四周目 弐
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杏寿郎さんから一本取れているよ?お稽古つけて?
だなんてもう、槇寿朗さんに言うことはできなくなってきていた。
今の槇寿朗さんは、瑠火さんの死。そして炎柱の手記での一件で本当は刀も見たくない状態のはず。任務だって嫌々参加している。
心が崩壊寸前である彼に私までお願いするのは酷というものだった。
幸い、私の常中が完全に取得できるまではあと一歩のところまで来た。
死ぬほど修行して肺を鍛えて鍛えて大きくして。これで常中は会得しやすい。
幼すぎる体ではうまくいかなかっただけで、今は肺もそこそこ大きくなったし肺活量も増えている。
型についても原理は理解しているのであと少し、振り抜きやすい大きさにまで体が成長すれば。そして手足の長さが足りれば問題ない。
独学でなんとか取得可能だ。筋肉量もある一定の量までは増えた。
ただ相変わらず、陸、漆、それに捌ノ型だけはどんな技なのかわからない。
瑠火さんがまだ生きている頃。稽古をつけてくれた時だって、まだ早いなぁと言って決して見せてくれなかったくらいだ。それは杏寿郎さんも同じ条件で。
でも教えてくれなくたってもう、特に問題はない。鬼が斬れれば。他の技があれば問題ない。
型がなければ自己流で型を作成し、己が技を振るうのみだ。
可能性が無限大に広がり始めた今の私には難しいことじゃなかった。
時同じ頃、槇寿朗さんが離島の任務についた。
八丈島。つまりそれは、蛇のような女鬼の魔の手から伊黒さんが助かる任務ということで。
『前』に、すんでのところで助けられた、と伊黒さんが話してくれたから、多分今回もそれに間に合うと思うけれど……。
この世はいつでも残酷で。伊黒さんの救助が間に合わなかった、という歴史を辿る可能性だってある。
家族が。槇寿朗さんが。杏寿郎さんが。そして自分自身が任務に赴く時は必ず仏壇に手を合わせて無事を祈る私だけれど、今回は伊黒さんが無事に保護されますようにと、追加でよくよくお祈りした。
未来の蛇柱だから?蜜璃の想い人だから?それだけじゃない。彼は私と杏寿郎さんにとって大事な友人なのだもの。
この幼き大事な時間を、何ヶ月か共に過ごした家族同然の幼馴染みなのだもの。
神仏なんていないとこの口で言い放った私だけれど、御仏となった瑠火さん……そして煉獄家の歴代の炎柱の方々にはこの祈り、届いているはずなのだ。
暗雲立ち込めて雨続きで気持も下降していたけれど。祈りは通じ、槇寿朗さんが任務から戻った日は天気もよくなってきて、厚い雲の隙間からは日が差し込んだ。
はためく炎の羽織の影から、日に照らされた幼き日の伊黒さんの姿も見られた。
……ああ、よかった!!
駆け寄って槇寿朗さんに労いの言葉をかけつつ、感極まった私はつい伊黒さんに飛びついてしまった。そう、伊黒さんが女性を苦手としていることを忘れて。
おかげでそのあとが大変だった。
伊黒さんからはしばらく警戒され、杏寿郎さんからはかなりお小言が飛んできた。指摘したら否定してきたけど怒っていた。
ついでにいきなり飛びついたことについて、珍しく槇寿朗さんからも女子がはしたない、と言われた。やっぱり父親は父親なのね。
……自意識過剰でなければ杏寿郎さんは嫉妬からお小言を飛ばしたり怒ったりしたのかな?
