四周目 壱
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駆け出す、駆け出す。足がもつれそうになるけれど、転びそうになるけれど。それでも駆ける。同時に目からはぽろぽろと熱い雫がこぼれ落ちていって貴方の姿が霞むけれど、そんなの構いやしない。
そこに本物の貴方の姿があるのなら。
「杏寿郎さんっ!!」
「ッ!?」
消えないで、行かないで、そばにいて。貴方の姿をもう決して離さぬように、胸に飛び込み抱きつく。
ああ、この温かさ。この匂い。この心音。全部全部覚えてる。
懐かしい幼き日の杏寿郎さんのものだ。成長したものとは少し違うけれど、それでも私が求めてやまない大好きなぬくもり。
……あの時、あのまま時が進んでくれていたら。貴方が生きる未来が望めるなら。私は死んでもいいとそう思った。
なのに。
貴方が私の後を追って死を選ぶ。そんな未来は欲しくなかった。知りたくなかった……見たくなかった。
でも今は目の前に存在してくれている貴方を感じたい。
嬉しい。悲しい。感情がぐちゃぐちゃで涙止まらないよ……。
本当は泣かないって決めていたのになあ。だって、泣いてしまったら幼い私の体では嗚咽は止まらず、言いたいことも上手くまとまらず、碌に話ができなくなってしまうかもしれないから。
「な、なんだ一体!?君は誰だ!!」
抱きついてきた私の後頭部を見つめながらオロオロしている杏寿郎さん。
うん。そうだよね。杏寿郎さんからしたら私は知らない女の子。いきなり抱きつかれたらびっくりするよね。
けれど杏寿郎さんは幼くても紳士だ。見ず知らずの女の子にも優しいのか、無理に引き剥がしたりはせずにいてくれた。
「あー、杏寿郎が女に抱きつかれてるー!!」
「お熱いねぇ!」
登下校を共にするご学友がからかってきていても、だ。
「むっ!お前ら……っ!」
「げ!杏寿郎が怒った!ぎょろぎょろ目玉に食われるぞ!逃げろ!!」
「ひぃー!!」
私からは見えないけれど、多分杏寿郎さんが相手をギロッと睨んだんだと思う。蜘蛛の子を散らすように男の子達が逃げていく足音が聞こえた。
未来の炎柱の睨みは凄みがあるからなぁ……。
でも杏寿郎さんの目を怖いと言った人間の一人が今ここに居たのね。面構えを確認しておけばよかった。
「まったく、相変わらず失礼な奴らだ!人を小馬鹿にしおってからに……。
君!いきなり人に抱きついたりして危ないではないか!俺でなかったら怪我をしていたかもしれないぞ!!」
上から声が降ってきた。ご学友を怒る時とは違う、叱るようなその声。
そして強制的に顔を上げさせられる。くりくりした太陽のような瞳が、心配そうに覗き込んできた。
「当たりどころが悪ければ君だって怪我をしていたかもしれ……、泣いている!?どこかぶつけたか!痛むのか!?
とりあえずうちに行こう!この塀向こうはすべてうちだ!!」
私の涙を見てあわてる彼。杏寿郎さんに見られる前に止めたかったのに、やはり涙は止まってくれない。むしろ杏寿郎さんの御姿をこの目に入れたことが涙腺を決壊させた。
あとからあとからぽろぽろこぼれ落ちる。
「どこも、痛くないよ……!この向こう、煉獄家なの……知って、ますぅ……っ!」
「知っている!?どういうことだ!?」
「わた、私……今日っ、……からっ!あな、貴方のっ!妹になります朝緋です……っ」
「なるほど妹か!そうかよろしく!俺は煉獄杏寿郎だ!!……んんっ?妹!?」
「ぐすっ……はい」
言葉を詰まらせながらもようやく言えた自己紹介。杏寿郎さんは律儀に返答しながら私の姿をまじまじと上から下まで眺めた。
「妹……君が?
