二周目 壱
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幸せの中にいても、鬼殺任務の命は否応無しにくる。
槇寿朗さんが鬼殺隊、それも最高幹部の柱の名を頂戴している以上、それは当然の事。
夜の見回りでも下位の鬼相手でも心配だが、柱に直々にやって来る任務は難しいものが多い。十二鬼月が相手の可能性もある。
下弦の鬼ならばまだしも、上弦の鬼だけは駄目だ。私のトラウマだ。
カタン、戸口の開閉する小さな音。気配を消そうが足音を立てないようにしようが、立て付けの関係上、どうしても鳴ってしまうあの音。
……ホッとした。
帰ってきたんだ。今日もまた、槇寿朗さんが無事に帰ってきた。
気を揉んでいたがこれでやっと眠れそうだなと思い、枕元で灯していた燈明皿の灯火を消す。その瞬間、月明かりで障子に影ができた。ついでそっと開く引き戸。
起きていたのが気が付かれた。
炎柱である証。未来に杏寿郎さんが着る事になるそれが、暗闇の中ばさりと翻った。
部屋に入ってきた彼からは血の匂いも汗の匂いもしない。あるのは埃の匂いだけ。
炎の呼吸の動きは性質上、土と埃がたつのは避けられないからね。
「まだ起きていたのか。こんな夜更けに起きているものではない、子供は寝なさい。杏寿郎でさえも眠っているぞ」
「ごめんなさい。とうさまが夜に出かけている時は心配で眠れなくって」
「そうか。
心配をかけてすまない。だがこうしてちゃんと帰ってきた。明日も明後日も、俺は無事帰ってくると約束するぞ」
鬼殺に絶対はありえない。それは柱も同じ。杏寿郎さんだけではなく、槇寿朗さんもその条件は同じなんだ。油断すれば下位の鬼にすら命を奪られる。
だからこそ、『前』と違ってもしも槇寿朗さんが帰って来なかったらと思うと心配でたまらない。
鬼に対して恐怖を感じるとしたら、隊士の誰かや家族が鬼からの危害を加えられる事が私のそれだ。かつての私がそうであったように、今の私も一番恐怖を感じるのはそこ。
その存在を確かめるように手を伸ばし、私は揺れる炎の羽織の端を掴んだ。
この幼い思考と体はその不安感からか、抱きついたり手を繋ごうとしたりと私の精神年齢では考えられない事を自然としでかしている。まるで寂しがり屋の子供のように、幼い思考に引っ張られている。
離したいのに、その手を簡単には離してくれない。
「瑠火に帰ってきた事を伝えてこよう。そうしたら戻ってくる。たまには添い寝しよう」
「……いいの?」
「いいも何も、朝緋の布団だ。狭くなるだろうが凍えたこの父を入れてくれるか?」
「もちろんです!」
「杏寿郎には秘密だぞ」
私がいなければ、煉獄家に娘はいなかった。だからかもしれない。厳しい時もあれど、槇寿朗さんは性別の違うこの『幼い娘』という存在にひどく弱い気がする。
目に入れても痛くないと言いたげで。
手を繋ごうとすれば喜んで手を繋いでくれるし、腕を伸ばせば抱き上げてくれる。望めばいつだって撫でてくれた。
そして今回のこれだ。千寿郎は瑠火さんと寝ているし、それだと杏寿郎さんだけがひとり寝になってしまう。
槇寿朗さんが「しー」ってしたように、ナイショにしとこっと。
戻ってきた槇寿朗さんと共に改めて布団に入る。
子供体温のそれより遥かに温かい体温が、私の小さな体をすっぽりと包む。
冬は一家に一台煉獄家って感じ。
煉獄家男子ってなんでこんなに温かいのだろう。心が燃えてるからかもしれない。
そう。まだこの人の心は熱く燃えている。
押し付けられた温かな胸元から顔をそっと上げ、眠る横顔を眺める。
日々の鬼殺で疲れているのか薄くクマはあるけども、やっぱり親子。寝顔もそっくりマトリョーシカ。杏寿郎さんが寝ている姿もこれまで何度も見てきたけど、羨ましく思うほどどっちもまつ毛が長いなあ。
あとおでこがとても綺麗。とても綺麗。
鬼になったどこぞの兄に倣って、大事なことなので二回言ってみた。
親愛なるお父様。どうかこのまま、心を燃やし続けてください。まだ幼い私達を導いてください。
たとえ悲しいことや辛い事があって滅入る事があっても。泣きたくなっても。
その心を折らずに、挫けずにいてください。
願うように槇寿朗さんの額へ、小さく唇を落とした。
父親相手に何してるんじゃい!と言いたいだろう。
でこちゅーをしてみたいという好奇心もあったけど、綺麗なおでこがいつも出てるんだよ。何もしないのは逆に失礼じゃない?
