四周目 参
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
帰ったその日は槇寿朗さんの機嫌がすこぶる悪かった。
天気があまり良くないからかな。雨の日は古傷が痛んだりするから気分上がらないよね。え?そうじゃないって?
顔見た瞬間に鬼殺隊を辞めろ、居ても死ぬだけだ、お前は弱い、家に入れ、嫁に行けと、ここで詳しく内容を言わないけど相当酷い罵詈雑言が飛んできた。
それを無視して私は思ったままを話す。言いたい事があるなら言ったほうがいい。
「父様。一つ言っておきたき事があります。私達の呼吸、炎の呼吸は決して日の呼吸の劣化版なんかじゃありません」
「!?……知った口を!!」
槇寿朗さんがうずくまってしまった直接の原因、一番気にしていることを的確に突く。
案の定、掴みかかろうとして来た。避けたけど。
瑠火さんの位牌があればまるで悪霊の動きを止めるお札の如く、槇寿朗さんは止まったかもしれない。でも今日は残念ながら連れて来ていない。
……そういえば私と瑠火さんは目元などが特に似ているのだし、今度瑠火さんのお着物や髪留めを借りて槇寿朗さんの目の前で着ようかしら?火に油を注いだみたいに激昂するかな、それとも大人しくなってくれるかな。
「派生の呼吸の全て。それは変化であり、進化です。どこに劣等感を感じるものがありましょう。
私の使う炎の呼吸は、私にとって一番誇るべきもの。それをご教授くださった杏寿郎さん、槙寿郎さんにとても感謝しています。素晴らしい師に会えて、私は果報者です」
「……ちっ」
槇寿朗さんは何も返さず舌打ちしただけだった。
私はそれだけ言ってカナエさんからの薬を渡しながら、運んできた食事を勧める。薬については何も言わずにすっごい嫌な顔をしただけだった。
相手は女性な上に同じ柱だし、カナエさんだものね。彼女は他の柱より一枚上手って感じする。それこそ、槇寿朗さんよりもだ。
けれど機嫌の悪い槇寿朗さんは、食事のお膳を弾き飛ばした。ご飯が、汁物が、おかずが部屋の中に溢れる。散らばる。それらが床を汚し、畳に染み込んでいく。
「飯なぞ要らん!酒だ!持ってくるなら酒にしろ!!」
「父様……、」
ああ駄目だ。本当に今日は一段と機嫌が悪い。
けれどね、でもね。私は食事の時間をとても。そう、とても大事にする人間でね?食べ物を粗末にする人が嫌いなのだ。家族だから完全に嫌うことはないけれど、でも気分はすっごく悪い。
「ああそう……父様はそうやって食べ物無駄にしちゃうんだぁ……」
「お、おい、朝緋……?」
あんなに怒りを露わにしていたというに、私の纏う黒い空気に気がつき、ぎくりとしている。柱ですら怯える空気って何だそれ。
「私のご飯、昔は美味しいって言ってくれたのに……酷い、酷いよ。父様酷い……!」
激しすぎる怒りは一気に限界まで昇り詰めて、一瞬にして悲しみに。涙に変わった。
ボロボロとこぼれ落ちる涙。
「っ、……俺が片付ける。さっさと出て行け」
涙に訴える効果は抜群で。さすがに娘の涙を見ていられなかったのだろう、首根っこ掴んでぽいっと部屋の外に追い出された。
涙し仏間に手を合わせながら、独り言に似た呟きを瑠火さんに向ける。
はあ……瑠火さん天から見てるのかな。『前回』の話で考えると見てるよね。
槇寿朗さんがね、まーた呼吸に劣等感を抱いてるよ。しかもせっかく作ったご飯を投げたよ。食べ物を粗末にしたよ。
瑠火さん、どうか夢枕で叱って欲しいよ。
「顔を合わせれば鬼殺隊を辞めろと。結局そればかりで。今の瑠火さんなら知っているよね?結局私は私の好きな炎の未来が見たいだけなのに。炎の未来を望んでいるのに」
全てはそこに繋がる。私の全ては杏寿郎さんの未来という大事なものの渇望へと続く。
「それには鬼殺隊にいるのが一番で。
炎が消えないよう、隣で薪をくべていたい。隣で炎にあたっていたい。それだけなのに」
あの炎にならこの身焼かれてもいい。
その瞬間、蝋燭の火がいつもより大きく燃え上がった気がする。
幽霊は苦手だけれど、それが瑠火さんだと思うと、途端に心強く感じた。
ーーああそうだ。瑠火さんが言っていた、レシピ帳を探さなくては。
そう思いながら瑠火さんの命日の墓参りの日を迎えたのはすぐのことだった。
