四周目 弐
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けれど杏寿郎さんはやはり槇寿朗さんに怒っていた。許していなかった。
「朝緋。俺は次の選別に行く」
激しい打ち合いで地面に転がった私に向かって、杏寿郎さんが言葉を放つ。
口が真一文字どころかへの字に引き結ばれている。ここ数日はいつもそんな感じ。槇寿朗さんへの怒りは未だ冷めやらずだ。
「だと思った」
「なんだ、俺がもうすぐ隊士になる為の選別に参加すると知っていたのか。まだ誰にも話していないのだがな!」
「まあ、大体は。そろそろかなーって」
「見抜くとはさすが俺の朝緋だ」
『以前』もそうだったからなだけだよ。カンニングみたいで申し訳ないし感心しないで。
「杏寿郎兄さんなら絶対に突破できるよ。無事に隊士になれる。だって同じ年頃の隊士志望者の誰よりも強いはずだもの。それにこの私が保証する!」
「朝緋の保証か!心強いな!
大丈夫、ちゃんと帰ってくるから心配するな。多少の怪我はするかもだが」
「本当になったら困るから、そこは怪我もしないで帰ってくるって言ってほしい」
「それは悪かった!」
木刀を片付け縁側で休みながら会話を続ける。
「ねぇ、まだ怒ってるの?……父様に」
「む?…………、……怒ってなどいない!!」
「怒ってるじゃん。今の間は何」
「……うむぅ……」
指摘によって意識したからか、口元が余計への字を描いた。
「鬼を逃したことが許せないんだね」
「ああ、許せんな!父上は鬼殺隊士の上に立つ人間。他の隊士の指標にならねばならない柱なのに、酒は持ち歩くは謹慎処分になるわ……。大体、酒を飲んでいようと仕留め損ねるなど絶対にあってはならない失態だ!
我が家は炎の呼吸を扱う誇りある家柄だというに……俺は恥ずかしい!!」
槇寿朗さん、貴方息子さんに恥ずかしいって言われてますよ。早く立ち直ってくれませんかね?
今のままでは無理なの知ってるよ?むしろこれから本格的に落ちぶれるんだよねぇ……。
「柱だって人間だもの。そういうことだってたまにはあると思うよ。鬼だって我が身かわいいし逃げちゃうことくらい、ないとは言い切れないよ。謹慎処分もいいじゃない。自宅待機が数日!今はお酒も私の出来る範囲で没収してるし、久方ぶりにゆっくり休んでもらえると思えば。
……それにお酒を飲んでいたとはいえ、仕留められなかったのはお酒が原因ってわけじゃないと思う」
あれは心の問題だ。彼は酒に逃げなくてはならないほど、心が疲弊している。
「何を言う!そもそもが任務に酒を持ち込むなどあってはならないだろう!?持ち歩かなければ飲んで酔うことだってなかった!鬼を滅殺できたはずだ!父上は何を考えているのだ!?」
「それ言ったらおしまいだわね。仕事先で飲酒なんて、現代社会じゃ即解雇かも」
「なんだって?」
「いえこっちの話ー」
「…………もう一つ、俺が怒っている。そして不安に思っているのは、鬼にはお相手したのが『炎柱』だと知られている点だ。炎柱はそのまま煉獄家と繋がりやすい。
報復にこの家が。朝緋や千寿郎が襲われてしまうかもしれない……!そんな不安を父上はこの家に持ち込んだ!!」
やはりそれね。杏寿郎さんなら言うと思っていた。煉獄家が襲われるのではと、そう危惧するだろうと。
「杏寿郎兄さん。大丈夫、鬼は来ません。だいじょーぶ……だいじょーぶだよ」
