二周目 弐
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厳しい寒さはなりを潜め、花々が美しく芽吹く春がまたやってきた。
ぽかぽかとあたたかいひだまりに、花だけでなく家族の顔も綻んでいる。私はこの季節がとても好きだ。
朝早くからたくさんの重箱にさまざまな料理をぎゅうぎゅう詰めるのは大変だったが、食べてくれる人を思うと頑張れる。私は張り切って家族の好物を作った。
そうです!今日はお弁当をもって、家族でお花見なのです!!
桜のお花見といえば東京は上野だ、なんて令和の記憶を得た私のありきたりな考えがあって、たまには上野公園でも行くのかなーなんて思っていたけれど、この時代の上野公園は花見の際飲食禁止だったりするらしい。知らなかった。
なので、今年もまた桜が綺麗な近くの丘に来ている。本数は少ないが見応えのあるもので、もうすでに大振りの枝を下ろして見頃を迎えているらしい。去年より少し早いのは、やっぱり今年は暖かくなるのが早かったからかな?
なんにせよ家族水入らずで花見!嬉しくて思わず、千寿郎を抱く槇寿朗さんの左手、瑠火さんの右手を取って真ん中で手を繋いで歩いた。真ん中独り占め。
その際、お弁当は杏寿郎さんがすべて抱えてくれた。杏寿郎さんだって、真ん中に行きたかっただろうに占領してごめんなさい。
「わあ、綺麗ですねかあさま!」
「ええ、綺麗ですね。今年もまたこうして桜を観にこれて嬉しく思います」
桜が頭上で満開に咲き誇る。見上げれば、空の青さの中に淡い桃色がふわふわ。花弁を散らして迎えていた。
「よし、ここでいいか」
槇寿朗さんと杏寿郎さんが、家族が座りやすいようにと大きな敷布を敷き、荷物や和傘を設置してくれた。
DIYやキャンプとは違うけれど、こういうのはどの時代も男性がやることが多いんだなあ。ありがたいやら申し訳ないやら。
代わりに女性陣はお弁当や料理を作ってるからいいか。
敷布の上から見上げた桜はまた格別で。桃色から溢れる木漏れ日と一緒に受ける爽やかな風が気持ちいい
「わー、桜のカーテンが下がってるみたいだあ」
「かぁてん?」
「簾とか暖簾みたいなもの!頭の上にこう、ぱーっと広がる様子が、まるで天女さまの薄桃の羽衣を被せたかのようじゃない?」
「ははは、朝緋はなかなかの詩人だなあ。国語の成績がいいだけある。俺も鼻が高い」
「ええ、本当に鼻が高い。
……でも本当に、羽衣のように綺麗ですねえ」
槇寿朗さんと瑠火さんも綺麗な桜を見上げながらそっと手を繋ぎ、お互いを慈しんでいた。
いい思い出がまたできた気がする。
「むう。綺麗だが!けれど俺ははやく弁当が食いたい!中身が気になって仕方がない!!」
ぐうううう。とお腹の虫と共に空腹を訴えてくるのはもちろんこの人。煉獄杏寿郎。
「やだもう杏寿郎兄さんったら、あんなに朝餉を平らげたのにもうお腹鳴ってる!花より団子なのね!!」
「俺は花を愛でるのも好きだ!でも、花では腹は膨れない!それに弁当に芋が入っているのは、匂いでわかっている!隠しても無駄だ!!」
見ていたならまだしも、匂いでわかるなんて貴方どこの炭治郎なのさ。いや、好物なら鼻で嗅ぎ分けられるのかもしれない。
「煉獄家の男子は、よく食べますから仕方ありませんね」
「瑠火、俺は杏寿郎ほど食べないぞ……」
「あらそうでしたか?申し訳ありません。
さあさ朝緋、お弁当を広げましょうか」
にっこりピシャリと言い放つ瑠火さんを前にして、槇寿朗さんが口をつぐんだ。
そうして並べた重箱の蓋を開けると、男性陣が嬉しそうな空気を漂わせたのがよくわかった。特に杏寿郎さん。
「美味そうだ!わっしょい!!」
「ふふふ、食べる前からわっしょいはおかしいですよー。はい、とうさまもかあさまも、杏寿郎兄さんもどうぞ」
「ありがとう!」
皿に取り分け、お茶と共に手渡していく。
もちろん、皿にぎっしりと料理が乗ったものは杏寿郎さんに渡した。
あ、千寿郎は私の膝の上だからね。天使な弟へのあーんは、姉である私の特権なのだ。
ふわり。そよ風で桜の花弁が降りてくる。その一枚が、私のお茶の中にプカリと浮かんだ。
「風流だなあ……」
こんな平和な時が続けばいいのに。夜が来なければいいのに。
……鬼なんて、いなければいいのに。
「ついてるぞ」
考え込んでいたら、杏寿郎さんの手が私の頬に触れた。
突然のことで、体が跳ねた。
「ひゃっ!」
変に動いたせいで、杏寿郎さんの指が私の唇に当たった。たった一瞬のことだったが、ふにゃりと唇の肉が潰される感触が伝わる。
「ーーッ!?さ、桜の花弁が、頬にもついていた!」
「あ、ご、ごめんなさいっ!ありがとうございます……」
「俺こそすまん!妹とはいえいきなり肌に触れるべきじゃなかった!
