三周目 漆
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「朝緋、朝緋……」
鈴を転がすような綺麗な声が私を呼んでる。あーいい声〜。聴きながらずっと寝てたい。
「朝緋!起きなさい!!」
痛くはなかったけれど、頭を叩かれた衝撃で起きた。目の前にあったのは幼少期を最期に会えなくなった瑠火さんの顔だった。
「うわっ!?瑠火さ、いや母様!?
えっ何どういうこと?また幼少期に戻った……?
あ、違う。隊服って、ひぃ!お腹におっきな穴空いてる!!でも痛くない……。もしかして私幽霊?こわっ!」
「落ち着きなさい朝緋」
「瑠火さんもつまり幽霊……!
ひいい私幽霊駄目なんですそれがたとえ瑠火さんでも自分でも!だって鬼と違って幽霊って触れなくて何もできな「朝緋!!」はひっ!!」
ピシャリと呼び止められて、裏返った声で返事した。
「落ち着きましたか?」
「ハイ……すみません。瑠火さ、母様」
久しぶりすぎて、ついつい母様と呼んでいたのを忘れてしまう!けれど、瑠火さんはそれを許してくれた。
「瑠火さんでいいですよ。今まで心の中ではそう呼んでいたのでしょう?自分のことを家族だとは認めていない心の表れのように見えて、少し寂しいですが」
「そうですね…。結局私は煉獄家にとって異物でしかありませんから」
「貴女を娘だと思って過ごしてきたのに母は悲しいです!」
「う、ごめんなさい」
と思ったらぷんすこと怒られた。瑠火さん、結構お茶目でかわいい。しっかりした母親というイメージがあったけれど、実際はきっとこういうかわいらしい女性だったのだろう。
槇寿朗さんが愛するわけだ。
「ところで何で瑠火さんがここに?ここはどこなんですか?随分と真っ白で眩しい場所ですけど」
「天上とは違いますが死後の世界です。
ずっと貴女達を見てきましたが、『今回は』貴女が死んでしまったことで初めてこうして会話できる機会を得られました。私は貴女と話をしたくて来たのですよ」
あ、そういえば私死んだんだった。猗窩座の腕にお腹貫かれて。空いた腹の穴がその証拠だ。思い出したらなんだか痛くなってきた気がする!やめよ。
「ん?『今回は』?」
含みあるその言葉に違和感を覚える。
「私は自分が死して初めて、貴女が小さき頃からやり直していると知ることができました。そして、その次に死んだ時にまたその事実を思い出せるのです。
朝緋は幼少期からを何度も繰り返しているのでしょう?何も知らなくてごめんなさい」
「そっか……瑠火さんは何度か見ていたんですね。天上から見守っていてくれていたんですね……嬉しいと思いこそしても、謝られることなんて何も……」
「また幼少期に戻ってしまうのなら私の記憶も消えます。生きている時はこのことを思い出すことはできません。
謝る代わりに感謝を。朝緋、杏寿郎を救おうとしてくれてありがとう」
瑠火さんの心からの美しい笑みが向けられる。でも私は感謝されるような価値なんてない。
「っ……!私は杏寿郎さんを全然救えていません。今までだってもっといい方法があったはずなのに!
それに今回なんて私が死んで、杏寿郎さん泣いてた……泣かせるつもりはなかったのに……。生きててほしいとは思ったけれど、傷つけるつもりはなかった」
「いいえ、立派にできてましたよ。自分のしてきたことに自信と誇りを持ちなさい。
私にとって貴女はかけがえのない大切な娘。こんなに立派になって、母は嬉しいです。貴女は私の誇りです」
そういって抱きしめられた。その抱擁はお互い死んでいるのが不思議なくらい、温かくて。とても安心できる母の温もりに溢れていた。
「でも、私はそんな誇りに思ってもらえるような子じゃない。まだまだできてない娘ですよ……?」
「まだ言いますか。私だって母としてできていなかった部分がたくさんありました。いつだって手探りで。こうした方がよかったのでは?間違っていたのでは?と思うことも多々ありました。私だってまちがえるのです。
杏寿郎に訂正すべきことだってありました」
「訂正?」
腕の中、もぞりと顔を上げて続きを促す。
「ええ。生きている時の私はついぞ杏寿郎に言えなかった言葉です。
弱き人を助く責務は全うしてほしい。けれどそれは自分の命を投げ打ってでも果たすべき使命だとは思いません。自分の命も大事にしてほしい。そう、私はあの時伝えられなかった。死ぬ前に言わなくてはと思っていたのにです。
だから私の言葉はあの子が燃え続けるための一種の呪いとなってしまった」
それは私も考えたこと、言ったことだ。
でも呪いではないのだ。それは杏寿郎さんが心を燃やすための魔法の言葉。呪いは『のろい』になることもあるけれど、『まじない』にも変わる。
「呪いだなんて、そんな……。貴女の言葉があったからこそ、杏寿郎さんの心はいつだって燃えていますよ」
「でも今は、燃えていません。
朝緋、貴女という燃料がなくなってしまった今、杏寿郎の火は消えかかっています。
杏寿郎が貴女を追って、死を選ぼうとしている」
そんなの初耳だ。耳を疑う。
「杏寿郎さんが、死……そんな……っ!?
