四周目 参
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河川敷にある橋のたもと。橋の下の影になる部分。
どこかじめじめとしたそこで、目を閉じてじめじめ虫と化していると、頭上から声が降ってきた。
「やあ朝緋!お疲れ様だな!!」
「師範……」
ゆるりと目を開けると、じめじめした場所に似合わぬ太陽がそこにはいた。明るく元気な温かい杏寿郎さんが、今は目に眩しすぎて辛い。
「ここ数日元気がないとあずまから聞いた。どうした?」
「師範こそ、こんなところでどうしたんですか。今日の任務地は逆方向だったはずでは」
私達は兄妹以前に師と継子のような関係性でもある。日々の任務についてお互い、鎹烏を使ってよく話すのだけど。
任務についてだけじゃなくって、あずまったら杏寿郎さんに余計なことを言ったな……。それだけ心配をかけていたのだろう。
「速攻で終わらせてこちら側に帰ってきた」
またそのパターンか。この人は何かあると任務を最速で終わらせるのだ。鬼もかわいそうに。ううん、合同になった隊士の方がかわいそうだ。
内心ため息を吐いていればほわんと温かくていい匂いのお芋が頬にぴとりと当てられた。
「ほら、君が元気になればと、焼いた芋を買ってきたぞ」
「それって私じゃなくて師範が元気になるやつでしょ……」
「ははは!違いないな!うむ、うまい!わっしょい!!
朝緋も食べろ。ついわっしょいが出てしまうほど美味いぞ!」
「ありがとう……ふふ、美味しいや。わっしょい。……なんてね」
ありがたくいただいて食べる。でも口から出たわっしょいには杏寿郎さんのような覇気はない。元からないけれどいつもより声が小さく、おおよそ元気とはいえるものではなかった。
「やはり元気にはならんか」
「……そんな単純な話じゃないもの」
「そうか。ままならぬものだな」
風が吹く。
ふわ、靡く貴方の髪。真っ直ぐ前だけを見つめている貴方の瞳を横から眺める。
ああもう、泣きたくなるほど愛しくて、悲しくて、つらくて。何もかもを我慢できなくなった。
体育座りをした膝の中、顔を隠して涙するけれど震える声音でバレバレだ。
「師範、人は死ぬものですよね」
「うん?鬼ではないからそうだな。いつかは死ぬな」
「でも、鬼によって奪われるのは違うと思う」
「そうだな。鬼よる死は訪れてはならないと俺も思うよ」
涙に気がつかれ、頭をそっと撫でられる。その温かさで溶けた想いが口からこぼれ落ちる。
「……なんで助けられなかったんだろう……また、また駄目だった。目の前にいたのに。なのに。対処法も知っていたのに。あと一歩及ばなかった。私が弱いせいで。私は守られてしまった」
「君が元気がないのは花柱殿のことでなのだな」
顔を上げぬまま膝裏でこくりと頷き、そして追加する。
「最終選別の時も、結局同期の子を守れなかった……。辛かった、悲しかった」
「そうか……。
君が守られたのは、君が稀血だから食われるわけにいかないと判断されたからだ。いや、稀血でなかろうと柱は後継を死なせはしない。若い芽は摘ませないよう、身を呈して守るものだ。同じ状況なら俺とてそうする」
「そんなことわかってるよ、わかってる!でも、でも……!うわぁぁぁん!!」
顔を上げて涙でベトベトの表情を晒してしまった。杏寿郎さんはそれに驚くこともなく、抱き寄せて背中をぽんぽんしてくれた。
「ぐすっ、もっと私が強ければ……っ!私が殺したも同然よ……!なのにしのぶちゃんも、御館様も……!他の人も!亡くなる寸前のカナエさんまで!みんな私を責めないの!誰も責めてくれないの!!」
「朝緋を責めるのは違うと、怒りをぶつけるべき相手は鬼なのだとみなわかっているからだ。俺も責めない。君が自責の念に駆られていようと、責めてほしかろうとだ。花柱殿と共に上弦を退け、その情報を持ち帰った君を称えこそしても責めやしない」
「でもそれは私でなくほとんどカナエさんが持ち帰った情報で!結局、私のせいで……」
「ほら、自分のせいにしない。よしよしぽんぽん。辛かったな……」
君は花柱殿が守ってくれた分も、しっかり生きなくては。
そう言われた瞬間、涙が止まった。
そうだ。今はしっかりと生きなくちゃ。私が望む未来のために。目の前の大好きな人の未来を掴むそのために。
杏寿郎さんに放してもらい、涙をぬぐう。
「朝緋も今や立派な鬼殺隊士ではあるが、君と初めて会った日に君を守ると誓いを立てたろう?あの誓いを忘れたことはない。花柱殿が守って下さったように、俺もまた君を守る。絶対に死なせない」
君を守る。なんて嬉しい言葉だろう。でも……。
「…………鬼を相手にしている以上絶対はあり得ない。杏寿郎さんは今後私が死ぬという覚悟を今一度持つべきだよ」
「!?今、俺をなんて……」
呼び方を約束の物に変えたのに気がついた。けれど私の言葉はそれを無視して進む。
「何かあって私が死んでも耐えるべきです。