だが朝緋の唇は柔らかかった!!ありがとう!!」
感想とか言わなくてよくない?顔から火が出そう!
火照る顔をそのままに、口をパクパクしていると、自分が何を言ったのかようやく理解したらしく、杏寿郎さんは慌てて謝ってきた。
その顔は、私と同じで真っ赤だった。
「あらあら、ふふふ……初々しいですね」
「杏寿郎、お前正直すぎないか」
何もわからずにいる千寿郎だけは、赤くなった私と杏寿郎さんを交互に見あげていた。
そんな幸せの中。大切な家族の時間にも、鬼は邪魔をしてくる。
不自然な影ができたので見上げれば、空を鳶のように旋回する黒い影。
「烏……」
こちらに向かって滑空してきたそれは、間違いなく槇寿朗さんの鎹烏で。
立ち上がって少し離れたところへと行く槇寿朗さんは、腕に止まった烏から何事か話を聞いているようだった。
「やれやれ、せっかくの花見だというに、任務か……。まだ食べ始めたところなのだがな」
戻ってきた槇寿朗さんは、心底残念そうに任務だとつぶやいた。わかるよ、やっと家族で休みを満喫してるところにこれだもんね。
けれどそれが万年人手不足の鬼殺隊というもの。ましてや、槇寿朗さんは多忙を極める柱だ。
恨むなら鬼を恨むしかない。いや、全ての元凶・鬼舞辻無惨を恨もう。
「仕方ない、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃいませ、槇寿朗様」
「父上!俺が父上の分も食べておきます!!」
「ははは!杏寿郎はずるいなぁ。なら代わりによく味わっておいてくれ、頼んだぞ」
息子二人の頭をぐりぐりと撫で豪快に笑うその背に、道中食べやすいようにと重箱に入っていたおむすびをさっと渡す。
「とうさま、お気をつけて」
「ありがとう」
私の頭をゆっくりとひと撫でしてから、槇寿朗さんは背を向けた。
強い風が吹いた。
桜吹雪が舞う中、炎の羽織を翻して任務へと向かう姿はいつ見ても凛々しくかっこよくて、そして美しかった。
「父上はかっこいいなあ。俺も早く、あの羽織を纏いたい!」
杏寿郎さんもまたそう思ったようで、興奮気味に槇寿朗さんの姿を見送った。
心配しなくても貴方はあの羽織を着ることになるでしょう。
それに私は、どんな道筋を通って未来に行こうと、絶対にあの羽織を貴方に着せます。
私にも他の誰にも、あの羽織は似合わない。煉獄家の証でもある。
「あれは炎柱のみが纏うことを許されている羽織。いいですか、杏寿郎。朝緋」
静かに響く声に、私は杏寿郎さんと共に居住まいを正す。
「煉獄家は代々続く鬼狩りの一族。炎柱の雅号は、我らの誇り。
父上のような、立派な柱を目指しなさい。心に炎を宿すのです。
悪鬼を燃やし尽くし、人を優しく照らし出す。心に太陽のような炎を宿した、炎柱になるのです」
炎柱は煉獄家から生まれる。それは煉獄の名を持つものにとって、これ以上ない喜びで誇りだった。その気持ちは、脈々と受け継がれ、瑠火さんの中にもしっかりと根付いていた。
凛としてまっすぐ教えを施す瑠火さんの言葉に、背筋がぴんと伸びる気持ちだ。
「はいっ!」
「はい。ですがかあさま、私は柱を目指しておりません。なのにどうして私にまでそのお話を?」
「柱でなくとも、貴女も炎の呼吸を受け継ぐ者。心に炎を宿すことは必須。
人を慈しみ暖かく癒し、世に蔓延る悪鬼をその炎で焼き尽くしなさい。それが煉獄家の娘として、鬼殺隊に入る隊士としての責務です。いつも心に炎を燃やしなさい」
「心に炎……」
『心を燃やせ』
あの時、杏寿郎さんが言っていた言葉を思い出した。
うまく隠したからバレはしなかったが、じんわりと浮かぶ涙で瞳が潤むのを、私は止められなかった。
ごほっ、ごほっ!