だって、せっかく死なずに、助かったのに……なんで、なんでよ杏寿郎さん!!
止めなくちゃ!瑠火さん!なんとかできないのですか!?」
「私達には何も出来ません。だからこそ、貴女の兄君が貴女を再び過去に戻そうとしていますよ」
「明槻が?あの血鬼術を使って再び過去に……!?
「光の向こうから、貴女の時を戻そうと、叫ぶ声がしますでしょう?貴女達は双子。その声を、感情を多少なりとも感じ取れるはずです」
向こうに意識を集中してみても、動揺していた私にはよくわからなかった。
そんな顔を、瑠火さんの方へと向かされる。
真っ直ぐみてくる目は、杏寿郎さん達とは少し違う美しい赤い炎の色。
「朝緋。一度始めたのならば、貴女は決して諦めないのでしょう。煉獄家の女なら当然です。貴女ならきっとやり遂げられる」
「瑠火さん……」
「そしてもし、もしやり遂げた先に杏寿郎に伝えられるなら貴女の口から伝えて欲しいことがあります」
「それは……?」
いつだって立派にできています。と。貴女の言葉でいい。一言そう伝えてください。
それから、杏寿郎も貴女も……千寿郎も槇寿朗さんも、どうか体を、命を大切にしてください。
特に槇寿朗さんにはしゃんとなさい!とも伝えてください。いつまでもお酒に頼るのはなしです」
「しゃんとするよう、父様には伝えているんですけどもね……」
でも相手が瑠火さんじゃないから上手くはいかない。いつも悩むところだ。
「あれでは足りません。
あの人は私の味に弱いです。納屋にある私の嫁入り道具の中に、料理の仕方が書かれた帳簿がありますよ。きっと役に立ちます」
「あはは、胃袋から理解させるんですね!」
「そういうことです。大変でしょうが、よろしく頼みましたよ」
「槇寿朗さんを立ち直らせるのが一番大変な任務、ですね」
それにしても胃袋かぁ。どの時代もまずは胃袋の鷲掴みが功を成すのね。
でもそれは私でなく、瑠火さんが作るべきだと思う。
「私は瑠火さんのことも救いたいです。結核になんて貴女を連れて行かせたくない。五人揃っての煉獄家でいたい」
「私のことはあまり気負わないでください。
病気で亡くなることは、鬼による死とは違い自然の摂理です」
「そうはいきませんよ。結局ね、瑠火さんじゃないと槇寿朗さんを立ち直らせるのは難しい。貴女じゃなきゃ駄目なんですよ。
そのためにも瑠火さんにも生きていてもらいますよ!おばあちゃんになるまでうーんと長生きしてもらうんだから!!」
「ふふ、ありがとう朝緋」
どこからか風が吹いた。この真っ白な世界には似合わぬ、私をどこかに連れて行くような風。
血鬼術の風としか思えないそれを体で受ける中、瑠火さんにそっと頭を撫でられる。
「さて、頼みましたよ、朝緋。私の可愛い娘。自分の進むべき道で、しっかりやり遂げなさい」
「はい。ありがとうございます。私が目指すのは、誰もが幸せに笑っていられる優しい未来です。やり遂げてみせますね、母様」
真っ白だった世界が、さらに眩しく、白い光で塗りつぶされ、私は強い風に煽られた。
鈴を転がすような綺麗な声が私を呼んでる。あーいい声〜。聴きながらずっと寝てたい。
「朝緋!起きなさい!!」
痛くはなかったけれど、頭を叩かれた衝撃で起きた。目の前にあったのは幼少期を最期に会えなくなった瑠火さんの顔だった。
「うわっ!?瑠火さ、いや母様!?