ただ、杏寿郎さんが相手なら、恥ずかしすぎてできるかどうかわからないけれど。
そしてこれに気がついていた槇寿朗さんが後日、杏寿郎さんに添い寝してもらった事。おでこに口付けしてもらった事をついうっかりという体で自慢話してしまい、より一層打ち稽古に身が入ったらしい。
なんで身が入ったんだろう。
というかねえあれナイショじゃなかったの!?気がついてたなら言って欲しかった。
それからもそんな事が続き、杏寿郎さんの剣技には日を追うごとに磨きがかかってきた。
呼吸法の基礎が安定する頃には、さつまいもも採れるようになった。
畑には向かないと思われた庭の一角だったが、農家の方にいただいた腐葉土、藁や籾殻などを混ぜた土で土壌をしっかり整えれば、さつまいも作りに適した土地になった。
ちなみに衛生面や病原菌のことを考え、有機物を使った堆肥は使用していない。もちろん化学薬品もないので非常にクリーンな環境での栽培だ。おかげで虫は多い。
無限列車の任務以降、蚯蚓は大嫌いだ。見つけると気分が悪くなる。おぇっ。
私だけの力ではさすがに収穫しきれないと踏んだか、これもまた鍛錬だ!と言い張って杏寿郎さんも手伝ってくれた。槇寿朗さん的にもそこは許可するらしい。
私もこっそりと呼吸の訓練はしてるんだし、一人でも平気なんだけど……。
でも手伝いは要らないって言うのはやめとこう。「どっ……せい!」と声を上げ、芋を引っこ抜いている本人が楽しそうだ。
そんな杏寿郎さんはもうほとんど学校には通わず家にいる。鍛錬に集中するためだ。
煉獄家は代々鬼殺を生業とする。順調にその道へと足を進めているようで、日に日に強く逞しくなっていくその姿が私は一等好きだった。
そうしていつしか私もまた、着実に鬼殺の道へと進もうとしていた。
槇寿朗さんが鬼殺隊、それも最高幹部の柱の名を頂戴している以上、それは当然の事。
夜の見回りでも下位の鬼相手でも心配だが、柱に直々にやって来る任務は難しいものが多い。十二鬼月が相手の可能性もある。
下弦の鬼ならばまだしも、上弦の鬼だけは駄目だ。私のトラウマだ。
カタン、戸口の開閉する小さな音。気配を消そうが足音を立てないようにしようが、立て付けの関係上、どうしても鳴ってしまうあの音。
……ホッとした。
帰ってきたんだ。今日もまた、槇寿朗さんが無事に帰ってきた。
気を揉んでいたがこれでやっと眠れそうだなと思い、枕元で灯していた燈明皿の灯火を消す。その瞬間、月明かりで障子に影ができた。ついでそっと開く引き戸。
起きていたのが気が付かれた。
炎柱である証。未来に杏寿郎さんが着る事になるそれが、暗闇の中ばさりと翻った。
部屋に入ってきた彼からは血の匂いも汗の匂いもしない。あるのは埃の匂いだけ。
炎の呼吸の動きは性質上、土と埃がたつのは避けられないからね。
「まだ起きていたのか。こんな夜更けに起きているものではない、子供は寝なさい。杏寿郎でさえも眠っているぞ」
「ごめんなさい。とうさまが夜に出かけている時は心配で眠れなくって」
「そうか。
心配をかけてすまない。だがこうしてちゃんと帰ってきた。明日も明後日も、俺は無事帰ってくると約束するぞ」
鬼殺に絶対はありえない。それは柱も同じ。杏寿郎さんだけではなく、槇寿朗さんもその条件は同じなんだ。油断すれば下位の鬼にすら命を奪られる。
だからこそ、『前』と違ってもしも槇寿朗さんが帰って来なかったらと思うと心配でたまらない。
鬼に対して恐怖を感じるとしたら、隊士の誰かや家族が鬼からの危害を加えられる事が私のそれだ。かつての私がそうであったように、今の私も一番恐怖を感じるのはそこ。
その存在を確かめるように手を伸ばし、私は揺れる炎の羽織の端を掴んだ。
この幼い思考と体はその不安感からか、抱きついたり手を繋ごうとしたりと私の精神年齢では考えられない事を自然としでかしている。まるで寂しがり屋の子供のように、幼い思考に引っ張られている。