「ーー母上!」
その時、瑠火さんが激しく咳き込んだ。杏寿郎さんの鋭い声に、私も駆け寄ってその体を支える。
「大丈夫です。ちょっと冷えただけですよ」
こんなにあたたかい陽気なのに、瑠火さんがいう通り、その体は冷えている。
杏寿郎さんから羽織を借りて、着てもらってもなお、顔色はどこか青白く。儚く消えてしまいそうだった。
今朝はそこまで、悪そうに見えてなかったのにーー。
嫌な予感がする。鬼とは違う不穏な影を感じる。
瑠火さんがもともと体が弱く、風邪をひきやすい体質なのはよく知っていた。
季節の変わり目などには、床に伏せることも多かった。
私は、この頃からやけに長引くようになった、瑠火さんの咳がとても気がかりだった。
一度出始めると、なかなか止まらないその咳。風邪のものとは違うそれ。
少しずつ。だが急速に、病いの気配が煉獄家に近づいてきていた。
ぽかぽかとあたたかいひだまりに、花だけでなく家族の顔も綻んでいる。私はこの季節がとても好きだ。
朝早くからたくさんの重箱にさまざまな料理をぎゅうぎゅう詰めるのは大変だったが、食べてくれる人を思うと頑張れる。私は張り切って家族の好物を作った。
そうです!今日はお弁当をもって、家族でお花見なのです!!
桜のお花見といえば東京は上野だ、なんて令和の記憶を得た私のありきたりな考えがあって、たまには上野公園でも行くのかなーなんて思っていたけれど、この時代の上野公園は花見の際飲食禁止だったりするらしい。知らなかった。
なので、今年もまた桜が綺麗な近くの丘に来ている。本数は少ないが見応えのあるもので、もうすでに大振りの枝を下ろして見頃を迎えているらしい。去年より少し早いのは、やっぱり今年は暖かくなるのが早かったからかな?
