二周目 壱
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その時、暗闇の中で矢のような一筋の炎が一直線に走った。
「壱ノ型・不知火ッ!」
舌が外れて解放された私は、地べたにすとんと落ちる。鬼を見れば頸が飛んでいた。
「お、俺の頸……頸がっ!」
炎が揺らめく刀を手にやってきたのは、現炎柱の槇寿朗さんだ。
杏寿郎さんのものとはまた違った美しく力強い剣捌きを前に、圧倒され何も言えなくなった。使う人でこうまで違うなんて……。
「その甘い匂い、稀血の匂い……っ!愛しい愛しい愛しい!もっと嗅がせろ……俺のものだ俺の女だ!汚したい!
なのに鬼狩りめ鬼狩りめ!
ああたくさんかわいがったそのあとで食べたかった……まだ一口も食べてない!食べてな、」
「黙れ薄汚い鬼めが」
頸だけとなり喚く鬼。言ってることが既にやばい。ひいていると、怒気強めの槇寿朗さんがもうほとんど消えかかっていた鬼の口に刃を突き立てた。
その瞬間、鬼は胴体もろとも消えた。
「と、とうさ、ま?」
まだ怒気が漂うその背に呼びかける。
怒りの刃の覇気がすごい刀を鞘へ収め、槇寿朗さんが優しく「大丈夫か」と言ってきたが、その表情だけは鬼に向かっていった時のままだった。
これではどっちが鬼だったかわからない。
気迫すごっ!顔こわっ!
「だ、大丈夫……デシタ、」
尻すぼみになりながら答える私の肩に、ガッと置かれた力強い両手。……そのまま肩から潰されるかと思った。
「顔に傷ができてるじゃないか。大丈夫とはいえん!お前は女子なんだぞ、顔に傷が残ったらどうする!!」
「あっこの程度のかすり傷なら呼吸で……」
「朝緋?」
傷がついた私より慌てている槇寿朗さんに軽く返すと、鬼と相対していた時とは別の怒気を孕んだ声で凄まれた。
「……ごめんなさい」
父親って怖い。
「いい。よくぞ生きていてくれた」
優しく抱きしめられ、その温もりにやっと鬼から逃れられたと実感する。
……次にこう言う機会があったなら、今度こそ軽く鬼をいなせるくらい速くなろう。
出会わないように夜は出歩かないなど思いもしない。私の考えは普通とちょっとずれていた。
「しかしまさか朝緋が……」
「?」
「いや、なんでもない」
ため息を吐く槇寿朗さんに抱き上げられ、私は屋敷へ帰った。
なお、自分で歩けると言ったのに、全く聞いてもらえませんでした……。
「帰ってきたか!!よかった!!」
玄関口を開けた瞬間、私と槇寿朗さんを迎え入れたのは、目玉を大きくかっ開いた杏寿郎さんだった。
目を閉じていないのかと思うほど、その大きな瞳が充血している。瞬きくらいしてください。
「ただいま戻りました。かあさまのお薬もここに」
「ああ!よくやった朝緋!
けど朝緋の顔に傷がある!父上の仲間から聞いたが鬼にやられたそうだな!肝が冷えたぞ!!」
槇寿朗さんの腕から降りた私を、バシバシと叩いて向かい入れる杏寿郎さん。
笑顔だが手は震え、私の着物を強く握りしめている。
仲間……鬼殺隊の隊士が伝えに来たのか。心配と迷惑、両方をかけてしまった……だから目もろくに閉じないほど、玄関を凝視してここで待っていたのかも。
「杏寿郎、受け取った薬を瑠火に届けてやりなさい。……朝緋はこちらに来なさい」
「はいっ!」
「……はい」
涼やかで凪ぐような声だったが、槇寿朗さんはとても厳しい顔をしていた。
杏寿郎さん、行かないで……。これお説教タイム始まるかもしれない。つらい。
だが、頭ごなしに怒られることはなかった。
「お前が夕暮れ時に出かけたと聞いて慌ててしまった。鬼に襲われているのを見た瞬間は、心臓が止まるかと思った……」
いつかのあの日、私が酌をした晩のように仄かな火の光の中紡がれる声を聞く。
「ごめんなさい。藤のお守りもあったから、大丈夫だと思ったの。
でも持っていた藤のお守りは効力が薄いみたいで、ほとんど効かなかった。鬼が私の血にひどく反応して……」
自分の力量不足もそうだけど、お守りも過信できるものではなかった。
この時期に開発されていた藤のお守りは少し薄い香りなのかもしれない。私が知る効力の藤のお守りは、蟲柱の手が加えられている。だがこの時代にまだ蟲柱は存在しない。
どちらからも、深いため息が漏れた。
「どうやら朝緋は稀血のようだ」
私の瞼がぴくり、と動いた。
「稀血一人で、五十から百ほどの人間を食ったのと同等の力が得られる。鬼のための馳走、それが稀血。だから血眼になって探すわけだ」
稀血についてなぞとうの昔に知っている、とは言わない。私はさも知らないという体で、静かに聞いた。
「稀血を持つ朝緋が食われれば、鬼はより強くなる。
一筋の血の匂いですら鬼を寄せ付ける魅惑の華、それが稀血だ。傷を負って血を流す。ただそれだけの行為ですら、朝緋だけではなく他の隊員を危険に晒す。
どれ、鬼殺隊に入るための難易度がいきなり高くなったろう?恐ろしかろう?
