四周目 壱
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春。『前』も訪れた桜の名所に、家族で花見をしにやってきた。
いつの時代も、いついかなる時も。優しく淡い桃色の花達が舞い散る様は、優雅で儚く美しい。
手の上にはらりと落ちるそれを潰さぬよう優しく握りしめながら、作ってきたお料理を囲んで談笑する家族を眺める。
ああもう、杏寿郎さんたら口元にご飯粒つけてるよ。
花々の隙間からこぼれ落ちるあたたかな陽光の中、ありきたりな。でもかけがえのない幸せを噛み締める。
「朝緋っ!桜の雨だぞ!!」
「わっ!?」
いつか桜のカーテンなんて例えたことがあったけれど、『今回』は桜の雨が降り注いだみたいだ。杏寿郎さんが集めた大量の桜の花弁が、私の上に落とされ視界を桃色に染める。
桜のふんわりと甘い香りに混じって、杏寿郎さんの優しくて愛しい匂いまでも感じるようで……。
「桜にまみれてどこかの御姫様のようだな!可憐でよく似合っている!!」
「ありがとう……嬉しいなぁ」
赤くなる顔を隠すように桜に埋もれたまま小さく呟くしかできなくて。
「こら杏寿郎!俺の飯が桜まみれになったではないか!?」
「槇寿朗さん。桜の塩漬けで炊いたご飯だと思えば、食べられないこともありませんよ」
「瑠火ぁ〜」
料理にまで桜の花弁が落ちてしまい槇寿朗さんに叱られていた。でも笑っているからもちろん本気では怒っていないし、瑠火さんは花弁をどけて通常運転。みんな笑顔だ。
その中で杏寿郎さんの笑顔が一際眩しく輝いていた。
だいすき。
早く杏寿郎さんにこの想いを余すところなく伝えられれば良いのに。
わがままに生きると決めた『今回』だけれど、せめて私が隊士になって気持ちに余裕が出来てからと思っているのよね。
じゃないとまた変な死亡フラグ的なものが立ってしまう。それはなんとしても避けたい。
けれども幸せな時はまた理不尽に奪われる。長くは続かず笑顔はかげっていく。
人間がその人生を奪われ、強制的に鬼にされるのと同じような理不尽さで。
瑠火さんが結核を罹患してしまったのだ。
あんなに気をつけていたのに。なのにまた駄目だった。
体調が安定していた。ふっくら健康的に肥えた。つまり体力も多少ついた。けれど病には勝てなかった。
栄養面など食事だけでは足りなかったのだ。
それしか私に協力できることがらほとんどなかったのだから仕方ないだろうけれど。
やはり体質改善。抵抗力が要だったのだろうか。
瑠火さんは先天的に体力も抵抗力も低い質なのかもしれない。
鬼殺隊士になれるほど!とはいかなくとも、一緒に運動したりして体力をつけて貰えばよかった。でももう遅い。
こんなの私のせいだ。私が結核にかからせたも同然だ。
瑠火さんが結核にかかりやすい状態なのは知っていたのに。
「母様……うっ、うっ……なんで……!なんで母様がこんな目に……っ」
瑠火さんが横になる布団の前、ぼろぼろと涙をこぼす私。
こんな泣き腫らしてみっともない姿、杏寿郎さんにはとてもじゃないけど見せられないなぁ。三人とも不在でよかった。
「朝緋、泣いてはなりませんよ。貴女のせいじゃない。気に病むことはないのです。
病気にかかるのは、神仏に定められた私の運命だったのですよ」
「定められた運命!?
神仏なんてこの世に存在しない!神や仏がいるなら試練を与えすぎです!鬼だってこの世にいなかったはずです!!」
父様にも杏寿郎兄さんにも千寿郎にも、そして私にもまだまだ母様が必要なのに。なのにまた。また、いなくなってしまうかもしれない。だってこの時代で結核は……。
「結核は不治の病なのです……!ペニシリン……いや、せめて抗生物質があればよかったのに!!」
「ペニシリン?抗生物質?朝緋、貴女何を言って……」
私の言葉は止まらない。居もしない見えもしない架空の神を呪うしかできない。
「何も悪いことしていない母様になんてこと!世の中病気にかかっても、死んでしまっても文句言えないような人間は他にもっといるじゃんか!!」
「朝緋っ!!」
そして他の人間をも呪う言葉を前に、とうとう瑠火さんの手のひらが風を切った。あまり痛くはない。けれど、私の口を閉じさせるには十分な衝撃が頬に与えられる。
横になっていたはずの瑠火さんの手を、私の頬を張るためなどにわずらわせてしまった。
「それ以上言ってはなりません。他の人が病気にかかるだとか死ぬなどと……」
「ご……ごめんなさい」
「大丈夫、こんなものただの風邪と変わりません。すぐに治しますから。不治の病だとしても、必ず全員が亡くなるわけではないでしょう?」
頬を押さえる私を抱き寄せ、頭を撫でてくれた瑠火さん。
けれどね。これまでのことがあったから、私の中には不安しかないの。撫でられると余計涙が溢れてしまいそうで。
「そう、ですね……」
やっとのことで返事した。
「ただ、またしばらく炊ぎのことなどは、朝緋や奉公の方に全てお任せすることになります。それが申し訳ないですね」
「そっ……!そんなの気にしないでっ!!
