二周目 弐
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日輪刀が届いたのは、杏寿郎さんがかぞえで十二になる頃の小正月のことだった。
同席していてもいいとのことで、私も同じ部屋、後ろの方からその様子を見ている。
今日は、色変わりの儀だ。
前の私は、この儀を朧げにしか覚えていなかった。自分の儀自体してもらえなかったのだから、忘れていて当然かもしれない。
さらには鬼殺隊に入ってからの鬼狩りの記憶が強過ぎて、他の思い出が霞んでいるともいう。鬼一匹一匹が変な姿形をしていたり、変わった血鬼術を使ってきたりで、忘れられないほど強烈すぎたのだ。
ちなみにだが。姿形は人間とあまり変わらないけど、私の中でしっかり記憶に残っているのは上弦の参だ。あの憎たらしい顔、二度と忘れてなるものか。次は頸を斬って斬って斬り刻む。
静寂の中、杏寿郎さんが刀鍛冶から受け取った刀に恭しく首を垂れ、高く持ち上げる。
今の杏寿郎さんの体にはまだ、少々大きく長く、重いであろうそれを落とさぬよう細心の注意を払って握りしめ、そっと鞘から引き抜いていく。
鈍く光る刀身がすらりと現れてゆき、その全貌を現した。
今は銀色の鋼の塊、しかし日輪刀は色変わりをする刀。
剣士の呼吸の系統により、ただ一度だけ刃の色が変わるという、摩訶不思議な刀だ。
ある程度の度胸、覚悟、そして剣の才がなくては色が変わらないという問題があるが、杏寿郎さんは未来の炎柱だ。
今回もまた、美しい炎色に染まることだろう。その瞬間を私は楽しみにしていた。
杏寿郎さんが柄を握ると根本からゆっくりと黒くなっていくと同時、燃え盛るような赫き炎の刃紋が現れはじめた。
炎の呼吸に適した鬼を滅する為の刃。
……二度目まして、杏寿郎さんの愛刀さん。
なんて美しい炎。この炎に焼かれ、斬られる鬼を少し羨ましく思うほどには、私は杏寿郎さんの刀を愛しく思っていた。
改めて目にしたその日輪刀は、実際に炎が噴き出ているわけではないはずなのに空気が盛炎の如く、熱く感じた。
「おお……!赤いです、父上!」
「ああ、そうだな……。炎の呼吸に見合う立派な日輪刀だ」
複雑な気持ちなのだろう、槇寿朗さんの声色は杏寿郎さんと反対にとても静かだった。
「杏寿郎兄さん、よかったですね」
「うむ!実は少しだけ不安だったんだ!朝緋も共に見届けてくれてありがとう!!」
心からの笑顔を向けられた。
はあ〜〜眩しい!笑顔が太陽のよう。刀は燃え盛る炎のようで火傷しそうなのに、笑みは太陽のようにぽかぽかとあったかい。好き。
蜜璃ちゃんじゃないけど、きゅんきゅんするなあ。
明槻がよく言葉にしてた気がするけど、私は杏寿郎さん推しってやつだと思う。うん。
「こんなに美しい炎色が見られて、鍛治職人冥利につきますな」
お茶をずずずっと啜る、刀鍛冶。あいも変わらず火男の面をつけているけど、どこからお茶を飲んでるんだろう。
「遠路はるばるご苦労であった。斯様な美しい刀を打っていただき、感謝する」
「好きでやってるんでさあ」
槇寿朗さんが礼をすれば、刀鍛冶として当然だとばかりの声が返ってくる。あー、私の日輪刀の担当さんもこういう人だったら楽だったろうなあ。
折った事はないけれど、刀を折るとこっちも骨を折られるなんて噂を聞いた。そういう恐ろしい人が担当だったのよね。多分今回もそう。
「下の坊ちゃんはまだまだ先なのはわかってるけど、次はそこな娘さんの日輪刀でこの儀を?」
「え、あ…いや、この子は、」
「はいっ!数年後には朝緋の日輪刀も色変わりの儀をする予定です!」
「杏寿郎くん、いい返事だな!その調子で、鬼殺隊に入っても頑張るんだぞ!」
「……まだ鬼殺隊には入れていない。最終選別がある」
「はっはっはっ!この子なら大丈夫だろうて!」
その言葉に対して、槇寿朗さんは無言だった。
自分の愛刀を得たから杏寿郎さんの気持ちの入り方が変わったのかもしれない。
「杏寿郎兄さんの型も、形を成してきたなあ……」
杏寿郎さんの型は、感嘆の声を出すほどには、見応えあるものになってきていた。
特に今日は力が入ってるみたいで、槇寿朗さんも任務がないのかつきっきりで稽古に励んでいた。昼間に飽き足らず夜通し稽古とはせいがでること!
