二周目 壱
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次に目が覚めて頭上にあったのは藤の花ではなく見知った向日葵だった。いや、向日葵のような色なだけで、花ではない。
その上に広がるのも暗い星空ではなく、天井の木目だ。
「起きたか」
「きょ、……?」
向日葵に見えたのは、煉獄家の男子の髪色。
杏寿郎さんだ!!杏寿郎さん!杏寿郎さん!!生きてる……!
涙腺が熱を持ち、決壊しそうになってから気が付いた。
違う、杏寿郎さんじゃない。
槇寿朗さんだ。
あの無精髭が生えていないから杏寿郎さんかと勘違いした。快活そうな顔は一緒だけど、纏う空気も杏寿郎さんにしてはほんのちょっぴりだけアダルティかもしれない。それに髪の長さは杏寿郎さんの方が長かった。杏寿郎さんのセミロングはかっこいい。大好き。
隣に座る瑠火さんとは、杏寿郎さんは似てないと思われがちだけど凛々しくいる時の姿は、そっくりだったりする。大好き。
って、あらやだ。アダルティやセミロングだなんて、前世を思い出しちゃったおかげで横文字ワードが頭の中にぽんぽん湧いて出る。
なるべく口にしないように気をつけなくちゃ。変人扱いは兄……いや、幼馴染だけで十分。あと、あの人の名前はこっちでも同じ名前だったことも思い出したし『明槻 』でいいや。
「体の調子はどうだ。頭の痛みは?つらいところはないか」
額の上にあったらしいぬるい手ぬぐい。それを取り去り、手のひらで私の顔の温度を確かめてきたのは槇寿朗さんの妻である瑠火さんだ。ぬるくなった手ぬぐいより、瑠火さんの手のひらの方が気持ちがいい。
「医師に診せたところ風邪をひいているわけではないようだったが、色々あったからな。君は丸二日間眠っていたぞ」
丸二日か〜。多いな。
さすがにまだ鍛えてもいないこの体じゃ、それくらい眠り込んでても仕方ないのかも。
動こうとした私の背を大きな手のひらが支え、起き上がらせる。毎日刀を握っている、優しく人を守るための手のひら。
この槇寿朗さんは、まだ炎柱として現役で活躍しているようだ。
「ここは俺の家だ。
君は藤の花の下で倒れていた。熱も高く苦しそうだったため、連れ帰ってきたんだ。
起きたら知らない場所で驚いたことだろう。すまないな」
膨大な記憶、情報過多のせいで知恵熱出ちゃったあれか。今も思い出すだけで頭が痛い。少しずつ思い出して整理していかないと。
というか、『また』連れて帰ってきてくださったんだ……どこまで同じ過去を辿るかわからないけれど、なるべく子供らしくしなくちゃいけない。うん、なるべく……。
「ぁりが…………、けほけほっ!」
ここまでしてもらった事に対し、お礼を言おうとする。
あれ。声が出ない。水分が切れて声がひどく掠れている?炎の呼吸で補おうと空気を吸うも、肺が軋んで痛み、咳き込んで終わった。
やだもうこの体弱すぎる!早いうちから鍛錬して強くならないといけない。呼吸法が一つも使えないとか、死活問題すぎる……!