あの一件以来、槇寿朗さんは私に直接的な罵倒をよこさなくなったけれど、それは杏寿郎さんや千寿郎には適用されず。
罵詈雑言の数々が杏寿郎さんと千寿郎に言葉の暴力として飛んでくる。
ま、私が真顔でじっっっと、見つめた瞬間にやめてくれるからよしとしよう。今きっと、私のには瑠火さんという守護霊の守りがついている。まるで後光でも差すようにね。
***
任務任務任務。任務続きだ。階級もぐんぐん上がり、偶然相対した下弦の伍の頸を楽に狩り取れるまでに俺は強くなった。
今度こそ、こたびこそはと。褒めてくれると思い、命日の墓参りの折、父上に報告した。
結果は散々だ。
いつもそう。父上は褒めてくださらない。
朝緋や千寿郎に誉められるのも、尊敬の眼差しで見られるのも嬉しい。心地よい賞賛が降り注ぐ瞬間は幸せだ。
だが俺が真に望む父からの賛美は決して得られない。
それどころか、ぶつけられるのは罵詈雑言か、鬼殺隊を辞めるように強要してくる言葉のみ。
俺が炎柱になるほどの強さを得れば褒めてくださるだろうか。上弦を倒せば此方を見てくださるだろうか。鬼舞辻を倒せばーー。
いや、きっとそれでも父上は此方を見てはくださらない。変わらない。
期待に応えようと頑張ろうと。何をしようとこちらを見てくれぬ父上。
何が足りないのだろう。何をお求めになっているのだろう。
……どうしてそんなに、父上はうずくまっているのだろう。なぜ、任務を放棄しようとなさるのだろう?
母上の死が原因なのだろうか。それとも他の何かがあったのだろうか。
俺達を死なせたくないから……だから、鬼殺隊を辞めるように言うのだろうか。
もしそうなら父上、どうか失うことを恐れないでほしい。全ては無駄ではないのだから。
俺の尊敬する人は炎の呼吸を使う。目指しているのはいつだって父上だ。
熱意を。あの頃の熱意を、父上から向けられたい。共に並んで戦いたいのに。
もう望めないのだろうか。諦めるしかないのだろうか。
いや、いつかはきっと元の父上に戻ってくださるはずだ。
ならば俺は堪えてじっと待つしかない。
……と、そう思い、墓参りが終わった後に気持ちを朝緋に吐露した。
結果、心を刺すように、ずばずば言われた。
天気があまり良くないからかな。雨の日は古傷が痛んだりするから気分上がらないよね。え?そうじゃないって?
顔見た瞬間に鬼殺隊を辞めろ、居ても死ぬだけだ、お前は弱い、家に入れ、嫁に行けと、ここで詳しく内容を言わないけど相当酷い罵詈雑言が飛んできた。
それを無視して私は思ったままを話す。言いたい事があるなら言ったほうがいい。
「父様。一つ言っておきたき事があります。私達の呼吸、炎の呼吸は決して日の呼吸の劣化版なんかじゃありません」
「!?……知った口を!!」
槇寿朗さんがうずくまってしまった直接の原因、一番気にしていることを的確に突く。
案の定、掴みかかろうとして来た。避けたけど。
瑠火さんの位牌があればまるで悪霊の動きを止めるお札の如く、槇寿朗さんは止まったかもしれない。でも今日は残念ながら連れて来ていない。
……そういえば私と瑠火さんは目元などが特に似ているのだし、今度瑠火さんのお着物や髪留めを借りて槇寿朗さんの目の前で着ようかしら?火に油を注いだみたいに激昂するかな、それとも大人しくなってくれるかな。
「派生の呼吸の全て。それは変化であり、進化です。どこに劣等感を感じるものがありましょう。
私の使う炎の呼吸は、私にとって一番誇るべきもの。それをご教授くださった杏寿郎さん、槙寿郎さんにとても感謝しています。素晴らしい師に会えて、私は果報者です」
「……ちっ」
槇寿朗さんは何も返さず舌打ちしただけだった。
私はそれだけ言ってカナエさんからの薬を渡しながら、運んできた食事を勧める。薬については何も言わずにすっごい嫌な顔をしただけだった。
相手は女性な上に同じ柱だし、カナエさんだものね。彼女は他の柱より一枚上手って感じする。それこそ、槇寿朗さんよりもだ。
けれど機嫌の悪い槇寿朗さんは、食事のお膳を弾き飛ばした。ご飯が、汁物が、おかずが部屋の中に溢れる。散らばる。それらが床を汚し、畳に染み込んでいく。
「飯なぞ要らん!酒だ!持ってくるなら酒にしろ!!」
「父様……、」