もちろん万が一の時もただじゃ死んでやらないけれど、でも死の覚悟はしておかないといけないと思う」
「ーー死の覚悟?そんな事はいつだってしている。君のでなく自分の死についてだが。いや、それよりその呼び方は……」
「でもね、私のことに関して何もかも、我慢はしなくていいです。私も我慢はしない。出来ない。わがままに生きるって、決めていたから。
だから『今回』は私から言わせてほしいの」
「朝緋、今回とは一体……?」
「杏寿郎さんの階級が甲に上がったら考えると私は言った。貴方はまだ乙に上がったばかり。甲じゃない。でも私からどうか伝えさせて。約束を反故にさせて」
「ッ!?」
階級の話。約束を反故に。その単語で杏寿郎さんの目が大きく見開かれた。
「いいや!こういうのは男からと相場が決まっている!!俺から言う!言わせてく……むぐっ!?」
杏寿郎さんの口を両手で覆う。
「いいえ私から言います!絶対絶対私から言います!!」
手を外す事など容易だ。けれど私の勢いに圧倒された杏寿郎さんは固まり黙った。
「私は煉獄杏寿郎さんが好きです!兄でも家族でもなく、一人の男性として愛しています!!」
その瞬間、杏寿郎さんが黙った以上に長く長い沈黙がその場を支配した。聞こえるのは川の流れる音のみ。町の喧騒すら聞こえない。
緊張する私に、ようやく杏寿郎さんの一言がつぶやかれた。
「愛して……?ふ、ふふふ。先に言われてしまうだけではなく、まさか愛しているとまで言われてしまうとはな」
顔を少し赤らめ、明後日の方向を見ながらぽりぽりと頬を掻く杏寿郎さん。照れているのか、それとも恥ずかしいやつと思われたのか、分かりづらい反応だった。
「……もしかして重いと思いました?引きました?」
「いいや、嬉しい!」
探るように聞けば、両肩を掴まれ叫ぶように言われた。とろりと細められた目に気持ちが透けて見えた。
「俺も朝緋のことを好いている。愛しているよ。一人の女性としてな」
ああ、ああ。『また』貴方は同じ気持ちを返してくれた。態度でわかっていても、言葉で聞くまでは不安で。
でも今は嬉しい。世界で一番嬉しい言葉。
胸が愛で張り裂けてしまいそう。違う涙で視界が滲んだ。
「……ぎゅーしていい?」
「ぎゅー?」
手を広げ、がばりと自分の体を抱きしめてしたいことを示す。いつもは何もなくとも抱きしめあっているし、ついさっきも私を慰めようと抱き寄せてくれた。
でも告白後の今は抱擁一つ、違う意味を持つ。
「ああなるほど!抱きつくくらいいくらでもしてくれ!いや、今度こそ俺からする!!」
言うが早いか強く抱きしめられる。強いけれどでも優しい優しいそれ。首筋に、耳元に、髪に。掻き抱くようにしながら頬擦りを繰り返される。
杏寿郎さんの落ち着く匂いが私に移ってくる。
耳に囁き声が落ちた。色を孕む、低くて少しえっちなその声。
「前に俺の声が好き、と言ったな」
「ん……声だけじゃないよ。それに、もうその声には聞き慣れました」
「本当にか?」
くつくつ笑いながら囁き、耳を舐られる。いきなりハードルが高い。そういう悪戯は時期的にも時間的にもまだ早い。
「んっ、……助平ですね」
「俺が助平になるのは朝緋相手にだけだ。
その涙……少しは嬉し涙に変わったか?」
じっと見つめ、それから目元を拭われた。
「多少は。でも悲しいものは悲しい。もっと私が強ければよかったのに。私が弱かったせいって、今も思う」
「生半可に強かったら、逆に君はここにいなかったろう。もう自分を責めるのはやめなさい。君が流す涙は嬉し涙でなくてはな」
再び抱き寄せられ、その手が何度も何度も、頭を往復する。
「……これから花柱殿に花を備えに行こうか」
「うん……」
どこかじめじめとしたそこで、目を閉じてじめじめ虫と化していると、頭上から声が降ってきた。
「やあ朝緋!お疲れ様だな!!」
「師範……」
ゆるりと目を開けると、じめじめした場所に似合わぬ太陽がそこにはいた。明るく元気な温かい杏寿郎さんが、今は目に眩しすぎて辛い。
「ここ数日元気がないとあずまから聞いた。どうした?」
「師範こそ、こんなところでどうしたんですか。今日の任務地は逆方向だったはずでは」
私達は兄妹以前に師と継子のような関係性でもある。日々の任務についてお互い、鎹烏を使ってよく話すのだけど。
任務についてだけじゃなくって、あずまったら杏寿郎さんに余計なことを言ったな……。それだけ心配をかけていたのだろう。
「速攻で終わらせてこちら側に帰ってきた」
またそのパターンか。この人は何かあると任務を最速で終わらせるのだ。鬼もかわいそうに。ううん、合同になった隊士の方がかわいそうだ。
内心ため息を吐いていればほわんと温かくていい匂いのお芋が頬にぴとりと当てられた。
「ほら、君が元気になればと、焼いた芋を買ってきたぞ」
「それって私じゃなくて師範が元気になるやつでしょ……」
「ははは!違いないな!うむ、うまい!わっしょい!!
