四周目 参
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「師範、いいえここは杏寿郎兄さんと呼ばせてもらうね。
父様も人です。貴方が槇寿朗さんと瑠火さんの子供であるように、父様もまた誰かの子なのです。このおうちっておじいちゃんやおばあちゃんはもういないけどさ、父様はその人達の子供で、癇癪を起こす子供時代もあったはずで」
「祖父母か……」
この時代だからほとんど顔写真はないし、仏間には位牌はあっても遺影はない。だからどんな顔をしていたか、どんな人達だったかなんて想像できない。でも顔はマトリョーシカののうに似てるはず。
「だからこそ今だって癇癪を起こすこともあるし、いつまでもお子ちゃまな考えを持つこともある。杏寿郎兄さんができた子供なだけなんだと思うの。
期待をかけすぎじゃない?そんな、何もなしに待ってるだけで元の父様になんて戻るわけないじゃん。
杏寿郎兄さんの気持ちは痛いくらいわかったけど、こっちから行動起こさないといつまで経っても変わんないよ。言ったってそうそう変わらないんだから。
前にも言ったよね?言いたいこと言って盛大に喧嘩でもした方がいいよ。我慢しちゃ駄目。その思いを心の中に燻らせたままなんて体に良くない。
伝えるのを諦めちゃいけないよ。それは相手を見限っているのと同じだから」
「……そう、だな……」
ああ、こっちも根深いなぁ。杏寿郎さんの心で唯一不完全燃焼になっているものがこれだ。会えば罵詈雑言、一方的な喧嘩。
対話を諦めたくなる気持ちもわかる。この分だと杏寿郎さんも動かないだろうな。
『全て』において諦めちゃ駄目なんだと思う。それは生についても同じで。
諦め、かあ。
そういえば、私は『前』のとある時、鬼になってでも杏寿郎さんに生きていてほしいと願ったっけ。実は今もなお、ずっとその思いは消えていない。鬼殺隊失格の考え。
もしも、鬼になれば死なずに生きられる。そういう場面に遭遇した時、私はどうするだろう。杏寿郎さんの気持ちを無視して鬼にするのだろうか。
ふとそんな疑問がよぎった。
「おお、これだぁ……!」
モヤモヤし続ける父と息子達を置いて、埃まみれになりながら納屋を探すこと半刻ほど。大量の書物の下の方から瑠火さんが書いたであろう、レシピノート、献立や味付けについてを書き記した帳簿が出て来た。多分瑠火さんが書いただけでなく、瑠火さんの親やその前の代から続く年代ものだ。
古いけれど保存状態がいい。
私は早速記された味付けを覚え、振る舞ってみた。
んー、今まで食べて来たのは何だったのだろう?新しい料理も瑠火さんの味付け風にアレンジしてだせば、懐かしい味が食卓いっぱいに並んだ。
元気がない時は美味しいものを食べるに限る。杏寿郎さんも千寿郎も喜んでるし上々!
瑠火さん、ありがとうー!レシピ帳いっぱい使わせてもらいます!!
杏寿郎さんや槇寿朗さんが自分から変わらないのなら、変わるよう私が胃袋に直接叩き込んでやる。
「瑠火!!瑠火がいるんだろう!?」
その時、酷く慌てた様子の槇寿朗さんが障子戸を壊す勢いで開けて来た。
「「父上!?」」
「……はぁ……」
茶碗片手に固まる煉獄家の男二人。
そんな中私だけが静かに立ち上がる。ため息と共に。
「二人ともちょっと席外すねー」
困惑する息子二人を残し、槇寿朗さんの手をぐいと引いてその場を共に出る。
「何をする朝緋!俺は瑠火を……!」
「しっかりしてください父様!
周りを見て発言を!貴方は家長でしょう!」
ここなら杏寿郎さん達にそうそう聞こえないはずだ。勝手場近くの壁に移動して半パニック状態の槇寿朗さんに喝を入れる。
「母様はもういません。それは貴方が一番よく知っている事じゃないですか……」
「え、あ……、ああ、そうだったな。……今日が命日だから帰って来たのかと思ってしまった。
だがあれは……」
「味、でしょ?