離したいのに、その手を簡単には離してくれない。
「瑠火に帰ってきた事を伝えてこよう。そうしたら戻ってくる。たまには添い寝しよう」
「……いいの?」
「いいも何も、朝緋の布団だ。狭くなるだろうが凍えたこの父を入れてくれるか?」
「もちろんです!」
「杏寿郎には秘密だぞ」
私がいなければ、煉獄家に娘はいなかった。だからかもしれない。厳しい時もあれど、槇寿朗さんは性別の違うこの『幼い娘』という存在にひどく弱い気がする。
目に入れても痛くないと言いたげで。
手を繋ごうとすれば喜んで手を繋いでくれるし、腕を伸ばせば抱き上げてくれる。望めばいつだって撫でてくれた。
そして今回のこれだ。千寿郎は瑠火さんと寝ているし、それだと杏寿郎さんだけがひとり寝になってしまう。
槇寿朗さんが「しー」ってしたように、ナイショにしとこっと。
戻ってきた槇寿朗さんと共に改めて布団に入る。
子供体温のそれより遥かに温かい体温が、私の小さな体をすっぽりと包む。
冬は一家に一台煉獄家って感じ。
煉獄家男子ってなんでこんなに温かいのだろう。心が燃えてるからかもしれない。
そう。まだこの人の心は熱く燃えている。
押し付けられた温かな胸元から顔をそっと上げ、眠る横顔を眺める。
日々の鬼殺で疲れているのか薄くクマはあるけども、やっぱり親子。寝顔もそっくりマトリョーシカ。杏寿郎さんが寝ている姿もこれまで何度も見てきたけど、羨ましく思うほどどっちもまつ毛が長いなあ。
あとおでこがとても綺麗。とても綺麗。
鬼になったどこぞの兄に倣って、大事なことなので二回言ってみた。
親愛なるお父様。どうかこのまま、心を燃やし続けてください。まだ幼い私達を導いてください。
たとえ悲しいことや辛い事があって滅入る事があっても。泣きたくなっても。
その心を折らずに、挫けずにいてください。
願うように槇寿朗さんの額へ、小さく唇を落とした。
父親相手に何してるんじゃい!と言いたいだろう。
でこちゅーをしてみたいという好奇心もあったけど、綺麗なおでこがいつも出てるんだよ。何もしないのは逆に失礼じゃない?
ただ、杏寿郎さんが相手なら、恥ずかしすぎてできるかどうかわからないけれど。
そしてこれに気がついていた槇寿朗さんが後日、杏寿郎さんに添い寝してもらった事。おでこに口付けしてもらった事をついうっかりという体で自慢話してしまい、より一層打ち稽古に身が入ったらしい。
なんで身が入ったんだろう。
というかねえあれナイショじゃなかったの!?気がついてたなら言って欲しかった。
それからもそんな事が続き、杏寿郎さんの剣技には日を追うごとに磨きがかかってきた。
呼吸法の基礎が安定する頃には、さつまいもも採れるようになった。
畑には向かないと思われた庭の一角だったが、農家の方にいただいた腐葉土、藁や籾殻などを混ぜた土で土壌をしっかり整えれば、さつまいも作りに適した土地になった。
ちなみに衛生面や病原菌のことを考え、有機物を使った堆肥は使用していない。もちろん化学薬品もないので非常にクリーンな環境での栽培だ。おかげで虫は多い。
無限列車の任務以降、蚯蚓は大嫌いだ。見つけると気分が悪くなる。おぇっ。
私だけの力ではさすがに収穫しきれないと踏んだか、これもまた鍛錬だ!と言い張って杏寿郎さんも手伝ってくれた。槇寿朗さん的にもそこは許可するらしい。
私もこっそりと呼吸の訓練はしてるんだし、一人でも平気なんだけど……。
でも手伝いは要らないって言うのはやめとこう。「どっ……せい!」と声を上げ、芋を引っこ抜いている本人が楽しそうだ。
そんな杏寿郎さんはもうほとんど学校には通わず家にいる。鍛錬に集中するためだ。
煉獄家は代々鬼殺を生業とする。順調にその道へと足を進めているようで、日に日に強く逞しくなっていくその姿が私は一等好きだった。
そうしていつしか私もまた、着実に鬼殺の道へと進もうとしていた。