四周目 弐
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「遅くなっちゃったなぁ」
本日は能楽『羽衣』の演目公演が久しぶりに帝都で行われる日だった。私が観れば私についてくれているのかもしれない瑠火さんも、演目を観られる。という謎の考えのもと単身帝都へ観劇しに行ってきたわけなんだけど。
まさか、開演の時間が大幅に遅れるなんて思わなかった。お夕飯作りに間に合わないじゃない!槇寿朗さんも任務でいないし、千寿郎一人で大丈夫かな……。
ううん、今は自分が早く帰ることを考えないと。
もう夜だ。夜は鬼の出る時間。そして私は稀血……。観劇だからと普通の着物を着付けているから走ることはもちろん、激しく動くなんて出来ない。当たり前だが木刀もない。
「なのになんで、私はこっちの危険な山道通るかなーー!?」
少し前の私をぶん殴りたい。
走ればこちらの道の方が早い。それは知っている!けれど走れない格好だという肝心なことを忘れていた。
「俺達鬼と遊ぶため、だろ?」
そしてそういう時に限って鬼に遭遇する。
三匹の鬼。基本群れることはないから獲物の取り合いか。
鬼といっても全員が血鬼術も獲得していないであろう様相で。覇気もないし大した強さも感じない。変わりたてだろうか?
「はあ……私は早く帰って夕飯の支度したいの。こっちには鬼と遊ぶ暇なんてないのよ、鬼同士で仲良く鬼事してれば?」
やれやれ、とため息混じりに話す私。
私は三匹もの鬼を目の前にしても、恐怖に思うことはなかった。
「お前に帰る場所などない!なぜなら、今から俺の飯になるんだからな!」
「鬼同士で仲良く鬼事なんて冗談だろ!俺はお嬢ちゃんと鬼事がしたい。その足、美味そうだな」
「おい、貴様の飯だとふざけるな!コイツは俺の飯だ!!貴様には足一本たりとも食わせねぇ!」
あーらら、ご飯の取り合いで喧嘩し始めちゃったよ。この隙に逃げる算段を立てておかねば……。
「じゃあ、あんたら三人で殺し合えば?残った一人が私を食べればいいじゃない」
ぴたりと取っ組み合いの喧嘩がやむ。殺し合い勃発?けれどそう上手くはいかなかった。
「それはいい考え、とでも言うと思ったか!」
「やり合ってる間に逃げられたらかなわねぇもんな!お前を仕留めてからコイツらを殺す!」
「いい案だ!!ノッたぜ!!」
騙されてくれなかった。
大した強さ感じないって思ってごめん。知能はそこそこ高いのね。
こうなっては着物がどうとかいっていられない。裾を破り下駄を放り投げて走る。
あああ、でも着物重いーーっ!!
「あっ逃げんなよ飯!!」
「鬼事の始まりだな飯っ!!」
「残さず食べるから止まれよ飯ぃー!!」
飯って呼ばないでほしいものだ。
全集中、常中の走りで足に炎の呼吸を纏わせ走る。最盛期ほどの速さはなくとも、もはやただの鬼には私の姿は捉えられまい……!
ふはは!この鬼事、私の勝ち……い゛っ!?
ずべっ!
血は出なかったけれど破れかけの着物が足に絡んで転けた。ああ。こんなことならちゃんと破っておけばよかった……。
「ようやく止まったな!やっと飯にありつけるぜ……」
「なんて逃げ足の早い飯だ」
「さっさと足でも折って動けなくしちまおう」
「……っ!」
舌なめずりする鬼の手が、私に伸びてくる。
やだ、……やだ、やられる。折られる。……食われる!
声も出ない。目を閉じて縮こまる私は、最期を待つだけだった。
その時、水の呼吸が鬼と私の間に走った。当たらなかったけれど次いで刀の刃も。
鬼の注意が私からそちらに逸れる。
「へっ!ここが任務地ってか?」
「ちっ!ガキ一人に対し、鬼三匹かよ。いじめるなら俺も混ぜろや鬼め」
黒い服を着た人たちがそこに立っていた。背中に滅の文字を背負う、男性達が。
「鬼狩りども!」
「なにっ!鬼狩りだと!?」
「ヒィィ頸を斬られるぞぉ逃げろー!」
変わりたての鬼でも、鬼殺隊の存在は知ってるんだね。鬼は鬼舞辻無惨が直々に増やして情報共有するって噂は本当だったんだ。
あ、一匹逃げた。隊士が一人追っていったから大丈夫だと思うけど。
「こんなガキ一人助けたところで、大して礼は弾んでもらえそうにないなあ」
「でも、子供にしてはなかなかの上玉だ。助けて手や口でも貸してもらおうぜ。
おい、お前が倒せよ。柱の息子だろ」
隊士は三人だと思ったけれど、四人目がいたらしい。……ん、柱の息子?