母様の献立帳に載っていた味つけでお料理をお出ししたのです」
そう言って懐に忍ばせておいた帳簿を見せる。槇寿朗さんは受け取ったそれを目をゆるゆると細めて眺めた。
「この帳簿……ふ、懐かしいなぁ」
「あの味も懐かしい味ですよね?私の味付けとはちょっぴり違うの。そんなに変わらないはずなのに、調味する順番、量、隠し味。それだけでこんなにも変わる。
……父様は母様の味を覚えてくれていたのですね」
「当たり前だ」
その目にじんわり涙が浮かんでいるのが見える。
「胃袋に訴える作戦は成功、みたいですね?」
「ああ、朝緋には負けたよ」
くす、と笑みを浮かべた槇寿朗さん。こんな顔は久しぶりに見る。
「瑠火が亡くなってから。俺が引きこもるようになってからというもの、味なんて気にしていなかった。それに、今まではお前の味付けだったからな。今日のは匂いすら瑠火の料理のものだった。
帳簿の力があろうとも、朝緋も瑠火の味を。香りを覚えていたのだな。だからこんなにも完璧に再現できた」
「母様と一緒にたくさん料理してきましたからね。ちゃんと覚えてますとも」
「女性同士、お前達が厨で料理をしている姿が思い浮かぶ。母と娘、活気あるどこにでもある風景。幸せな家族の形。食卓を囲む団欒の楽しさ。俺も思い出したよ。
今の俺の姿を見たら、瑠火は悲しむな。いや、怒るだろうて」
「やっとわかったんですか?やっと、戻って来たんですか?」
ここまで長かったなぁ。
「……先日はすまなかった。朝緋が作った食事を投げてしまった」
「もう終わったことです。ネギと豆腐とわかめの味噌汁も、鶏肉の照り焼きも、茄子の揚げ浸しも、里芋の肉味噌煮も無駄になりましたがもう終わったことです」
「献立まで覚えているのか!しっかり根に持っているではないか……」
「そりゃ最近のことだし作り手だし?それに、食べ物の恨みは海より深いのです」
好物を取られたら一年根に持つほどだもの。
「おかえりなさい、父様」
「ああ、ただいま」
抱きつけばふわりと優しく抱擁を返してくれた。年頃なんだからやめなさい?杏寿郎さんがいる?父娘なんだから別にいいでしょ。
「よし、早速杏寿郎兄さんや千寿郎のいるところで、仕切り直して食べましょう!」
「いやそれはちょっとな……」
「何恥ずかしがってるの!明日には杏寿郎兄さんは任務でいないのよ!今逃したらいつ手を取り合う気!?私が瑠火さんならお尻引っ叩いて怒りますよ!」
「わ、わかったわかった!」
ここに引っ張ってきた時同様にぐいぐい手を引く。問答無用。
「あと今後頼むから呼吸のことでいきなりキレたりはしないでよね?言ったと思うけど日だとか陽だとか、私からしたらどーでもいい!どれもそれぞれ最高の呼吸なの!特に私の中では炎の呼吸こそ最上!最高級かつ最強の呼吸!以上!!
なので私の見えるところでキレてるの見かけたら……シュッシュッ!ですよ!貴方の日輪刀でお尻をバンバン叩きますからね!!」
シュッシュッ、はしのぶの真似だけど日輪刀おけつ叩きは干した布団を叩く感覚だ。実は私、布団叩きが見当たらない時に自分の日輪刀で布団を叩いた事がある。
「……善処する」
んーー!惜しい、善処かあ!
