四周目 弐
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その後、杏寿郎さんの怪我は十日と経たずして完治した。骨折含めて、だ。
「傷の治りが早いね」
「ああ、常中を身につけているからな!朝緋だってそうだろう!!」
「私はまだまだですよ〜!」
「いや、ほぼ身についているのは俺にもわかるぞ。朝緋は強い!!」
「そうですか?ありがとうございます」
また強いって言ってもらった。嬉しいけどまだまだ私が望む強さじゃないのにな。確かに、常中はいつのまにかほとんど身についていたけど。
「俺も朝緋を見習ってもっともっと強くならねば……!早く炎柱の羽織を纏いたい。俺が、父上を継いで柱にならなくては……」
炎柱になった証である、炎の意匠が施された羽織。燃える心を表現した強く美しい、皆の指標となる羽織。
物干し竿に干されて風と遊ぶそれを眩しそうに眺めながら、杏寿郎さんはご自身の思いを吐露した。
「気が早いなぁ……」
「おかしいか?」
「ううん、目標があるのはいいことだよ。でもそれ、父様から炎柱の地位を奪う気満々だなーって」
「ああ!父上には申し訳ないが、それくらいの気概がなくては柱は務まらんからな!俺は柱になる!!誰よりも立派な炎柱に!!」
一番眩しいのは杏寿郎さんだ。まっすぐに前を見据えるその横顔に見惚れてしまう。
もう、ホント好きの気持ちで溢れそう……。
「杏寿郎兄さんにならなれるよ。誰より立派でかっこよくて強い、最高の炎柱に」
きゅっと手のひらを握り、言葉を染み込ませるように杏寿郎さんに向かって放つ。
久しぶりに握る手のひらは相変わらず熱く、安心感があった。
「不思議だなぁ、朝緋に言われると本当にそうなる気がしてくる。力が湧いてくるよ。ありがとう!!」
「ふふ、どういたしまして」
どんなに些細なことでも貴方の力になれたなら、それは私にとって至上の喜び。
「でだ。治って早速任務が言い渡された!」
「ようやくの初任務ですね。どちらに?」
「山にある墓地の方だな。鬼は横笛のようなものを使うとの情報が入っている。俺の同期の者も一足先に向かったそうだ」
「山の墓地……横笛……同期……」
「どうした朝緋」
「ちょっと待っていて」
それは『前』と同じ任務。杏寿郎さんは御自身で鼓膜を破って打開するけれど、でも破かずに鬼を退治できるのならそれに越したことはない。私は杏寿郎さんの手助けがしたい。
あとは同期の方々がどうか死なずにいてくれればいいのだけれど……。
「杏寿郎兄さん、これを」
残念ながら『前』の時、列車の上で私が装着していた特殊な耳栓はここの時間軸にない。
代わりにと、蜂蝋の塊を渡す。
「完全にとはいきませんが音を多少遮断します。笛を使う鬼ということは、音波による攻撃を使用してくる可能性があります。その音を耳にするのは避けた方がいいのかもしれません。
山に入る時には手で温めたこちらを耳の穴に入れて、音を聞かぬように気をつけてお進みください。目と鼻、そして感覚を研ぎ澄ませれば、音がなくとも大丈夫なはずだから」
「確かに笛を使う鬼と俺は言ったが……。この短時間でそこまでの考えに至れるものなのか?朝緋は今回の俺の任務について、何か知っているのでは……」
「その……夢で見まして」
「夢っ!?わはは!夢か!それならば従っておいたほうがいいな!!うむ、了解した!気をつけるよ!ありがとう」
不審に思われてしまったかもしれない。けれど、こう言うしか他に思いつかなくて。
その時、槇寿朗さんの烏が上空から降りてきた。ああ、柱への任務か……。
干していた羽織を槇寿朗さんに渡して見送る私と杏寿郎さんに、すれ違いざま酷い言葉が投げつけられた。
「炎柱は俺の代で終わりだ。柱になるなどとくだらない夢を見るな」
……と。
「今の父様の言葉は気にしなくていいよ。初任務は柱への大事な第一歩なんだから、落ち込んでいる暇なんてないでしょ?」
「そうだな」
「私達は私達で、頑張ります。貴方のような立派な剣士を目指して。ね?千寿郎」
「はい、がんばります!!兄上!」