「すぐそばに鬼がいるのに、何を呑気に構えている!なぜ君らは次の刃を振るわない!!その少女を早く助けろ!!」
あれっ聞いたことある声がする……ここからは鬼や隊士が邪魔で見えないけれど、これってもしかして。いや、もしかしなくとも。
「先輩にナマ言ってんじゃねぇぞ!こちとら階級も上だかんな!?」
ドカッバキッ!!
殴られ、どつかれたような音と共に、前に出てきたのは、杏寿郎さんその人で。
「くっ、炎の呼吸、弐ノ型昇り炎て、ぇ、朝緋……!?」
杏寿郎さんの刀の位置がぶれる。狙いが逸れた!鬼の頸が途中までしか斬れてない……っ!
「油断禁物!まだ鬼の頸は落ちてないよ!!
サマーソルトキーーック!二段蹴り!!」
鬼や隊士、そして杏寿郎さんの止まった一瞬の隙をつき、足を大きく振り上げる。それも宙返りからの二段回。
ドゴスッッ!バゴンッッ!!
キッツい私の渾身の蹴りが、鬼達の顎に強かに入った。
「ヘブッ!?」
「ぐあっ!!」
お、おおおおお……上手くいった……!凄くない?ねえねえ私凄くない!?鬼の顎、吹っ飛んだよ??
流石に叫べる状況じゃないのでその言葉は心の中にのみ、留めておく。
「すまないっ!!炎の呼吸、伍ノ型・炎虎ッッ!!」
吹っ飛ぶ鬼の顎めがけて、今度こそ杏寿郎さんの刃が振るわれる。二匹の鬼の頸がまとめて炎の虎に噛みつかれた。
「ギャッ!?」
「お、俺の頸がぁ……っ!」
噛み殺され、炎に焼かれたかのように消えていく鬼の亡骸。
「うわ、最近の女子は強いな……」
「あの蹴り、こえー」
隊士がひいている。失礼しちゃうなぁ。というか、蹴りの隙間から私のパンツ見たでしょ。着物を破いたのは私だけど乙女の花園を目撃した罪は大きい。記憶を消せやい!
「ありがとう!助かった!……、…………君のおかげで鬼の頸が簡単に斬れた!!」
「いえ……私こそ、助けていただきありがとうございます、鬼狩り様」
御自分の手拭いで私の下半身を隠してくれながら、杏寿郎さんが私の名を呼ばずに呼びかける。
任務の真っ最中に遭遇してしまったのか。いや、私が任務地の鬼と遭遇しただけか。
杏寿郎さんにはもう共に屈託なく笑い合える同期がいない。先日の初任務で全員が帰らぬ人となってしまったから。
だから藤襲山からの知り合いや、仲間と呼べそうな隊士はおらず、合同で任務に当たる隊士は先輩隊士しかいない。先輩といっても、大した経験もなく階級だって高くないぺーぺーの人が多そうだ。下手すれば杏寿郎さんの方が強いかもしれない。
親が柱なためかやっかみや嫉妬は多かったと『前』の時に何度か聞いた。その延長でいじめと思しき事があったとも。
その時はあまり信じられなかったけど、今わかった。こういうことだったのね。
態度も素行も、口調も悪いいじめっ子、か。鬼殺隊も良い人ばかりじゃないもんね。
「おい、逃げた鬼の方も追えよ!俺の仲間も追っているが、あいつ一人じゃ倒せねぇからな。煉獄がなんとかしろ」
「はいっ!わかりました!