朝緋も食べろ。ついわっしょいが出てしまうほど美味いぞ!」
「ありがとう……ふふ、美味しいや。わっしょい。……なんてね」
ありがたくいただいて食べる。でも口から出たわっしょいには杏寿郎さんのような覇気はない。元からないけれどいつもより声が小さく、おおよそ元気とはいえるものではなかった。
「やはり元気にはならんか」
「……そんな単純な話じゃないもの」
「そうか。ままならぬものだな」
風が吹く。
ふわ、靡く貴方の髪。真っ直ぐ前だけを見つめている貴方の瞳を横から眺める。
ああもう、泣きたくなるほど愛しくて、悲しくて、つらくて。何もかもを我慢できなくなった。
体育座りをした膝の中、顔を隠して涙するけれど震える声音でバレバレだ。
「師範、人は死ぬものですよね」
「うん?鬼ではないからそうだな。いつかは死ぬな」
「でも、鬼によって奪われるのは違うと思う」
「そうだな。鬼よる死は訪れてはならないと俺も思うよ」
涙に気がつかれ、頭をそっと撫でられる。その温かさで溶けた想いが口からこぼれ落ちる。
「……なんで助けられなかったんだろう……また、また駄目だった。目の前にいたのに。なのに。対処法も知っていたのに。あと一歩及ばなかった。私が弱いせいで。私は守られてしまった」
「君が元気がないのは花柱殿のことでなのだな」
顔を上げぬまま膝裏でこくりと頷き、そして追加する。
「最終選別の時も、結局同期の子を守れなかった……。辛かった、悲しかった」
「そうか……。
君が守られたのは、君が稀血だから食われるわけにいかないと判断されたからだ。いや、稀血でなかろうと柱は後継を死なせはしない。若い芽は摘ませないよう、身を呈して守るものだ。同じ状況なら俺とてそうする」
「そんなことわかってるよ、わかってる!でも、でも……!うわぁぁぁん!!」
顔を上げて涙でベトベトの表情を晒してしまった。杏寿郎さんはそれに驚くこともなく、抱き寄せて背中をぽんぽんしてくれた。
「ぐすっ、もっと私が強ければ……っ!私が殺したも同然よ……!なのにしのぶちゃんも、御館様も……!他の人も!亡くなる寸前のカナエさんまで!みんな私を責めないの!誰も責めてくれないの!!」
「朝緋を責めるのは違うと、怒りをぶつけるべき相手は鬼なのだとみなわかっているからだ。俺も責めない。君が自責の念に駆られていようと、責めてほしかろうとだ。花柱殿と共に上弦を退け、その情報を持ち帰った君を称えこそしても責めやしない」
「でもそれは私でなくほとんどカナエさんが持ち帰った情報で!結局、私のせいで……」
「ほら、自分のせいにしない。よしよしぽんぽん。辛かったな……」
君は花柱殿が守ってくれた分も、しっかり生きなくては。
そう言われた瞬間、涙が止まった。
そうだ。今はしっかりと生きなくちゃ。私が望む未来のために。目の前の大好きな人の未来を掴むそのために。
杏寿郎さんに放してもらい、涙をぬぐう。
「朝緋も今や立派な鬼殺隊士ではあるが、君と初めて会った日に君を守ると誓いを立てたろう?あの誓いを忘れたことはない。花柱殿が守って下さったように、俺もまた君を守る。絶対に死なせない」
君を守る。なんて嬉しい言葉だろう。でも……。
「…………鬼を相手にしている以上絶対はあり得ない。杏寿郎さんは今後私が死ぬという覚悟を今一度持つべきだよ」
「!?今、俺をなんて……」
呼び方を約束の物に変えたのに気がついた。けれど私の言葉はそれを無視して進む。
「何かあって私が死んでも耐えるべきです。
もちろん万が一の時もただじゃ死んでやらないけれど、でも死の覚悟はしておかないといけないと思う」