「なぜそう言える……!」
「父様の刃からやっとのことで逃げおおせたそんな鬼。いちいち報復になんて来ないって。あんまりカッカしなさんな。この歳から眉間の皺が深くなっちゃうよ。ほら、スマイル〜!笑顔笑顔!!」
「ええい痛いぞ離せ朝緋!」
杏寿郎さんの頬を両手で摘んでむにむにと口角をあげるお手伝い。
至近距離でのいきなりの行動に、杏寿郎さんが照れた。
「ありゃ?痛くしてないんだけどナー?」
くすくす笑いつつ言われた通り離してから続ける。
「……あのね、父様にはね。酒でも飲まなきゃやってられないことがあるのよ」
「むっ!君は父上の肩を持つのだな!俺じゃなくて父上の!」
照れていたと思ったら今度は怒ってる。
「肩を持つっていうか……うん、まあ。杏寿郎兄さんから見たらそうなるのかもね」
何も言えない。私からは何も言わない。
私はその心の内を少なくとも他の家族よりもよく知っているから。
「杏寿郎兄さんは言いたいことあるなら、そうやって我慢してないで、父様に直接言ったらいいのに。ガツンと叱りつけてやんなよ。こんなところで私相手にぷりぷり怒ったって仕方ないよ?」
「父上を叱りつける!?そんなことできるわけないだろう!!」
まあ、そうだよね。
家長に意見し楯突くなんて、この時代ありえないもんね。
でも私なら言うよ。言いたいことがある時は遠慮なくぶつかっていく。喧嘩してでも。
「叱らなくていいからさ、せめて出立の時は父様に一言断りを入れてから行ったら?」
「嫌だ!!そんなことをしたら最終選別に行かせてもらえなくなるやもしれん!!黙って行く!!」
「……そっかぁ」
「君も参加する際は、言わずに行くことをお勧めするぞ!」
「今からお勧めしてくるんだね。私が参加するのってまだ相当先だよ?私弱いし!」
「謙遜するな、朝緋は強い」
でも杏寿郎さんには言ってから行けとかお勧めしておいて私も槇寿朗さんに言わずに行く。その予定である。
そもそもが絶対に出立がバレないよう用心しなくてはならない。杏寿郎さんが黙って参加して、そのあとに娘も同じように……だなんて槇寿朗さんは必ず目を光らせているはずだもの。監視される可能性だってある。
「それと朝緋に頼みたいことがある。これは俺が最終選別に行くにあたっての、朝緋にしか頼めない最重要任務だ」
「あっ言わなくてもわかってるから大丈夫」
「何っ!?」
「ご飯でしょ?たくさんのおむすびにしょっぱーいお漬物、その他にも食べ物をたーんと用意しておきますからね。七日間持ち歩いても悪くならないように、しっかり味濃いめにして」
話を聞かせていたら、杏寿郎さんのおなかから虫の鳴く音。打ち合いでお腹空いたところに食べ物の話はクるものがあるよね。私もお腹空いた。
「よくわかったな!ありがとう!!」
「んふふ、当たり前ですよ。千寿郎と一緒におむすび、いっぱい作らなくちゃ。腕がなるね!」
「千寿郎も作ってくれるのか」
「もちろん。大好きな兄の門出だから喜んで手伝ってくれるよ!!多少形が歪なものがあっても許してあげてね」
「当たり前だ!すべて美味しくいただく!むう、旅行ではないが弁当が楽しみになってきたな!!」
旅行気分で行っていい場所違うよ杏寿郎さん。ま、杏寿郎さんにとっては大したことない七日間になるかもしれないけど……軽傷なことが多かったし。
「あら、お弁当のことばかり考えていたら鬼にやられちゃうよ?