すまない、ここを離れる……。先輩、彼女をどうか頼みます」
「おー」
ニヤニヤしながら指示する隊士を前にして私をここに隊士達と残していくのは不安だと、顔にはしっかり書いてある。けど先輩の命令を前に、杏寿郎さんは後ろ髪を引かれる思いで鬼と隊士の行方を追っていった。
本日は能楽『羽衣』の演目公演が久しぶりに帝都で行われる日だった。私が観れば私についてくれているのかもしれない瑠火さんも、演目を観られる。という謎の考えのもと単身帝都へ観劇しに行ってきたわけなんだけど。
まさか、開演の時間が大幅に遅れるなんて思わなかった。お夕飯作りに間に合わないじゃない!槇寿朗さんも任務でいないし、千寿郎一人で大丈夫かな……。
ううん、今は自分が早く帰ることを考えないと。
もう夜だ。夜は鬼の出る時間。そして私は稀血……。観劇だからと普通の着物を着付けているから走ることはもちろん、激しく動くなんて出来ない。当たり前だが木刀もない。
「なのになんで、私はこっちの危険な山道通るかなーー!?」
少し前の私をぶん殴りたい。
走ればこちらの道の方が早い。それは知っている!けれど走れない格好だという肝心なことを忘れていた。
「俺達鬼と遊ぶため、だろ?」
そしてそういう時に限って鬼に遭遇する。
三匹の鬼。基本群れることはないから獲物の取り合いか。
鬼といっても全員が血鬼術も獲得していないであろう様相で。覇気もないし大した強さも感じない。変わりたてだろうか?
「はあ……私は早く帰って夕飯の支度したいの。こっちには鬼と遊ぶ暇なんてないのよ、鬼同士で仲良く鬼事してれば?」
やれやれ、とため息混じりに話す私。
私は三匹もの鬼を目の前にしても、恐怖に思うことはなかった。
「お前に帰る場所などない!なぜなら、今から俺の飯になるんだからな!」
「鬼同士で仲良く鬼事なんて冗談だろ!俺はお嬢ちゃんと鬼事がしたい。その足、美味そうだな」
「おい、貴様の飯だとふざけるな!コイツは俺の飯だ!!貴様には足一本たりとも食わせねぇ!」
あーらら、ご飯の取り合いで喧嘩し始めちゃったよ。この隙に逃げる算段を立てておかねば……。
「じゃあ、あんたら三人で殺し合えば?残った一人が私を食べればいいじゃない」
ぴたりと取っ組み合いの喧嘩がやむ。殺し合い勃発?けれどそう上手くはいかなかった。
「それはいい考え、とでも言うと思ったか!」
「やり合ってる間に逃げられたらかなわねぇもんな!お前を仕留めてからコイツらを殺す!」
「いい案だ!!ノッたぜ!!」
騙されてくれなかった。
大した強さ感じないって思ってごめん。知能はそこそこ高いのね。
こうなっては着物がどうとかいっていられない。裾を破り下駄を放り投げて走る。
あああ、でも着物重いーーっ!!
「あっ逃げんなよ飯!!」
「鬼事の始まりだな飯っ!!」
「残さず食べるから止まれよ飯ぃー!!」
飯って呼ばないでほしいものだ。
全集中、常中の走りで足に炎の呼吸を纏わせ走る。最盛期ほどの速さはなくとも、もはやただの鬼には私の姿は捉えられまい……!
ふはは!この鬼事、私の勝ち……い゛っ!?
ずべっ!
血は出なかったけれど破れかけの着物が足に絡んで転けた。ああ。こんなことならちゃんと破っておけばよかった……。
「ようやく止まったな!やっと飯にありつけるぜ……」
「なんて逃げ足の早い飯だ」
「さっさと足でも折って動けなくしちまおう」
「……っ!」
舌なめずりする鬼の手が、私に伸びてくる。
やだ、……やだ、やられる。折られる。……食われる!
声も出ない。目を閉じて縮こまる私は、最期を待つだけだった。
その時、水の呼吸が鬼と私の間に走った。当たらなかったけれど次いで刀の刃も。
鬼の注意が私からそちらに逸れる。
「へっ!ここが任務地ってか?」
「ちっ!ガキ一人に対し、鬼三匹かよ。いじめるなら俺も混ぜろや鬼め」
黒い服を着た人たちがそこに立っていた。背中に滅の文字を背負う、男性達が。
「鬼狩りども!」
「なにっ!鬼狩りだと!?」
「ヒィィ頸を斬られるぞぉ逃げろー!」
変わりたての鬼でも、鬼殺隊の存在は知ってるんだね。鬼は鬼舞辻無惨が直々に増やして情報共有するって噂は本当だったんだ。
あ、一匹逃げた。隊士が一人追っていったから大丈夫だと思うけど。
「こんなガキ一人助けたところで、大して礼は弾んでもらえそうにないなあ」
「でも、子供にしてはなかなかの上玉だ。助けて手や口でも貸してもらおうぜ。
おい、お前が倒せよ。柱の息子だろ」
隊士は三人だと思ったけれど、四人目がいたらしい。……ん、柱の息子?