いや、いい。とりあえず失礼する!!」
「きゃあ!」
杏寿郎さんが私の体を姫抱きにする。ふわりと浮く感覚。伝わる熱。
あの時、私を抱いてくれた貴方を思い出す。
懐かしくもあり、恥ずかしくもあり、悲しくもあり。どんな感情の顔をしていいかわからない。
顔を両手で覆っていれば、揺れもせずに運ばれ、気がついた時には煉獄家の縁側だった。
「父上!母上!ただいま帰りました!!この泣いている女子が妹というのは真でしょうか!!」
私達を待っていたのだろうか。槇寿朗さんと瑠火さんが佇む縁側にちょこんと座るよう降ろされた瞬間、杏寿郎さんから大声が飛んできた。相変わらず大きい声だけど、これこれ。この声量が落ち着くんだよね。
「おかえりなさい杏寿郎。そうですよ、妹の朝緋です。ですがなぜ泣いているのですか?」
「よもや杏寿郎、お前が泣かせたのではなかろうな」
ギロリ、鋭い視線が杏寿郎さんを射抜く。ご自分のせいではないのにその視線が泳いだ。わかる、槇寿朗さんの睨み怖いもんね。
「父様母様ちがうの。ちょっと感極まって泣いちゃっただけで……ごめんなさい」
「そうだったのですね。理由は後で聞きますがとりあえず……」
「ああ。杏寿郎、お前はまず玄関から入れ!行儀が悪い!それと、井戸で手を洗ってくるなら朝緋の手足も洗ってやれ」
「はいっ!申し訳ありませんでした!!洗ってきます!!」
言われて初めて気がつく。私ったら寝巻きのままだし裸足だった。なんと見窄らしい格好だろう。ずっと寝ていたなら体臭も気になる。髪の毛もきっとぐちゃぐちゃで。……恥ずかしい。
煉獄家にふさわしくない身なりだと思われたに決まっている。杏寿郎さんに嫌われたら生きていけないというのに……。
再び杏寿郎さんの手によって抱き上げられ、井戸に移動させられた。
汲み上げの手押しポンプをキコキコと何度も上げ下げしながら、杏寿郎さんが声をかけてきた。
「朝緋……でいいか?」
「はい、杏寿郎兄さん」
「兄さんか!弟はまだ小さくて呼ばれていなくてな!悪くない響きだ!!」
井戸水の冷たい音に混じり流れる、兄さんという響き。口の中で嬉しそうに言葉を噛み締め笑う貴方。
幾度となく繰り返した懐かしいやりとり。
「水を出したぞ、さあ手と足を出して」
「じ、自分で出来ます……!」
洗ってくれようとするのは嬉しいけれど、いきなり着物の裾を捲るのはどうかと思うよ。
手足の他に顔も良く洗いさっぱりしたところで、杏寿郎さんに手を引かれ玄関から屋敷の中へ入る。
私が眠っていた一室に、槇寿朗さんと瑠火さんが肩を並べて待っていた。同じく座るように指示され腰を落とす。
「うむ、既に仲も良いようで何よりだ。
今日からお前は兄だぞ、杏寿郎!」
「そして朝緋は女の子です。杏寿郎がしっかり守ってあげなくてはいけません。それをわかっていますか?」
「もちろんです!朝緋!何かあったらすぐに俺を頼ってくれ!!全身全霊をかけて君を守る!!」
「ありがとうございます、杏寿郎兄さん」
でも私、守られるほど弱くは……ううん。私は弱い。今はもちろんのこと成長したところで弱い。こんな私が階級甲だっただなんて笑わせる。
だって、猗窩座の腕を防ぐことすら出来ずに受け、呆気なく死んでしまったではないか。
……だからこそ、これから強くなるため必死に頑張るけれど。でも兄だからと、女の子だからと好きな人に守ってもらうのもまた理想の形。そうすればきっと、ずっとずっと一緒にいられる……。
強さを求めつつ、私は貴方をも求めたい。早く好きと言いたい。
だって今の私はわがままだから。
「ところで母上!
たしかに朝緋の髪色はところどころ俺と同じですし、かんばせは母上にも似ています!ですが、母上はいつ妹を産んだのですか!」
「「ブホッ」」
槇寿朗さんと一緒になって吹き出してしまった。槇寿朗さんに抱かれている千寿郎が、頭に疑問符を浮かべている。
「えーと……杏寿郎、やや子はすぐに生まれてはきませんよ」
伊之助がまだらと呼ぶ、黒に黄と朱のメッシュの浮かぶこの髪の毛。そして杏寿郎さんが言った通り瑠火さんと似た目元。
そこだけ見ると血の繋がりを濃く感じるよね。でも私達、直接の血の繋がりはないんだ。
繋がっていたら恋仲になんてならなかったろう。そういう意味では良かったと言える。
「杏寿郎はまだ会っていなかったが数日前に保護して俺達が看病を続けていた子がいたろう?この子がそうだ」
……起き上がるまでは会わせなかったのか。なるほど、だから杏寿郎さんが私のことを知らなかったんだね。
「看病!!!朝緋、君は体調が悪かったのか!?なのにあのような格好で道にいたと!!今はどうだ!大丈夫なのか!?」
「い、今は大丈夫、です……」
この勢いには慣れているけれど、相変わらずぐいぐい来るなぁ。
「そうだ、朝緋。なぜそのような時にそこまでして杏寿郎に会いたかったんだ?