なんにせよ家族水入らずで花見!嬉しくて思わず、千寿郎を抱く槇寿朗さんの左手、瑠火さんの右手を取って真ん中で手を繋いで歩いた。真ん中独り占め。
その際、お弁当は杏寿郎さんがすべて抱えてくれた。杏寿郎さんだって、真ん中に行きたかっただろうに占領してごめんなさい。
「わあ、綺麗ですねかあさま!」
「ええ、綺麗ですね。今年もまたこうして桜を観にこれて嬉しく思います」
桜が頭上で満開に咲き誇る。見上げれば、空の青さの中に淡い桃色がふわふわ。花弁を散らして迎えていた。
「よし、ここでいいか」
槇寿朗さんと杏寿郎さんが、家族が座りやすいようにと大きな敷布を敷き、荷物や和傘を設置してくれた。
DIYやキャンプとは違うけれど、こういうのはどの時代も男性がやることが多いんだなあ。ありがたいやら申し訳ないやら。
代わりに女性陣はお弁当や料理を作ってるからいいか。
敷布の上から見上げた桜はまた格別で。桃色から溢れる木漏れ日と一緒に受ける爽やかな風が気持ちいい
「わー、桜のカーテンが下がってるみたいだあ」
「かぁてん?」
「簾とか暖簾みたいなもの!頭の上にこう、ぱーっと広がる様子が、まるで天女さまの薄桃の羽衣を被せたかのようじゃない?」
「ははは、朝緋はなかなかの詩人だなあ。国語の成績がいいだけある。俺も鼻が高い」
「ええ、本当に鼻が高い。
……でも本当に、羽衣のように綺麗ですねえ」
槇寿朗さんと瑠火さんも綺麗な桜を見上げながらそっと手を繋ぎ、お互いを慈しんでいた。
いい思い出がまたできた気がする。
「むう。綺麗だが!けれど俺ははやく弁当が食いたい!中身が気になって仕方がない!!」
ぐうううう。とお腹の虫と共に空腹を訴えてくるのはもちろんこの人。煉獄杏寿郎。
「やだもう杏寿郎兄さんったら、あんなに朝餉を平らげたのにもうお腹鳴ってる!花より団子なのね!!」
「俺は花を愛でるのも好きだ!でも、花では腹は膨れない!それに弁当に芋が入っているのは、匂いでわかっている!隠しても無駄だ!!」
見ていたならまだしも、匂いでわかるなんて貴方どこの炭治郎なのさ。いや、好物なら鼻で嗅ぎ分けられるのかもしれない。
「煉獄家の男子は、よく食べますから仕方ありませんね」
「瑠火、俺は杏寿郎ほど食べないぞ……」
「あらそうでしたか?申し訳ありません。
さあさ朝緋、お弁当を広げましょうか」
にっこりピシャリと言い放つ瑠火さんを前にして、槇寿朗さんが口をつぐんだ。
そうして並べた重箱の蓋を開けると、男性陣が嬉しそうな空気を漂わせたのがよくわかった。特に杏寿郎さん。
「美味そうだ!わっしょい!!」
「ふふふ、食べる前からわっしょいはおかしいですよー。はい、とうさまもかあさまも、杏寿郎兄さんもどうぞ」
「ありがとう!」
皿に取り分け、お茶と共に手渡していく。
もちろん、皿にぎっしりと料理が乗ったものは杏寿郎さんに渡した。
あ、千寿郎は私の膝の上だからね。天使な弟へのあーんは、姉である私の特権なのだ。
ふわり。そよ風で桜の花弁が降りてくる。その一枚が、私のお茶の中にプカリと浮かんだ。
「風流だなあ……」
こんな平和な時が続けばいいのに。夜が来なければいいのに。
……鬼なんて、いなければいいのに。
「ついてるぞ」
考え込んでいたら、杏寿郎さんの手が私の頬に触れた。
突然のことで、体が跳ねた。
「ひゃっ!」
変に動いたせいで、杏寿郎さんの指が私の唇に当たった。たった一瞬のことだったが、ふにゃりと唇の肉が潰される感触が伝わる。
「ーーッ!?さ、桜の花弁が、頬にもついていた!」
「あ、ご、ごめんなさいっ!ありがとうございます……」
「俺こそすまん!妹とはいえいきなり肌に触れるべきじゃなかった!
だが朝緋の唇は柔らかかった!!ありがとう!!」
感想とか言わなくてよくない?顔から火が出そう!