「すぐそばに鬼がいるのに、何を呑気に構えている!なぜ君らは次の刃を振るわない!!その少女を早く助けろ!!」
あれっ聞いたことある声がする……ここからは鬼や隊士が邪魔で見えないけれど、これってもしかして。いや、もしかしなくとも。
「先輩にナマ言ってんじゃねぇぞ!こちとら階級も上だかんな!?」
ドカッバキッ!!
殴られ、どつかれたような音と共に、前に出てきたのは、杏寿郎さんその人で。
「くっ、炎の呼吸、弐ノ型昇り炎て、ぇ、朝緋……!?」
杏寿郎さんの刀の位置がぶれる。狙いが逸れた!鬼の頸が途中までしか斬れてない……っ!
「油断禁物!まだ鬼の頸は落ちてないよ!!
サマーソルトキーーック!二段蹴り!!」
鬼や隊士、そして杏寿郎さんの止まった一瞬の隙をつき、足を大きく振り上げる。それも宙返りからの二段回。
ドゴスッッ!バゴンッッ!!
キッツい私の渾身の蹴りが、鬼達の顎に強かに入った。
「ヘブッ!?」
「ぐあっ!!」
お、おおおおお……上手くいった……!凄くない?ねえねえ私凄くない!?鬼の顎、吹っ飛んだよ??
流石に叫べる状況じゃないのでその言葉は心の中にのみ、留めておく。
「すまないっ!!炎の呼吸、伍ノ型・炎虎ッッ!!」
吹っ飛ぶ鬼の顎めがけて、今度こそ杏寿郎さんの刃が振るわれる。二匹の鬼の頸がまとめて炎の虎に噛みつかれた。
「ギャッ!?」
「お、俺の頸がぁ……っ!」
噛み殺され、炎に焼かれたかのように消えていく鬼の亡骸。
「うわ、最近の女子は強いな……」
「あの蹴り、こえー」
隊士がひいている。失礼しちゃうなぁ。というか、蹴りの隙間から私のパンツ見たでしょ。着物を破いたのは私だけど乙女の花園を目撃した罪は大きい。記憶を消せやい!
「ありがとう!助かった!……、…………君のおかげで鬼の頸が簡単に斬れた!!」
「いえ……私こそ、助けていただきありがとうございます、鬼狩り様」
御自分の手拭いで私の下半身を隠してくれながら、杏寿郎さんが私の名を呼ばずに呼びかける。
任務の真っ最中に遭遇してしまったのか。いや、私が任務地の鬼と遭遇しただけか。
杏寿郎さんにはもう共に屈託なく笑い合える同期がいない。先日の初任務で全員が帰らぬ人となってしまったから。
だから藤襲山からの知り合いや、仲間と呼べそうな隊士はおらず、合同で任務に当たる隊士は先輩隊士しかいない。先輩といっても、大した経験もなく階級だって高くないぺーぺーの人が多そうだ。下手すれば杏寿郎さんの方が強いかもしれない。
親が柱なためかやっかみや嫉妬は多かったと『前』の時に何度か聞いた。その延長でいじめと思しき事があったとも。
その時はあまり信じられなかったけど、今わかった。こういうことだったのね。
態度も素行も、口調も悪いいじめっ子、か。鬼殺隊も良い人ばかりじゃないもんね。
「おい、逃げた鬼の方も追えよ!俺の仲間も追っているが、あいつ一人じゃ倒せねぇからな。煉獄がなんとかしろ」
「はいっ!わかりました!
すまない、ここを離れる……。先輩、彼女をどうか頼みます」
「おー」
ニヤニヤしながら指示する隊士を前にして私をここに隊士達と残していくのは不安だと、顔にはしっかり書いてある。けど先輩の命令を前に、杏寿郎さんは後ろ髪を引かれる思いで鬼と隊士の行方を追っていった。