眉根が下がり悲しみ丸わかり状態の杏寿郎さんに、そこに見えた稽古中の千寿郎を呼びつけて共に励ます。
「しっかり守るから家の事は任せて。だからどうかお気になさらず任務に集中を」
「兄上もがんばってくださいね」
「朝緋……千寿郎……」
撫でようとしてきた手を遮り、代わりに二人揃ってその体に飛びつく。抱きしめあってから、離れる寸前に願いの囁きを落とした。
「御武運を。未来の炎柱様」
「!……っああ!!行ってくる!!君らもどうか息災でな!」
それが昨日のこと。
翌朝、沈んだ顔の杏寿郎さんが生家に戻ってきた。足取りも重く、空はこんなに晴れて青いのに、杏寿郎さんの周りの空気だけがどんよりと曇り模様。ともすれば雨でも降り出しそうだった。
杏寿郎さんの同期の人たちは既に事切れており、助からなかったそうだ。
耳栓代わりは役立とうとも、杏寿郎さんもまた軽く鼓膜を傷つけねばならない事態に陥り、帰ってきた時には多少耳が聞こえにくい状態だった。もっとも、破けてはいないから治りは早そうだ。
「そのまま生家にはもどらず、各地で任務に明け暮れるものだと思っておりました」
「その予定だった。藤の家紋の家の世話になる予定だった。けれど、朝緋や千寿郎の顔が見たくなってしまって……」
泣いてはいなかったけれど、その顔には哀しみの色が乗っていて。お料理する私の背にぽすんと体を預け、杏寿郎さんはくっつき虫になった。
「くっついてきてどーしたの?」
「どうもしない……」
「初任務で疲れちゃったか。よしよし、仕方ないお兄様ですねぇ。キャラメル食べる?」
「俺は子供ではないぞ!だが食べる」
どんな悲しくて悔しくてつらい思いをしたのか、詳しくは聞かないから今現在の杏寿郎さんの心の内がどのようなものかはわからない。
でも、一人の幼子は救えたという。同期の人たちは立派な最期だったという。彼らのようになりたいとも、話していた。
死んだ者はもう戻ってはこないけれど、一人でも助けられたのならそれでいいと満足する他ない。鬼殺隊にいる以上、そういう事はこれからも多々ある。
でも『立派な最期』を目指すのはやめてほしい。
「傷の治りが早いね」
「ああ、常中を身につけているからな!朝緋だってそうだろう!!」
「私はまだまだですよ〜!」
「いや、ほぼ身についているのは俺にもわかるぞ。朝緋は強い!!」
「そうですか?ありがとうございます」
また強いって言ってもらった。嬉しいけどまだまだ私が望む強さじゃないのにな。確かに、常中はいつのまにかほとんど身についていたけど。
「俺も朝緋を見習ってもっともっと強くならねば……!早く炎柱の羽織を纏いたい。俺が、父上を継いで柱にならなくては……」
炎柱になった証である、炎の意匠が施された羽織。燃える心を表現した強く美しい、皆の指標となる羽織。
物干し竿に干されて風と遊ぶそれを眩しそうに眺めながら、杏寿郎さんはご自身の思いを吐露した。
「気が早いなぁ……」
「おかしいか?」
「ううん、目標があるのはいいことだよ。でもそれ、父様から炎柱の地位を奪う気満々だなーって」
「ああ!父上には申し訳ないが、それくらいの気概がなくては柱は務まらんからな!俺は柱になる!!誰よりも立派な炎柱に!!」
一番眩しいのは杏寿郎さんだ。まっすぐに前を見据えるその横顔に見惚れてしまう。
もう、ホント好きの気持ちで溢れそう……。
「杏寿郎兄さんにならなれるよ。誰より立派でかっこよくて強い、最高の炎柱に」
きゅっと手のひらを握り、言葉を染み込ませるように杏寿郎さんに向かって放つ。
久しぶりに握る手のひらは相変わらず熱く、安心感があった。
「不思議だなぁ、朝緋に言われると本当にそうなる気がしてくる。力が湧いてくるよ。ありがとう!!」
「ふふ、どういたしまして」
どんなに些細なことでも貴方の力になれたなら、それは私にとって至上の喜び。
「でだ。治って早速任務が言い渡された!」
「ようやくの初任務ですね。どちらに?」
「山にある墓地の方だな。鬼は横笛のようなものを使うとの情報が入っている。俺の同期の者も一足先に向かったそうだ」