えっ何どういうこと?また幼少期に戻った……?
あ、違う。隊服って、ひぃ!お腹におっきな穴空いてる!!でも痛くない……。もしかして私幽霊?こわっ!」
「落ち着きなさい朝緋」
「瑠火さんもつまり幽霊……!
ひいい私幽霊駄目なんですそれがたとえ瑠火さんでも自分でも!だって鬼と違って幽霊って触れなくて何もできな「朝緋!!」はひっ!!」
ピシャリと呼び止められて、裏返った声で返事した。
「落ち着きましたか?」
「ハイ……すみません。瑠火さ、母様」
久しぶりすぎて、ついつい母様と呼んでいたのを忘れてしまう!けれど、瑠火さんはそれを許してくれた。
「瑠火さんでいいですよ。今まで心の中ではそう呼んでいたのでしょう?自分のことを家族だとは認めていない心の表れのように見えて、少し寂しいですが」
「そうですね…。結局私は煉獄家にとって異物でしかありませんから」
「貴女を娘だと思って過ごしてきたのに母は悲しいです!」
「う、ごめんなさい」
と思ったらぷんすこと怒られた。瑠火さん、結構お茶目でかわいい。しっかりした母親というイメージがあったけれど、実際はきっとこういうかわいらしい女性だったのだろう。
槇寿朗さんが愛するわけだ。
「ところで何で瑠火さんがここに?ここはどこなんですか?随分と真っ白で眩しい場所ですけど」
「天上とは違いますが死後の世界です。
ずっと貴女達を見てきましたが、『今回は』貴女が死んでしまったことで初めてこうして会話できる機会を得られました。私は貴女と話をしたくて来たのですよ」
あ、そういえば私死んだんだった。猗窩座の腕にお腹貫かれて。空いた腹の穴がその証拠だ。思い出したらなんだか痛くなってきた気がする!やめよ。
「ん?『今回は』?」
含みあるその言葉に違和感を覚える。
「私は自分が死して初めて、貴女が小さき頃からやり直していると知ることができました。そして、その次に死んだ時にまたその事実を思い出せるのです。
朝緋は幼少期からを何度も繰り返しているのでしょう?何も知らなくてごめんなさい」
「そっか……瑠火さんは何度か見ていたんですね。天上から見守っていてくれていたんですね……嬉しいと思いこそしても、謝られることなんて何も……」
「また幼少期に戻ってしまうのなら私の記憶も消えます。生きている時はこのことを思い出すことはできません。
謝る代わりに感謝を。朝緋、杏寿郎を救おうとしてくれてありがとう」
瑠火さんの心からの美しい笑みが向けられる。でも私は感謝されるような価値なんてない。
「っ……!私は杏寿郎さんを全然救えていません。今までだってもっといい方法があったはずなのに!
それに今回なんて私が死んで、杏寿郎さん泣いてた……泣かせるつもりはなかったのに……。生きててほしいとは思ったけれど、傷つけるつもりはなかった」
「いいえ、立派にできてましたよ。自分のしてきたことに自信と誇りを持ちなさい。
私にとって貴女はかけがえのない大切な娘。こんなに立派になって、母は嬉しいです。貴女は私の誇りです」
そういって抱きしめられた。その抱擁はお互い死んでいるのが不思議なくらい、温かくて。とても安心できる母の温もりに溢れていた。
「でも、私はそんな誇りに思ってもらえるような子じゃない。まだまだできてない娘ですよ……?」
「まだ言いますか。私だって母としてできていなかった部分がたくさんありました。いつだって手探りで。こうした方がよかったのでは?間違っていたのでは?と思うことも多々ありました。私だってまちがえるのです。
杏寿郎に訂正すべきことだってありました」
「訂正?」
腕の中、もぞりと顔を上げて続きを促す。
「ええ。生きている時の私はついぞ杏寿郎に言えなかった言葉です。
弱き人を助く責務は全うしてほしい。けれどそれは自分の命を投げ打ってでも果たすべき使命だとは思いません。自分の命も大事にしてほしい。そう、私はあの時伝えられなかった。死ぬ前に言わなくてはと思っていたのにです。
だから私の言葉はあの子が燃え続けるための一種の呪いとなってしまった」
それは私も考えたこと、言ったことだ。
でも呪いではないのだ。それは杏寿郎さんが心を燃やすための魔法の言葉。呪いは『のろい』になることもあるけれど、『まじない』にも変わる。
「呪いだなんて、そんな……。貴女の言葉があったからこそ、杏寿郎さんの心はいつだって燃えていますよ」
「でも今は、燃えていません。
朝緋、貴女という燃料がなくなってしまった今、杏寿郎の火は消えかかっています。
杏寿郎が貴女を追って、死を選ぼうとしている」
そんなの初耳だ。耳を疑う。
「杏寿郎さんが、死……そんな……っ!?