私は家事やら何やらあるから、たまに縁側からこうして見取り稽古もどきのみなのに、いいなあ。杏寿郎さんと千寿郎がとてもらやましく感じた。
「ーー伍ノ型・炎虎」
「伍ノ型ッ!炎虎ぉッ!!」
一生懸命な彼らにお夜食を用意すべく、縁側から様子を眺めた時だった。
槇寿朗さんが手解きに放った伍ノ型・炎虎。その炎ではない。杏寿郎さんが真似て放った伍ノ型から、激しい炎が噴き上がった。
「……綺麗な炎の虎」
炎虎の中にあるのはパチパチ爆ぜるような優しい炎ではない。
天まで届くような、炎のゆらめきを。炎が神の使いの如く燃え上がる様を、私はその中に見た。
私も早く、自分の愛刀が欲しい。
私の中にある炎が、熱く熱く燃え盛る。
燃やし尽くす勢いで、舐めるような業火が我が身を包んでくる。だが痛くはない。ただただ愛しいほどに温かい。
そうしてどこか興奮冷めやらぬ状態で迎えた次の朝。私は鏡に映る自身の姿に、思考も動作も停止することになった。
昨日まで黒かった髪の毛が、目が。一晩で見覚えのある髪色に染まっていた。
まるでメッシュを入れたかのように、黒髪のところどころが煉獄家の金糸と朱糸のそれにかわっている。伊之助の『まだら』という呼び名が思い出された。
「あー……そういえば『前』もこの頃だった気がする」
まるで、一晩で髪色が白くなったマリーアントワネットの気分。
目の色もバッチリ煉獄家カラーで、なんとも不思議だ。つい目玉を見開いて鏡を凝視してしまう。
朝の鍛錬後に井戸で顔を洗う杏寿郎さんに声をかける。
「おはようございます」
「ああ、朝緋おは、よもや……」
おはよもやいただきました。
杏寿郎さんが固まって取り落とした木桶を拾い、渡す。反射的に受け取って初めて、杏寿郎さんは口を開いた。
「ななななんだその髪は!?」
「どもりすぎです。昨晩の貴方の炎を見ていたら、一部ですが髪が染まりました!目の色も一緒で金環と赫。お揃いですよ!」
「よもや!?烏の濡れ羽色の、美しい髪が……目が……」
「お揃いはいやです?」
「そんなことはない。だがもったいないと思ってな!」
そう言ってから改めて私の姿を上から下までじっくり見てくる。穴が開きそうだから、そんなまじまじと見つめないで欲しい。
「うーん。もったいない、ですか。私はとーっても嬉しいけどな。だって、杏寿郎兄さんの炎色で染まった髪ですから」
「俺色に染まった朝緋……」
「え、今なんて?杏寿郎兄さん?」
喉を鳴らす音だけが聞こえた気がしたけれど、杏寿郎さんは何も言わずにふらふらと家の中に入ってしまった。顔が赤かったような?