鬼殺隊に入るのを諦めるなら、まだ入ってもいない今のうちだ」
ちょ、言い方が少し怖い!
火の光で揺らめく表情には影がかかり、百物語でも聞いている気分。実体のある鬼ならいいけど、私は幽霊が苦手なのに!だって触れないじゃん!!
「それに、好いた相手でもないただの鬼に辱めを受ける可能性もある」
……はい?はず、かしめ?
まさか槇寿朗さんの口から辱めなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
よく見れば、先程のおどろおどろしい話ぶりとはうって代わり、非常に言いづらそうにしていた。男親だもんね……。なんかごめんなさい。
「あの後血を特急で調べさせたところ、朝緋の血の匂いには鬼に効く惚れ薬のような効果が多少あるようでな。
もっと言えば催淫効果だが……うぅむ、朝緋には少し早いか」
帰り際、私の頬に当てた手拭いを烏に運ばせてたけれど、あれがそうか。
隠の研究練にでも託して、調べたのだろう。生け捕りになった鬼か何かを実験台にして……。
大体の事は知っていた。だって、自分の事だから。
私の血の匂いでうっとりする鬼が過去何体かいた。血を流すことがないように徹底していたので、詳細はあまりよくわからなかったけれど。
ただ、今回はロリコンが過ぎた……。一桁ぞ?我の年齢一桁ぞ?めっちゃ絶句した。
あ、でも無限列車の中で対峙した蚯蚓野郎……夢を扱うあの鬼は、もとから変態さんみたいだったな。
「それでも鬼が獲物をただ甚振り、弄ぶわけがないのだ。最期には喰らうだろう。
稀血であればこそ、骨も何も残らん。そこは間違いないな」
槇寿朗さんは、私を試しているのか。いや、違う。
鬼殺隊に入るのを諦める、私がそう言うのを待っているのかもしれない。
何を言われようと聞かされようと、私が鬼殺隊に入るのを諦めることなどありえないというに。
「催淫効果などで、鬼はそうそう誤魔化せやしない。逃げられない。
朝緋が食われれば鬼は強くなり、それにより危険に晒された隊員が死ねば、その隊員も食鬼に食われる。隊員が食べられれば鬼はまた強くなり、市井の人々が危険に陥る。その悪循環だ。わかるな?
そもそもが女子の稀血は、鬼殺隊には向かない。女子は月の障りのため、生存率が著しく低いのだ。あー、障りについてはわかるか?」
「学校の方で軽く……」
「そうか。
血の匂いが漂う時は、夜に外に出るのは危険だ。それでも鬼は待ってくれない。そんな時でも鬼殺の任は回ってくる。鬼殺隊はいつでも人員不足だからな。
ひとたび鬼の前に来れば、他にどんな隊員がいても朝緋が一番鬼の目に止まるだろう。
鬼殺隊員の稀血ということで、上弦の鬼の目に止まってしまうかもしれん」
「上弦の鬼……」
つまり、あの上弦の参もいつか出てくるかもしれないってこと?
恐怖とともに、私の中に歓喜の感情が湧いた。
次にあの鬼に会ったら、今度こそ滅したい。そのためなら私のこの血だって、いくらでも利用してやる。
「肉や血はもちろん、爪、髪の毛一本たりとも鬼に奪われてはならないぞ。
喰われてはならない。血を一滴取られてもならない。
鬼を相手取る中で怪我をしないことがどれほど大変か、普段から俺を見ている朝緋ならわかっているだろう。
なのに怪我をしてはならないのだ。怪我をしないくらいの強さを、朝緋は得られるのか?そしてそれを保てるというのか?