火照る顔をそのままに、口をパクパクしていると、自分が何を言ったのかようやく理解したらしく、杏寿郎さんは慌てて謝ってきた。
その顔は、私と同じで真っ赤だった。
「あらあら、ふふふ……初々しいですね」
「杏寿郎、お前正直すぎないか」
何もわからずにいる千寿郎だけは、赤くなった私と杏寿郎さんを交互に見あげていた。
そんな幸せの中。大切な家族の時間にも、鬼は邪魔をしてくる。
不自然な影ができたので見上げれば、空を鳶のように旋回する黒い影。
「烏……」
こちらに向かって滑空してきたそれは、間違いなく槇寿朗さんの鎹烏で。
立ち上がって少し離れたところへと行く槇寿朗さんは、腕に止まった烏から何事か話を聞いているようだった。
「やれやれ、せっかくの花見だというに、任務か……。まだ食べ始めたところなのだがな」
戻ってきた槇寿朗さんは、心底残念そうに任務だとつぶやいた。わかるよ、やっと家族で休みを満喫してるところにこれだもんね。
けれどそれが万年人手不足の鬼殺隊というもの。ましてや、槇寿朗さんは多忙を極める柱だ。
恨むなら鬼を恨むしかない。いや、全ての元凶・鬼舞辻無惨を恨もう。
「仕方ない、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃいませ、槇寿朗様」
「父上!俺が父上の分も食べておきます!!」
「ははは!杏寿郎はずるいなぁ。なら代わりによく味わっておいてくれ、頼んだぞ」
息子二人の頭をぐりぐりと撫で豪快に笑うその背に、道中食べやすいようにと重箱に入っていたおむすびをさっと渡す。
「とうさま、お気をつけて」
「ありがとう」
私の頭をゆっくりとひと撫でしてから、槇寿朗さんは背を向けた。
強い風が吹いた。
桜吹雪が舞う中、炎の羽織を翻して任務へと向かう姿はいつ見ても凛々しくかっこよくて、そして美しかった。
「父上はかっこいいなあ。俺も早く、あの羽織を纏いたい!」
杏寿郎さんもまたそう思ったようで、興奮気味に槇寿朗さんの姿を見送った。
心配しなくても貴方はあの羽織を着ることになるでしょう。
それに私は、どんな道筋を通って未来に行こうと、絶対にあの羽織を貴方に着せます。
私にも他の誰にも、あの羽織は似合わない。煉獄家の証でもある。
「あれは炎柱のみが纏うことを許されている羽織。いいですか、杏寿郎。朝緋」
静かに響く声に、私は杏寿郎さんと共に居住まいを正す。
「煉獄家は代々続く鬼狩りの一族。炎柱の雅号は、我らの誇り。
父上のような、立派な柱を目指しなさい。心に炎を宿すのです。
悪鬼を燃やし尽くし、人を優しく照らし出す。心に太陽のような炎を宿した、炎柱になるのです」
炎柱は煉獄家から生まれる。それは煉獄の名を持つものにとって、これ以上ない喜びで誇りだった。その気持ちは、脈々と受け継がれ、瑠火さんの中にもしっかりと根付いていた。
凛としてまっすぐ教えを施す瑠火さんの言葉に、背筋がぴんと伸びる気持ちだ。
「はいっ!」
「はい。ですがかあさま、私は柱を目指しておりません。なのにどうして私にまでそのお話を?」
「柱でなくとも、貴女も炎の呼吸を受け継ぐ者。心に炎を宿すことは必須。
人を慈しみ暖かく癒し、世に蔓延る悪鬼をその炎で焼き尽くしなさい。それが煉獄家の娘として、鬼殺隊に入る隊士としての責務です。いつも心に炎を燃やしなさい」
「心に炎……」
『心を燃やせ』
あの時、杏寿郎さんが言っていた言葉を思い出した。
うまく隠したからバレはしなかったが、じんわりと浮かぶ涙で瞳が潤むのを、私は止められなかった。
ごほっ、ごほっ!
「ーー母上!」
その時、瑠火さんが激しく咳き込んだ。杏寿郎さんの鋭い声に、私も駆け寄ってその体を支える。
「大丈夫です。ちょっと冷えただけですよ」
こんなにあたたかい陽気なのに、瑠火さんがいう通り、その体は冷えている。
杏寿郎さんから羽織を借りて、着てもらってもなお、顔色はどこか青白く。儚く消えてしまいそうだった。
今朝はそこまで、悪そうに見えてなかったのにーー。
嫌な予感がする。鬼とは違う不穏な影を感じる。
瑠火さんがもともと体が弱く、風邪をひきやすい体質なのはよく知っていた。
季節の変わり目などには、床に伏せることも多かった。
私は、この頃からやけに長引くようになった、瑠火さんの咳がとても気がかりだった。
一度出始めると、なかなか止まらないその咳。風邪のものとは違うそれ。
少しずつ。だが急速に、病いの気配が煉獄家に近づいてきていた。