瑠火さんも、槇寿朗さんも驚いてはいたが、嫌がることはなく喜んでくれた。
千寿郎が新しく染まった髪の毛を不思議そうに摘んでいたくらいで。姉の髪は遊び道具じゃないのよ、千寿郎。
同席していてもいいとのことで、私も同じ部屋、後ろの方からその様子を見ている。
今日は、色変わりの儀だ。
前の私は、この儀を朧げにしか覚えていなかった。自分の儀自体してもらえなかったのだから、忘れていて当然かもしれない。
さらには鬼殺隊に入ってからの鬼狩りの記憶が強過ぎて、他の思い出が霞んでいるともいう。鬼一匹一匹が変な姿形をしていたり、変わった血鬼術を使ってきたりで、忘れられないほど強烈すぎたのだ。
ちなみにだが。姿形は人間とあまり変わらないけど、私の中でしっかり記憶に残っているのは上弦の参だ。あの憎たらしい顔、二度と忘れてなるものか。次は頸を斬って斬って斬り刻む。
静寂の中、杏寿郎さんが刀鍛冶から受け取った刀に恭しく首を垂れ、高く持ち上げる。
今の杏寿郎さんの体にはまだ、少々大きく長く、重いであろうそれを落とさぬよう細心の注意を払って握りしめ、そっと鞘から引き抜いていく。
鈍く光る刀身がすらりと現れてゆき、その全貌を現した。
今は銀色の鋼の塊、しかし日輪刀は色変わりをする刀。
剣士の呼吸の系統により、ただ一度だけ刃の色が変わるという、摩訶不思議な刀だ。
ある程度の度胸、覚悟、そして剣の才がなくては色が変わらないという問題があるが、杏寿郎さんは未来の炎柱だ。
今回もまた、美しい炎色に染まることだろう。その瞬間を私は楽しみにしていた。
杏寿郎さんが柄を握ると根本からゆっくりと黒くなっていくと同時、燃え盛るような赫き炎の刃紋が現れはじめた。
炎の呼吸に適した鬼を滅する為の刃。
……二度目まして、杏寿郎さんの愛刀さん。
なんて美しい炎。この炎に焼かれ、斬られる鬼を少し羨ましく思うほどには、私は杏寿郎さんの刀を愛しく思っていた。
改めて目にしたその日輪刀は、実際に炎が噴き出ているわけではないはずなのに空気が盛炎の如く、熱く感じた。
「おお……!赤いです、父上!」
「ああ、そうだな……。炎の呼吸に見合う立派な日輪刀だ」
複雑な気持ちなのだろう、槇寿朗さんの声色は杏寿郎さんと反対にとても静かだった。
「杏寿郎兄さん、よかったですね」
「うむ!実は少しだけ不安だったんだ!朝緋も共に見届けてくれてありがとう!!」
心からの笑顔を向けられた。
はあ〜〜眩しい!笑顔が太陽のよう。刀は燃え盛る炎のようで火傷しそうなのに、笑みは太陽のようにぽかぽかとあったかい。好き。
蜜璃ちゃんじゃないけど、きゅんきゅんするなあ。
明槻がよく言葉にしてた気がするけど、私は杏寿郎さん推しってやつだと思う。うん。
「こんなに美しい炎色が見られて、鍛治職人冥利につきますな」
お茶をずずずっと啜る、刀鍛冶。あいも変わらず火男の面をつけているけど、どこからお茶を飲んでるんだろう。
「遠路はるばるご苦労であった。斯様な美しい刀を打っていただき、感謝する」
「好きでやってるんでさあ」
槇寿朗さんが礼をすれば、刀鍛冶として当然だとばかりの声が返ってくる。あー、私の日輪刀の担当さんもこういう人だったら楽だったろうなあ。
折った事はないけれど、刀を折るとこっちも骨を折られるなんて噂を聞いた。そういう恐ろしい人が担当だったのよね。多分今回もそう。
「下の坊ちゃんはまだまだ先なのはわかってるけど、次はそこな娘さんの日輪刀でこの儀を?」
「え、あ…いや、この子は、」
「はいっ!数年後には朝緋の日輪刀も色変わりの儀をする予定です!」
「杏寿郎くん、いい返事だな!その調子で、鬼殺隊に入っても頑張るんだぞ!」
「……まだ鬼殺隊には入れていない。最終選別がある」
「はっはっはっ!この子なら大丈夫だろうて!」
その言葉に対して、槇寿朗さんは無言だった。
自分の愛刀を得たから杏寿郎さんの気持ちの入り方が変わったのかもしれない。
「杏寿郎兄さんの型も、形を成してきたなあ……」
杏寿郎さんの型は、感嘆の声を出すほどには、見応えあるものになってきていた。
特に今日は力が入ってるみたいで、槇寿朗さんも任務がないのかつきっきりで稽古に励んでいた。昼間に飽き足らず夜通し稽古とはせいがでること!