言っておくけど私、杏寿郎さんしか好きになれない体だよ。体と言わず心も、なんならもう魂の奥底までどっぷり貴方色に染まってます。
それに私が伊黒さんに女性の話を振る時には、伊黒さんがこの先出会い、恋することになる可愛い女の子。未来の嫁の話しかしてないのになあ。
伊黒さんの育手が見つかる頃。
ようやく杏寿郎さん伊黒さん双方の誤解は解き、なんとか伊黒さんとは『前』同様の友人として認められた。
なんなら、女性と同じくらい長くなっていた髪の毛を切らせてくださったくらいで。会った瞬間にがぶりと噛みついてきた鏑丸も、今ではすっかり懐いてくれているのがとても嬉しい。蛇の体はひんやりしてすべすべで気持ちがいい〜。
でも危なかった……。
あと少しで苦手どころか、嫌いな人間に分類されるところだった。
嫌われるのもいやだし、かと言って蜜璃のことを考えると変に好意を持たれても困る。
その匙加減は簡単なようで少し難しい。
明槻がかつてよくやっていた好感度をあげるゲームとは違って、人の気持ちは簡単にいじれないのだから。
伊黒さんがいる間は体面を気にして我慢していたのかもしれない。槇寿朗さんが酒に溺れ始めた。
相変わらず任務はかろうじて。そう、かろうじてボイコットなどせずにきちんとこなしているけれど、徐々に任務にも酒を持ち込むようになってきている。
これじゃ炎柱じゃなくて酒柱だ。あっでもちょっと強そう。お酒のアルコール成分で炎の呼吸の火力アップ!とか、どうだろう。
本当に各型に炎が出るのであれば、それもありだったかもしれない。
なまじ他の呼吸に手を出した私だから考えつくちょっとしたブラックなジョークである。
私がアホゥな考えを浮かべているその日だった。
槇寿朗さんが一匹の鬼を仕留め損ね、取り逃してしまった。
……柱としてそれはあってはならないこと。
槇寿朗さんは御館様から直々に謹慎処分をうけた。
ここ最近もひそひそと陰で態度の悪さを噂されていたようなのに、今回のことは鬼殺隊の士気を著しく下げてしまったからだ。
煉獄家の恥とまで言われている始末。
柱が……、と隊士達や隠にまで言われ、槇寿朗さんも自身の行動を恥じていた。
うん、わかるよ。他の隊士にしめしがつかないし、かつて杏寿郎さんが言った通り、煉獄家に報復をしに来る可能性が出てきてしまったものね。
でも多分今すぐ仕返ししには来ないと思う。
確かその鬼はいずれ下弦の弐として頭角を現すはず。襲いにくるなら少なくともそのあとだ。
よほどの強さを手にしない限りすぐ来ないし、その頃には私も、そして杏寿郎さんも隊士となっている。……と思う。
槇寿朗さんの心の内を思うと、怒れない。他の人が許さなくとも、私は許す。
私は鬼を逃してしまったことについて、そんな浅はかな考えを持っていた。鬼が下弦の弐になるまでには、相当な数の人の命が失われると知りながら……。
だって、私が優先するのはいつだって、市井の人々ではなく、家族や杏寿郎さんなのだもの。
まだ隊士になっていない私なら、言葉にはしないし、心の中でそう考えても許される……。と、思いたい思わせて。
因みにその知らせを知った時、『前』と同じようにお玉を手にしていたけれど、今回は落とさなかった。偉い!
お酒は人を狂わす。その時飲んで任務に当たっていたのならばもうどうしようもない。
過ぎたことは仕方ないこと。考えても仕方ないことは考えるな。その先を見据えろ。どうすればより最善な道を選べるかが大事だ。
これは煉獄家の教えでもある。
だなんてもう、槇寿朗さんに言うことはできなくなってきていた。
今の槇寿朗さんは、瑠火さんの死。そして炎柱の手記での一件で本当は刀も見たくない状態のはず。任務だって嫌々参加している。
心が崩壊寸前である彼に私までお願いするのは酷というものだった。
幸い、私の常中が完全に取得できるまではあと一歩のところまで来た。
死ぬほど修行して肺を鍛えて鍛えて大きくして。これで常中は会得しやすい。
幼すぎる体ではうまくいかなかっただけで、今は肺もそこそこ大きくなったし肺活量も増えている。
型についても原理は理解しているのであと少し、振り抜きやすい大きさにまで体が成長すれば。そして手足の長さが足りれば問題ない。
独学でなんとか取得可能だ。筋肉量もある一定の量までは増えた。
ただ相変わらず、陸、漆、それに捌ノ型だけはどんな技なのかわからない。
瑠火さんがまだ生きている頃。稽古をつけてくれた時だって、まだ早いなぁと言って決して見せてくれなかったくらいだ。それは杏寿郎さんも同じ条件で。
でも教えてくれなくたってもう、特に問題はない。鬼が斬れれば。他の技があれば問題ない。
型がなければ自己流で型を作成し、己が技を振るうのみだ。
可能性が無限大に広がり始めた今の私には難しいことじゃなかった。
時同じ頃、槇寿朗さんが離島の任務についた。
八丈島。つまりそれは、蛇のような女鬼の魔の手から伊黒さんが助かる任務ということで。
『前』に、すんでのところで助けられた、と伊黒さんが話してくれたから、多分今回もそれに間に合うと思うけれど……。
この世はいつでも残酷で。伊黒さんの救助が間に合わなかった、という歴史を辿る可能性だってある。
家族が。槇寿朗さんが。杏寿郎さんが。そして自分自身が任務に赴く時は必ず仏壇に手を合わせて無事を祈る私だけれど、今回は伊黒さんが無事に保護されますようにと、追加でよくよくお祈りした。
未来の蛇柱だから?蜜璃の想い人だから?それだけじゃない。彼は私と杏寿郎さんにとって大事な友人なのだもの。
この幼き大事な時間を、何ヶ月か共に過ごした家族同然の幼馴染みなのだもの。
神仏なんていないとこの口で言い放った私だけれど、御仏となった瑠火さん……そして煉獄家の歴代の炎柱の方々にはこの祈り、届いているはずなのだ。
暗雲立ち込めて雨続きで気持も下降していたけれど。祈りは通じ、槇寿朗さんが任務から戻った日は天気もよくなってきて、厚い雲の隙間からは日が差し込んだ。
はためく炎の羽織の影から、日に照らされた幼き日の伊黒さんの姿も見られた。
……ああ、よかった!!