私、鍛錬の時間削っても平気なくらいもう強いし!学業だっていつも成績優秀で誰より賢いもの!お琴もお華も茶の湯だって完璧だよ!!」
「ふふ、自分で優秀だなんて言ってしまうのですね」
くすくす笑う瑠火さんには、再び布団で横になってもらう。
「母様はゆっくり休んで療養に努めてください。滋養があって食べやすい食事をこさえてきます。
そうだ、母様が気に入ってくださったカスタードプリンを作ります」
「ありがとう、朝緋。楽しみにしていますよ」
あちらを立てればこちらが立たず、とはよくいったもので。
気がつけば今度は槇寿朗さんがどんよりとした空気を背負うようになっていた。
瑠火さんの病気のせいかと思ったのに、理由はそれだけじゃなかった。
日の呼吸。始まりの呼吸。痣。
蔵の中に保管されていた、歴代炎柱のあの手記を読んでしまったのだ。
しまった。瑠火さんの病いにばかり着目しすぎて、槇寿朗さんが俯いてしまう直接の原因。あの記述を目に入れぬよう、遠ざけるよう気をつける時期を見誤った。
それに加え、自分自身の鍛錬もあったから余計だ。やることだらけで槇寿朗さんを止められなかった……。
けれど時間はすぎるもので。
槇寿朗さんがもやもやした気持ちを抱えていても、杏寿郎さんの日輪刀。その色変わりの儀が執り行われる日はやってくる。
「見てくれ!朝緋!!俺の日輪刀だぞ!!」
「おめでとうございます!とても綺麗な炎色でしたね!!」
『今回』も無事、杏寿郎さんの日輪刀が美しい炎色を見せた。ううん、『今までで』一番輝いて見えた。
杏寿郎さんの燃えるような心を模した、魅入られるように赫くて熱い、炎の刀だ。
早く私も自分だけのあの日輪刀 に会いたい。隊士になりたい。
『今回』は鋼鐵塚さんに他にもお願いをする用事があるし、早くその時が訪れないだろうか。
杏寿郎さんですら多少は恐怖を感じる藤襲山。隊士になるために必ず通る鬼の巣食う山。
その試練に挑む時を待ち遠しく感じるのは、初めてのことだった。
いつの時代も、いついかなる時も。優しく淡い桃色の花達が舞い散る様は、優雅で儚く美しい。
手の上にはらりと落ちるそれを潰さぬよう優しく握りしめながら、作ってきたお料理を囲んで談笑する家族を眺める。
ああもう、杏寿郎さんたら口元にご飯粒つけてるよ。
花々の隙間からこぼれ落ちるあたたかな陽光の中、ありきたりな。でもかけがえのない幸せを噛み締める。
「朝緋っ!桜の雨だぞ!!」
「わっ!?」
いつか桜のカーテンなんて例えたことがあったけれど、『今回』は桜の雨が降り注いだみたいだ。杏寿郎さんが集めた大量の桜の花弁が、私の上に落とされ視界を桃色に染める。
桜のふんわりと甘い香りに混じって、杏寿郎さんの優しくて愛しい匂いまでも感じるようで……。
「桜にまみれてどこかの御姫様のようだな!可憐でよく似合っている!!」
「ありがとう……嬉しいなぁ」
赤くなる顔を隠すように桜に埋もれたまま小さく呟くしかできなくて。
「こら杏寿郎!俺の飯が桜まみれになったではないか!?」
「槇寿朗さん。桜の塩漬けで炊いたご飯だと思えば、食べられないこともありませんよ」
「瑠火ぁ〜」
料理にまで桜の花弁が落ちてしまい槇寿朗さんに叱られていた。でも笑っているからもちろん本気では怒っていないし、瑠火さんは花弁をどけて通常運転。みんな笑顔だ。
その中で杏寿郎さんの笑顔が一際眩しく輝いていた。
だいすき。
早く杏寿郎さんにこの想いを余すところなく伝えられれば良いのに。
わがままに生きると決めた『今回』だけれど、せめて私が隊士になって気持ちに余裕が出来てからと思っているのよね。
じゃないとまた変な死亡フラグ的なものが立ってしまう。それはなんとしても避けたい。
けれども幸せな時はまた理不尽に奪われる。長くは続かず笑顔はかげっていく。
人間がその人生を奪われ、強制的に鬼にされるのと同じような理不尽さで。
瑠火さんが結核を罹患してしまったのだ。
あんなに気をつけていたのに。なのにまた駄目だった。
体調が安定していた。ふっくら健康的に肥えた。つまり体力も多少ついた。けれど病には勝てなかった。
栄養面など食事だけでは足りなかったのだ。
それしか私に協力できることがらほとんどなかったのだから仕方ないだろうけれど。
やはり体質改善。抵抗力が要だったのだろうか。
瑠火さんは先天的に体力も抵抗力も低い質なのかもしれない。
鬼殺隊士になれるほど!とはいかなくとも、一緒に運動したりして体力をつけて貰えばよかった。でももう遅い。
こんなの私のせいだ。私が結核にかからせたも同然だ。
瑠火さんが結核にかかりやすい状態なのは知っていたのに。
「母様……うっ、うっ……なんで……!なんで母様がこんな目に……っ」
瑠火さんが横になる布団の前、ぼろぼろと涙をこぼす私。
こんな泣き腫らしてみっともない姿、杏寿郎さんにはとてもじゃないけど見せられないなぁ。三人とも不在でよかった。
「朝緋、泣いてはなりませんよ。貴女のせいじゃない。気に病むことはないのです。
病気にかかるのは、神仏に定められた私の運命だったのですよ」
「定められた運命!?