鬼の方も人間がやってくる期間しか人肉にありつけないって本能でわかってるはずだから、七日間の間は昼間でさえ暗がりから飛び出してくるみたいだもの。
藤襲山は中腹までは藤が咲き乱れていて鬼がいるその先は未開の地。木々が鬱蒼と生い茂り昼間も暗いのだと、父様の鎹烏さんから先日聞きました」
そんなこといちいち聞かなくても知ってるけど、実際に一応聞いておいた。
「始まったら陽の差すところを探して拠点にするといいみたいです。陽の光さえあれば、鬼は出てこない。山の天気は変わりやすい……天候には注意してね」
拠点については私がかつて実行した作戦だ。杏寿郎さんの助けになれば嬉しい。
「肝に銘じておく!」
杏寿郎さんが再び口を引き結んだ。
今度は怒りでではなく、最終選別への意気込みを胸に。
「朝緋。俺は次の選別に行く」
激しい打ち合いで地面に転がった私に向かって、杏寿郎さんが言葉を放つ。
口が真一文字どころかへの字に引き結ばれている。ここ数日はいつもそんな感じ。槇寿朗さんへの怒りは未だ冷めやらずだ。
「だと思った」
「なんだ、俺がもうすぐ隊士になる為の選別に参加すると知っていたのか。まだ誰にも話していないのだがな!」
「まあ、大体は。そろそろかなーって」
「見抜くとはさすが俺の朝緋だ」
『以前』もそうだったからなだけだよ。カンニングみたいで申し訳ないし感心しないで。
「杏寿郎兄さんなら絶対に突破できるよ。無事に隊士になれる。だって同じ年頃の隊士志望者の誰よりも強いはずだもの。それにこの私が保証する!」
「朝緋の保証か!心強いな!
大丈夫、ちゃんと帰ってくるから心配するな。多少の怪我はするかもだが」
「本当になったら困るから、そこは怪我もしないで帰ってくるって言ってほしい」
「それは悪かった!」
木刀を片付け縁側で休みながら会話を続ける。
「ねぇ、まだ怒ってるの?……父様に」
「む?…………、……怒ってなどいない!!」
「怒ってるじゃん。今の間は何」
「……うむぅ……」
指摘によって意識したからか、口元が余計への字を描いた。
「鬼を逃したことが許せないんだね」
「ああ、許せんな!父上は鬼殺隊士の上に立つ人間。他の隊士の指標にならねばならない柱なのに、酒は持ち歩くは謹慎処分になるわ……。大体、酒を飲んでいようと仕留め損ねるなど絶対にあってはならない失態だ!
我が家は炎の呼吸を扱う誇りある家柄だというに……俺は恥ずかしい!!」
槇寿朗さん、貴方息子さんに恥ずかしいって言われてますよ。早く立ち直ってくれませんかね?
今のままでは無理なの知ってるよ?むしろこれから本格的に落ちぶれるんだよねぇ……。
「柱だって人間だもの。そういうことだってたまにはあると思うよ。鬼だって我が身かわいいし逃げちゃうことくらい、ないとは言い切れないよ。謹慎処分もいいじゃない。自宅待機が数日!今はお酒も私の出来る範囲で没収してるし、久方ぶりにゆっくり休んでもらえると思えば。
……それにお酒を飲んでいたとはいえ、仕留められなかったのはお酒が原因ってわけじゃないと思う」
あれは心の問題だ。彼は酒に逃げなくてはならないほど、心が疲弊している。
「何を言う!そもそもが任務に酒を持ち込むなどあってはならないだろう!?持ち歩かなければ飲んで酔うことだってなかった!鬼を滅殺できたはずだ!父上は何を考えているのだ!?」
「それ言ったらおしまいだわね。仕事先で飲酒なんて、現代社会じゃ即解雇かも」
「なんだって?」
「いえこっちの話ー」
「…………もう一つ、俺が怒っている。そして不安に思っているのは、鬼にはお相手したのが『炎柱』だと知られている点だ。炎柱はそのまま煉獄家と繋がりやすい。
報復にこの家が。朝緋や千寿郎が襲われてしまうかもしれない……!そんな不安を父上はこの家に持ち込んだ!!」
やはりそれね。杏寿郎さんなら言うと思っていた。煉獄家が襲われるのではと、そう危惧するだろうと。
「杏寿郎兄さん。大丈夫、鬼は来ません。だいじょーぶ……だいじょーぶだよ」
「なぜそう言える……!」