「喉を湿らせないと話しづらいだろう。飲みなさい」
「どうぞ」
そばについていた瑠火さんから薬呑器を渡され、ゆっくりとその中身を飲み干す。
ただの水かと思ったが、これはかつて負傷した時に蝶屋敷で飲んだ水薬にも味が近かった。水で延ばして薄くなっているがちょっと苦い。
この時代に蝶屋敷が存在するはずもなし診療所の物だろう。買うと高いはず。まだ名もろくに知らない子供相手に至れり尽くせり。
なんと出来た一家だ。
苦いとはいえカラカラに乾いた喉は久々の水分に喜んでいた。私は今度こそしっかりと頭を下げ、二人に礼を述べた。
「聞いてもいいか。君の名は?」
「……朝緋、です。煉獄、朝緋」
「朝緋か。俺の名は煉獄家本家の当主を務めている煉獄槇寿朗だ。こっちは煉獄瑠火だ」
瑠火さんが挨拶代わりに軽く頭を下げられたので、こちらも頭を下げ返す。相変わらず涼やかな顔立ちが美しい人だ。
私もこんな人になりたい。
「君も煉獄の姓を持っているなら、意味はわかるだろう」
「はい。うちは確か分家だったと聞き及んでおります。ご当主さま」
「そんな堅苦しい呼び方はしなくていい」
ご当主呼びはあまりお気に召さないようで、苦笑とともに呼び方を変えるように言われた。そうだね、礼儀を重んじる時代と家庭環境だとはいえ、槇寿朗さん達はそういうことに家の中では厳しくはない。
「そこまで詳しく聞いているかどうかはわからないが、本家煉獄家は代々鬼狩りを生業としている。君の家を襲い、御両親を亡き者にしたのは鬼だ」
「鬼……」
「怖いか?怖いよな」
上弦や下弦。苦戦するとわかりきっている鬼でもなければ、怖いとは思えない。今まではそうだった。
だが今はどうだ。怖いという感情とそうでない感情がない混ぜでごちゃごちゃしている。この怖いという感情の方は、幼い体に引っ張られたものということだ。
「つらいかもしれないが思い出してくれ」
何があったのか鬼に襲われた日の詳細を聞かれ、前世の記憶やら無限列車に乗っていたことなどごっちゃになりながらも『この体』が、幼い頃にたどったらしき記憶のままに起こったこと、感じたことを最初から順に追って話す。……およそ幼児らしからぬ、情報整理がなされた淡々とした答え方をしてしまった。
だが槇寿朗さんはそれについて片眉を一瞬あげただけだった。お館様への報告がしやすければ何でもいいのだろう。鬼の情報を得るための報告書は大事だものね。
「あと……私には双子の兄、お兄ちゃんがいたんですが近くにはいませんでしたか?」
「君には御両親以外に兄弟がいたのか」
鬼になっている。そう続けようとして口を噤んだ。
鬼に変貌しているなどとこの時点で知っていたらおかしいかもしれない。それに、鬼だなんて探されて首を取られても困る。
きっと、明槻は『前』と同じで人を食べない鬼になる。今世では双子だしそこは間違いないだろうと、なんとなく思った。
ここはひとつ、死んだと考えているように思わせるのが一番か。
「俺が行った時には君の兄らしき人物の姿はなかった。
君くらいの年齢の人間ということはだ、すでに食われてしまった可能性が高い。幼い者は鬼の馳走になることが多いからだ」
「そうですか……」
言う前から勘違いしてくれた。けれど槇寿朗さんはそれを酷く悲しんでいるが故と思ったようで、私の頭をそっと撫でた。
明槻だけでなく親の死に対しても、あまり悲しんでいなくて申し訳ない。
まるでサイコパスな子供だ。この時代にサイコパスなんて概念も言葉もないのが救いか。
「つらかったな」
そして抱き寄せられた。
ゆっくりと頭を撫でる手がとても心地よくて暖かくて。つい最近、仏壇の前でも経験した離れがたく懐かしいぬくもりを前に、私は槇寿朗さんに顔を押し付け泣いた。
涙がちゃんと出る。杏寿郎さんのことじゃなくてもしっかりと感情が動く。
ここで涙が出るならサイコパスではないはず。良かった。
などと、頭の片隅で思った。
「君は今日からうちの子だ。俺の娘だ」
「私とも槇寿朗さんとも、辿れば血の繋がりがあります。いいえ、例え血の繋がりがなかったとしても、貴女は私達の娘ですよ、朝緋。
どうか母と呼んでくれますか?」
微笑みながら手を広げる母・瑠火さんに、感極まった私はもちろん、槇寿朗さんから離れ、その細くも力強い抱擁を受けるべく抱きついた。
「ありがとう……ございます、かあさま」
「お、俺のことも父と呼んでくれないか……?」
「はい、とうさま……!」
控えめにそう言ってくる父・槇寿朗さんに、へにゃりと舌っ足らずに笑うと同じように笑って返された。
三人ともに、同じような笑顔だった。
その上に広がるのも暗い星空ではなく、天井の木目だ。
「起きたか」
「きょ、……?」
向日葵に見えたのは、煉獄家の男子の髪色。
杏寿郎さんだ!!杏寿郎さん!杏寿郎さん!!生きてる……!