体調が良くなっていようが裸足で飛び出していくなど、そんな柔らかい足裏では怪我をするだろう」
「怪我はしてないので大丈夫です」
幼い足だとどうしてもね。足裏もそんなに分厚くなっていないし、鍛えてもいなくてふくふく柔らかいからね。
でも近代社会の地面と違って、この時代はガラス片が落っこちてるわけでもないし、殆どが舗装すらされていない土の道。痛いのなんて石ころくらいだ。
「怪我しなかったとしても朝緋は女子だ。
ある程度お転婆なのは構わないが、裸足や寝巻きのまま飛び出したりなどあってはならない。もう少し煉獄家の者として恥じない振る舞いをするように」
「ごめんなさい……気をつけます」
そうだ、煉獄家は歴史ある武家。杏寿郎さんに嫌われる以前の問題で、世間体を顧みなくちゃいけなかった。
「ですがそうせざるを得ないほどの理由があったのでしょう?朝緋は起き上がってすぐ、誰かを。いえ、杏寿郎を探していましたね」
確かに私は杏寿郎さんを求めていた。だけれどそれを『今の』記憶がない瑠火さんに知られるわけにいかない。内緒。
そして今後も何も知らないままでいい。瑠火さんが全てを知るイコール瑠火さんが死んでしまうことになるからだ。病になんか負けてほしくない。救いたい!
嘘をついて申し訳ないけれど、これを誤魔化すには……。
「私には双子の兄がいたんです。兄は私にとって大きな存在で。新しく出来た兄という大事な存在に早く会いたくて……それでつい飛び出しちゃいました」
舌を出して片目を瞑り、幼いから許されるかわいさで誤魔化した。でも正直、かなり苦しい言い訳だと思う。
けれど幼女パワーは破壊力が抜群で。特に男親である槇寿朗さんは騙されてくれた。瑠火さんは……どうだろう、聡いからなあ。
でも早く会いたかったという私の言葉に、杏寿郎さんが嬉しそうにしてくださった。それだけで十分。
そこに本物の貴方の姿があるのなら。
「杏寿郎さんっ!!」
「ッ!?」
消えないで、行かないで、そばにいて。貴方の姿をもう決して離さぬように、胸に飛び込み抱きつく。
ああ、この温かさ。この匂い。この心音。全部全部覚えてる。
懐かしい幼き日の杏寿郎さんのものだ。成長したものとは少し違うけれど、それでも私が求めてやまない大好きなぬくもり。
……あの時、あのまま時が進んでくれていたら。貴方が生きる未来が望めるなら。私は死んでもいいとそう思った。
なのに。
貴方が私の後を追って死を選ぶ。そんな未来は欲しくなかった。知りたくなかった……見たくなかった。
でも今は目の前に存在してくれている貴方を感じたい。
嬉しい。悲しい。感情がぐちゃぐちゃで涙止まらないよ……。
本当は泣かないって決めていたのになあ。だって、泣いてしまったら幼い私の体では嗚咽は止まらず、言いたいことも上手くまとまらず、碌に話ができなくなってしまうかもしれないから。
「な、なんだ一体!?君は誰だ!!」
抱きついてきた私の後頭部を見つめながらオロオロしている杏寿郎さん。
うん。そうだよね。杏寿郎さんからしたら私は知らない女の子。いきなり抱きつかれたらびっくりするよね。
けれど杏寿郎さんは幼くても紳士だ。見ず知らずの女の子にも優しいのか、無理に引き剥がしたりはせずにいてくれた。
「あー、杏寿郎が女に抱きつかれてるー!!」
「お熱いねぇ!」
登下校を共にするご学友がからかってきていても、だ。
「むっ!お前ら……っ!」
「げ!杏寿郎が怒った!ぎょろぎょろ目玉に食われるぞ!逃げろ!!」
「ひぃー!!」
私からは見えないけれど、多分杏寿郎さんが相手をギロッと睨んだんだと思う。蜘蛛の子を散らすように男の子達が逃げていく足音が聞こえた。
未来の炎柱の睨みは凄みがあるからなぁ……。
でも杏寿郎さんの目を怖いと言った人間の一人が今ここに居たのね。面構えを確認しておけばよかった。
「まったく、相変わらず失礼な奴らだ!人を小馬鹿にしおってからに……。
君!いきなり人に抱きついたりして危ないではないか!俺でなかったら怪我をしていたかもしれないぞ!!」
上から声が降ってきた。ご学友を怒る時とは違う、叱るようなその声。
そして強制的に顔を上げさせられる。くりくりした太陽のような瞳が、心配そうに覗き込んできた。
「当たりどころが悪ければ君だって怪我をしていたかもしれ……、泣いている!?どこかぶつけたか!痛むのか!?