「朝緋は言葉使いや言い回しこそ幼稚で砕けているが、昔から達観し、成熟している気がするなぁ。いや、老成円熟と言っていいかもな。どうしてなんだ?」
「さあ?私はただちょっと頭がいい良く出来た貴方の娘ですよ」
「自分で言うのか!」
そう言って笑い合う。
戻った先でも久しぶりに家族みんなで笑い合えた。
今はまだ少しぎごちないけれど、杏寿郎さんとの確執のようなものも氷が溶けるかのように徐々に解消されていくだろう。
それが嬉しかった。
父様も人です。貴方が槇寿朗さんと瑠火さんの子供であるように、父様もまた誰かの子なのです。このおうちっておじいちゃんやおばあちゃんはもういないけどさ、父様はその人達の子供で、癇癪を起こす子供時代もあったはずで」
「祖父母か……」
この時代だからほとんど顔写真はないし、仏間には位牌はあっても遺影はない。だからどんな顔をしていたか、どんな人達だったかなんて想像できない。でも顔はマトリョーシカののうに似てるはず。
「だからこそ今だって癇癪を起こすこともあるし、いつまでもお子ちゃまな考えを持つこともある。杏寿郎兄さんができた子供なだけなんだと思うの。
期待をかけすぎじゃない?そんな、何もなしに待ってるだけで元の父様になんて戻るわけないじゃん。
杏寿郎兄さんの気持ちは痛いくらいわかったけど、こっちから行動起こさないといつまで経っても変わんないよ。言ったってそうそう変わらないんだから。
前にも言ったよね?言いたいこと言って盛大に喧嘩でもした方がいいよ。我慢しちゃ駄目。その思いを心の中に燻らせたままなんて体に良くない。
伝えるのを諦めちゃいけないよ。それは相手を見限っているのと同じだから」
「……そう、だな……」
ああ、こっちも根深いなぁ。杏寿郎さんの心で唯一不完全燃焼になっているものがこれだ。会えば罵詈雑言、一方的な喧嘩。
対話を諦めたくなる気持ちもわかる。この分だと杏寿郎さんも動かないだろうな。
『全て』において諦めちゃ駄目なんだと思う。それは生についても同じで。
諦め、かあ。
そういえば、私は『前』のとある時、鬼になってでも杏寿郎さんに生きていてほしいと願ったっけ。実は今もなお、ずっとその思いは消えていない。鬼殺隊失格の考え。
もしも、鬼になれば死なずに生きられる。そういう場面に遭遇した時、私はどうするだろう。杏寿郎さんの気持ちを無視して鬼にするのだろうか。
ふとそんな疑問がよぎった。
「おお、これだぁ……!」
モヤモヤし続ける父と息子達を置いて、埃まみれになりながら納屋を探すこと半刻ほど。大量の書物の下の方から瑠火さんが書いたであろう、レシピノート、献立や味付けについてを書き記した帳簿が出て来た。多分瑠火さんが書いただけでなく、瑠火さんの親やその前の代から続く年代ものだ。
古いけれど保存状態がいい。
私は早速記された味付けを覚え、振る舞ってみた。
んー、今まで食べて来たのは何だったのだろう?新しい料理も瑠火さんの味付け風にアレンジしてだせば、懐かしい味が食卓いっぱいに並んだ。
元気がない時は美味しいものを食べるに限る。杏寿郎さんも千寿郎も喜んでるし上々!
瑠火さん、ありがとうー!レシピ帳いっぱい使わせてもらいます!!
杏寿郎さんや槇寿朗さんが自分から変わらないのなら、変わるよう私が胃袋に直接叩き込んでやる。
「瑠火!!瑠火がいるんだろう!?」
その時、酷く慌てた様子の槇寿朗さんが障子戸を壊す勢いで開けて来た。
「「父上!?」」
「……はぁ……」
茶碗片手に固まる煉獄家の男二人。
そんな中私だけが静かに立ち上がる。ため息と共に。
「二人ともちょっと席外すねー」
困惑する息子二人を残し、槇寿朗さんの手をぐいと引いてその場を共に出る。
「何をする朝緋!俺は瑠火を……!」
「しっかりしてください父様!
周りを見て発言を!貴方は家長でしょう!」
ここなら杏寿郎さん達にそうそう聞こえないはずだ。勝手場近くの壁に移動して半パニック状態の槇寿朗さんに喝を入れる。
「母様はもういません。それは貴方が一番よく知っている事じゃないですか……」
「え、あ……、ああ、そうだったな。……今日が命日だから帰って来たのかと思ってしまった。
だがあれは……」
「味、でしょ?