鬼殺隊に入る覚悟は、本当にあるか?」
覚悟……。
「壱ノ型・不知火ッ!」
舌が外れて解放された私は、地べたにすとんと落ちる。鬼を見れば頸が飛んでいた。
「お、俺の頸……頸がっ!」
炎が揺らめく刀を手にやってきたのは、現炎柱の槇寿朗さんだ。
杏寿郎さんのものとはまた違った美しく力強い剣捌きを前に、圧倒され何も言えなくなった。使う人でこうまで違うなんて……。
「その甘い匂い、稀血の匂い……っ!愛しい愛しい愛しい!もっと嗅がせろ……俺のものだ俺の女だ!汚したい!
なのに鬼狩りめ鬼狩りめ!
ああたくさんかわいがったそのあとで食べたかった……まだ一口も食べてない!食べてな、」
「黙れ薄汚い鬼めが」
頸だけとなり喚く鬼。言ってることが既にやばい。ひいていると、怒気強めの槇寿朗さんがもうほとんど消えかかっていた鬼の口に刃を突き立てた。
その瞬間、鬼は胴体もろとも消えた。
「と、とうさ、ま?」
まだ怒気が漂うその背に呼びかける。
怒りの刃の覇気がすごい刀を鞘へ収め、槇寿朗さんが優しく「大丈夫か」と言ってきたが、その表情だけは鬼に向かっていった時のままだった。
これではどっちが鬼だったかわからない。
気迫すごっ!顔こわっ!
「だ、大丈夫……デシタ、」
尻すぼみになりながら答える私の肩に、ガッと置かれた力強い両手。……そのまま肩から潰されるかと思った。
「顔に傷ができてるじゃないか。大丈夫とはいえん!お前は女子なんだぞ、顔に傷が残ったらどうする!!」
「あっこの程度のかすり傷なら呼吸で……」
「朝緋?」
傷がついた私より慌てている槇寿朗さんに軽く返すと、鬼と相対していた時とは別の怒気を孕んだ声で凄まれた。
「……ごめんなさい」
父親って怖い。
「いい。よくぞ生きていてくれた」
優しく抱きしめられ、その温もりにやっと鬼から逃れられたと実感する。
……次にこう言う機会があったなら、今度こそ軽く鬼をいなせるくらい速くなろう。
出会わないように夜は出歩かないなど思いもしない。私の考えは普通とちょっとずれていた。
「しかしまさか朝緋が……」
「?」
「いや、なんでもない」
ため息を吐く槇寿朗さんに抱き上げられ、私は屋敷へ帰った。
なお、自分で歩けると言ったのに、全く聞いてもらえませんでした……。
「帰ってきたか!!よかった!!」
玄関口を開けた瞬間、私と槇寿朗さんを迎え入れたのは、目玉を大きくかっ開いた杏寿郎さんだった。
目を閉じていないのかと思うほど、その大きな瞳が充血している。瞬きくらいしてください。
「ただいま戻りました。かあさまのお薬もここに」
「ああ!よくやった朝緋!
けど朝緋の顔に傷がある!父上の仲間から聞いたが鬼にやられたそうだな!肝が冷えたぞ!!」
槇寿朗さんの腕から降りた私を、バシバシと叩いて向かい入れる杏寿郎さん。
笑顔だが手は震え、私の着物を強く握りしめている。
仲間……鬼殺隊の隊士が伝えに来たのか。心配と迷惑、両方をかけてしまった……だから目もろくに閉じないほど、玄関を凝視してここで待っていたのかも。
「杏寿郎、受け取った薬を瑠火に届けてやりなさい。……朝緋はこちらに来なさい」
「はいっ!」
「……はい」
涼やかで凪ぐような声だったが、槇寿朗さんはとても厳しい顔をしていた。
杏寿郎さん、行かないで……。これお説教タイム始まるかもしれない。つらい。
だが、頭ごなしに怒られることはなかった。
「お前が夕暮れ時に出かけたと聞いて慌ててしまった。鬼に襲われているのを見た瞬間は、心臓が止まるかと思った……」
いつかのあの日、私が酌をした晩のように仄かな火の光の中紡がれる声を聞く。
「ごめんなさい。藤のお守りもあったから、大丈夫だと思ったの。
でも持っていた藤のお守りは効力が薄いみたいで、ほとんど効かなかった。鬼が私の血にひどく反応して……」
自分の力量不足もそうだけど、お守りも過信できるものではなかった。
この時期に開発されていた藤のお守りは少し薄い香りなのかもしれない。私が知る効力の藤のお守りは、蟲柱の手が加えられている。だがこの時代にまだ蟲柱は存在しない。
どちらからも、深いため息が漏れた。
「どうやら朝緋は稀血のようだ」
私の瞼がぴくり、と動いた。
「稀血一人で、五十から百ほどの人間を食ったのと同等の力が得られる。鬼のための馳走、それが稀血。だから血眼になって探すわけだ」
稀血についてなぞとうの昔に知っている、とは言わない。私はさも知らないという体で、静かに聞いた。
「稀血を持つ朝緋が食われれば、鬼はより強くなる。
一筋の血の匂いですら鬼を寄せ付ける魅惑の華、それが稀血だ。傷を負って血を流す。ただそれだけの行為ですら、朝緋だけではなく他の隊員を危険に晒す。
どれ、鬼殺隊に入るための難易度がいきなり高くなったろう?恐ろしかろう?
