四周目 陸
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「逃げるのー?柱でもないたかが一般の隊士相手よー?」
「うるせぇ!俺は速い!ついて来れると思うなよ!!」
ものすごい速さで客車の中を駆け回っている。もはや、負け犬の捨て台詞にしか聞こえないわ。
確かに速いけどそこまでじゃない。どちらかというと、鬱陶しいハエみたいだ。
ただ、車両の中は刀が振りにくいから、やりづらいなぁ。
刀を仕舞い、代わりに腕を出す。
「どっっっせい!!」
ガッとしてドスン!逃げる鬼を捕まえて投げ飛ばし、床に転がす。杏寿郎さん仕込みの投げ技が決まったーー!!
「く、くそぉっ!!」
鬼の体を踏みつけて、逃げられぬよう固定する。こうしてみると、弱いものいじめしてる気分だ。
「まだ斬らないでいてあげる。だからね?ちょーっと私のお話を聞いてくれないかなあ」
「何?」
「ねぇ、私って美味しそうだと思わない?」
「はぁ?何言ってやがるんだお前。誘ってんのか?」
怪訝な顔から一転、笑い飛ばしてそう言ってくる鬼。とんでもなく心外な言葉に、つい言葉の端々が荒くなった。
「あほですか!誰が鬼なんか誘いますか!?
……こほん。そうじゃなくて。これ、なーーんだ?」
がりっ、自分の手を噛んで血を滲ませ、ほんの少しだけ、その匂いを撒き散らす。
「稀、血……っ!?」
その瞬間、どこにそんな力があったのかと思うほどの力で足を払い除けられた。
先ほどの傷を回復させた影響もあり、空腹も最骨頂なはずで。ああほら、向かってきた。
「稀血ィィィィィ!!美味そうだ!切り裂きたい!食わせろぉ!犯してやるっ!!」
「はいどれも嫌でーす」
禰󠄀豆子ちゃんに協力してもらった通りだ。やはり、成人男性の鬼に効く私の稀血。
あんなに逃げようとしていた鬼なのに、稀血の匂いに酔いしれ、我を忘れて襲いかかってくるほどとは。
「よっ……と!!」
列車から飛び降り、何もない原っぱに降り立つ。鬼もついてきたな、よしよし。
よだれを撒き散らしながら、鋭い爪を何度も何度も振るってくる。でも。
「動きが遅いなぁ。稀血酔いでくらくらしちゃった?お腹空いてるよね?食べたいよね?
けどあーげない!!」
代わりにあげるのは、
「炎の呼吸、弐ノ型・昇り炎天!」
「ギッ、ギャアアアアァァ!?」
綺麗にスッパリ胴体と分かれる鬼の頸。それを確認して日輪刀を鞘に収める。
鬼を滅する瞬間は、いつだって短期決戦型だ。だって、早く斬り落としてやらないと鬼側だってかわいそうじゃない。痛いのなんて、一瞬でいいよね?
でもこの鬼は食べ物粗末にする鬼だから嫌い。
「悪いけど貴方、杏寿郎さんに比べたら、月とすっぽん。ううん、太陽とボウフラってくらい遅かったよ。え?ボウフラ知らない?蚊の幼虫だよすっぽん以下だね!
……ああもう、聞こえてないか」
ポトンと土に落ち、私の炎に焼かれるそれは、すでに消し炭となり、灰となり。夜風に消えてなくなった。
あずまを介して、任務として命じられる前の鬼討伐を御館様に報告する。
事後処理はそこまで必要がないだろうけど、ここまで勝手にやってきた中で何か見落としがあるかもしれない。早めの手配を頼んでおく。
私は帰るだけだ。任務も遠足も帰るまでは終わりじゃない。
「ああ、またお腹すいちゃったな。最後はゆっくり食べられなかったし」
美味しい食べ物が食べられなくなる鬼という存在。私はなりたくないなと、今回改めて思った。人間の食事が摂れないなんてまっぴらごめんだ。
それでも。
大切な人には鬼になってでも生きて欲しいという気持ちだけは、決して消えてくれなかった。
まあね、あの鬼を倒せたおかげで弁当屋さんも整備工場の人も、道ゆく女性や列車関係者も被害に遭わず済んだ。この付近で切り裂き魔が出るという情報が出回ることはないだろう。
ただ、神隠しだと噂が飛び交う、下弦の壱の鬼については、終ぞ知ることはできなかった。
あの鬼は厄介だから倒しておきたかったのに。夢を使うあの血鬼術は、かかれば中から逃れるのが難しいのだ。
このままではまた行方不明者が多数出てしまう。鬼の情報を知り、送り込まれた隊士達が消息を絶ってしまう。
そうなれば、この地区の担当である炎柱が。杏寿郎さんが出るしかなくなる。
ねぇいつ出現するの?私は行方不明者が出てしまうその前に、下弦の壱と遭遇し、その頸を刎ねたいのに。
それともいち早く私の存在に気がついて、身を潜めているだけ?もしかして今はまだ無限列車と違うところにいるの?