駆け寄って槇寿朗さんに労いの言葉をかけつつ、感極まった私はつい伊黒さんに飛びついてしまった。そう、伊黒さんが女性を苦手としていることを忘れて。
おかげでそのあとが大変だった。
伊黒さんからはしばらく警戒され、杏寿郎さんからはかなりお小言が飛んできた。指摘したら否定してきたけど怒っていた。
ついでにいきなり飛びついたことについて、珍しく槇寿朗さんからも女子がはしたない、と言われた。やっぱり父親は父親なのね。
……自意識過剰でなければ杏寿郎さんは嫉妬からお小言を飛ばしたり怒ったりしたのかな?
言っておくけど私、杏寿郎さんしか好きになれない体だよ。体と言わず心も、なんならもう魂の奥底までどっぷり貴方色に染まってます。
それに私が伊黒さんに女性の話を振る時には、伊黒さんがこの先出会い、恋することになる可愛い女の子。未来の嫁の話しかしてないのになあ。
伊黒さんの育手が見つかる頃。
ようやく杏寿郎さん伊黒さん双方の誤解は解き、なんとか伊黒さんとは『前』同様の友人として認められた。
なんなら、女性と同じくらい長くなっていた髪の毛を切らせてくださったくらいで。会った瞬間にがぶりと噛みついてきた鏑丸も、今ではすっかり懐いてくれているのがとても嬉しい。蛇の体はひんやりしてすべすべで気持ちがいい〜。
でも危なかった……。
あと少しで苦手どころか、嫌いな人間に分類されるところだった。
嫌われるのもいやだし、かと言って蜜璃のことを考えると変に好意を持たれても困る。
その匙加減は簡単なようで少し難しい。
明槻がかつてよくやっていた好感度をあげるゲームとは違って、人の気持ちは簡単にいじれないのだから。
伊黒さんがいる間は体面を気にして我慢していたのかもしれない。槇寿朗さんが酒に溺れ始めた。
相変わらず任務はかろうじて。そう、かろうじてボイコットなどせずにきちんとこなしているけれど、徐々に任務にも酒を持ち込むようになってきている。
これじゃ炎柱じゃなくて酒柱だ。あっでもちょっと強そう。お酒のアルコール成分で炎の呼吸の火力アップ!とか、どうだろう。
本当に各型に炎が出るのであれば、それもありだったかもしれない。
なまじ他の呼吸に手を出した私だから考えつくちょっとしたブラックなジョークである。
私がアホゥな考えを浮かべているその日だった。
槇寿朗さんが一匹の鬼を仕留め損ね、取り逃してしまった。
……柱としてそれはあってはならないこと。
槇寿朗さんは御館様から直々に謹慎処分をうけた。
ここ最近もひそひそと陰で態度の悪さを噂されていたようなのに、今回のことは鬼殺隊の士気を著しく下げてしまったからだ。
煉獄家の恥とまで言われている始末。
柱が……、と隊士達や隠にまで言われ、槇寿朗さんも自身の行動を恥じていた。
うん、わかるよ。他の隊士にしめしがつかないし、かつて杏寿郎さんが言った通り、煉獄家に報復をしに来る可能性が出てきてしまったものね。
でも多分今すぐ仕返ししには来ないと思う。
確かその鬼はいずれ下弦の弐として頭角を現すはず。襲いにくるなら少なくともそのあとだ。
よほどの強さを手にしない限りすぐ来ないし、その頃には私も、そして杏寿郎さんも隊士となっている。……と思う。
槇寿朗さんの心の内を思うと、怒れない。他の人が許さなくとも、私は許す。
私は鬼を逃してしまったことについて、そんな浅はかな考えを持っていた。鬼が下弦の弐になるまでには、相当な数の人の命が失われると知りながら……。
だって、私が優先するのはいつだって、市井の人々ではなく、家族や杏寿郎さんなのだもの。
まだ隊士になっていない私なら、言葉にはしないし、心の中でそう考えても許される……。と、思いたい思わせて。
因みにその知らせを知った時、『前』と同じようにお玉を手にしていたけれど、今回は落とさなかった。偉い!
お酒は人を狂わす。その時飲んで任務に当たっていたのならばもうどうしようもない。
過ぎたことは仕方ないこと。考えても仕方ないことは考えるな。その先を見据えろ。どうすればより最善な道を選べるかが大事だ。
これは煉獄家の教えでもある。