「父様の刃からやっとのことで逃げおおせたそんな鬼。いちいち報復になんて来ないって。あんまりカッカしなさんな。この歳から眉間の皺が深くなっちゃうよ。ほら、スマイル〜!笑顔笑顔!!」
「ええい痛いぞ離せ朝緋!」
杏寿郎さんの頬を両手で摘んでむにむにと口角をあげるお手伝い。
至近距離でのいきなりの行動に、杏寿郎さんが照れた。
「ありゃ?痛くしてないんだけどナー?」
くすくす笑いつつ言われた通り離してから続ける。
「……あのね、父様にはね。酒でも飲まなきゃやってられないことがあるのよ」
「むっ!君は父上の肩を持つのだな!俺じゃなくて父上の!」
照れていたと思ったら今度は怒ってる。
「肩を持つっていうか……うん、まあ。杏寿郎兄さんから見たらそうなるのかもね」
何も言えない。私からは何も言わない。
私はその心の内を少なくとも他の家族よりもよく知っているから。
「杏寿郎兄さんは言いたいことあるなら、そうやって我慢してないで、父様に直接言ったらいいのに。ガツンと叱りつけてやんなよ。こんなところで私相手にぷりぷり怒ったって仕方ないよ?」
「父上を叱りつける!?そんなことできるわけないだろう!!」
まあ、そうだよね。
家長に意見し楯突くなんて、この時代ありえないもんね。
でも私なら言うよ。言いたいことがある時は遠慮なくぶつかっていく。喧嘩してでも。
「叱らなくていいからさ、せめて出立の時は父様に一言断りを入れてから行ったら?」
「嫌だ!!そんなことをしたら最終選別に行かせてもらえなくなるやもしれん!!黙って行く!!」
「……そっかぁ」
「君も参加する際は、言わずに行くことをお勧めするぞ!」
「今からお勧めしてくるんだね。私が参加するのってまだ相当先だよ?私弱いし!」
「謙遜するな、朝緋は強い」
でも杏寿郎さんには言ってから行けとかお勧めしておいて私も槇寿朗さんに言わずに行く。その予定である。
そもそもが絶対に出立がバレないよう用心しなくてはならない。杏寿郎さんが黙って参加して、そのあとに娘も同じように……だなんて槇寿朗さんは必ず目を光らせているはずだもの。監視される可能性だってある。
「それと朝緋に頼みたいことがある。これは俺が最終選別に行くにあたっての、朝緋にしか頼めない最重要任務だ」
「あっ言わなくてもわかってるから大丈夫」
「何っ!?」
「ご飯でしょ?たくさんのおむすびにしょっぱーいお漬物、その他にも食べ物をたーんと用意しておきますからね。七日間持ち歩いても悪くならないように、しっかり味濃いめにして」
話を聞かせていたら、杏寿郎さんのおなかから虫の鳴く音。打ち合いでお腹空いたところに食べ物の話はクるものがあるよね。私もお腹空いた。
「よくわかったな!ありがとう!!」
「んふふ、当たり前ですよ。千寿郎と一緒におむすび、いっぱい作らなくちゃ。腕がなるね!」
「千寿郎も作ってくれるのか」
「もちろん。大好きな兄の門出だから喜んで手伝ってくれるよ!!多少形が歪なものがあっても許してあげてね」
「当たり前だ!すべて美味しくいただく!むう、旅行ではないが弁当が楽しみになってきたな!!」
旅行気分で行っていい場所違うよ杏寿郎さん。ま、杏寿郎さんにとっては大したことない七日間になるかもしれないけど……軽傷なことが多かったし。
「あら、お弁当のことばかり考えていたら鬼にやられちゃうよ?
鬼の方も人間がやってくる期間しか人肉にありつけないって本能でわかってるはずだから、七日間の間は昼間でさえ暗がりから飛び出してくるみたいだもの。
藤襲山は中腹までは藤が咲き乱れていて鬼がいるその先は未開の地。木々が鬱蒼と生い茂り昼間も暗いのだと、父様の鎹烏さんから先日聞きました」
そんなこといちいち聞かなくても知ってるけど、実際に一応聞いておいた。
「始まったら陽の差すところを探して拠点にするといいみたいです。陽の光さえあれば、鬼は出てこない。山の天気は変わりやすい……天候には注意してね」
拠点については私がかつて実行した作戦だ。杏寿郎さんの助けになれば嬉しい。
「肝に銘じておく!」
杏寿郎さんが再び口を引き結んだ。
今度は怒りでではなく、最終選別への意気込みを胸に。