時期的には、無限列車の任務までそこまで時間がない。
気持ちだけがただ焦っていた。
まだ日の昇らない暗い朝方、駅方面に手押車を押していく人影を見つけた。
こんな時間から、何をやっているのだろう。
今しがた鬼を倒したとはいえ、すぐ逃げられなさそうな荷物と共に、暗い中で歩くのはとても危険だ。まだ鬼の時間は続く。
……って、あれって。
『前』に鬼から助けたお弁当屋さんの祖母と孫ではないか。
この方向は駅だし、手押車の中にはたくさんのお弁当が乗っている。作りたてほやほやかな?いい匂いがここまで届いておなかが鳴りそうだ。
これから作ったお弁当を、駅の売店に並べるのね。
朝早くからご苦労様です。美味しいお弁当をいつもありがとう。たまにいろんなところで貴女方のお弁当を買わせてもらってます!私の場合、売れ筋の牛鍋弁当ではなく、お稲荷さんばっかりだけれども。
ともあれ普段通りの姿を見られてホッとした。
会話を聞くと、偶然か否か、ちょうど祖母の方が鬼の話をしていた。
「暗いから鬼が出そうねぇ。急ぎましょう」
「おばあちゃんたら、まーたそんなこと言って。鬼なんていないよ?」
「ふふ。そうかい?いないなら。見なくて済むなら。それが一番だよ。
でもおばあちゃんは覚えてる。昔、炎の羽織を纏う人に鬼から助けてもらってね。その人自身も、まるで炎の化身のようだったよ」
「炎の化身?」
それは若かりし日の槇寿朗さんだ。
そうだ。今度、そこの駅に槇寿朗さんとお弁当を買いに行けばいい。
お互いの元気な姿を見れば、どちらもホッとするはず。槇寿朗さんも立ち直りつつあるし、お酒も抜けてきて昔の記憶だってはっきりしているし。
「ああ、あの子の着ている羽織、その人の炎の羽織によく似てるねぇ。知り合いかしら……」
「もう、変なこと言わないでよおばあちゃん!」
おお、すれ違いざまに気がつかれてしまった。うんうん、私の羽織もなかなか目立つもんね。
というかすみません、知り合いどころかめちゃくちゃ関係者です。家族です。
苦笑しながら、ぺこりと会釈して挨拶する。
下弦の壱を倒さなくちゃ、そう思っていたけど。……まあいいか。
また一つ、人々の平和が保たれたのだ。今はそれを喜んでおくべきだよね。
「うるせぇ!俺は速い!ついて来れると思うなよ!!」
ものすごい速さで客車の中を駆け回っている。もはや、負け犬の捨て台詞にしか聞こえないわ。
確かに速いけどそこまでじゃない。どちらかというと、鬱陶しいハエみたいだ。
ただ、車両の中は刀が振りにくいから、やりづらいなぁ。
刀を仕舞い、代わりに腕を出す。
「どっっっせい!!」
ガッとしてドスン!逃げる鬼を捕まえて投げ飛ばし、床に転がす。杏寿郎さん仕込みの投げ技が決まったーー!!
「く、くそぉっ!!」
鬼の体を踏みつけて、逃げられぬよう固定する。こうしてみると、弱いものいじめしてる気分だ。
「まだ斬らないでいてあげる。だからね?ちょーっと私のお話を聞いてくれないかなあ」
「何?」
「ねぇ、私って美味しそうだと思わない?」
「はぁ?何言ってやがるんだお前。誘ってんのか?」
怪訝な顔から一転、笑い飛ばしてそう言ってくる鬼。とんでもなく心外な言葉に、つい言葉の端々が荒くなった。
「あほですか!誰が鬼なんか誘いますか!?
……こほん。そうじゃなくて。これ、なーーんだ?」
がりっ、自分の手を噛んで血を滲ませ、ほんの少しだけ、その匂いを撒き散らす。
「稀、血……っ!?」
その瞬間、どこにそんな力があったのかと思うほどの力で足を払い除けられた。
先ほどの傷を回復させた影響もあり、空腹も最骨頂なはずで。ああほら、向かってきた。
「稀血ィィィィィ!!美味そうだ!切り裂きたい!食わせろぉ!犯してやるっ!!」
「はいどれも嫌でーす」
禰󠄀豆子ちゃんに協力してもらった通りだ。やはり、成人男性の鬼に効く私の稀血。
あんなに逃げようとしていた鬼なのに、稀血の匂いに酔いしれ、我を忘れて襲いかかってくるほどとは。
「よっ……と!!」
列車から飛び降り、何もない原っぱに降り立つ。鬼もついてきたな、よしよし。
よだれを撒き散らしながら、鋭い爪を何度も何度も振るってくる。でも。
「動きが遅いなぁ。稀血酔いでくらくらしちゃった?お腹空いてるよね?食べたいよね?