涙腺が熱を持ち、決壊しそうになってから気が付いた。
違う、杏寿郎さんじゃない。
槇寿朗さんだ。
あの無精髭が生えていないから杏寿郎さんかと勘違いした。快活そうな顔は一緒だけど、纏う空気も杏寿郎さんにしてはほんのちょっぴりだけアダルティかもしれない。それに髪の長さは杏寿郎さんの方が長かった。杏寿郎さんのセミロングはかっこいい。大好き。
隣に座る瑠火さんとは、杏寿郎さんは似てないと思われがちだけど凛々しくいる時の姿は、そっくりだったりする。大好き。
って、あらやだ。アダルティやセミロングだなんて、前世を思い出しちゃったおかげで横文字ワードが頭の中にぽんぽん湧いて出る。
なるべく口にしないように気をつけなくちゃ。変人扱いは兄……いや、幼馴染だけで十分。あと、あの人の名前はこっちでも同じ名前だったことも思い出したし『
「体の調子はどうだ。頭の痛みは?つらいところはないか」
額の上にあったらしいぬるい手ぬぐい。それを取り去り、手のひらで私の顔の温度を確かめてきたのは槇寿朗さんの妻である瑠火さんだ。ぬるくなった手ぬぐいより、瑠火さんの手のひらの方が気持ちがいい。
「医師に診せたところ風邪をひいているわけではないようだったが、色々あったからな。君は丸二日間眠っていたぞ」
丸二日か〜。多いな。
さすがにまだ鍛えてもいないこの体じゃ、それくらい眠り込んでても仕方ないのかも。
動こうとした私の背を大きな手のひらが支え、起き上がらせる。毎日刀を握っている、優しく人を守るための手のひら。
この槇寿朗さんは、まだ炎柱として現役で活躍しているようだ。
「ここは俺の家だ。
君は藤の花の下で倒れていた。熱も高く苦しそうだったため、連れ帰ってきたんだ。
起きたら知らない場所で驚いたことだろう。すまないな」
膨大な記憶、情報過多のせいで知恵熱出ちゃったあれか。今も思い出すだけで頭が痛い。少しずつ思い出して整理していかないと。
というか、『また』連れて帰ってきてくださったんだ……どこまで同じ過去を辿るかわからないけれど、なるべく子供らしくしなくちゃいけない。うん、なるべく……。
「ぁりが…………、けほけほっ!」
ここまでしてもらった事に対し、お礼を言おうとする。
あれ。声が出ない。水分が切れて声がひどく掠れている?炎の呼吸で補おうと空気を吸うも、肺が軋んで痛み、咳き込んで終わった。
やだもうこの体弱すぎる!早いうちから鍛錬して強くならないといけない。呼吸法が一つも使えないとか、死活問題すぎる……!