とりあえずうちに行こう!この塀向こうはすべてうちだ!!」
私の涙を見てあわてる彼。杏寿郎さんに見られる前に止めたかったのに、やはり涙は止まってくれない。むしろ杏寿郎さんの御姿をこの目に入れたことが涙腺を決壊させた。
あとからあとからぽろぽろこぼれ落ちる。
「どこも、痛くないよ……!この向こう、煉獄家なの……知って、ますぅ……っ!」
「知っている!?どういうことだ!?」
「わた、私……今日っ、……からっ!あな、貴方のっ!妹になります朝緋です……っ」
「なるほど妹か!そうかよろしく!俺は煉獄杏寿郎だ!!……んんっ?妹!?」
「ぐすっ……はい」
言葉を詰まらせながらもようやく言えた自己紹介。杏寿郎さんは律儀に返答しながら私の姿をまじまじと上から下まで眺めた。
「妹……君が?
いや、いい。とりあえず失礼する!!」
「きゃあ!」
杏寿郎さんが私の体を姫抱きにする。ふわりと浮く感覚。伝わる熱。
あの時、私を抱いてくれた貴方を思い出す。
懐かしくもあり、恥ずかしくもあり、悲しくもあり。どんな感情の顔をしていいかわからない。
顔を両手で覆っていれば、揺れもせずに運ばれ、気がついた時には煉獄家の縁側だった。
「父上!母上!ただいま帰りました!!この泣いている女子が妹というのは真でしょうか!!」
私達を待っていたのだろうか。槇寿朗さんと瑠火さんが佇む縁側にちょこんと座るよう降ろされた瞬間、杏寿郎さんから大声が飛んできた。相変わらず大きい声だけど、これこれ。この声量が落ち着くんだよね。
「おかえりなさい杏寿郎。そうですよ、妹の朝緋です。ですがなぜ泣いているのですか?」
「よもや杏寿郎、お前が泣かせたのではなかろうな」
ギロリ、鋭い視線が杏寿郎さんを射抜く。ご自分のせいではないのにその視線が泳いだ。わかる、槇寿朗さんの睨み怖いもんね。
「父様母様ちがうの。ちょっと感極まって泣いちゃっただけで……ごめんなさい」
「そうだったのですね。理由は後で聞きますがとりあえず……」
「ああ。杏寿郎、お前はまず玄関から入れ!行儀が悪い!それと、井戸で手を洗ってくるなら朝緋の手足も洗ってやれ」
「はいっ!申し訳ありませんでした!!洗ってきます!!」
言われて初めて気がつく。私ったら寝巻きのままだし裸足だった。なんと見窄らしい格好だろう。ずっと寝ていたなら体臭も気になる。髪の毛もきっとぐちゃぐちゃで。……恥ずかしい。
煉獄家にふさわしくない身なりだと思われたに決まっている。杏寿郎さんに嫌われたら生きていけないというのに……。
再び杏寿郎さんの手によって抱き上げられ、井戸に移動させられた。
汲み上げの手押しポンプをキコキコと何度も上げ下げしながら、杏寿郎さんが声をかけてきた。
「朝緋……でいいか?」
「はい、杏寿郎兄さん」
「兄さんか!弟はまだ小さくて呼ばれていなくてな!悪くない響きだ!!」
井戸水の冷たい音に混じり流れる、兄さんという響き。口の中で嬉しそうに言葉を噛み締め笑う貴方。
幾度となく繰り返した懐かしいやりとり。
「水を出したぞ、さあ手と足を出して」
「じ、自分で出来ます……!」
洗ってくれようとするのは嬉しいけれど、いきなり着物の裾を捲るのはどうかと思うよ。
手足の他に顔も良く洗いさっぱりしたところで、杏寿郎さんに手を引かれ玄関から屋敷の中へ入る。
私が眠っていた一室に、槇寿朗さんと瑠火さんが肩を並べて待っていた。同じく座るように指示され腰を落とす。
「うむ、既に仲も良いようで何よりだ。
今日からお前は兄だぞ、杏寿郎!」
「そして朝緋は女の子です。杏寿郎がしっかり守ってあげなくてはいけません。それをわかっていますか?」
「もちろんです!朝緋!何かあったらすぐに俺を頼ってくれ!!全身全霊をかけて君を守る!!」
「ありがとうございます、杏寿郎兄さん」
でも私、守られるほど弱くは……ううん。私は弱い。今はもちろんのこと成長したところで弱い。こんな私が階級甲だっただなんて笑わせる。
だって、猗窩座の腕を防ぐことすら出来ずに受け、呆気なく死んでしまったではないか。
……だからこそ、これから強くなるため必死に頑張るけれど。でも兄だからと、女の子だからと好きな人に守ってもらうのもまた理想の形。そうすればきっと、ずっとずっと一緒にいられる……。
強さを求めつつ、私は貴方をも求めたい。早く好きと言いたい。
だって今の私はわがままだから。
「ところで母上!