だって、せっかく死なずに、助かったのに……なんで、なんでよ杏寿郎さん!!
止めなくちゃ!瑠火さん!なんとかできないのですか!?」
「私達には何も出来ません。だからこそ、貴女の兄君が貴女を再び過去に戻そうとしていますよ」
「明槻が?あの血鬼術を使って再び過去に……!?
「光の向こうから、貴女の時を戻そうと、叫ぶ声がしますでしょう?貴女達は双子。その声を、感情を多少なりとも感じ取れるはずです」
向こうに意識を集中してみても、動揺していた私にはよくわからなかった。
そんな顔を、瑠火さんの方へと向かされる。
真っ直ぐみてくる目は、杏寿郎さん達とは少し違う美しい赤い炎の色。
「朝緋。一度始めたのならば、貴女は決して諦めないのでしょう。煉獄家の女なら当然です。貴女ならきっとやり遂げられる」
「瑠火さん……」
「そしてもし、もしやり遂げた先に杏寿郎に伝えられるなら貴女の口から伝えて欲しいことがあります」
「それは……?」
いつだって立派にできています。と。貴女の言葉でいい。一言そう伝えてください。
それから、杏寿郎も貴女も……千寿郎も槇寿朗さんも、どうか体を、命を大切にしてください。
特に槇寿朗さんにはしゃんとなさい!とも伝えてください。いつまでもお酒に頼るのはなしです」
「しゃんとするよう、父様には伝えているんですけどもね……」
でも相手が瑠火さんじゃないから上手くはいかない。いつも悩むところだ。
「あれでは足りません。
あの人は私の味に弱いです。納屋にある私の嫁入り道具の中に、料理の仕方が書かれた帳簿がありますよ。きっと役に立ちます」
「あはは、胃袋から理解させるんですね!」
「そういうことです。大変でしょうが、よろしく頼みましたよ」
「槇寿朗さんを立ち直らせるのが一番大変な任務、ですね」
それにしても胃袋かぁ。どの時代もまずは胃袋の鷲掴みが功を成すのね。
でもそれは私でなく、瑠火さんが作るべきだと思う。
「私は瑠火さんのことも救いたいです。結核になんて貴女を連れて行かせたくない。五人揃っての煉獄家でいたい」
「私のことはあまり気負わないでください。
病気で亡くなることは、鬼による死とは違い自然の摂理です」
「そうはいきませんよ。結局ね、瑠火さんじゃないと槇寿朗さんを立ち直らせるのは難しい。貴女じゃなきゃ駄目なんですよ。
そのためにも瑠火さんにも生きていてもらいますよ!おばあちゃんになるまでうーんと長生きしてもらうんだから!!」
「ふふ、ありがとう朝緋」
どこからか風が吹いた。この真っ白な世界には似合わぬ、私をどこかに連れて行くような風。
血鬼術の風としか思えないそれを体で受ける中、瑠火さんにそっと頭を撫でられる。
「さて、頼みましたよ、朝緋。私の可愛い娘。自分の進むべき道で、しっかりやり遂げなさい」
「はい。ありがとうございます。私が目指すのは、誰もが幸せに笑っていられる優しい未来です。やり遂げてみせますね、母様」
真っ白だった世界が、さらに眩しく、白い光で塗りつぶされ、私は強い風に煽られた。