鬼殺隊に入るのを諦めるなら、まだ入ってもいない今のうちだ」
ちょ、言い方が少し怖い!
火の光で揺らめく表情には影がかかり、百物語でも聞いている気分。実体のある鬼ならいいけど、私は幽霊が苦手なのに!だって触れないじゃん!!
「それに、好いた相手でもないただの鬼に辱めを受ける可能性もある」
……はい?はず、かしめ?
まさか槇寿朗さんの口から辱めなんて言葉が出てくるとは思わなかった。
よく見れば、先程のおどろおどろしい話ぶりとはうって代わり、非常に言いづらそうにしていた。男親だもんね……。なんかごめんなさい。
「あの後血を特急で調べさせたところ、朝緋の血の匂いには鬼に効く惚れ薬のような効果が多少あるようでな。
もっと言えば催淫効果だが……うぅむ、朝緋には少し早いか」
帰り際、私の頬に当てた手拭いを烏に運ばせてたけれど、あれがそうか。
隠の研究練にでも託して、調べたのだろう。生け捕りになった鬼か何かを実験台にして……。
大体の事は知っていた。だって、自分の事だから。
私の血の匂いでうっとりする鬼が過去何体かいた。血を流すことがないように徹底していたので、詳細はあまりよくわからなかったけれど。
ただ、今回はロリコンが過ぎた……。一桁ぞ?我の年齢一桁ぞ?めっちゃ絶句した。
あ、でも無限列車の中で対峙した蚯蚓野郎……夢を扱うあの鬼は、もとから変態さんみたいだったな。
「それでも鬼が獲物をただ甚振り、弄ぶわけがないのだ。最期には喰らうだろう。
稀血であればこそ、骨も何も残らん。そこは間違いないな」
槇寿朗さんは、私を試しているのか。いや、違う。
鬼殺隊に入るのを諦める、私がそう言うのを待っているのかもしれない。
何を言われようと聞かされようと、私が鬼殺隊に入るのを諦めることなどありえないというに。
「催淫効果などで、鬼はそうそう誤魔化せやしない。逃げられない。
朝緋が食われれば鬼は強くなり、それにより危険に晒された隊員が死ねば、その隊員も食鬼に食われる。隊員が食べられれば鬼はまた強くなり、市井の人々が危険に陥る。その悪循環だ。わかるな?
そもそもが女子の稀血は、鬼殺隊には向かない。女子は月の障りのため、生存率が著しく低いのだ。あー、障りについてはわかるか?」
「学校の方で軽く……」
「そうか。
血の匂いが漂う時は、夜に外に出るのは危険だ。それでも鬼は待ってくれない。そんな時でも鬼殺の任は回ってくる。鬼殺隊はいつでも人員不足だからな。
ひとたび鬼の前に来れば、他にどんな隊員がいても朝緋が一番鬼の目に止まるだろう。
鬼殺隊員の稀血ということで、上弦の鬼の目に止まってしまうかもしれん」
「上弦の鬼……」
つまり、あの上弦の参もいつか出てくるかもしれないってこと?
恐怖とともに、私の中に歓喜の感情が湧いた。
次にあの鬼に会ったら、今度こそ滅したい。そのためなら私のこの血だって、いくらでも利用してやる。
「肉や血はもちろん、爪、髪の毛一本たりとも鬼に奪われてはならないぞ。
喰われてはならない。血を一滴取られてもならない。
鬼を相手取る中で怪我をしないことがどれほど大変か、普段から俺を見ている朝緋ならわかっているだろう。
なのに怪我をしてはならないのだ。怪我をしないくらいの強さを、朝緋は得られるのか?そしてそれを保てるというのか?
鬼殺隊に入る覚悟は、本当にあるか?」
覚悟……。