私は家事やら何やらあるから、たまに縁側からこうして見取り稽古もどきのみなのに、いいなあ。杏寿郎さんと千寿郎がとてもらやましく感じた。
「ーー伍ノ型・炎虎」
「伍ノ型ッ!炎虎ぉッ!!」
一生懸命な彼らにお夜食を用意すべく、縁側から様子を眺めた時だった。
槇寿朗さんが手解きに放った伍ノ型・炎虎。その炎ではない。杏寿郎さんが真似て放った伍ノ型から、激しい炎が噴き上がった。
「……綺麗な炎の虎」
炎虎の中にあるのはパチパチ爆ぜるような優しい炎ではない。
天まで届くような、炎のゆらめきを。炎が神の使いの如く燃え上がる様を、私はその中に見た。
私も早く、自分の愛刀が欲しい。
私の中にある炎が、熱く熱く燃え盛る。
燃やし尽くす勢いで、舐めるような業火が我が身を包んでくる。だが痛くはない。ただただ愛しいほどに温かい。
そうしてどこか興奮冷めやらぬ状態で迎えた次の朝。私は鏡に映る自身の姿に、思考も動作も停止することになった。
昨日まで黒かった髪の毛が、目が。一晩で見覚えのある髪色に染まっていた。
まるでメッシュを入れたかのように、黒髪のところどころが煉獄家の金糸と朱糸のそれにかわっている。伊之助の『まだら』という呼び名が思い出された。
「あー……そういえば『前』もこの頃だった気がする」
まるで、一晩で髪色が白くなったマリーアントワネットの気分。
目の色もバッチリ煉獄家カラーで、なんとも不思議だ。つい目玉を見開いて鏡を凝視してしまう。
朝の鍛錬後に井戸で顔を洗う杏寿郎さんに声をかける。
「おはようございます」
「ああ、朝緋おは、よもや……」
おはよもやいただきました。
杏寿郎さんが固まって取り落とした木桶を拾い、渡す。反射的に受け取って初めて、杏寿郎さんは口を開いた。
「ななななんだその髪は!?」
「どもりすぎです。昨晩の貴方の炎を見ていたら、一部ですが髪が染まりました!目の色も一緒で金環と赫。お揃いですよ!」
「よもや!?烏の濡れ羽色の、美しい髪が……目が……」
「お揃いはいやです?」
「そんなことはない。だがもったいないと思ってな!」
そう言ってから改めて私の姿を上から下までじっくり見てくる。穴が開きそうだから、そんなまじまじと見つめないで欲しい。
「うーん。もったいない、ですか。私はとーっても嬉しいけどな。だって、杏寿郎兄さんの炎色で染まった髪ですから」
「俺色に染まった朝緋……」
「え、今なんて?杏寿郎兄さん?」
喉を鳴らす音だけが聞こえた気がしたけれど、杏寿郎さんは何も言わずにふらふらと家の中に入ってしまった。顔が赤かったような?
瑠火さんも、槇寿朗さんも驚いてはいたが、嫌がることはなく喜んでくれた。
千寿郎が新しく染まった髪の毛を不思議そうに摘んでいたくらいで。姉の髪は遊び道具じゃないのよ、千寿郎。