ああ駄目だ。本当に今日は一段と機嫌が悪い。
けれどね、でもね。私は食事の時間をとても。そう、とても大事にする人間でね?食べ物を粗末にする人が嫌いなのだ。家族だから完全に嫌うことはないけれど、でも気分はすっごく悪い。
「ああそう……父様はそうやって食べ物無駄にしちゃうんだぁ……」
「お、おい、朝緋……?」
あんなに怒りを露わにしていたというに、私の纏う黒い空気に気がつき、ぎくりとしている。柱ですら怯える空気って何だそれ。
「私のご飯、昔は美味しいって言ってくれたのに……酷い、酷いよ。父様酷い……!」
激しすぎる怒りは一気に限界まで昇り詰めて、一瞬にして悲しみに。涙に変わった。
ボロボロとこぼれ落ちる涙。
「っ、……俺が片付ける。さっさと出て行け」
涙に訴える効果は抜群で。さすがに娘の涙を見ていられなかったのだろう、首根っこ掴んでぽいっと部屋の外に追い出された。
涙し仏間に手を合わせながら、独り言に似た呟きを瑠火さんに向ける。
はあ……瑠火さん天から見てるのかな。『前回』の話で考えると見てるよね。
槇寿朗さんがね、まーた呼吸に劣等感を抱いてるよ。しかもせっかく作ったご飯を投げたよ。食べ物を粗末にしたよ。
瑠火さん、どうか夢枕で叱って欲しいよ。
「顔を合わせれば鬼殺隊を辞めろと。結局そればかりで。今の瑠火さんなら知っているよね?結局私は私の好きな炎の未来が見たいだけなのに。炎の未来を望んでいるのに」
全てはそこに繋がる。私の全ては杏寿郎さんの未来という大事なものの渇望へと続く。
「それには鬼殺隊にいるのが一番で。
炎が消えないよう、隣で薪をくべていたい。隣で炎にあたっていたい。それだけなのに」
あの炎にならこの身焼かれてもいい。
その瞬間、蝋燭の火がいつもより大きく燃え上がった気がする。
幽霊は苦手だけれど、それが瑠火さんだと思うと、途端に心強く感じた。
ーーああそうだ。瑠火さんが言っていた、レシピ帳を探さなくては。
そう思いながら瑠火さんの命日の墓参りの日を迎えたのはすぐのことだった。
あの一件以来、槇寿朗さんは私に直接的な罵倒をよこさなくなったけれど、それは杏寿郎さんや千寿郎には適用されず。
罵詈雑言の数々が杏寿郎さんと千寿郎に言葉の暴力として飛んでくる。
ま、私が真顔でじっっっと、見つめた瞬間にやめてくれるからよしとしよう。今きっと、私のには瑠火さんという守護霊の守りがついている。まるで後光でも差すようにね。
***
任務任務任務。任務続きだ。階級もぐんぐん上がり、偶然相対した下弦の伍の頸を楽に狩り取れるまでに俺は強くなった。
今度こそ、こたびこそはと。褒めてくれると思い、命日の墓参りの折、父上に報告した。
結果は散々だ。
いつもそう。父上は褒めてくださらない。
朝緋や千寿郎に誉められるのも、尊敬の眼差しで見られるのも嬉しい。心地よい賞賛が降り注ぐ瞬間は幸せだ。
だが俺が真に望む父からの賛美は決して得られない。
それどころか、ぶつけられるのは罵詈雑言か、鬼殺隊を辞めるように強要してくる言葉のみ。
俺が炎柱になるほどの強さを得れば褒めてくださるだろうか。上弦を倒せば此方を見てくださるだろうか。鬼舞辻を倒せばーー。
いや、きっとそれでも父上は此方を見てはくださらない。変わらない。
期待に応えようと頑張ろうと。何をしようとこちらを見てくれぬ父上。
何が足りないのだろう。何をお求めになっているのだろう。
……どうしてそんなに、父上はうずくまっているのだろう。なぜ、任務を放棄しようとなさるのだろう?
母上の死が原因なのだろうか。それとも他の何かがあったのだろうか。
俺達を死なせたくないから……だから、鬼殺隊を辞めるように言うのだろうか。
もしそうなら父上、どうか失うことを恐れないでほしい。全ては無駄ではないのだから。
俺の尊敬する人は炎の呼吸を使う。目指しているのはいつだって父上だ。
熱意を。あの頃の熱意を、父上から向けられたい。共に並んで戦いたいのに。
もう望めないのだろうか。諦めるしかないのだろうか。
いや、いつかはきっと元の父上に戻ってくださるはずだ。
ならば俺は堪えてじっと待つしかない。
……と、そう思い、墓参りが終わった後に気持ちを朝緋に吐露した。
結果、心を刺すように、ずばずば言われた。