たしかに朝緋の髪色はところどころ俺と同じですし、かんばせは母上にも似ています!ですが、母上はいつ妹を産んだのですか!」
「「ブホッ」」
槇寿朗さんと一緒になって吹き出してしまった。槇寿朗さんに抱かれている千寿郎が、頭に疑問符を浮かべている。
「えーと……杏寿郎、やや子はすぐに生まれてはきませんよ」
伊之助がまだらと呼ぶ、黒に黄と朱のメッシュの浮かぶこの髪の毛。そして杏寿郎さんが言った通り瑠火さんと似た目元。
そこだけ見ると血の繋がりを濃く感じるよね。でも私達、直接の血の繋がりはないんだ。
繋がっていたら恋仲になんてならなかったろう。そういう意味では良かったと言える。
「杏寿郎はまだ会っていなかったが数日前に保護して俺達が看病を続けていた子がいたろう?この子がそうだ」
……起き上がるまでは会わせなかったのか。なるほど、だから杏寿郎さんが私のことを知らなかったんだね。
「看病!!!朝緋、君は体調が悪かったのか!?なのにあのような格好で道にいたと!!今はどうだ!大丈夫なのか!?」
「い、今は大丈夫、です……」
この勢いには慣れているけれど、相変わらずぐいぐい来るなぁ。
「そうだ、朝緋。なぜそのような時にそこまでして杏寿郎に会いたかったんだ?
体調が良くなっていようが裸足で飛び出していくなど、そんな柔らかい足裏では怪我をするだろう」
「怪我はしてないので大丈夫です」
幼い足だとどうしてもね。足裏もそんなに分厚くなっていないし、鍛えてもいなくてふくふく柔らかいからね。
でも近代社会の地面と違って、この時代はガラス片が落っこちてるわけでもないし、殆どが舗装すらされていない土の道。痛いのなんて石ころくらいだ。
「怪我しなかったとしても朝緋は女子だ。
ある程度お転婆なのは構わないが、裸足や寝巻きのまま飛び出したりなどあってはならない。もう少し煉獄家の者として恥じない振る舞いをするように」
「ごめんなさい……気をつけます」
そうだ、煉獄家は歴史ある武家。杏寿郎さんに嫌われる以前の問題で、世間体を顧みなくちゃいけなかった。
「ですがそうせざるを得ないほどの理由があったのでしょう?朝緋は起き上がってすぐ、誰かを。いえ、杏寿郎を探していましたね」
確かに私は杏寿郎さんを求めていた。だけれどそれを『今の』記憶がない瑠火さんに知られるわけにいかない。内緒。
そして今後も何も知らないままでいい。瑠火さんが全てを知るイコール瑠火さんが死んでしまうことになるからだ。病になんか負けてほしくない。救いたい!
嘘をついて申し訳ないけれど、これを誤魔化すには……。
「私には双子の兄がいたんです。兄は私にとって大きな存在で。新しく出来た兄という大事な存在に早く会いたくて……それでつい飛び出しちゃいました」
舌を出して片目を瞑り、幼いから許されるかわいさで誤魔化した。でも正直、かなり苦しい言い訳だと思う。
けれど幼女パワーは破壊力が抜群で。特に男親である槇寿朗さんは騙されてくれた。瑠火さんは……どうだろう、聡いからなあ。
でも早く会いたかったという私の言葉に、杏寿郎さんが嬉しそうにしてくださった。それだけで十分。