「山の墓地……横笛……同期……」
「どうした朝緋」
「ちょっと待っていて」
それは『前』と同じ任務。杏寿郎さんは御自身で鼓膜を破って打開するけれど、でも破かずに鬼を退治できるのならそれに越したことはない。私は杏寿郎さんの手助けがしたい。
あとは同期の方々がどうか死なずにいてくれればいいのだけれど……。
「杏寿郎兄さん、これを」
残念ながら『前』の時、列車の上で私が装着していた特殊な耳栓はここの時間軸にない。
代わりにと、蜂蝋の塊を渡す。
「完全にとはいきませんが音を多少遮断します。笛を使う鬼ということは、音波による攻撃を使用してくる可能性があります。その音を耳にするのは避けた方がいいのかもしれません。
山に入る時には手で温めたこちらを耳の穴に入れて、音を聞かぬように気をつけてお進みください。目と鼻、そして感覚を研ぎ澄ませれば、音がなくとも大丈夫なはずだから」
「確かに笛を使う鬼と俺は言ったが……。この短時間でそこまでの考えに至れるものなのか?朝緋は今回の俺の任務について、何か知っているのでは……」
「その……夢で見まして」
「夢っ!?わはは!夢か!それならば従っておいたほうがいいな!!うむ、了解した!気をつけるよ!ありがとう」
不審に思われてしまったかもしれない。けれど、こう言うしか他に思いつかなくて。
その時、槇寿朗さんの烏が上空から降りてきた。ああ、柱への任務か……。
干していた羽織を槇寿朗さんに渡して見送る私と杏寿郎さんに、すれ違いざま酷い言葉が投げつけられた。
「炎柱は俺の代で終わりだ。柱になるなどとくだらない夢を見るな」
……と。
「今の父様の言葉は気にしなくていいよ。初任務は柱への大事な第一歩なんだから、落ち込んでいる暇なんてないでしょ?」
「そうだな」
「私達は私達で、頑張ります。貴方のような立派な剣士を目指して。ね?千寿郎」
「はい、がんばります!!兄上!」
眉根が下がり悲しみ丸わかり状態の杏寿郎さんに、そこに見えた稽古中の千寿郎を呼びつけて共に励ます。
「しっかり守るから家の事は任せて。だからどうかお気になさらず任務に集中を」
「兄上もがんばってくださいね」
「朝緋……千寿郎……」
撫でようとしてきた手を遮り、代わりに二人揃ってその体に飛びつく。抱きしめあってから、離れる寸前に願いの囁きを落とした。
「御武運を。未来の炎柱様」
「!……っああ!!行ってくる!!君らもどうか息災でな!」
それが昨日のこと。
翌朝、沈んだ顔の杏寿郎さんが生家に戻ってきた。足取りも重く、空はこんなに晴れて青いのに、杏寿郎さんの周りの空気だけがどんよりと曇り模様。ともすれば雨でも降り出しそうだった。
杏寿郎さんの同期の人たちは既に事切れており、助からなかったそうだ。
耳栓代わりは役立とうとも、杏寿郎さんもまた軽く鼓膜を傷つけねばならない事態に陥り、帰ってきた時には多少耳が聞こえにくい状態だった。もっとも、破けてはいないから治りは早そうだ。
「そのまま生家にはもどらず、各地で任務に明け暮れるものだと思っておりました」
「その予定だった。藤の家紋の家の世話になる予定だった。けれど、朝緋や千寿郎の顔が見たくなってしまって……」
泣いてはいなかったけれど、その顔には哀しみの色が乗っていて。お料理する私の背にぽすんと体を預け、杏寿郎さんはくっつき虫になった。
「くっついてきてどーしたの?」
「どうもしない……」
「初任務で疲れちゃったか。よしよし、仕方ないお兄様ですねぇ。キャラメル食べる?」
「俺は子供ではないぞ!だが食べる」
どんな悲しくて悔しくてつらい思いをしたのか、詳しくは聞かないから今現在の杏寿郎さんの心の内がどのようなものかはわからない。
でも、一人の幼子は救えたという。同期の人たちは立派な最期だったという。彼らのようになりたいとも、話していた。
死んだ者はもう戻ってはこないけれど、一人でも助けられたのならそれでいいと満足する他ない。鬼殺隊にいる以上、そういう事はこれからも多々ある。
でも『立派な最期』を目指すのはやめてほしい。