けどあーげない!!」
代わりにあげるのは、
「炎の呼吸、弐ノ型・昇り炎天!」
「ギッ、ギャアアアアァァ!?」
綺麗にスッパリ胴体と分かれる鬼の頸。それを確認して日輪刀を鞘に収める。
鬼を滅する瞬間は、いつだって短期決戦型だ。だって、早く斬り落としてやらないと鬼側だってかわいそうじゃない。痛いのなんて、一瞬でいいよね?
でもこの鬼は食べ物粗末にする鬼だから嫌い。
「悪いけど貴方、杏寿郎さんに比べたら、月とすっぽん。ううん、太陽とボウフラってくらい遅かったよ。え?ボウフラ知らない?蚊の幼虫だよすっぽん以下だね!
……ああもう、聞こえてないか」
ポトンと土に落ち、私の炎に焼かれるそれは、すでに消し炭となり、灰となり。夜風に消えてなくなった。
あずまを介して、任務として命じられる前の鬼討伐を御館様に報告する。
事後処理はそこまで必要がないだろうけど、ここまで勝手にやってきた中で何か見落としがあるかもしれない。早めの手配を頼んでおく。
私は帰るだけだ。任務も遠足も帰るまでは終わりじゃない。
「ああ、またお腹すいちゃったな。最後はゆっくり食べられなかったし」
美味しい食べ物が食べられなくなる鬼という存在。私はなりたくないなと、今回改めて思った。人間の食事が摂れないなんてまっぴらごめんだ。
それでも。
大切な人には鬼になってでも生きて欲しいという気持ちだけは、決して消えてくれなかった。
まあね、あの鬼を倒せたおかげで弁当屋さんも整備工場の人も、道ゆく女性や列車関係者も被害に遭わず済んだ。この付近で切り裂き魔が出るという情報が出回ることはないだろう。
ただ、神隠しだと噂が飛び交う、下弦の壱の鬼については、終ぞ知ることはできなかった。
あの鬼は厄介だから倒しておきたかったのに。夢を使うあの血鬼術は、かかれば中から逃れるのが難しいのだ。
このままではまた行方不明者が多数出てしまう。鬼の情報を知り、送り込まれた隊士達が消息を絶ってしまう。
そうなれば、この地区の担当である炎柱が。杏寿郎さんが出るしかなくなる。
ねぇいつ出現するの?私は行方不明者が出てしまうその前に、下弦の壱と遭遇し、その頸を刎ねたいのに。
それともいち早く私の存在に気がついて、身を潜めているだけ?もしかして今はまだ無限列車と違うところにいるの?
時期的には、無限列車の任務までそこまで時間がない。
気持ちだけがただ焦っていた。
まだ日の昇らない暗い朝方、駅方面に手押車を押していく人影を見つけた。
こんな時間から、何をやっているのだろう。
今しがた鬼を倒したとはいえ、すぐ逃げられなさそうな荷物と共に、暗い中で歩くのはとても危険だ。まだ鬼の時間は続く。
……って、あれって。
『前』に鬼から助けたお弁当屋さんの祖母と孫ではないか。
この方向は駅だし、手押車の中にはたくさんのお弁当が乗っている。作りたてほやほやかな?いい匂いがここまで届いておなかが鳴りそうだ。
これから作ったお弁当を、駅の売店に並べるのね。
朝早くからご苦労様です。美味しいお弁当をいつもありがとう。たまにいろんなところで貴女方のお弁当を買わせてもらってます!私の場合、売れ筋の牛鍋弁当ではなく、お稲荷さんばっかりだけれども。
ともあれ普段通りの姿を見られてホッとした。
会話を聞くと、偶然か否か、ちょうど祖母の方が鬼の話をしていた。
「暗いから鬼が出そうねぇ。急ぎましょう」
「おばあちゃんたら、まーたそんなこと言って。鬼なんていないよ?」
「ふふ。そうかい?いないなら。見なくて済むなら。それが一番だよ。
でもおばあちゃんは覚えてる。昔、炎の羽織を纏う人に鬼から助けてもらってね。その人自身も、まるで炎の化身のようだったよ」
「炎の化身?」
それは若かりし日の槇寿朗さんだ。
そうだ。今度、そこの駅に槇寿朗さんとお弁当を買いに行けばいい。
お互いの元気な姿を見れば、どちらもホッとするはず。槇寿朗さんも立ち直りつつあるし、お酒も抜けてきて昔の記憶だってはっきりしているし。
「ああ、あの子の着ている羽織、その人の炎の羽織によく似てるねぇ。知り合いかしら……」
「もう、変なこと言わないでよおばあちゃん!」
おお、すれ違いざまに気がつかれてしまった。うんうん、私の羽織もなかなか目立つもんね。
というかすみません、知り合いどころかめちゃくちゃ関係者です。家族です。
苦笑しながら、ぺこりと会釈して挨拶する。
下弦の壱を倒さなくちゃ、そう思っていたけど。……まあいいか。
また一つ、人々の平和が保たれたのだ。今はそれを喜んでおくべきだよね。