神仏なんてこの世に存在しない!神や仏がいるなら試練を与えすぎです!鬼だってこの世にいなかったはずです!!」
父様にも杏寿郎兄さんにも千寿郎にも、そして私にもまだまだ母様が必要なのに。なのにまた。また、いなくなってしまうかもしれない。だってこの時代で結核は……。
「結核は不治の病なのです……!ペニシリン……いや、せめて抗生物質があればよかったのに!!」
「ペニシリン?抗生物質?朝緋、貴女何を言って……」
私の言葉は止まらない。居もしない見えもしない架空の神を呪うしかできない。
「何も悪いことしていない母様になんてこと!世の中病気にかかっても、死んでしまっても文句言えないような人間は他にもっといるじゃんか!!」
「朝緋っ!!」
そして他の人間をも呪う言葉を前に、とうとう瑠火さんの手のひらが風を切った。あまり痛くはない。けれど、私の口を閉じさせるには十分な衝撃が頬に与えられる。
横になっていたはずの瑠火さんの手を、私の頬を張るためなどにわずらわせてしまった。
「それ以上言ってはなりません。他の人が病気にかかるだとか死ぬなどと……」
「ご……ごめんなさい」
「大丈夫、こんなものただの風邪と変わりません。すぐに治しますから。不治の病だとしても、必ず全員が亡くなるわけではないでしょう?」
頬を押さえる私を抱き寄せ、頭を撫でてくれた瑠火さん。
けれどね。これまでのことがあったから、私の中には不安しかないの。撫でられると余計涙が溢れてしまいそうで。
「そう、ですね……」
やっとのことで返事した。
「ただ、またしばらく炊ぎのことなどは、朝緋や奉公の方に全てお任せすることになります。それが申し訳ないですね」
「そっ……!そんなの気にしないでっ!!
私、鍛錬の時間削っても平気なくらいもう強いし!学業だっていつも成績優秀で誰より賢いもの!お琴もお華も茶の湯だって完璧だよ!!」
「ふふ、自分で優秀だなんて言ってしまうのですね」
くすくす笑う瑠火さんには、再び布団で横になってもらう。
「母様はゆっくり休んで療養に努めてください。滋養があって食べやすい食事をこさえてきます。
そうだ、母様が気に入ってくださったカスタードプリンを作ります」
「ありがとう、朝緋。楽しみにしていますよ」
あちらを立てればこちらが立たず、とはよくいったもので。
気がつけば今度は槇寿朗さんがどんよりとした空気を背負うようになっていた。
瑠火さんの病気のせいかと思ったのに、理由はそれだけじゃなかった。
日の呼吸。始まりの呼吸。痣。
蔵の中に保管されていた、歴代炎柱のあの手記を読んでしまったのだ。
しまった。瑠火さんの病いにばかり着目しすぎて、槇寿朗さんが俯いてしまう直接の原因。あの記述を目に入れぬよう、遠ざけるよう気をつける時期を見誤った。
それに加え、自分自身の鍛錬もあったから余計だ。やることだらけで槇寿朗さんを止められなかった……。
けれど時間はすぎるもので。
槇寿朗さんがもやもやした気持ちを抱えていても、杏寿郎さんの日輪刀。その色変わりの儀が執り行われる日はやってくる。
「見てくれ!朝緋!!俺の日輪刀だぞ!!」
「おめでとうございます!とても綺麗な炎色でしたね!!」
『今回』も無事、杏寿郎さんの日輪刀が美しい炎色を見せた。ううん、『今までで』一番輝いて見えた。
杏寿郎さんの燃えるような心を模した、魅入られるように赫くて熱い、炎の刀だ。
早く私も自分だけのあの
『今回』は鋼鐵塚さんに他にもお願いをする用事があるし、早くその時が訪れないだろうか。
杏寿郎さんですら多少は恐怖を感じる藤襲山。隊士になるために必ず通る鬼の巣食う山。
その試練に挑む時を待ち遠しく感じるのは、初めてのことだった。