「ーー死の覚悟?そんな事はいつだってしている。君のでなく自分の死についてだが。いや、それよりその呼び方は……」
「でもね、私のことに関して何もかも、我慢はしなくていいです。私も我慢はしない。出来ない。わがままに生きるって、決めていたから。
だから『今回』は私から言わせてほしいの」
「朝緋、今回とは一体……?」
「杏寿郎さんの階級が甲に上がったら考えると私は言った。貴方はまだ乙に上がったばかり。甲じゃない。でも私からどうか伝えさせて。約束を反故にさせて」
「ッ!?」
階級の話。約束を反故に。その単語で杏寿郎さんの目が大きく見開かれた。
「いいや!こういうのは男からと相場が決まっている!!俺から言う!言わせてく……むぐっ!?」
杏寿郎さんの口を両手で覆う。
「いいえ私から言います!絶対絶対私から言います!!」
手を外す事など容易だ。けれど私の勢いに圧倒された杏寿郎さんは固まり黙った。
「私は煉獄杏寿郎さんが好きです!兄でも家族でもなく、一人の男性として愛しています!!」
その瞬間、杏寿郎さんが黙った以上に長く長い沈黙がその場を支配した。聞こえるのは川の流れる音のみ。町の喧騒すら聞こえない。
緊張する私に、ようやく杏寿郎さんの一言がつぶやかれた。
「愛して……?ふ、ふふふ。先に言われてしまうだけではなく、まさか愛しているとまで言われてしまうとはな」
顔を少し赤らめ、明後日の方向を見ながらぽりぽりと頬を掻く杏寿郎さん。照れているのか、それとも恥ずかしいやつと思われたのか、分かりづらい反応だった。
「……もしかして重いと思いました?引きました?」
「いいや、嬉しい!」
探るように聞けば、両肩を掴まれ叫ぶように言われた。とろりと細められた目に気持ちが透けて見えた。
「俺も朝緋のことを好いている。愛しているよ。一人の女性としてな」
ああ、ああ。『また』貴方は同じ気持ちを返してくれた。態度でわかっていても、言葉で聞くまでは不安で。
でも今は嬉しい。世界で一番嬉しい言葉。
胸が愛で張り裂けてしまいそう。違う涙で視界が滲んだ。
「……ぎゅーしていい?」
「ぎゅー?」
手を広げ、がばりと自分の体を抱きしめてしたいことを示す。いつもは何もなくとも抱きしめあっているし、ついさっきも私を慰めようと抱き寄せてくれた。
でも告白後の今は抱擁一つ、違う意味を持つ。
「ああなるほど!抱きつくくらいいくらでもしてくれ!いや、今度こそ俺からする!!」
言うが早いか強く抱きしめられる。強いけれどでも優しい優しいそれ。首筋に、耳元に、髪に。掻き抱くようにしながら頬擦りを繰り返される。
杏寿郎さんの落ち着く匂いが私に移ってくる。
耳に囁き声が落ちた。色を孕む、低くて少しえっちなその声。
「前に俺の声が好き、と言ったな」
「ん……声だけじゃないよ。それに、もうその声には聞き慣れました」
「本当にか?」
くつくつ笑いながら囁き、耳を舐られる。いきなりハードルが高い。そういう悪戯は時期的にも時間的にもまだ早い。
「んっ、……助平ですね」
「俺が助平になるのは朝緋相手にだけだ。
その涙……少しは嬉し涙に変わったか?」
じっと見つめ、それから目元を拭われた。
「多少は。でも悲しいものは悲しい。もっと私が強ければよかったのに。私が弱かったせいって、今も思う」
「生半可に強かったら、逆に君はここにいなかったろう。もう自分を責めるのはやめなさい。君が流す涙は嬉し涙でなくてはな」
再び抱き寄せられ、その手が何度も何度も、頭を往復する。
「……これから花柱殿に花を備えに行こうか」
「うん……」