母様の献立帳に載っていた味つけでお料理をお出ししたのです」
そう言って懐に忍ばせておいた帳簿を見せる。槇寿朗さんは受け取ったそれを目をゆるゆると細めて眺めた。
「この帳簿……ふ、懐かしいなぁ」
「あの味も懐かしい味ですよね?私の味付けとはちょっぴり違うの。そんなに変わらないはずなのに、調味する順番、量、隠し味。それだけでこんなにも変わる。
……父様は母様の味を覚えてくれていたのですね」
「当たり前だ」
その目にじんわり涙が浮かんでいるのが見える。
「胃袋に訴える作戦は成功、みたいですね?」
「ああ、朝緋には負けたよ」
くす、と笑みを浮かべた槇寿朗さん。こんな顔は久しぶりに見る。
「瑠火が亡くなってから。俺が引きこもるようになってからというもの、味なんて気にしていなかった。それに、今まではお前の味付けだったからな。今日のは匂いすら瑠火の料理のものだった。
帳簿の力があろうとも、朝緋も瑠火の味を。香りを覚えていたのだな。だからこんなにも完璧に再現できた」
「母様と一緒にたくさん料理してきましたからね。ちゃんと覚えてますとも」
「女性同士、お前達が厨で料理をしている姿が思い浮かぶ。母と娘、活気あるどこにでもある風景。幸せな家族の形。食卓を囲む団欒の楽しさ。俺も思い出したよ。
今の俺の姿を見たら、瑠火は悲しむな。いや、怒るだろうて」
「やっとわかったんですか?やっと、戻って来たんですか?」
ここまで長かったなぁ。
「……先日はすまなかった。朝緋が作った食事を投げてしまった」
「もう終わったことです。ネギと豆腐とわかめの味噌汁も、鶏肉の照り焼きも、茄子の揚げ浸しも、里芋の肉味噌煮も無駄になりましたがもう終わったことです」
「献立まで覚えているのか!しっかり根に持っているではないか……」
「そりゃ最近のことだし作り手だし?それに、食べ物の恨みは海より深いのです」
好物を取られたら一年根に持つほどだもの。
「おかえりなさい、父様」
「ああ、ただいま」
抱きつけばふわりと優しく抱擁を返してくれた。年頃なんだからやめなさい?杏寿郎さんがいる?父娘なんだから別にいいでしょ。
「よし、早速杏寿郎兄さんや千寿郎のいるところで、仕切り直して食べましょう!」
「いやそれはちょっとな……」
「何恥ずかしがってるの!明日には杏寿郎兄さんは任務でいないのよ!今逃したらいつ手を取り合う気!?私が瑠火さんならお尻引っ叩いて怒りますよ!」
「わ、わかったわかった!」
ここに引っ張ってきた時同様にぐいぐい手を引く。問答無用。
「あと今後頼むから呼吸のことでいきなりキレたりはしないでよね?言ったと思うけど日だとか陽だとか、私からしたらどーでもいい!どれもそれぞれ最高の呼吸なの!特に私の中では炎の呼吸こそ最上!最高級かつ最強の呼吸!以上!!
なので私の見えるところでキレてるの見かけたら……シュッシュッ!ですよ!貴方の日輪刀でお尻をバンバン叩きますからね!!」
シュッシュッ、はしのぶの真似だけど日輪刀おけつ叩きは干した布団を叩く感覚だ。実は私、布団叩きが見当たらない時に自分の日輪刀で布団を叩いた事がある。
「……善処する」
んーー!惜しい、善処かあ!
「朝緋は言葉使いや言い回しこそ幼稚で砕けているが、昔から達観し、成熟している気がするなぁ。いや、老成円熟と言っていいかもな。どうしてなんだ?」
「さあ?私はただちょっと頭がいい良く出来た貴方の娘ですよ」
「自分で言うのか!」
そう言って笑い合う。
戻った先でも久しぶりに家族みんなで笑い合えた。
今はまだ少しぎごちないけれど、杏寿郎さんとの確執のようなものも氷が溶けるかのように徐々に解消されていくだろう。
それが嬉しかった。