほんの少しの間、杏寿郎さんと距離を置こうと思った。
私の中のほとぼりが冷めるまで。心の平穏が再びやってくるまで。そうやって自分の中で期限を設けて考えていただけ。
でもその期限すら、こうして杏寿郎さんに破られてしまった。
「俺は父上にすら嫉妬するのだぞ!!」
「は?父様は『父親』だよね。なんで嫉妬なんて……」
「父上だって男だ!!」
生物学状は男。けれど私は槇寿朗さんをそういう目で見たことはないし、これから先も父としてしか見ることはない。
私を時に厳しく、時に優しく導く。父親として絶対的な位置に君臨する槇寿朗さん。
そりゃまあ、これまで心が弱くなった彼を散々見てきたけどさ。それだって、槇寿朗さんの心を燃やす原動力であり、癒し手であるのは私ではなく瑠火さんで。槇寿朗さんの心の支えはいつでも、いつまでも瑠火さんだけ。
相思相愛。杏寿郎さんだって、そんなことはわかっているはずなのに。
……なのに、嫉妬するというのか。どれだけ狭量になってしまったのだろう。何がいけなかったのかわからない。
唇を奪われる!そう思ったけれど、近づいてきた口は肩口に吸い込まれた。
ガリッ、ぶちんっ!
「い゛ッ!?ああっ!また噛んだ!?
杏寿郎さん!やめてください!!『今回』はなんでそんなに噛んでくるんですか!?」
「今回とは一体なんのこと、だっ!!俺は君が逃げるからこうして牙を穿ちッ、この場に留め置いているのみッ!!」
ぐぐ、穿たれた八重歯がより深く刺さる。傷口が広がり、痛みも広がっていく。
断続的にじわじわと強まる咬合力を前に、目にいっぱいの涙が溜まった。
鬼相手だと自分もバーサク状態に近くて攻撃を受けても我慢が利くのに、今は駄目。痛くて痛くてたまらない。
「いやっ!痛い!やめて……っ!!」
「っぷは、……鬼殺隊士ならこの程度で泣くな!我慢できるはずだ!」
痛いものは痛い。今は鬼殺中じゃないのだから、泣いたっていいではないか。我慢しろとは、この人はなんて御無体を言うのだろう。
……お願いだから、その鋭い牙を抜いて。
「痛い痛い痛い!!穴開いてる!血の匂いがする!私の稀血が流れ出ちゃってるよ!離してよぉ……っ!」
「血が流れたら啜る!それとここは刀鍛冶達の里!厳重に守られたこの地で鬼が出ることはない!」
言い終えてすぐ言葉通りに傷口に吸い付き、血を啜りながら再び歯を同じところへと突き立ててくる。
啜るだなんて、杏寿郎さんは鬼にでもなったの?確かに私は、貴方が鬼になったら、ってこれまで何度も考えてきた。でも、貴方自らが鬼になることはないと思っているのに。
それに、鬼が出ない場所だから稀血が流れてもいいだなんて。酷い、酷すぎる。
好きと言っている相手である私を、そうやって傷つけてくるだなんて、よほど怒り心頭なのだとしか思えない。
杏寿郎さんにしては、頭に血が上りすぎている。それでも頭を冷やせ、だなんて指摘するのは憚られた。
「大体……っ、継子だからって、そんなになんでも言う必要、ありますか……っ!」
階級『甲』の鬼殺隊士なめんな!
渾身の力で杏寿郎さんを押し戻して顔を離れさせる。体もなんとか隙を見つけて逃れる。
口元を私の血で赤く染めた杏寿郎さんは、本当に鬼のようだった。
「継子は関係ない!朝緋は俺の好い人だろう!!言うのは当然だ!!なのに任務でもない、なのに帰ってこない、どこに行ったのかも教えてくれない、果てに俺でなく父上と温泉旅行だと!?
俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
今度は肩なんかじゃない。頭を掴み掛かられ、湯の中に頭の上まで浸けられる。
ごぼがぼと、口に入る水のせいで常中の呼吸が途切れた。
おかげで痛みがさらに増してしまった。
「ぷはっ……馬鹿になんてしてない!
杏寿郎さんこそ、私が嫌がること散々して……!今だってそう!同じようなことしてるよね!?」
「いつ君が嫌がった!?朝緋の体はいつだって悦んでいるではないか!!今、朝緋の中心は濡れているはずだ!!」
「ええ湯の中なので当然濡れているでしょうね!でもぜんっぜん!悦んでなんかいないし、父様と温泉旅行に来るわけないでしょ!!」
ちょっと考えてみてほしい。私が温泉旅行に一緒に行きたいのは、杏寿郎さんとだけだということに。もちろん、すっかり仲良しさんの状態に戻ってからね。
無限列車の任務を終えたら行こうかなって、考えてる。……って、これは死亡フラグと同じものだったりする?だとしたらやだな。
「ああそうだな!隊士がここに来る理由なんて一つ。日輪刀の研ぎ直しだろう、それはわかっている!
だがそれでも許せん。俺は君に関することでは狭量になってしまう。俺以外と二人でなんて……父上相手とて、嫉妬する気持ちは抑えられん!」
狭量だってちゃんと自覚してたんだこの人。
「だから退かないし離しはしない、逃さない。君が誰のものなのか、ちゃんと分からせなくてはな」
「ぁっ、やだ……っ!」
抱きしめるというより羽交締めの拘束状態だ。
湯の中に引き摺り込まれ息も出来ない中、体の至る場所に、熱く火照る炎の噛み跡を残される。
噛まれる痛みと共に、意識が温泉の中たゆたい、溶けていく……。