「喉を湿らせないと話しづらいだろう。飲みなさい」
「どうぞ」
そばについていた瑠火さんから薬呑器を渡され、ゆっくりとその中身を飲み干す。
ただの水かと思ったが、これはかつて負傷した時に蝶屋敷で飲んだ水薬にも味が近かった。水で延ばして薄くなっているがちょっと苦い。
この時代に蝶屋敷が存在するはずもなし診療所の物だろう。買うと高いはず。まだ名もろくに知らない子供相手に至れり尽くせり。
なんと出来た一家だ。
苦いとはいえカラカラに乾いた喉は久々の水分に喜んでいた。私は今度こそしっかりと頭を下げ、二人に礼を述べた。
「聞いてもいいか。君の名は?」
「……朝緋、です。煉獄、朝緋」
「朝緋か。俺の名は煉獄家本家の当主を務めている煉獄槇寿朗だ。こっちは煉獄瑠火だ」
瑠火さんが挨拶代わりに軽く頭を下げられたので、こちらも頭を下げ返す。相変わらず涼やかな顔立ちが美しい人だ。
私もこんな人になりたい。
「君も煉獄の姓を持っているなら、意味はわかるだろう」
「はい。うちは確か分家だったと聞き及んでおります。ご当主さま」
「そんな堅苦しい呼び方はしなくていい」
ご当主呼びはあまりお気に召さないようで、苦笑とともに呼び方を変えるように言われた。そうだね、礼儀を重んじる時代と家庭環境だとはいえ、槇寿朗さん達はそういうことに家の中では厳しくはない。
「そこまで詳しく聞いているかどうかはわからないが、本家煉獄家は代々鬼狩りを生業としている。君の家を襲い、御両親を亡き者にしたのは鬼だ」
「鬼……」
「怖いか?怖いよな」
上弦や下弦。苦戦するとわかりきっている鬼でもなければ、怖いとは思えない。今まではそうだった。
だが今はどうだ。怖いという感情とそうでない感情がない混ぜでごちゃごちゃしている。この怖いという感情の方は、幼い体に引っ張られたものということだ。
「つらいかもしれないが思い出してくれ」
何があったのか鬼に襲われた日の詳細を聞かれ、前世の記憶やら無限列車に乗っていたことなどごっちゃになりながらも『この体』が、幼い頃にたどったらしき記憶のままに起こったこと、感じたことを最初から順に追って話す。……およそ幼児らしからぬ、情報整理がなされた淡々とした答え方をしてしまった。
だが槇寿朗さんはそれについて片眉を一瞬あげただけだった。お館様への報告がしやすければ何でもいいのだろう。鬼の情報を得るための報告書は大事だものね。
「あと……私には双子の兄、お兄ちゃんがいたんですが近くにはいませんでしたか?」
「君には御両親以外に兄弟がいたのか」
鬼になっている。そう続けようとして口を噤んだ。
鬼に変貌しているなどとこの時点で知っていたらおかしいかもしれない。それに、鬼だなんて探されて首を取られても困る。
きっと、明槻は『前』と同じで人を食べない鬼になる。今世では双子だしそこは間違いないだろうと、なんとなく思った。
ここはひとつ、死んだと考えているように思わせるのが一番か。
「俺が行った時には君の兄らしき人物の姿はなかった。
君くらいの年齢の人間ということはだ、すでに食われてしまった可能性が高い。幼い者は鬼の馳走になることが多いからだ」
「そうですか……」
言う前から勘違いしてくれた。けれど槇寿朗さんはそれを酷く悲しんでいるが故と思ったようで、私の頭をそっと撫でた。
明槻だけでなく親の死に対しても、あまり悲しんでいなくて申し訳ない。
まるでサイコパスな子供だ。この時代にサイコパスなんて概念も言葉もないのが救いか。
「つらかったな」
そして抱き寄せられた。
ゆっくりと頭を撫でる手がとても心地よくて暖かくて。つい最近、仏壇の前でも経験した離れがたく懐かしいぬくもりを前に、私は槇寿朗さんに顔を押し付け泣いた。
涙がちゃんと出る。杏寿郎さんのことじゃなくてもしっかりと感情が動く。
ここで涙が出るならサイコパスではないはず。良かった。
などと、頭の片隅で思った。
「君は今日からうちの子だ。俺の娘だ」
「私とも槇寿朗さんとも、辿れば血の繋がりがあります。いいえ、例え血の繋がりがなかったとしても、貴女は私達の娘ですよ、朝緋。
どうか母と呼んでくれますか?」
微笑みながら手を広げる母・瑠火さんに、感極まった私はもちろん、槇寿朗さんから離れ、その細くも力強い抱擁を受けるべく抱きついた。
「ありがとう……ございます、かあさま」
「お、俺のことも父と呼んでくれないか……?」
「はい、とうさま……!」
控えめにそう言ってくる父・槇寿朗さんに、へにゃりと舌っ足らずに笑うと同じように笑って返された。
三人ともに、同じような笑顔だった。